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第一章
第13話 PK戦・3
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健輔と菊花の出会いは、健輔中二の春であった。
「聞いたか、うちの部に女子が入るんだってよ」
新一年生の女子部員。サッカー部員の間では、その話題で持ちきりだった。この中学では選手としての活動が無いマネージャー活動のみの部員が認められておらず、男子運動部は女っ気が無くむさ苦しい練習風景を送るのが常であった。
そんな中で、サッカー部への女子部員入部という寝耳に水な出来事。男子中学生達は色めき立ったのである。
そして新入部員がやってきた当日。
「女子いねーじゃん」
緊張した様子でグラウンドにやってきた新入部員の姿を見て、一人の二年生が呟いた。ぱっと見、そこに女子が混ざっているようには見えない。
他の部員達とは一人離れた位置で様子を見ていた健輔は、ふと一人の新入部員に視線が向いた。一番背の低い、目をキラキラ輝かせた腕白そうな美少年だ。健輔がそちらを見ると彼もそれに気がついたのか、健輔の方に走ってきた。
「横田先輩ですよね! 新人戦での活躍見ました! 凄くかっこよかったです!」
元気一杯な声で突然話しかけられ困惑する健輔だったが、ふと気になったことがあって彼に尋ねてみた。
「お前……女子か?」
「はい! 野村菊花といいます! これからよろしくお願いします!」
彼、もとい彼女は新入部員の中でも一番髪が短く、坊主頭一歩手前と言っていいくらいの長さ。男子でもここまで短くしているのはあまり見ないのに、女子では尚更に珍しい。他の部員達がぱっと見で女子だと気付かないのも無理は無かった。
「横田お前よくわかったな。俺男にしか見えなかったぞ」
二人の会話を聞いていた三年生が寄ってきて、健輔に話しかけた。
「いえなんか、顔可愛かったんで」
健輔が何の気なく言うと、菊花はきょとんとした。三年生はなるほど確かに、という表情をしていた。
男っぽい髪型の印象で美少年のようにも感じられたが、その実正統派アイドル系の顔立ちをした美少女である。
「……うちのサッカー部は強いからな。女子がやってけるほど楽じゃねーぞ。覚悟しとけ」
暫しの沈黙の後、自分が女子に対して可愛いと発言したことに恥ずかしさを覚えた健輔は誤魔化すように言った。
菊花が練習に参加するようになって、皆が何より驚いたのは彼女の実力であった。
とにかく身軽ですばしっこく、空中プレーもお手の物。男女以前にあんな小さな背丈の一年生がここまでやれることに先輩達は衝撃を受けた。
ただ先輩達からの選手としての評価は高くとも、女子としての評価は専らサル扱いであった。可愛いといえば可愛いがマスコット的な方向であり、恋愛の対象としては見られない。というかほぼ男子のつもりで見ている部員が大半だったのである。
勿論健輔も、そのつもりでいた。あくまでもそのつもりだった。
(ああ……俺、初めて会った時からあいつのこと可愛いって思ってたんだな)
意識していないつもりだったのに、思い返してみればあれは一目惚れだった。
つい先程直樹に言われた、お前がこんなに喋るのは珍しいという言葉。他の人とコミュニケーションを取りたがらない健輔なのに、菊花とだけは自然体で話せ、菊花と話すことは楽しく感じていた。
健輔がずっと恋していたのは、秋月穂乃可ではなく野村菊花。穂乃可に対する気持ちは直樹へのライバル心ありきのものでしかなかったのだ。
(今更気付いたところで……な)
このゲームに負ければまたライバルへの敗北感を味わうことになるし、勝っても菊花と直樹が付き合うことになってしまう。どちらに転んでも健輔の一人負けだ。
(だったら俺は……)
ゴールに立って直樹と向き合う健輔。先程までの死んだ目から一転、そこには闘志が宿っていた。
リリムがボールを蹴り上げる。高い位置から放たれたジャンプシュートを、健輔は瞬時に跳んでパンチングした。
「残念! ゴールならず!」
「先輩ナイスセーブ!」
流石に何度も注意されて、菊花は股間を隠したまま声援を送っていた。
次は健輔の攻撃。ここで決めれば勝利だ。
(そうだ、せめてあいつが幸せになれるように……俺が野村と香坂のキューピッドになってやろう)
蹴り上げられたボールが膝の辺りまで落ちてきたところでシュート。だが直樹も負けじと、的確にコースを見極めてのセービング。
「残念ゴールならず! お互いあと一枚となりましたが、なかなかシュートが決まりません!」
健輔と直樹は、一度水分補給のためそれぞれのパートナーの所に戻る。
「野村、お前の番で決めてこい」
スポーツドリンクを飲み干した健輔がそう言うと、菊花は頷いた。
「お前のシュートで決勝点を入れて……香坂に告ってこい」
「え?」
胸の痛みを誤魔化すようにニヒルな調子で言ってみると、菊花は健輔の想像と異なる反応を見せた。まるで頭上にクエスチョンマークを浮かべているような、まるで意味をわかっていない感じのきょとん顔。
「え?」
それには健輔も、ついオウム返しをしてしまった。
「あの……先輩もしかして、何か勘違いしてませんか」
菊花は右手で股間を隠しながら左手の人差し指で頬を掻き、健介と目を合わせないようにしながら言う。
「その……あたしが好きなのは……」
「はいはーい、水分補給タイムはここまで。ゲーム再開です!」
と、そこでルシファーが手を叩き水を差した。もやもやした気持ちを抱えながら、健輔はゴールに向かう。
(いやいや待て待て。ここでストップて。野村が好きなのはって……)
流石にこれで理解できないほど、健輔は鈍くはない。
健輔は一つ大きな勘違いをしていた。このゲームは順当に両想いのペア対それに横恋慕するペアの対決だと、勝手に思い込んでいたのである。だがもしもこれが、どちらのペアも順当に両想いなのだったとしたら。
(思えば……野村って俺への態度結構露骨だったよな……)
健輔中二のある日、練習試合の後。いつものように他の部員と離れた位置にいた健輔に、菊花が寄ってきた。
「先輩、今日の試合での活躍も凄かったです! でも他の人に全然パス出さないのはどうかと思います!」
「俺は俺が一番凄いってわかってるから俺自身で攻めてくんだよ」
痛々しい自信過剰発言だが、事実健輔はこの部で一番得点している。
「……まあ、お前のアシストには感謝してるがな」
そう言って健輔は、菊花の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると菊花は心地良さそうな笑顔を見せたので、その顔の愛らしさに健輔は思わずドキリとしてしまった。
「……野村、お前髪伸ばさねえの? 顔は可愛いんだから髪伸ばしたらきっとモテるだろうに」
なんとなくロングヘアの菊花を想像してみたら、学校一の美少女として持て囃され引っ切り無しに男子が寄ってきそうな姿が浮かんだ。
「先輩はあたしの髪型、似合わないって思います?」
菊花は質問に質問で返す。
「いや、お前には今のが一番似合ってる。サルっぽくてお前らしいしな」
照れ隠しに多少の毒舌を添えつつ、健輔は正直に答える。ロングヘアの菊花は確かに凄く可愛いのだろうし一度見てみたいとは思ったが、同時に菊花らしくないとも思った。
「それにこの髪、触り心地いいしな」
健輔はまた菊花の頭を撫でくり回した。触り心地の良い髪というと艶やかでさらさらの長髪というイメージが強いが、健輔はこの短く刈り揃えられた髪のちくちく感が無性に気に入っているのだ。
「じゃあ、もう伸ばす必要無いですね」
そして撫でられた菊花は、うっとりした様子で口元を緩ませていた。
(好きでもない男に頭撫でさせたりとかしないよな、普通。何で気付かなかったんだ当時の俺。そういえば、思い起こせばあの時も……)
菊花が綿環高校に入学して、サッカー部に入部した時のことだ。
「お前、何だってうちに来たんだ? 高校では中学と違って女子が男子に混ざって大会出られないのに。女子サッカー部のある学校行けばよかっただろ」
「あ、その点は大丈夫です。女子サッカーの強豪クラブチームに入ってますから、選手としてはそちらで活動するつもりなので。学校では先輩と一緒に練習したかったんです」
(そんなこと言われて何で気付かなかったんだ当時の俺)
他にも色々と、あれやこれやと心当たりが山ほどが思い起こされてきた。
(そしてつまるところ俺は両想いの女子の一番大事な所をモロに全部見てしまったわけで……)
嬉しさと恥ずかしさと呆れと劣情と、その他諸々、いろんな感情が一度に押し寄せてくる感覚。頭が混乱して固まっていた健輔の股の下を、穂乃可の蹴ったボールが通り抜けていった。
「ゴーーーール!!! これにて試合終了!! 勝ったのは香坂君&秋月さんのペアです!!!」
「あ」
考え事をしていてゲームへの集中を欠いたというあまりにしょうもないミスによる敗北であった。
「香坂君!」
「秋月さん!」
勝った二人は感涙して抱き合う。
「カップル成立、おめでとうございまーす! お二人には私から天使のご加護を」
直樹と穂乃可の下腹部に、ルシファーの紋章が刻まれた。
「そして負けた野村さんは、最後の一枚を脱いで頂きましょう」
「うー……」
菊花はぱっちりした目を潤ませながら、スポーツブラを捲り上げ大平原のような胸を露にした。健輔は唾を飲み目を逸らそうとするも、小豆色の小さなつぼみに視線を釘付けにされた。
素っ裸になった菊花は両手を後ろに回し、あえて己の裸体を包み隠さない姿勢。だが決して平気なわけではないようで、羞恥に滲む頬が無性にいじらしく健輔の煩悩を刺激してくる。
「あの……先輩。あたしこんな胸ペッタンコですし、男みたいですしサルみたいですけど……先輩のこと好きです! 付き合ってください!」
「俺も好きだ!」
裏返った声で、健輔は即答。こんな状況で洒落た返しなど思いつかず、テンパりながらの情けない返答であった。
「あ、あああ……」
答えた後から羞恥心がどんどん高まってきて、健輔は声にならない声を発した。自分がコミュ障であることをこれほど恨んだことはなかった。
暫く意味が伝わっていなかった様子の菊花であったが、やがて告白が成功したことを理解。目から一粒の涙を零し、健輔に抱きついた。
「先輩大好きです!」
「うひっ!?」
全裸の美少女から抱きつかれた健輔は変な声が出てしまい、昇天しそうになった。
「カップル成立、おめでとうございまーす!」
例によってルシファーは健輔と菊花に素早く駆け寄り、祝福の言葉をかける。
「いやぁ、横田君が勝手に変な勘違いしてた時はどうなることかと思いましたが、無事カップル成立できてよかったです。それではお二人にも天使のご加護を」
ルシファーから指摘された健輔は改めて恥ずかしくなり、うぐぐと喉を鳴らした。
菊花と穂乃可に服が返され、残すべきでない記憶が消されることの説明も終わったところで、本日の脱衣ゲームはお開きである。
「あの……先輩」
元の世界に帰される前に、菊花は健輔に声をかけた。
菊花と恋人関係になったという事実や見えちゃいけないとこまで全部見えてしまった裸体で頭の中が一杯になり上の空だった健輔は、はっと我に返る。
「な、何だ野村」
「これから彼女として付き合ってくんだとしたら、あたし、髪伸ばした方がいいですか?」
四年前に健輔が尋ねたことを、今度は菊花から尋ねてきた。
「いや、お前にはそれが一番似合ってるし、それが一番可愛い。それに触り心地もいいしな」
今度はちょっとは気の利いた返しができたと思いながら、健輔はそう答え菊花の頭を撫でくり回した。ご満悦の菊花は健輔を見上げ、えへへと微笑んだ。
「それではゲストの皆さん、お疲れ様でした」
二組のカップルの様子を微笑ましげに見ていたルシファーは、会話に一段落がついたところで四人を元の世界に帰した。
「よかったね菊花ちゃん」
リリムにとっては初めて立ち会ったカップル成立。幸せになった友達を見送る彼女は、優しい表情をしていた。
(こいつもキューピッド活動の良さがわかってきたようだな。今回の参加者にリリムと仲の良い生徒を選んで正解だった)
カップル成立を見守るのと同じように、ルシファーはリリムの初めてのキューピッド活動を見守っていた。
「リリム、今日は脱衣ゲームのアシスタントご苦労だった。初めてにしては上出来だったぞ」
「本当!?」
ルシファーに褒められると、リリムは目を輝かせた。
「ご褒美ちょーだい! ご褒美!」
そう言いながらリリムはルシファーの股間に顔を近づけており、望みのご褒美が何かを主張。そんなリリムの口に、ルシファーは蓋を開けたペットボトルの口を突っ込んだ。
「家に帰ったらな」
ルシファーのそっけない返事に、リリムはスポーツドリンクを飲みながら頬を膨らませる。
(あ、これ関節キスだ)
そのスポドリがルシファーの飲みかけであることに気がつき、リリムは少し嬉しくなった。
「ああ、それとリリム。お前もう編入して一週間経つんだからいい加減入る部活決めろ。うちの学校では生徒全員何かしらの部活動に入ることになっているからな」
「ほえ?」
部活動なんて全く考えていなかったリリムは、ペットボトルを口に咥えたまま気の抜けた声を出した。
「聞いたか、うちの部に女子が入るんだってよ」
新一年生の女子部員。サッカー部員の間では、その話題で持ちきりだった。この中学では選手としての活動が無いマネージャー活動のみの部員が認められておらず、男子運動部は女っ気が無くむさ苦しい練習風景を送るのが常であった。
そんな中で、サッカー部への女子部員入部という寝耳に水な出来事。男子中学生達は色めき立ったのである。
そして新入部員がやってきた当日。
「女子いねーじゃん」
緊張した様子でグラウンドにやってきた新入部員の姿を見て、一人の二年生が呟いた。ぱっと見、そこに女子が混ざっているようには見えない。
他の部員達とは一人離れた位置で様子を見ていた健輔は、ふと一人の新入部員に視線が向いた。一番背の低い、目をキラキラ輝かせた腕白そうな美少年だ。健輔がそちらを見ると彼もそれに気がついたのか、健輔の方に走ってきた。
「横田先輩ですよね! 新人戦での活躍見ました! 凄くかっこよかったです!」
元気一杯な声で突然話しかけられ困惑する健輔だったが、ふと気になったことがあって彼に尋ねてみた。
「お前……女子か?」
「はい! 野村菊花といいます! これからよろしくお願いします!」
彼、もとい彼女は新入部員の中でも一番髪が短く、坊主頭一歩手前と言っていいくらいの長さ。男子でもここまで短くしているのはあまり見ないのに、女子では尚更に珍しい。他の部員達がぱっと見で女子だと気付かないのも無理は無かった。
「横田お前よくわかったな。俺男にしか見えなかったぞ」
二人の会話を聞いていた三年生が寄ってきて、健輔に話しかけた。
「いえなんか、顔可愛かったんで」
健輔が何の気なく言うと、菊花はきょとんとした。三年生はなるほど確かに、という表情をしていた。
男っぽい髪型の印象で美少年のようにも感じられたが、その実正統派アイドル系の顔立ちをした美少女である。
「……うちのサッカー部は強いからな。女子がやってけるほど楽じゃねーぞ。覚悟しとけ」
暫しの沈黙の後、自分が女子に対して可愛いと発言したことに恥ずかしさを覚えた健輔は誤魔化すように言った。
菊花が練習に参加するようになって、皆が何より驚いたのは彼女の実力であった。
とにかく身軽ですばしっこく、空中プレーもお手の物。男女以前にあんな小さな背丈の一年生がここまでやれることに先輩達は衝撃を受けた。
ただ先輩達からの選手としての評価は高くとも、女子としての評価は専らサル扱いであった。可愛いといえば可愛いがマスコット的な方向であり、恋愛の対象としては見られない。というかほぼ男子のつもりで見ている部員が大半だったのである。
勿論健輔も、そのつもりでいた。あくまでもそのつもりだった。
(ああ……俺、初めて会った時からあいつのこと可愛いって思ってたんだな)
意識していないつもりだったのに、思い返してみればあれは一目惚れだった。
つい先程直樹に言われた、お前がこんなに喋るのは珍しいという言葉。他の人とコミュニケーションを取りたがらない健輔なのに、菊花とだけは自然体で話せ、菊花と話すことは楽しく感じていた。
健輔がずっと恋していたのは、秋月穂乃可ではなく野村菊花。穂乃可に対する気持ちは直樹へのライバル心ありきのものでしかなかったのだ。
(今更気付いたところで……な)
このゲームに負ければまたライバルへの敗北感を味わうことになるし、勝っても菊花と直樹が付き合うことになってしまう。どちらに転んでも健輔の一人負けだ。
(だったら俺は……)
ゴールに立って直樹と向き合う健輔。先程までの死んだ目から一転、そこには闘志が宿っていた。
リリムがボールを蹴り上げる。高い位置から放たれたジャンプシュートを、健輔は瞬時に跳んでパンチングした。
「残念! ゴールならず!」
「先輩ナイスセーブ!」
流石に何度も注意されて、菊花は股間を隠したまま声援を送っていた。
次は健輔の攻撃。ここで決めれば勝利だ。
(そうだ、せめてあいつが幸せになれるように……俺が野村と香坂のキューピッドになってやろう)
蹴り上げられたボールが膝の辺りまで落ちてきたところでシュート。だが直樹も負けじと、的確にコースを見極めてのセービング。
「残念ゴールならず! お互いあと一枚となりましたが、なかなかシュートが決まりません!」
健輔と直樹は、一度水分補給のためそれぞれのパートナーの所に戻る。
「野村、お前の番で決めてこい」
スポーツドリンクを飲み干した健輔がそう言うと、菊花は頷いた。
「お前のシュートで決勝点を入れて……香坂に告ってこい」
「え?」
胸の痛みを誤魔化すようにニヒルな調子で言ってみると、菊花は健輔の想像と異なる反応を見せた。まるで頭上にクエスチョンマークを浮かべているような、まるで意味をわかっていない感じのきょとん顔。
「え?」
それには健輔も、ついオウム返しをしてしまった。
「あの……先輩もしかして、何か勘違いしてませんか」
菊花は右手で股間を隠しながら左手の人差し指で頬を掻き、健介と目を合わせないようにしながら言う。
「その……あたしが好きなのは……」
「はいはーい、水分補給タイムはここまで。ゲーム再開です!」
と、そこでルシファーが手を叩き水を差した。もやもやした気持ちを抱えながら、健輔はゴールに向かう。
(いやいや待て待て。ここでストップて。野村が好きなのはって……)
流石にこれで理解できないほど、健輔は鈍くはない。
健輔は一つ大きな勘違いをしていた。このゲームは順当に両想いのペア対それに横恋慕するペアの対決だと、勝手に思い込んでいたのである。だがもしもこれが、どちらのペアも順当に両想いなのだったとしたら。
(思えば……野村って俺への態度結構露骨だったよな……)
健輔中二のある日、練習試合の後。いつものように他の部員と離れた位置にいた健輔に、菊花が寄ってきた。
「先輩、今日の試合での活躍も凄かったです! でも他の人に全然パス出さないのはどうかと思います!」
「俺は俺が一番凄いってわかってるから俺自身で攻めてくんだよ」
痛々しい自信過剰発言だが、事実健輔はこの部で一番得点している。
「……まあ、お前のアシストには感謝してるがな」
そう言って健輔は、菊花の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると菊花は心地良さそうな笑顔を見せたので、その顔の愛らしさに健輔は思わずドキリとしてしまった。
「……野村、お前髪伸ばさねえの? 顔は可愛いんだから髪伸ばしたらきっとモテるだろうに」
なんとなくロングヘアの菊花を想像してみたら、学校一の美少女として持て囃され引っ切り無しに男子が寄ってきそうな姿が浮かんだ。
「先輩はあたしの髪型、似合わないって思います?」
菊花は質問に質問で返す。
「いや、お前には今のが一番似合ってる。サルっぽくてお前らしいしな」
照れ隠しに多少の毒舌を添えつつ、健輔は正直に答える。ロングヘアの菊花は確かに凄く可愛いのだろうし一度見てみたいとは思ったが、同時に菊花らしくないとも思った。
「それにこの髪、触り心地いいしな」
健輔はまた菊花の頭を撫でくり回した。触り心地の良い髪というと艶やかでさらさらの長髪というイメージが強いが、健輔はこの短く刈り揃えられた髪のちくちく感が無性に気に入っているのだ。
「じゃあ、もう伸ばす必要無いですね」
そして撫でられた菊花は、うっとりした様子で口元を緩ませていた。
(好きでもない男に頭撫でさせたりとかしないよな、普通。何で気付かなかったんだ当時の俺。そういえば、思い起こせばあの時も……)
菊花が綿環高校に入学して、サッカー部に入部した時のことだ。
「お前、何だってうちに来たんだ? 高校では中学と違って女子が男子に混ざって大会出られないのに。女子サッカー部のある学校行けばよかっただろ」
「あ、その点は大丈夫です。女子サッカーの強豪クラブチームに入ってますから、選手としてはそちらで活動するつもりなので。学校では先輩と一緒に練習したかったんです」
(そんなこと言われて何で気付かなかったんだ当時の俺)
他にも色々と、あれやこれやと心当たりが山ほどが思い起こされてきた。
(そしてつまるところ俺は両想いの女子の一番大事な所をモロに全部見てしまったわけで……)
嬉しさと恥ずかしさと呆れと劣情と、その他諸々、いろんな感情が一度に押し寄せてくる感覚。頭が混乱して固まっていた健輔の股の下を、穂乃可の蹴ったボールが通り抜けていった。
「ゴーーーール!!! これにて試合終了!! 勝ったのは香坂君&秋月さんのペアです!!!」
「あ」
考え事をしていてゲームへの集中を欠いたというあまりにしょうもないミスによる敗北であった。
「香坂君!」
「秋月さん!」
勝った二人は感涙して抱き合う。
「カップル成立、おめでとうございまーす! お二人には私から天使のご加護を」
直樹と穂乃可の下腹部に、ルシファーの紋章が刻まれた。
「そして負けた野村さんは、最後の一枚を脱いで頂きましょう」
「うー……」
菊花はぱっちりした目を潤ませながら、スポーツブラを捲り上げ大平原のような胸を露にした。健輔は唾を飲み目を逸らそうとするも、小豆色の小さなつぼみに視線を釘付けにされた。
素っ裸になった菊花は両手を後ろに回し、あえて己の裸体を包み隠さない姿勢。だが決して平気なわけではないようで、羞恥に滲む頬が無性にいじらしく健輔の煩悩を刺激してくる。
「あの……先輩。あたしこんな胸ペッタンコですし、男みたいですしサルみたいですけど……先輩のこと好きです! 付き合ってください!」
「俺も好きだ!」
裏返った声で、健輔は即答。こんな状況で洒落た返しなど思いつかず、テンパりながらの情けない返答であった。
「あ、あああ……」
答えた後から羞恥心がどんどん高まってきて、健輔は声にならない声を発した。自分がコミュ障であることをこれほど恨んだことはなかった。
暫く意味が伝わっていなかった様子の菊花であったが、やがて告白が成功したことを理解。目から一粒の涙を零し、健輔に抱きついた。
「先輩大好きです!」
「うひっ!?」
全裸の美少女から抱きつかれた健輔は変な声が出てしまい、昇天しそうになった。
「カップル成立、おめでとうございまーす!」
例によってルシファーは健輔と菊花に素早く駆け寄り、祝福の言葉をかける。
「いやぁ、横田君が勝手に変な勘違いしてた時はどうなることかと思いましたが、無事カップル成立できてよかったです。それではお二人にも天使のご加護を」
ルシファーから指摘された健輔は改めて恥ずかしくなり、うぐぐと喉を鳴らした。
菊花と穂乃可に服が返され、残すべきでない記憶が消されることの説明も終わったところで、本日の脱衣ゲームはお開きである。
「あの……先輩」
元の世界に帰される前に、菊花は健輔に声をかけた。
菊花と恋人関係になったという事実や見えちゃいけないとこまで全部見えてしまった裸体で頭の中が一杯になり上の空だった健輔は、はっと我に返る。
「な、何だ野村」
「これから彼女として付き合ってくんだとしたら、あたし、髪伸ばした方がいいですか?」
四年前に健輔が尋ねたことを、今度は菊花から尋ねてきた。
「いや、お前にはそれが一番似合ってるし、それが一番可愛い。それに触り心地もいいしな」
今度はちょっとは気の利いた返しができたと思いながら、健輔はそう答え菊花の頭を撫でくり回した。ご満悦の菊花は健輔を見上げ、えへへと微笑んだ。
「それではゲストの皆さん、お疲れ様でした」
二組のカップルの様子を微笑ましげに見ていたルシファーは、会話に一段落がついたところで四人を元の世界に帰した。
「よかったね菊花ちゃん」
リリムにとっては初めて立ち会ったカップル成立。幸せになった友達を見送る彼女は、優しい表情をしていた。
(こいつもキューピッド活動の良さがわかってきたようだな。今回の参加者にリリムと仲の良い生徒を選んで正解だった)
カップル成立を見守るのと同じように、ルシファーはリリムの初めてのキューピッド活動を見守っていた。
「リリム、今日は脱衣ゲームのアシスタントご苦労だった。初めてにしては上出来だったぞ」
「本当!?」
ルシファーに褒められると、リリムは目を輝かせた。
「ご褒美ちょーだい! ご褒美!」
そう言いながらリリムはルシファーの股間に顔を近づけており、望みのご褒美が何かを主張。そんなリリムの口に、ルシファーは蓋を開けたペットボトルの口を突っ込んだ。
「家に帰ったらな」
ルシファーのそっけない返事に、リリムはスポーツドリンクを飲みながら頬を膨らませる。
(あ、これ関節キスだ)
そのスポドリがルシファーの飲みかけであることに気がつき、リリムは少し嬉しくなった。
「ああ、それとリリム。お前もう編入して一週間経つんだからいい加減入る部活決めろ。うちの学校では生徒全員何かしらの部活動に入ることになっているからな」
「ほえ?」
部活動なんて全く考えていなかったリリムは、ペットボトルを口に咥えたまま気の抜けた声を出した。
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