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第一章
第12話 PK戦・2
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女子の番が終わり、次は直樹と二連戦である。健輔からしてみれば、変な感情が邪魔をする穂乃可よりよほどやり易い相手だ。
(来いよ香坂。今度は止めてやる)
精神を研ぎ澄ませて邪念を捨て去り、直樹だけを視界に納める。
ホイッスルが鳴るや否や、直樹の足下からボールは消えた。健輔は瞬時に跳ぶも、ボールは逆方向に突き刺さった。
「ゴーーーール!!!」
無常に響くルシファーの声。健輔は拳を震わせ、歯を食いしばった。
(また入れられた……!)
どっと汗が噴き出る。これが香坂直樹の実力だと、まじまじと見せつけられた気分。
「それでは野村さん、二枚目を脱いで頂きましょう」
ルシファーの言葉で、健輔はこれがサッカーではなく脱衣ゲームであるということに意識を引き戻された。
菊花はこれまた全く気にしていない調子で、ハーフパンツを下ろす。ブラ同様に色気を感じさせないグレーのボクサーショーツが姿を見せた。
(おいおい俺が今穿いてるのと大して変わんねえじゃんかよ。こいつ下着姿になってもほぼほぼ男じゃねえか)
男物っぽい形状のショーツで、ますます男子小学生感が出ている。小学校で多くの女子の初恋を奪っていく美少年、そんな雰囲気だ。
最初菊花が脱いだ時は少し動揺したものの、穂乃可のブラを見た後ではあまりの色気の差に逆に唖然としてしまう。
「先輩ドンマイ! 次で取り返しましょう!」
(そうだ、俺の本領は点を取ること。本業じゃないキーパーで点を取られたって凹むことはねえ)
健輔は直樹と位置を入れ替え、攻撃側に立つ。
(一番凄いのは……この俺だ!)
捻った全身を戻す勢いを籠めて放たれた、大砲が如きシュート。ボールは身構える直樹の頭上を通り――上部のポストに当たって跳ね返ってきた。
(くそっ、力みすぎちまった!)
これを落としたことはあまりにも重い、痛恨のミス。
(俺が点を取らないといけないのに……ここでやらかすのかよ!)
「先輩! まだ終わりじゃないですよ! あたしが取り戻しますから!」
意気消沈する健輔に、菊花が呼びかけた。
「今はゴールを守ることに専念してください!」
「あ、ああ……」
両チームの男子はこのゲームにおいてゴールキーパーも兼任するため、せわしなく場所を移動しなかなか休まるタイミングが無い。健輔はゴールに移動し、再びブラジャー姿の穂乃可と対峙する。
穂乃可の蹴ったボールは、今度はゴールを大きく右に逸れた位置に飛んでいった。
「秋月さん、ドンマイドンマイ!」
直樹の励ます声。特にセービングする必要も無く終わった健輔は、一息ついて菊花の所に戻った。ようやく訪れた休憩。精神を落ち着かせるには丁度いい時間だ。
「ここであたしが決めないとマズいですね」
菊花は戻ってきた健輔に確認しておく。
「……頼む」
「わかりました! 決めてきます!」
いつも自信に満ちており人を頼らない健輔の珍しく弱気な発言に戸惑いつつも、菊花はその思いに答えるべく頷いた。
これ以上点差を広げられるわけにはいかない。確実にここで同点に追いつくべく、シュートコースを見極める。菊花の構えに連動するように、直樹も構えを変えた。
フェイントを効かせ、力を抜いて放たれたシュート。精細なコントロールで直樹の死角を突き、ボールはゴール左上に突き刺さった。
「ゴーーーール!!! 野村さんの見事なシュートが決まりました!」
菊花が直樹からゴールを奪った。健輔は手に震えを感じた。
「やりましたよ先輩!」
菊花は満点の笑顔で健輔に駆け寄ると――飛び付いて両腕で健輔を抱きしめた。
「うおっ!?」
思わず健輔はそんな声が出てしまう。色気は皆無といえど下着姿の女子から不意に体を密着され、心臓が跳ねた。
「お、おい野村!」
心臓が爆音をがなり立てながらも冷静を装い、菊花の腕を掴んで引き剥がす。菊花が健輔の顔を見上げ、二人の目が合った。
「あ」
菊花はそう声を漏らすと、仄かに頬を染め健輔から目線を逸らした。
「あはは……すいません。クラブだと女子同士で普通に抱き合ったりしてるんで、つい……」
頭を掻いて口元を緩ませ、健輔と目線を合わせないよう俯き気味で言う。
「もう少し警戒心持てよ。ったく……」
菊花の体の感触は健輔が思っていたよりもずっと柔らかく感じた。乙女の柔肌、とでも形容すべきだろうか。彼女が女の子であると、どうしても意識させられてしまう。
健輔が菊花に精神を乱されている間に、いつの間にか穂乃可はハーフパンツを脱ぎ終えていた。ワインレッドのショーツは大人っぽくてなんとも男心をくすぐるが、何故だろうか。不思議とそちらよりも菊花の色気が無い下着姿に視線が向いてしまう。
妙に火照った体を冷ますため、健輔はクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクを一気飲みした。
「さて、両方の女子が二枚脱いだところで、難易度上昇です」
ルシファーの声が響いた。下着姿を見せて見られて抱きついて抱きつかれて、色々とどぎまぎしていた四人はびくりとし、ルシファーに顔を向ける。
「高坂君、横田君、野村さんの三人は、ここからは地面に置いたボールではなくリリムが空中に蹴り上げたボールをダイレクトシュートでゴールに入れてもらいます。なおヘディングの使用は禁止。足を使ってシュートして下さい。シュートする前にボールが地面についたらシュート失敗です。秋月さんはこれまで通り地面に置いたボールをシュートして下さい」
言わばここからは後半戦。攻撃側にとっても守備側にとっても難易度の上がるルール変更が施された。この新ルールにまず最初に挑むのは、ここまで二回ともゴール成功している香坂直樹。
「んじゃ、いっくよー」
ホイッスルの代わりのように掛け声を出しながら、チア姿のリリムはアンダースコートを豪快に見せつけながら大きくボールを蹴り上げる。ボールは高さこそあれど幅はあまり飛ばず、落下地点は直樹の立つペナルティーマークから随分遠い。直樹は一気に駆け出し、俊足で落下地点まで追いついた。だが落ちてきたボールをすぐには蹴らず、地面につくギリギリのところでシュート。低い位置を高速で駆けるボールは、いつシュートを打つのかタイミングを読み損ねた健輔の不意を突きゴールネットに突き刺さった。
「ゴーーーール!!! 高坂君、新ルールにも難なく対応しハットトリックです!!」
これで直樹は本日三点目。ここまで一度も外していない圧倒的実力に、ゴールを守る健輔は戦慄した。
同じチームでプレーしてきた健輔は、直樹がセンタリングからのダイレクトシュートで得点する姿を幾度と無く見てきた。この形式でシュートを打つというのは、直樹にとっては普通のPKよりよほど向いていると言えるのかもしれない。
そして仲間に頼らず一人でドリブルして攻め込むことが多い健輔にとっては、不利になったと言える。
だが今の状況で、真に注目せねばならないものはそこではない。このゲームは脱衣ゲーム。既に下着姿となった今の菊花にとって、これ以上脱ぐのは見えてはいけない部分が見えてしまうに他ならない。
「それでは野村さん、脱いで頂きましょう」
ルシファーは菊花に視線を向ける。菊花の顔が目に見えて赤くなり、目を泳がせた。
「え、ええー……脱ぐの?」
「脱ぐんです」
下着までなら全然平気なのに、それ以上は恥ずかしい。菊花がいっちょまえに女の子らしい反応を見せたことで、健輔はなんだか頭を抱えたい気持ちになった。
実質男みたいなもの、弟みたいな存在――そう認識していたはずの菊花が『女』に侵食されてゆくような感覚。
「ん、じゃあ……脱ぎます」
(脱ぐのかよ!)
健輔は心の中で突っ込む。だがその目線は、菊花の膨らんでるんだか膨らんでないんだか微妙な胸に自然と向けられた。
そして菊花は、ショーツのゴムに手をかけ一気に下ろしたのである。
健輔は目が飛び出しそうになった。直樹からゴールを奪った時と同じ、視線誘導からのフェイント――というわけではないのだろう。健輔が視線を下に向けると、殆ど縦一直線の狭い範囲に整えられたアンダーヘアが一瞬見えて、菊花はすぐに手で隠した。
「お、おまっ……普通そっちから脱ぐか!?」
あまりの衝撃に健輔はつい菊花に駆け寄り問い詰めた。
「だって……あたし胸小さいですし」
股間を両手で隠しながら伏し目がちになり、もじもじとしおらしい態度で菊花は呟く。
「あれー? 菊花ちゃんプールの時はおっぱいちっちゃいの気にしてなかったよね?」
純粋に気になったリリムが、勝手に会話に混ざってきた。
「そ、それはスポーツする上ではそうだけどさ! その……好きな人……に見せるってなったらそうじゃないだろ!」
焦る菊花を見て微笑ましくなったリリムは、悪戯な笑みを浮かべていた。
一方でここに来てから一体何度目か、またも心を乱されたのは健輔である。
好きな人の部分は小声ではあったが、確かに菊花はそう言った。
(やっぱり野村は香坂のことを……)
胸のもやつきが止まらない。その香坂直樹は菊花の裸を見ないようにしてやろうと背中を向けていた。
「でもわかるよー菊花ちゃん。ボクもおっぱいか下かどっちか見せなきゃいけないなら下選ぶもん。ちっちゃくて恥ずかしいおっぱいよりもちゃんと整えてる下の方がまだ見せられるよね!」
(整えてる……)
一瞬だけ見えた菊花の秘所が、健輔の脳裏に浮かんだ。モヤモヤしたと思ったら今度はムラムラして、心の機敏が忙しい。
「でも菊花ちゃんがちゃんと整えてるの意外だよね。男らしくボーボーかと思ってた」
「そんなわけないだろ! 大体今は水泳の授業でハイレグの競泳水着着てるし、そんなんだったらはみ出ちゃうだろ!」
(ハイレグっ……! はみ出っ……!)
女の子同士の赤裸々な会話が、健輔を悶々とさせる。
「はいはーい、そろそろゲーム再開しましょうか」
流石に脱線しすぎたようなので、ルシファーが再開を促した。既に直樹はゴールに立っており、健輔はペナルティーマークに向かう。
「それじゃいっくよー!」
位置に付いたところで、リリムがボールを蹴り上げる。今度は丁度よく健輔の近くへと飛んだ。
(どこに蹴るかはあいつの気分次第ってか)
しっかりと狙いを定め、丁度いいタイミングでボールを蹴ろうとする。
と、その時だった。ボールを目で追っているとふと菊花の姿が目に入った。
「先輩頑張れー!」
下半身を隠すのも忘れて応援する菊花の姿が。
ボールは健輔の横を通り過ぎ、地面を跳ねていった。
「あー! どうしたんですか先輩!」
突然の出来事に頭が真っ白になった健輔は、完全にボールが意識から吹っ飛んだのである。
「いやお前隠せよ!」
健輔に突っ込まれて菊花は初めて自分が丸出しであることに気付き、焦りながら両手で隠した。
(もう野村の方は見るな……見たら死ぬ)
「なんか珍しいな、お前がこんなに喋るの」
煩悩を捨て去ろうと目を閉じてゴールに向かう健輔とすれ違った際に、直樹が言った。
「うるせえ」
そうとだけ返し、健輔はゴールの守りについた。相手は下着姿の穂乃可。だが下半身裸の菊花を既に見ているだけに、意外と大したことなく見えた。
例によって普通にやってたら入れられる要素の無い素人シュートを、健輔は余裕でキャッチした。
「野村、お前そんな状態でシュート打てるのか」
菊花の所に戻ってきた健輔は、そう尋ねる。
「大丈夫です! 勝つためならそのくらい我慢します!」
股間を手で隠しながらも堂々とした態度で向かう菊花。だが顔には明らかに恥じらいが出ている。
(おいおい……確かに香坂のこと好きなんだから見られても平気なんだろうが……)
胸がぞわぞわとする。直樹に菊花の下半身を見られてしまうということにここまで嫌な気持ちにさせられるなんて、健輔自身意味がわからなかった。
ゴールに立つ直樹は、できるだけ菊花の下半身を見ないよう気を遣っている様子が見られた。だがシュートを入れられたら、今度は自分と良い仲の穂乃可が脱がされるのである。リリムがボールを蹴り上げた後はたとえ菊花の秘所を見てしまってでもゴールを守ることに集中せねばとは理解していた。
「さあ、いっくよー!」
リリムがボールを蹴る。まだボールが落ち始めるより先に菊花は落下地点を予測して構えた。
(あれをやる気だ)
健輔も直樹も即座に察した。菊花の得意技が出る。だが今の状況でそれはあることを意味していたのである。
菊花はまるで体操選手が如き回転を伴ったジャンプをし、空中で地面に背を向け百八十度近い大開脚。まだ高い位置にあるボールをピンと伸ばした右脚でゴール目掛けて一気に蹴落とした。
小柄で身軽な彼女がその身のこなしを以って放つ、オーバーヘッドキック。いかんと思って目を瞑ってしまった直樹は反応できず、ボールは隕石の如くゴールへと突っ込んだ。
「ゴーーーール!!!」
「やった!」
ガッツポーズする菊花。だが健輔からしてみれば、ある意味ガッツポーズといえる状況であった。
空中での大開脚の際、健輔は丁度角度的に一番よく見える位置にいたのである。
「やりましたよ先輩!」
あまりの衝撃に意識が飛んでいる健輔に、菊花はまた隠すのも忘れて駆け寄る。
「おっおっおま……見えたぞ……全部」
動揺で声を震わせながら、健輔は言った。本物を見たのは、当然初めてである。AVですら普通は見えないようになっている場所だ。一番見えちゃいけない場所も、もう一方の穴も、モロに見てしまったのである。菊花はばつが悪そうに股間を両手で隠した。
「まさかお前狙ってたのか? その……香坂を誘惑とか」
「違いますよ!」
ちょっとむきになった様子で菊花は否定。その際に両手を使って手振りをしたので、またも隠していた部分が健輔の目に晒された。
(いちいち見せ付けてくんのやめろよマジで……)
つい悶々と劣情を催され、何とも言えない気持ちにさせられる。
「本気で香坂先輩からゴールを奪おうと思ったら必殺技くらい使わなきゃって思っただけです!」
(……でも、相手が香坂だから見せてもいいとは思ったってことだよな。結局香坂は目を瞑ってくれて、好きでもない俺に全部見られちまったわけだが)
急に胸が苦しくなる感覚を覚え、健輔は自己嫌悪した。
菊花のゴールで、とうとう穂乃可も三枚目を脱ぐこととなった。
「秋月さんごめん。俺が止められなかったせいで……」
直樹は健輔に正面を向けて穂乃可と背中合わせになるように立ち、健輔の視線から穂乃可を隠している。
「ううん、仕方が無いよ。香坂君、菊花ちゃんの見ないようにしてあげてたんでしょ。私、香坂君のそういう優しくて紳士的なところ、好きだから……」
後ろから聞こえてくるブラを外す音に心臓がはち切れそうだった直樹は、突然の爆弾発言を受けて雷に打たれたように体を震わせた。
直樹が穂乃可の裸体を健輔に見せまいと頑張っているのとは裏腹に、健輔は穂乃可の方を見ようともしていなかった。
(ああそうか、俺は……)
菊花が直樹のことを好きだと思う度妙に胸が痛くなる訳。そんなものは決まっている。
健介の脳裏に浮かぶのは、菊花との出会いの日であった。
(来いよ香坂。今度は止めてやる)
精神を研ぎ澄ませて邪念を捨て去り、直樹だけを視界に納める。
ホイッスルが鳴るや否や、直樹の足下からボールは消えた。健輔は瞬時に跳ぶも、ボールは逆方向に突き刺さった。
「ゴーーーール!!!」
無常に響くルシファーの声。健輔は拳を震わせ、歯を食いしばった。
(また入れられた……!)
どっと汗が噴き出る。これが香坂直樹の実力だと、まじまじと見せつけられた気分。
「それでは野村さん、二枚目を脱いで頂きましょう」
ルシファーの言葉で、健輔はこれがサッカーではなく脱衣ゲームであるということに意識を引き戻された。
菊花はこれまた全く気にしていない調子で、ハーフパンツを下ろす。ブラ同様に色気を感じさせないグレーのボクサーショーツが姿を見せた。
(おいおい俺が今穿いてるのと大して変わんねえじゃんかよ。こいつ下着姿になってもほぼほぼ男じゃねえか)
男物っぽい形状のショーツで、ますます男子小学生感が出ている。小学校で多くの女子の初恋を奪っていく美少年、そんな雰囲気だ。
最初菊花が脱いだ時は少し動揺したものの、穂乃可のブラを見た後ではあまりの色気の差に逆に唖然としてしまう。
「先輩ドンマイ! 次で取り返しましょう!」
(そうだ、俺の本領は点を取ること。本業じゃないキーパーで点を取られたって凹むことはねえ)
健輔は直樹と位置を入れ替え、攻撃側に立つ。
(一番凄いのは……この俺だ!)
捻った全身を戻す勢いを籠めて放たれた、大砲が如きシュート。ボールは身構える直樹の頭上を通り――上部のポストに当たって跳ね返ってきた。
(くそっ、力みすぎちまった!)
これを落としたことはあまりにも重い、痛恨のミス。
(俺が点を取らないといけないのに……ここでやらかすのかよ!)
「先輩! まだ終わりじゃないですよ! あたしが取り戻しますから!」
意気消沈する健輔に、菊花が呼びかけた。
「今はゴールを守ることに専念してください!」
「あ、ああ……」
両チームの男子はこのゲームにおいてゴールキーパーも兼任するため、せわしなく場所を移動しなかなか休まるタイミングが無い。健輔はゴールに移動し、再びブラジャー姿の穂乃可と対峙する。
穂乃可の蹴ったボールは、今度はゴールを大きく右に逸れた位置に飛んでいった。
「秋月さん、ドンマイドンマイ!」
直樹の励ます声。特にセービングする必要も無く終わった健輔は、一息ついて菊花の所に戻った。ようやく訪れた休憩。精神を落ち着かせるには丁度いい時間だ。
「ここであたしが決めないとマズいですね」
菊花は戻ってきた健輔に確認しておく。
「……頼む」
「わかりました! 決めてきます!」
いつも自信に満ちており人を頼らない健輔の珍しく弱気な発言に戸惑いつつも、菊花はその思いに答えるべく頷いた。
これ以上点差を広げられるわけにはいかない。確実にここで同点に追いつくべく、シュートコースを見極める。菊花の構えに連動するように、直樹も構えを変えた。
フェイントを効かせ、力を抜いて放たれたシュート。精細なコントロールで直樹の死角を突き、ボールはゴール左上に突き刺さった。
「ゴーーーール!!! 野村さんの見事なシュートが決まりました!」
菊花が直樹からゴールを奪った。健輔は手に震えを感じた。
「やりましたよ先輩!」
菊花は満点の笑顔で健輔に駆け寄ると――飛び付いて両腕で健輔を抱きしめた。
「うおっ!?」
思わず健輔はそんな声が出てしまう。色気は皆無といえど下着姿の女子から不意に体を密着され、心臓が跳ねた。
「お、おい野村!」
心臓が爆音をがなり立てながらも冷静を装い、菊花の腕を掴んで引き剥がす。菊花が健輔の顔を見上げ、二人の目が合った。
「あ」
菊花はそう声を漏らすと、仄かに頬を染め健輔から目線を逸らした。
「あはは……すいません。クラブだと女子同士で普通に抱き合ったりしてるんで、つい……」
頭を掻いて口元を緩ませ、健輔と目線を合わせないよう俯き気味で言う。
「もう少し警戒心持てよ。ったく……」
菊花の体の感触は健輔が思っていたよりもずっと柔らかく感じた。乙女の柔肌、とでも形容すべきだろうか。彼女が女の子であると、どうしても意識させられてしまう。
健輔が菊花に精神を乱されている間に、いつの間にか穂乃可はハーフパンツを脱ぎ終えていた。ワインレッドのショーツは大人っぽくてなんとも男心をくすぐるが、何故だろうか。不思議とそちらよりも菊花の色気が無い下着姿に視線が向いてしまう。
妙に火照った体を冷ますため、健輔はクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクを一気飲みした。
「さて、両方の女子が二枚脱いだところで、難易度上昇です」
ルシファーの声が響いた。下着姿を見せて見られて抱きついて抱きつかれて、色々とどぎまぎしていた四人はびくりとし、ルシファーに顔を向ける。
「高坂君、横田君、野村さんの三人は、ここからは地面に置いたボールではなくリリムが空中に蹴り上げたボールをダイレクトシュートでゴールに入れてもらいます。なおヘディングの使用は禁止。足を使ってシュートして下さい。シュートする前にボールが地面についたらシュート失敗です。秋月さんはこれまで通り地面に置いたボールをシュートして下さい」
言わばここからは後半戦。攻撃側にとっても守備側にとっても難易度の上がるルール変更が施された。この新ルールにまず最初に挑むのは、ここまで二回ともゴール成功している香坂直樹。
「んじゃ、いっくよー」
ホイッスルの代わりのように掛け声を出しながら、チア姿のリリムはアンダースコートを豪快に見せつけながら大きくボールを蹴り上げる。ボールは高さこそあれど幅はあまり飛ばず、落下地点は直樹の立つペナルティーマークから随分遠い。直樹は一気に駆け出し、俊足で落下地点まで追いついた。だが落ちてきたボールをすぐには蹴らず、地面につくギリギリのところでシュート。低い位置を高速で駆けるボールは、いつシュートを打つのかタイミングを読み損ねた健輔の不意を突きゴールネットに突き刺さった。
「ゴーーーール!!! 高坂君、新ルールにも難なく対応しハットトリックです!!」
これで直樹は本日三点目。ここまで一度も外していない圧倒的実力に、ゴールを守る健輔は戦慄した。
同じチームでプレーしてきた健輔は、直樹がセンタリングからのダイレクトシュートで得点する姿を幾度と無く見てきた。この形式でシュートを打つというのは、直樹にとっては普通のPKよりよほど向いていると言えるのかもしれない。
そして仲間に頼らず一人でドリブルして攻め込むことが多い健輔にとっては、不利になったと言える。
だが今の状況で、真に注目せねばならないものはそこではない。このゲームは脱衣ゲーム。既に下着姿となった今の菊花にとって、これ以上脱ぐのは見えてはいけない部分が見えてしまうに他ならない。
「それでは野村さん、脱いで頂きましょう」
ルシファーは菊花に視線を向ける。菊花の顔が目に見えて赤くなり、目を泳がせた。
「え、ええー……脱ぐの?」
「脱ぐんです」
下着までなら全然平気なのに、それ以上は恥ずかしい。菊花がいっちょまえに女の子らしい反応を見せたことで、健輔はなんだか頭を抱えたい気持ちになった。
実質男みたいなもの、弟みたいな存在――そう認識していたはずの菊花が『女』に侵食されてゆくような感覚。
「ん、じゃあ……脱ぎます」
(脱ぐのかよ!)
健輔は心の中で突っ込む。だがその目線は、菊花の膨らんでるんだか膨らんでないんだか微妙な胸に自然と向けられた。
そして菊花は、ショーツのゴムに手をかけ一気に下ろしたのである。
健輔は目が飛び出しそうになった。直樹からゴールを奪った時と同じ、視線誘導からのフェイント――というわけではないのだろう。健輔が視線を下に向けると、殆ど縦一直線の狭い範囲に整えられたアンダーヘアが一瞬見えて、菊花はすぐに手で隠した。
「お、おまっ……普通そっちから脱ぐか!?」
あまりの衝撃に健輔はつい菊花に駆け寄り問い詰めた。
「だって……あたし胸小さいですし」
股間を両手で隠しながら伏し目がちになり、もじもじとしおらしい態度で菊花は呟く。
「あれー? 菊花ちゃんプールの時はおっぱいちっちゃいの気にしてなかったよね?」
純粋に気になったリリムが、勝手に会話に混ざってきた。
「そ、それはスポーツする上ではそうだけどさ! その……好きな人……に見せるってなったらそうじゃないだろ!」
焦る菊花を見て微笑ましくなったリリムは、悪戯な笑みを浮かべていた。
一方でここに来てから一体何度目か、またも心を乱されたのは健輔である。
好きな人の部分は小声ではあったが、確かに菊花はそう言った。
(やっぱり野村は香坂のことを……)
胸のもやつきが止まらない。その香坂直樹は菊花の裸を見ないようにしてやろうと背中を向けていた。
「でもわかるよー菊花ちゃん。ボクもおっぱいか下かどっちか見せなきゃいけないなら下選ぶもん。ちっちゃくて恥ずかしいおっぱいよりもちゃんと整えてる下の方がまだ見せられるよね!」
(整えてる……)
一瞬だけ見えた菊花の秘所が、健輔の脳裏に浮かんだ。モヤモヤしたと思ったら今度はムラムラして、心の機敏が忙しい。
「でも菊花ちゃんがちゃんと整えてるの意外だよね。男らしくボーボーかと思ってた」
「そんなわけないだろ! 大体今は水泳の授業でハイレグの競泳水着着てるし、そんなんだったらはみ出ちゃうだろ!」
(ハイレグっ……! はみ出っ……!)
女の子同士の赤裸々な会話が、健輔を悶々とさせる。
「はいはーい、そろそろゲーム再開しましょうか」
流石に脱線しすぎたようなので、ルシファーが再開を促した。既に直樹はゴールに立っており、健輔はペナルティーマークに向かう。
「それじゃいっくよー!」
位置に付いたところで、リリムがボールを蹴り上げる。今度は丁度よく健輔の近くへと飛んだ。
(どこに蹴るかはあいつの気分次第ってか)
しっかりと狙いを定め、丁度いいタイミングでボールを蹴ろうとする。
と、その時だった。ボールを目で追っているとふと菊花の姿が目に入った。
「先輩頑張れー!」
下半身を隠すのも忘れて応援する菊花の姿が。
ボールは健輔の横を通り過ぎ、地面を跳ねていった。
「あー! どうしたんですか先輩!」
突然の出来事に頭が真っ白になった健輔は、完全にボールが意識から吹っ飛んだのである。
「いやお前隠せよ!」
健輔に突っ込まれて菊花は初めて自分が丸出しであることに気付き、焦りながら両手で隠した。
(もう野村の方は見るな……見たら死ぬ)
「なんか珍しいな、お前がこんなに喋るの」
煩悩を捨て去ろうと目を閉じてゴールに向かう健輔とすれ違った際に、直樹が言った。
「うるせえ」
そうとだけ返し、健輔はゴールの守りについた。相手は下着姿の穂乃可。だが下半身裸の菊花を既に見ているだけに、意外と大したことなく見えた。
例によって普通にやってたら入れられる要素の無い素人シュートを、健輔は余裕でキャッチした。
「野村、お前そんな状態でシュート打てるのか」
菊花の所に戻ってきた健輔は、そう尋ねる。
「大丈夫です! 勝つためならそのくらい我慢します!」
股間を手で隠しながらも堂々とした態度で向かう菊花。だが顔には明らかに恥じらいが出ている。
(おいおい……確かに香坂のこと好きなんだから見られても平気なんだろうが……)
胸がぞわぞわとする。直樹に菊花の下半身を見られてしまうということにここまで嫌な気持ちにさせられるなんて、健輔自身意味がわからなかった。
ゴールに立つ直樹は、できるだけ菊花の下半身を見ないよう気を遣っている様子が見られた。だがシュートを入れられたら、今度は自分と良い仲の穂乃可が脱がされるのである。リリムがボールを蹴り上げた後はたとえ菊花の秘所を見てしまってでもゴールを守ることに集中せねばとは理解していた。
「さあ、いっくよー!」
リリムがボールを蹴る。まだボールが落ち始めるより先に菊花は落下地点を予測して構えた。
(あれをやる気だ)
健輔も直樹も即座に察した。菊花の得意技が出る。だが今の状況でそれはあることを意味していたのである。
菊花はまるで体操選手が如き回転を伴ったジャンプをし、空中で地面に背を向け百八十度近い大開脚。まだ高い位置にあるボールをピンと伸ばした右脚でゴール目掛けて一気に蹴落とした。
小柄で身軽な彼女がその身のこなしを以って放つ、オーバーヘッドキック。いかんと思って目を瞑ってしまった直樹は反応できず、ボールは隕石の如くゴールへと突っ込んだ。
「ゴーーーール!!!」
「やった!」
ガッツポーズする菊花。だが健輔からしてみれば、ある意味ガッツポーズといえる状況であった。
空中での大開脚の際、健輔は丁度角度的に一番よく見える位置にいたのである。
「やりましたよ先輩!」
あまりの衝撃に意識が飛んでいる健輔に、菊花はまた隠すのも忘れて駆け寄る。
「おっおっおま……見えたぞ……全部」
動揺で声を震わせながら、健輔は言った。本物を見たのは、当然初めてである。AVですら普通は見えないようになっている場所だ。一番見えちゃいけない場所も、もう一方の穴も、モロに見てしまったのである。菊花はばつが悪そうに股間を両手で隠した。
「まさかお前狙ってたのか? その……香坂を誘惑とか」
「違いますよ!」
ちょっとむきになった様子で菊花は否定。その際に両手を使って手振りをしたので、またも隠していた部分が健輔の目に晒された。
(いちいち見せ付けてくんのやめろよマジで……)
つい悶々と劣情を催され、何とも言えない気持ちにさせられる。
「本気で香坂先輩からゴールを奪おうと思ったら必殺技くらい使わなきゃって思っただけです!」
(……でも、相手が香坂だから見せてもいいとは思ったってことだよな。結局香坂は目を瞑ってくれて、好きでもない俺に全部見られちまったわけだが)
急に胸が苦しくなる感覚を覚え、健輔は自己嫌悪した。
菊花のゴールで、とうとう穂乃可も三枚目を脱ぐこととなった。
「秋月さんごめん。俺が止められなかったせいで……」
直樹は健輔に正面を向けて穂乃可と背中合わせになるように立ち、健輔の視線から穂乃可を隠している。
「ううん、仕方が無いよ。香坂君、菊花ちゃんの見ないようにしてあげてたんでしょ。私、香坂君のそういう優しくて紳士的なところ、好きだから……」
後ろから聞こえてくるブラを外す音に心臓がはち切れそうだった直樹は、突然の爆弾発言を受けて雷に打たれたように体を震わせた。
直樹が穂乃可の裸体を健輔に見せまいと頑張っているのとは裏腹に、健輔は穂乃可の方を見ようともしていなかった。
(ああそうか、俺は……)
菊花が直樹のことを好きだと思う度妙に胸が痛くなる訳。そんなものは決まっている。
健介の脳裏に浮かぶのは、菊花との出会いの日であった。
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