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第二章

第62話 テレビ局潜入作戦

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「は? 那由太さん!? いやいやいや、確かに彼の女遊びの激しさは業界内でも度々噂になったりはしますが、それが人間じゃないだとか……」

 動揺する小畑に、ルシファーは更にもう一枚写真を見せる。

「こちらの写真をご覧下さい。およそ三十年前、駆け出しのタレントだった頃の阿僧祇です」

 時代を感じさせる、昔のテレビ番組に出ていた時の写真。髪型こそ異なっているが、顔の作りはルシファーの描いた似顔絵と瓜二つ。確かにあの日、小畑の悪夢に出てきた男だった。

「いかに優れた淫魔といえど、全く別の姿への変身はそうそうできることではありません。そこで年齢操作を用いた変装であると私は考えました。そうして割り出したのが、阿僧祇だったというわけです」
「はぁ……」

 次から次へと驚愕の新事実を告げられ、小畑は脳がパンクしそうになった。

「さて、敵の正体が判明したところで、我々はこれより阿僧祇ことテュポーンを討伐に行きます。ただし彼は強敵です。そもそも人を眷属にすることは相当の魔力を持つ熟練の淫魔にしかできないことです」

 ちなみに、淫魔を眷属にするのに必要な魔力は更にそれ以上である。

「領域内に二人同時に召喚できること、そしてその内一人としか性行為をしないことも彼の強さを物語っています。領域への召喚は人数が多いほど多くの魔力を消費し、一定以上の魔力が無ければ複数人を召喚することなどできません。そして普通は領域に二人召喚する場合は三人でのプレイをして、二人分の魔力を得るわけです。そうでもしなければ二人召喚で大きく消費した魔力を補えませんから。ですが彼の場合召喚する二人のうち男性の方は、目の前で恋人を寝取ることで精神的苦痛を与えるためだけに召喚しています。どれだけ精神的苦痛を与えても微塵の魔力にもならないにも関わらずです。何故そのような行為をするかといえば、彼が一人と性行為をするだけで二人召喚の消費量を上回る魔力を得られるからです。淫魔が性行為によって得る魔力は、相手に与えた快楽に比例します。彼は性行為のテクニックにも、よほどの自信があるのでしょう」

 ちなみに淫魔時代のルシファーはいつも四人召喚した上で内一人としかセックスしなかったわけであるが、それでも消費量を大きく上回る魔力を常に得ている。彼のテクニックがどれほど化け物じみているか、実際彼と毎日のようにしているリリムはよく知っている。

「はっきし言って神崎さんの実力で、彼と正面から戦って倒すことは不可能です。よって私の領域にテュポーンを閉じ込め、私の能力を用いて倒すわけです。そして肝心のテュポーンの居場所ですが、阿僧祇那由太は本日テレビ番組の収録があり、テレビ局にいることが判っています。そこで小畑さん、貴方の力を借りてテレビ局に潜入したいのです」
「……それはわかりましたが……貴方は那由太さんを倒すと言いますが一体どうするつもりで? まさか殺すとは言いませんよね?」
「殺しますよ。そうしなければ根本的な解決になりませんから」
「そんなことに協力できるわけないでしょう! 大体彩夏を人殺しにしてたまるか!」

 小畑が怒り出すのは尤もであり、それが常識人の反応だ。だがルシファーも彩夏も、引く気配は無い。

「人じゃないわ。テュポーンは淫魔よ。人に化けた淫魔を殺すのなんて、エクソシストは皆やってる」
「そういうわけです。彼は今も尚被害者を出し続けています。こうしている間にも、彼の毒牙にかかった女性と彼に恋人を寝取られた男性は数を増やしているのですから。それに彼の眷属にされた人は、いずれ魔界に拉致されることが決まっているのです。彼は芸能人に多く手を出していますから、貴方の事務所に所属するアイドルの中にも既に眷属にされている方がいらっしゃるかもしれません」

 これは説得ではない、脅迫だ。小畑はそう感じ取っていた。

「……もしも貴方の言っていることが嘘で無意味な殺人をしようとしていると判ったら、私は貴方と彩夏を全力で止めます。その上で……とりあえず協力は致しましょう」



 小畑の案内でテレビ局に来たルシファー達は、彩夏達と共に正面から堂々と進入した。
 テュポーンほどの淫魔ならば、他の淫魔の接近は魔力反応で感知できる。もしもルシファーの存在に気付かれたら、テュポーンに逃げられる可能性が高い。よってルシファーは淫魔の持つ魔力を一時的にゼロに近い状態にする魔法を自身とリリムにかけ、完全に人間に化けた状態でテレビ局に入ったのである。

「うひゃー、ボクテレビ局なんて初めて。わっ、あの人テレビで見たことある!」
「キョロキョロするな、みっともない」

 初めて見る光景に興奮気味のリリムを、ルシファーが窘める。

「それにしても……皆貴方のこと見てるわね」
「まあ、仕方あるまい」

 彩夏の言葉を、ルシファーは謙遜することなく肯定。
 実際、局内の人々は誰もがルシファーに注目していた。
 あのイケメンは何者だと騒ぐ記者、あまりの美しさに見蕩れて頬を染める女性達、敗北感に打ちひしがれるイケメンアイドル。敵に見つからないよう隠密行動しているとは思えぬ目立ちっぷりである。
 今回ルシファーは、翼こそ仕舞っているがあえてルシファーの姿そのままで人前に姿を現している。これが最も自然体であり、最も魔力反応を抑えられ感知されにくくなるためだ。

「やあ小畑ちゃん」

 と、そこで見知らぬ中年男性が小畑に話しかけてくる。その隣には彩夏より年上の女性アイドル。ルシファーはふと、何かに気付いたように女性アイドルの顔をじっと見た。これほどの美男子に見つめられた彼女は、ポッと頬を染める。
 小畑と彩夏が二人に挨拶をすると、リリムもそれにつられて頭を下げた。彩夏達四人の始めた世間話の内容から察するに、中年男性は彩夏の所属とは別の芸能事務所のプロデューサーのようである。

「ところで小畑ちゃん、君すんごい逸材見つけてきたね。彼絶対バカ売れするよ。オーラが違うもんオーラが」
「は、はぁ……」
「じゃ、我々はこれで」
「彩夏ちゃんもお元気で」

 軽く世間話をした後、二人は忙しそうに去ってゆく。それを見送った後、小畑はルシファーの顔を見た。

「うちには男性アイドル部門もありまして。ルシファーさん、アイドル活動に興味は……」
「ありません」

 きっぱり即答されて、小畑はしょんぼり。そしてそれに不服そうなのがリリムである。

(ボクだって美少女なのに全然注目されないしスカウトもされないんだけどー!)

 だが致し方ないのである。ルシファーが側にいたら、どんな美男美女も空気同然の存在感になってしまう。

「ところで先程の女性、眷属にはされていないようだが既にテュポーンにやられている」
「えっ!?」

 驚きの声を上げる小畑。

「む……あちらの女性も」

 次にルシファーは目を向けたのは、夕方のニュースでお馴染みの女子アナ。こちらもルシファーに見つめられたことで幸せそうに胸を高鳴らせている様子だった。

「それだけじゃない、あちらもか」

 続いては局の職員と思わしき女性。例によってこちらも頬を染め、挙動不審に目を泳がせていた。

「酷いもんだ。この局内だけでも相当被害が広がっている」

 彼女達はテュポーンの一件をあくまで夢だと認識しており、本人はさして気にしてもいないのかもしれない。だが事件は現実に起こったことであり、この状況はテュポーンの邪悪さをこれでもかというほど物語っていた。

「ところで先生はあんまり女の人を見つめたりしない方がいいと思う」
「肝に銘じておく」

 リリムから嫉妬交じりの指摘を受け、ルシファーはばつが悪そうに答えた。淫魔の能力としての魅了テンプテーションは効かずとも、一般的な意味での魅了は当然されてしまうのである。


「那由太さんの控室はこちらです」

 視線を浴びせられ続けながらテレビ局内を進んだルシファーは、小畑の案内で阿僧祇那由太の名前が書かれた札の貼られた一室へと辿り着いた。

「おはようございます那由太さん、神崎彩夏です」

 彩夏が戸を叩き阿僧祇を呼ぶと、中から「どうぞ」と声がした。彩夏が扉を開けると、阿僧祇はでれっとした表情で出迎える。

「どうしたのかな彩夏ちゃん。おぢさんに相談でも?」

 スケベ丸出しの様子だった阿僧祇だが、彩夏の後ろに立つルシファーを見た途端ぎょっと目を見開いた。
 ルシファーの瞳は印刷やテレビ画面に映った人には反応しないが、本人を一目見ればその人物の正確な情報を得られる。

(こいつがテュポーンだ!)

 それを視た瞬間、テュポーンが逃げるより早くルシファーは領域を展開した。今回の領域は、バラエティ番組のセットのような派手で明るい内装である。テュポーンは歯を食いしばり、キョロキョロと辺りを見回していた。
 だがそれ以上に驚いているのは、彩夏やリリムと共に領域に召喚された小畑である。

「これはあの時の夢と似ている……まさか本当に淫魔なんてものが存在したのか……!」

 半信半疑でルシファーについてきた小畑だが、この超展開を見せられては信じざるを得ない。
 そしてそこに、漆黒の翼を携えた黒スーツ姿のルシファーが降り立ったのである。

「ようこそ愛天使領域キューピッドゾーンへ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー。阿僧祇那由太、いや、淫魔“略奪のテュポーン”。お前の正体は解っている」

 精悍な目つきでまっすぐ見つめられた阿僧祇は暫く動揺していたが、やがてその表情は不気味な笑みに変わった。

「まさか、こうして実際に顔を合わせる日が来ようとはな、“寝取りのルシファー”」

 そう言いながら阿僧祇――テュポーンはその身を変化させる。五十代の大物タレントは、みるみるうちに若返って二十代の美男子へと変貌したのである。

「お前はあの時の!!!」

 小畑が指を差して叫んだ。忘れもしない、一年前のあの悪夢に出てきた男を。だがテュポーンは一度小畑を見て鼻で笑った後、すぐにまたルシファーに視線を向けた。

「俺がお前のやり方をパクったのが気に食わなくて殺しに来たのか?」
「俺はそこまで狭量じゃないさ。だが俺がお前を殺しに来たのは正解だ。ただしキューピッドとしてな」
「キューピッド……? あの馬鹿げた噂は本当だったのか」

 ルシファーがキューピッドになったという話は淫魔の間で噂として広まっているようだが、こうしてデマだと認識している者も少なくないようだ。

「先生、あいつの経験人数……」
「ああ、わかってる」

 テュポーンの経験人数は九千九百九十九人。淫魔テュポーンとしてだけでなく大物タレント阿僧祇那由太として抱いた人数も含めた、五十五歳の淫魔としては破格の人数だ。

「確かにそれだけの魔力を持つのにも頷ける数だな。リリム、神崎、気を引き締めておけよ」

 リリムは頷き、彩夏はロザリオをぎゅっと握る。

「テュポーン! 私はエクソシストとしてお前を斬りに来た!」

 白銀の聖剣が空を切る。彩夏は剣先をテュポーンの鼻面に向けて叫んだ。

「まさか彩夏ちゃんがエクソシストで、ルシファーと一緒に襲ってくるとはね……夢でも見てるんじゃないかと思うよ」

 それでもなお笑ってみせるテュポーン。それは自らの死を知ってのものか。否、この愉快そうなせせら笑いは自分がこれから死ぬとは微塵も思っていない顔だ。

「いるんだよなぁ、こういう独力で俺の正体を調べて討伐に来る酔狂なエクソシストが。尤もそういう奴らは全員殺してやったがね。だが協会が頼りにならないからって淫魔と手を結んできたのは君が初めてだけどね」
「協会が頼りにならないって……どういうこと!?」
「俺は協会の日本支部長と討魔会の会長に賄賂を贈ってるんだ。だからどちらも俺の正体が淫魔であることを隠すのに協力してくれてるし、組織立って俺を狙うこともない。お陰でこうして大物タレントとして好きに淫魔活動できてるわけさ」
「そんな……討魔会が淫魔から賄賂を受け取ってるという話は小耳に挟んだことがあるけれど、まさか協会も同じことを!?」
「日本で活動する淫魔の間では有名な話だ」

 彩夏の言葉に、ルシファーが返す。

「協会日本支部も討魔会も、トップが腐ってる。だから日本じゃ俺やこいつみたいな淫魔が堂々と蔓延るんだよ。尤も俺の場合は賄賂なんか渡さなくても強すぎるせいで誰からも襲われないわけだが……」
「フッ、だが知っているぞルシファー、お前が見る影もないほど弱体化したことはな。そして彩夏ちゃん……君は単純に弱い。二人がかりで来ようが、俺の勝利は揺るがないのさ」
「確かに神崎は弱い。だが弱者が強者に勝つ方法などいくらでもあるのだ。たとえばゲーム――お前の得意なあっち向いてホイとかな」

 ルシファーの言葉に呼応するように、彩夏が前に出てテュポーンと対峙する。

「どの道あんたを倒したらエクソシストは辞めるつもり。協会の腐敗なんか関係ないわ。あんたの相手は私よ。脱衣ゲームを始めましょう!」
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