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第二章
第56話 アイドルリベンジャー・2
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らしくないミスにより無様な転倒をしたルシファーの姿を見るリリムは、口元を押さえ唖然としていた。ルシファーのこんな姿は信じられないし、信じたくないと思った。
ルシファーが特技とすることの一つが演技である。彼は目的を成すためならば道化を演じることを厭わない男であり、勝つための布石としてずっこけるくらいのことは平気でやるだろう。
だが果たしてあの転倒は、本当に演技だったのか。リリムは眠気に襲われる瞼を必死に持ち上げて、ルシファーの決闘をその目に収めていた。
苦渋の表情で歯を食いしばりながら体を起こすルシファーは、ハンカチを取り出してパネルの血を拭いていた。
「やれやれ、こんなものを見落としていたとは、眠気というのは厄介なものだ」
血に濡れたハンカチをポケットに仕舞うと、ルシファーはジャケットを脱ぎ捨てる。
「俺に一枚脱がせたことを、とりあえずは褒めてやろう。では、ゲームを再開しようか」
あれほど格好悪い転倒を見せたにも関わらず何事もなかったかのように堂々とした態度で筐体に上がるルシファー。
中断されていた曲が再び流れ始めると、二人はキレのあるステップを踏み始める。
表面上は平静を装っているルシファーだが、こうしている間にも痛みと眠気と出血がその身を蝕み続けているのだ。
そして二曲目も、次第に終わりが見えてきた。ここまでは順調。だがその時、ルシファーは身の異変に気付いた。
一瞬視界が霞み、体がぐらりと揺れる。気付いた時、ルシファーはパネルに膝をついていた。
『ルシファー、アウトー』
またも鳴り響くブザーとアナウンス。ルシファーは握った拳を震わせていた。
(く……こいつは想像以上にキツい戦いになりそうだ……)
慢心は、あった。ルシファーが最後に聖剣の傷を受けたのは、何百年というほど前の話だ。それが魔族にとってどれほど恐ろしいものであっても、ルシファーからしてみれば簡単に避けられる程度の代物でしかない。わざと刺されて傷を負った時のことなど、これまで考えてもこなかったのである。
「そんな……先生が二回もミスするなんて……」
ショックに震えるリリム。だけどもその脳裏には、ふと逆転の一手が思い浮かんでいた。
「そうだ、彩夏ちゃんを魅了しちゃえばいいんだよ、ボクの時みたいに! 脱いだ先生は女の子相手には無敵なんだ!」
「いや、それは無理だ」
が、ルシファーはそれをきっぱりと否定。
「俺は罪魔の紋に、人間との性行為という罪を刻んだ。それによって俺のテンプテーションは、人間には効かないんだ」
そう言いながらルシファーはシャツを脱ぎ捨て、むき出しの上半身を露にする。普段のリリムなら大興奮するところだが、今日はそうはいかない。露となった脇腹を貫く風穴からは今も血が流れ続けており、その姿があまりにも痛々しいのである。
「フ……こいつはどうやら、ここまで脱いで正解だったかもしれんな。お陰で傷口の様子をはっきりと見ることができた」
そう言うとルシファーは、何を思ったか右手に青い炎を浮かべた。
「先生、何を……」
「あまりやりたくはなかったが、致し方あるまい」
リリムの心配を他所に、ルシファーは青い炎を傷口に当てる。傷口を焼いて強引に止血しようという魂胆だ。
「うっ……ぐあああああ……」
大の男が唸り声のような悲鳴を上げ、その痛みの程が窺い知れる。腹を抱えるように前のめりになり、口からはポタポタと唾液が垂れた。
やがて炎が消えると、そこには先程の刺し傷よりも更に痛々しい焼け焦げた跡。ルシファーは左の手首で口元の涎を拭い、右手で前髪を掻き上げ冷や汗を拭った。
「フゥー……一瞬気絶しかけたが……これで血は止まった。それにお陰様で目も覚めた」
そう言い放って彩夏の方を見ると、今度はあちらが冷や汗をかいていた。正気を疑う行動を目の前で見せられれば、動揺せざるを得なかった。
「少々喉が渇いた。水分補給をしておこう」
ルシファーがそう言うと、ルシファーと彩夏それぞれの筐体脇に設置された台にスポーツドリンクの入ったペットボトルが出現した。早速それを開けて飲み始めるルシファーだが、彩夏は触れようともしない。
「どうした神崎。このゲームはひどく汗をかくからな、お前も水分補給をしておけ」
「私を敵から渡された飲み物に手を付けるバカだとでも思ってるの?」
「薬を入れたとでも疑ってるのか。生憎それは何も混ぜ物をしていない、正真正銘市販のスポーツドリンクだ。安心して飲んでいいぞ」
「それを素直に信じるとでも?」
「俺は担任として、お前の身を案じて言っているんだ」
強い口調で諭されると、彩夏は渋々とドリンクを口にした。
「……先生ぶらないでって言ってるでしょう」
「では、ゲームを再開しようか」
再び曲が流れ、二人は踊り始める。刺された時より痛い思いをしたルシファーだが、その動きはかえって良くなっていた。
ほどなくして二曲目も終わりを迎え、二人は一息ついて再び水分補給。
「先生! 本当に大丈夫なの!?」
「気にするな。大したダメージじゃない」
不安に震えるリリムに対し、ルシファーは驚くほど冷静。その目には既に勝ち筋が見えているかのようであった。
「あ、彩夏ちゃん……」
そのリリムの横でゲームを見守る信司は、未だこの状況に対する混乱が抜けずにいた。自分の大好きなアイドルが、復讐のために人を刺した。水着姿すら解禁していないアイドルが、ブラジャー姿で踊っている。一体何をどうしたらいいのやら、とにかくわけがわからなかった。
一方ルシファーの出したスポーツドリンクをまだ疑っている彩夏は、自分の体調を慎重に観察している。
(今のところ、体に異常は無し……)
「では、次の曲をかけるとしようか」
二人とも呼吸が整ったところで、ルシファーはゲームを再開させる。
そして流れた曲に最初に反応を見せたのは、信司であった。
「こっ、この曲は!!」
まさかこの場面でこの曲が流れるとは、リリムも彩夏も予想していなかった。
聞こえてきたのは、彩夏の声だった。神崎彩夏を代表する大ヒット曲、青春カモンベイベー。それはまさしく彩夏の十八番であり、ルシファーにとっては不利しかない代物だった。
「何考えてるの先生! このタイミングで彩夏ちゃんの曲なんて!」
リリムの叫びを聞いていないかの如く、ルシファーはカッコ可愛いアイドルダンスをキレキレで踊り始める。
対する彩夏も自分の曲とあっては手抜き一切無し、ステージさながらの完璧なダンスを披露していた。
(恋咲さんの言う通り……あいつがこの曲を選んだ意図は一体……?)
そんな最中にも、彩夏は安心も慢心もすることなくルシファーの選曲に疑いを持つ。
そして次の瞬間、領域にブザーが鳴り響いたのである。
『神崎彩夏、アウトー』
誰もが耳を疑うアナウンス。まだ曲が始まってそう経たない内から起こった、まさかの事態。彩夏自身が、誰よりも衝撃を受けていた。
「待ってどういうこと!? 私は何も間違えてなんか……」
事実、彩夏のダンスは非の打ち所がないくらいに完璧であった。だがルシファーは、狙い通りとばかりにせせら笑う。
「生憎だったな神崎。この『青春カモンベイベー』の譜面は音ゲー用に調整されたもの。実際のステージ用ダンスとは、細部が異なっている」
「な……」
「つまり神崎、お前は踊り慣れたこの曲を、本来と少しだけ違う振りで踊り続けねばならないというわけだ」
これがルシファーの策。彩夏は開いた口が塞がらなかった。
「こんな卑怯な手で……勝って嬉しいかルシファー!!」
「その言葉、催眠の香を使う奴にそっくりそのまま返しておこう。さて神崎、ミスした者は脱ぐルールを忘れてはいまいな?」
突き付けられた現実と、敗者の掟。それはただでさえ打ちひしがれている彩夏への追い打ちであった。
「あ、彩夏ちゃん……」
信司が唾を呑む。彩夏が何も言わずスカートのホックを外すと、信司の心臓がドキンと跳ねた。
ファスナーを下ろしてストンと落ちたスカートは、すっと消滅する。スカートの下には当然のようにパンチラ防止用の短パンを穿いていた。
「勿論、その短パンも脱いで貰うぞ」
ルシファーに言われると、無言のまま不機嫌そうに短パンも下ろす。ブラとセットになった白とピンクのストライプ柄ショーツが、信司の目に露となった。
神崎彩夏は実はお尻が大きい、というのがファンの間では定説であったが、実際見てみればなるほど確かに大きめな方である。
「あああ彩夏ちゃんのぱぱぱぱんつ……」
動揺して声が震える信司の下半身は、しっかりと男の反応を示していた。
「凄いよ先生! これでもう勝ったも同然だ!」
その横でリリムはガッツポーズ。踊り慣れたダンスだからこそミスを誘われる驚愕の一手を見せられて、リリムの気も上がっていた。
「これで満足?」
蔑みの目をルシファーに向け、彩夏はアイドルらしからぬドスを効かせた声で言い放つ。
「ああ、良い脱ぎっぷりだ」
ペットボトルの蓋を閉めて台に置くと、ルシファーは彩夏の準備を待つ。
こちらも水分補給を済ませた彩夏は、下着姿のまま筐体に立ちゲームの開始に備えた。
「では、曲を再開するとしよう」
再び流れ出す、彩夏の歌声。だがその時、リリムは彩夏の表情に異変を見た。
(あの目つきは……!)
二度に渡るお風呂ゲームで彩夏が見せた鋭い目つきを、今ここで再び顕現させる。彩夏があの目つきになった時は、ジャンケンが驚くほど強くなるのだ。勝つことは勿論のこと、わざと負けることすら自在なほどに。
筐体の画面を注視する彩夏は、青春カモンベイベー本来のダンスを無視した動きをしていた。一切ミスすることなく的確に矢印を踏んでゆく姿に、リリムは愕然とする。
(まさか……音楽を聴いていない!?)
隣を見る余裕の無いルシファーに代わって、リリムは彩夏の様子を観察していた。集中力を高めて音楽を耳に入れず、矢印だけを見てステップを踏む。それが彩夏の採った攻略の手段。
ルシファーも彩夏が一切ミスをしないことに気付き、表情は険しくなっていた。
(まったく大した奴だよ神崎。こうも容易く切り札を攻略されてしまうとはな……)
起死回生の一手、破れたり。それを自覚したもののルシファーは焦ることなく踊り続け、遂に曲はフィニッシュを迎えた。
「そ、そんな……」
リリムの落胆の声が漏れる。
一息ついた彩夏は集中状態を解き、水分補給。
「覚悟しなさい寝取りのルシファー。卑怯な策を弄しても私には通じないのよ!」
「フ……では、次の曲に行くとしようか……」
そう言う声には、どこか疲弊感のある呼吸が混じっていた。
まだ自分の呼吸が整わぬ内から、ルシファーは次の曲をかけようとしている。
(まさか先生、もう体力尽きかけてるんじゃ……)
昨日は不審者と戦い続けて魔力と体力をすり減らし、リリムが彩夏に眠らされたお陰で回復することなく今日を迎えた。その上脇腹を聖剣で刺されて大量出血からの、青い炎で焼いて更なる魔力と体力の消費。そんな状態で激しく踊り続ければ、いつぶっ倒れてもおかしくはないのだ。
顔色もどこか青白く見え、あからさまに体調の悪さが見て取れる。残る衣服は互いに二枚ずつ。果たして彩夏を全裸にするまでにルシファーの体力がもつのか、そもそもルシファーはこのゲームに勝てるのか。リリムの中で、よくない想像が渦巻いていた。
ルシファーが特技とすることの一つが演技である。彼は目的を成すためならば道化を演じることを厭わない男であり、勝つための布石としてずっこけるくらいのことは平気でやるだろう。
だが果たしてあの転倒は、本当に演技だったのか。リリムは眠気に襲われる瞼を必死に持ち上げて、ルシファーの決闘をその目に収めていた。
苦渋の表情で歯を食いしばりながら体を起こすルシファーは、ハンカチを取り出してパネルの血を拭いていた。
「やれやれ、こんなものを見落としていたとは、眠気というのは厄介なものだ」
血に濡れたハンカチをポケットに仕舞うと、ルシファーはジャケットを脱ぎ捨てる。
「俺に一枚脱がせたことを、とりあえずは褒めてやろう。では、ゲームを再開しようか」
あれほど格好悪い転倒を見せたにも関わらず何事もなかったかのように堂々とした態度で筐体に上がるルシファー。
中断されていた曲が再び流れ始めると、二人はキレのあるステップを踏み始める。
表面上は平静を装っているルシファーだが、こうしている間にも痛みと眠気と出血がその身を蝕み続けているのだ。
そして二曲目も、次第に終わりが見えてきた。ここまでは順調。だがその時、ルシファーは身の異変に気付いた。
一瞬視界が霞み、体がぐらりと揺れる。気付いた時、ルシファーはパネルに膝をついていた。
『ルシファー、アウトー』
またも鳴り響くブザーとアナウンス。ルシファーは握った拳を震わせていた。
(く……こいつは想像以上にキツい戦いになりそうだ……)
慢心は、あった。ルシファーが最後に聖剣の傷を受けたのは、何百年というほど前の話だ。それが魔族にとってどれほど恐ろしいものであっても、ルシファーからしてみれば簡単に避けられる程度の代物でしかない。わざと刺されて傷を負った時のことなど、これまで考えてもこなかったのである。
「そんな……先生が二回もミスするなんて……」
ショックに震えるリリム。だけどもその脳裏には、ふと逆転の一手が思い浮かんでいた。
「そうだ、彩夏ちゃんを魅了しちゃえばいいんだよ、ボクの時みたいに! 脱いだ先生は女の子相手には無敵なんだ!」
「いや、それは無理だ」
が、ルシファーはそれをきっぱりと否定。
「俺は罪魔の紋に、人間との性行為という罪を刻んだ。それによって俺のテンプテーションは、人間には効かないんだ」
そう言いながらルシファーはシャツを脱ぎ捨て、むき出しの上半身を露にする。普段のリリムなら大興奮するところだが、今日はそうはいかない。露となった脇腹を貫く風穴からは今も血が流れ続けており、その姿があまりにも痛々しいのである。
「フ……こいつはどうやら、ここまで脱いで正解だったかもしれんな。お陰で傷口の様子をはっきりと見ることができた」
そう言うとルシファーは、何を思ったか右手に青い炎を浮かべた。
「先生、何を……」
「あまりやりたくはなかったが、致し方あるまい」
リリムの心配を他所に、ルシファーは青い炎を傷口に当てる。傷口を焼いて強引に止血しようという魂胆だ。
「うっ……ぐあああああ……」
大の男が唸り声のような悲鳴を上げ、その痛みの程が窺い知れる。腹を抱えるように前のめりになり、口からはポタポタと唾液が垂れた。
やがて炎が消えると、そこには先程の刺し傷よりも更に痛々しい焼け焦げた跡。ルシファーは左の手首で口元の涎を拭い、右手で前髪を掻き上げ冷や汗を拭った。
「フゥー……一瞬気絶しかけたが……これで血は止まった。それにお陰様で目も覚めた」
そう言い放って彩夏の方を見ると、今度はあちらが冷や汗をかいていた。正気を疑う行動を目の前で見せられれば、動揺せざるを得なかった。
「少々喉が渇いた。水分補給をしておこう」
ルシファーがそう言うと、ルシファーと彩夏それぞれの筐体脇に設置された台にスポーツドリンクの入ったペットボトルが出現した。早速それを開けて飲み始めるルシファーだが、彩夏は触れようともしない。
「どうした神崎。このゲームはひどく汗をかくからな、お前も水分補給をしておけ」
「私を敵から渡された飲み物に手を付けるバカだとでも思ってるの?」
「薬を入れたとでも疑ってるのか。生憎それは何も混ぜ物をしていない、正真正銘市販のスポーツドリンクだ。安心して飲んでいいぞ」
「それを素直に信じるとでも?」
「俺は担任として、お前の身を案じて言っているんだ」
強い口調で諭されると、彩夏は渋々とドリンクを口にした。
「……先生ぶらないでって言ってるでしょう」
「では、ゲームを再開しようか」
再び曲が流れ、二人は踊り始める。刺された時より痛い思いをしたルシファーだが、その動きはかえって良くなっていた。
ほどなくして二曲目も終わりを迎え、二人は一息ついて再び水分補給。
「先生! 本当に大丈夫なの!?」
「気にするな。大したダメージじゃない」
不安に震えるリリムに対し、ルシファーは驚くほど冷静。その目には既に勝ち筋が見えているかのようであった。
「あ、彩夏ちゃん……」
そのリリムの横でゲームを見守る信司は、未だこの状況に対する混乱が抜けずにいた。自分の大好きなアイドルが、復讐のために人を刺した。水着姿すら解禁していないアイドルが、ブラジャー姿で踊っている。一体何をどうしたらいいのやら、とにかくわけがわからなかった。
一方ルシファーの出したスポーツドリンクをまだ疑っている彩夏は、自分の体調を慎重に観察している。
(今のところ、体に異常は無し……)
「では、次の曲をかけるとしようか」
二人とも呼吸が整ったところで、ルシファーはゲームを再開させる。
そして流れた曲に最初に反応を見せたのは、信司であった。
「こっ、この曲は!!」
まさかこの場面でこの曲が流れるとは、リリムも彩夏も予想していなかった。
聞こえてきたのは、彩夏の声だった。神崎彩夏を代表する大ヒット曲、青春カモンベイベー。それはまさしく彩夏の十八番であり、ルシファーにとっては不利しかない代物だった。
「何考えてるの先生! このタイミングで彩夏ちゃんの曲なんて!」
リリムの叫びを聞いていないかの如く、ルシファーはカッコ可愛いアイドルダンスをキレキレで踊り始める。
対する彩夏も自分の曲とあっては手抜き一切無し、ステージさながらの完璧なダンスを披露していた。
(恋咲さんの言う通り……あいつがこの曲を選んだ意図は一体……?)
そんな最中にも、彩夏は安心も慢心もすることなくルシファーの選曲に疑いを持つ。
そして次の瞬間、領域にブザーが鳴り響いたのである。
『神崎彩夏、アウトー』
誰もが耳を疑うアナウンス。まだ曲が始まってそう経たない内から起こった、まさかの事態。彩夏自身が、誰よりも衝撃を受けていた。
「待ってどういうこと!? 私は何も間違えてなんか……」
事実、彩夏のダンスは非の打ち所がないくらいに完璧であった。だがルシファーは、狙い通りとばかりにせせら笑う。
「生憎だったな神崎。この『青春カモンベイベー』の譜面は音ゲー用に調整されたもの。実際のステージ用ダンスとは、細部が異なっている」
「な……」
「つまり神崎、お前は踊り慣れたこの曲を、本来と少しだけ違う振りで踊り続けねばならないというわけだ」
これがルシファーの策。彩夏は開いた口が塞がらなかった。
「こんな卑怯な手で……勝って嬉しいかルシファー!!」
「その言葉、催眠の香を使う奴にそっくりそのまま返しておこう。さて神崎、ミスした者は脱ぐルールを忘れてはいまいな?」
突き付けられた現実と、敗者の掟。それはただでさえ打ちひしがれている彩夏への追い打ちであった。
「あ、彩夏ちゃん……」
信司が唾を呑む。彩夏が何も言わずスカートのホックを外すと、信司の心臓がドキンと跳ねた。
ファスナーを下ろしてストンと落ちたスカートは、すっと消滅する。スカートの下には当然のようにパンチラ防止用の短パンを穿いていた。
「勿論、その短パンも脱いで貰うぞ」
ルシファーに言われると、無言のまま不機嫌そうに短パンも下ろす。ブラとセットになった白とピンクのストライプ柄ショーツが、信司の目に露となった。
神崎彩夏は実はお尻が大きい、というのがファンの間では定説であったが、実際見てみればなるほど確かに大きめな方である。
「あああ彩夏ちゃんのぱぱぱぱんつ……」
動揺して声が震える信司の下半身は、しっかりと男の反応を示していた。
「凄いよ先生! これでもう勝ったも同然だ!」
その横でリリムはガッツポーズ。踊り慣れたダンスだからこそミスを誘われる驚愕の一手を見せられて、リリムの気も上がっていた。
「これで満足?」
蔑みの目をルシファーに向け、彩夏はアイドルらしからぬドスを効かせた声で言い放つ。
「ああ、良い脱ぎっぷりだ」
ペットボトルの蓋を閉めて台に置くと、ルシファーは彩夏の準備を待つ。
こちらも水分補給を済ませた彩夏は、下着姿のまま筐体に立ちゲームの開始に備えた。
「では、曲を再開するとしよう」
再び流れ出す、彩夏の歌声。だがその時、リリムは彩夏の表情に異変を見た。
(あの目つきは……!)
二度に渡るお風呂ゲームで彩夏が見せた鋭い目つきを、今ここで再び顕現させる。彩夏があの目つきになった時は、ジャンケンが驚くほど強くなるのだ。勝つことは勿論のこと、わざと負けることすら自在なほどに。
筐体の画面を注視する彩夏は、青春カモンベイベー本来のダンスを無視した動きをしていた。一切ミスすることなく的確に矢印を踏んでゆく姿に、リリムは愕然とする。
(まさか……音楽を聴いていない!?)
隣を見る余裕の無いルシファーに代わって、リリムは彩夏の様子を観察していた。集中力を高めて音楽を耳に入れず、矢印だけを見てステップを踏む。それが彩夏の採った攻略の手段。
ルシファーも彩夏が一切ミスをしないことに気付き、表情は険しくなっていた。
(まったく大した奴だよ神崎。こうも容易く切り札を攻略されてしまうとはな……)
起死回生の一手、破れたり。それを自覚したもののルシファーは焦ることなく踊り続け、遂に曲はフィニッシュを迎えた。
「そ、そんな……」
リリムの落胆の声が漏れる。
一息ついた彩夏は集中状態を解き、水分補給。
「覚悟しなさい寝取りのルシファー。卑怯な策を弄しても私には通じないのよ!」
「フ……では、次の曲に行くとしようか……」
そう言う声には、どこか疲弊感のある呼吸が混じっていた。
まだ自分の呼吸が整わぬ内から、ルシファーは次の曲をかけようとしている。
(まさか先生、もう体力尽きかけてるんじゃ……)
昨日は不審者と戦い続けて魔力と体力をすり減らし、リリムが彩夏に眠らされたお陰で回復することなく今日を迎えた。その上脇腹を聖剣で刺されて大量出血からの、青い炎で焼いて更なる魔力と体力の消費。そんな状態で激しく踊り続ければ、いつぶっ倒れてもおかしくはないのだ。
顔色もどこか青白く見え、あからさまに体調の悪さが見て取れる。残る衣服は互いに二枚ずつ。果たして彩夏を全裸にするまでにルシファーの体力がもつのか、そもそもルシファーはこのゲームに勝てるのか。リリムの中で、よくない想像が渦巻いていた。
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