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第二章
第48話 男の本能
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「あ、黒羽先生ー」
大浴場を出た後菊花と共に旅館内を散策していたリリムは、廊下でルシファーと鉢合わせた。
「おや、どうしました恋咲さん」
「先生もお風呂上がり?」
浴衣姿のルシファーを見て、リリムが尋ねる。
「ええ、せっかくなので貸切露天風呂を堪能してきました」
「露天風呂! いいなー!」
わざわざ追加料金を払って貸切風呂を利用したのは、入浴に際して輪島先生に素顔を見られることを危惧したためだ。冴えないおとぼけおじさんキャラでい続けるには、瓶底眼鏡の下の麗しい素顔は人に見せるべきではないのである。
「では、私は部屋長会議の監督がありますのでこれで」
そう言ってリリム達に手を振ったルシファーであるが、丁度その時リリムが何やら悪戯を思いついたような顔をしたので少々不安を覚えた。
この旅館で綿環高校の生徒が寝泊りする部屋は、各クラス男女一部屋ずつの計八部屋。各クラスの学級委員はそれぞれの部屋長を務めることとなっている。
現在部屋長達は旅館の小部屋を一つ借り、畳に腰を下ろして今日の出来事や明日の予定を話し合っていた。
「えー、それではこれより部屋長会議を始めます」
そう言って取り仕切るのは、A組学級委員長の志藤克義。
「というわけで、まずは報告! うちと克義君、付き合うことになりました!」
と、そこでC組副委員長の蘇我陽毬が克義に肩を寄せて言った。
「そうなんだ。おめでとう」
B組学級委員長の島本悠里が、笑顔で祝福。好きだった人からこうして祝われることに、克義は少々複雑な気持ちにさせられた。
「ていうかさ、島本さんは佐藤君と付き合ってて、一色君は琴子と付き合ってるでしょー?」
陽毬が顔を向けたのは、C組学級委員長の一色英治。何かと派手な副委員長のお陰であまり目立たない男子である。その恋人は水泳部員で佐奈の友達の京本琴子。つまり二人で試験勉強していたらムラムラしてきて初体験まで行ってしまった男とは彼のことだ。
「そんで相馬さんは大学生の彼氏がいると」
続いて陽毬が話しかけたのはA組副委員長の相馬未久。ショートカットでクールな雰囲気の眼鏡っ娘である。
「てことはこの中でまだ彼氏彼女いないのってD組の二人だけでしょ?」
「そうですね」
話を振られたD組学級委員長の長森芹奈は、そっけない反応だった。
「だったらさぁ、このまま二人で付き合っちゃえばよくない?」
目をキラキラさせながら、陽毬は提案。それを聞いたD組副委員長の杉森道雄はドキリとしたのである。
「いえ、それはお断りします」
澄んだ声できっぱりと、芹奈はお断りを表明。道雄はガックリと肩を落とした。
実は道雄も、孝弘と同じく委員長の女子とお近づきになりたくて副委員長に立候補した男である。だがそちらと違って上手くいかなかったのは、芹奈に既に好きな男がいたからだ。
芹奈の好きな男については、実に解りやすいものだった。今日の肝試し、道雄は芹奈とペアを組んで参加。そしてリリムの手により世にも恐ろしいゾンビにされてしまった輪島先生が脅かしに出てきた途端。
「キャー!」
そう叫んで芹奈は、ゾンビに抱きついた。間違いなく、ゾンビが輪島であると知った上での行動だろう。不毛な片想いをしていた道雄であるが、唯一の希望は輪島が生徒に手を出すような教師ではないことだった。
「ところで皆さん、世間話はここまでにしてそろそろ部屋長会議を始めませんか。黒羽先生も見ていることですし……」
悠里がそう言うと、一同は一斉に部屋の隅に正座していた黒羽の姿を見る。
「うわっ、黒センいたんだ!? 影薄くて気付かなかった!」
「いえいえ、どうぞ私にはお構いなく楽しい話を続けて下さい」
とは言ったものの先生の手前そういうわけにもいかず、皆は真面目な会議を始めるのである。今日の出来事の纏めや反省を、各々話してゆく。
だがそんな中で、どうにも落ち着かない様子の生徒が一人。B組副委員長の佐藤孝弘である。
何せすぐ隣にいる悠里が妙に色っぽく見えて、心臓が鳴り止まないからだ。まだ少し濡れた髪。風呂上りで火照ってピンクに染まった頬。普段とは少し違った雰囲気の恋人に、孝弘は精神を乱される。
「そういうわけで今日の肝試しについてですが、先生の仮装が怖すぎるという意見が頻発しておりました。佐藤君、何か意見はありますか」
「えっ、あ、えっと……」
そわそわしていたところで突然意見を求められ、うろたえる孝弘。
「確かに、怖すぎて腰を抜かした生徒や失神した生徒もいたそうですし、あのゾンビの仮装はやりすぎだったという点も否めないでしょう」
咄嗟に思い出したのが、ゾンビに驚いて腰を抜かした悠里の姿であった。掌の中に蘇る、悠里の胸の感触。悠里を助けるためとはいえ、急接近の度が過ぎたと感じてしまった。
(思えば今日は、色々と刺激的なことばかりだったな……)
そこから更に海水浴の記憶も想起されて悠里の水着姿や白い肌、柔らかそうなお尻、そして転びそうになった悠里を支えた際に触れ合った心地良さまでもが思い出され、大事な会議の最中にこれはいけないと孝弘は必死に雑念を振り払った。
「続いては私から。懸念されていたナンパや盗撮、不審者等についてですが、先生方が万全の対策を採ってくれたお陰で誰も被害に遭うことなく終わることができました。先生方にはこの場を借りて礼を申し上げます」
未久がそう言って黒羽に頭を下げる。
「いえいえ構いませんよ。生徒の皆さんの安全が第一ですから」
ルシファーは生徒を狙うその手の輩を片っ端から領域に放り込んでは全裸にひん剥き、とりわけ悪質と判断した者には紋章を刻んで付近の警察署に突き出した。お陰で生徒達は安心安全に海水浴を楽しめたのである。
「尤もその手の輩の同類が私のクラスから出てしまったのは残念ではありますが……」
未久が苦い顔でそう言うと、克義が挙手して話し始める。
「A組の男子生徒一名が女湯を覗こうとした件については、クラスを代表して謝罪します。大変申し訳ありませんでした。見張っていた沖田先生のお陰で覗きは未遂に終わったものの、このような行為は許されることではありません。件の生徒は以前より女子生徒に対するセクハラを繰り返しており、何度注意を受けても止める様子の見られない問題児です。現在も反省文を書かされているようですが、指導に留まらず何かしらの処分をすべきだと僕は考えます」
同じクラスで件の生徒の蛮行を度々目撃していた克義は、強い口調でそう主張する。彼自身に恋人ができたことは、その心境に大きな変化をもたらした。陽毬がそのような被害に遭ったらと考えれば、おのずと厳しい考えになった。
と、そこで黒羽が突然立ち上がる。
「すみません、私は所用を思い出したので退席します。皆さんは部屋長会議を続けて下さい」
「わかりました」
「では失礼します」
そうして部屋を出たルシファーが向かった先は、勿論件の生徒が反省文を書かされている部屋である。
件の生徒とは言うまでもなく、セクハラ魔の山城浩太だ。原稿用紙を前に正座させられた浩太は、しかめっ面の沖田先生から睨まれ見下ろされていた。
(あーあ、女湯覗き、行けると思ったんだけどなー……)
「山城、手が止まっているぞ!」
叱られると、浩太は舌打ち。
(ちぇっ、最初は美人で巨乳の先生が担任だーって喜んだのに、中身はこんな説教おばさんだもんなぁ)
浩太が心の中で悪態を吐いていると、丁度襖が開いた。
「失礼します、沖田先生」
「黒羽先生、どうかされましたか」
「生徒指導お疲れ様です。心中はお察しします。ご提案なのですが、この仕事を私が代わりましょうか」
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。私の受け持つ生徒の不祥事は私の責任ですので」
「ですがこのような生徒の相手を女性の方にさせるのは忍びないもので。ここは私に任せ、沖田先生は部屋でおくつろぎ下さい」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ルシファーが穏やかな口調で諭すと、沖田は一礼してそれを承諾した。
「どうか厳しい指導をお願いします」
「ええ、お任せ下さい」
沖田が部屋を出て行くと、代わってルシファーが浩太を見下ろす。だが当の浩太はむしろ、先程までと比べてリラックスしたような様子が見て取れた。
怖い沖田先生がいなくなって、代わりに来たのは温厚で優しい黒羽先生。そう思っているのは明白だ。
「酷いと思いませんか先生!」
しかも突然浩太が被害者面しだしたので、ルシファーは首を傾げる。
「たかが女湯を覗いたくらいで反省文なんて! エロは男の本能ですよ!? そこに女湯があったら覗くでしょ! 先生も男ならわかりますよね?」
そしてその後に口から出てきた言葉は、正気を疑うような自己正当化であった。それも完全に、黒羽を自身の理解者であると認識した上での。
(ああ……こいつは何一つ反省していないな……)
脱衣ゲームの際には浩太が己の所業を反省し改心することを期待して紋章を刻むまではしなかったルシファーであるが、今の浩太を見てそうしなかったことを激しく後悔した。
瓶底眼鏡の奥から軽蔑の視線を送られたことに、浩太が気付くことは無し。そしていつの間にか、浩太は先程までとは違う場所にいた。
「え? な、何だ?」
和室で正座させられていたはずの浩太は、いつの間にか生徒指導室の椅子に腰掛けていた。動揺する浩太であったが、この感覚を過去に経験している彼はすぐに状況を察する。
「こ、これはまさか……」
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
いつもの決まり文句と共に、その男は姿を現した。
「やっぱりあんたか! あん時はよくも俺の記憶を消してくれたな! 女子の裸を見た気がしたのに微塵も覚えてねーんだぞ!」
「それが私のゲームのルールだ」
「ちっ、でもまあいいや。ここに呼ばれたってことは、また脱衣ゲームやるんだろ? で、どこだよ俺のこと好きな女子は」
「そんな女子はいない。君にはこれより私と脱衣ゲームをしてもらう」
そう言った途端、浩太は凄く嫌そうな顔をした。
「ゲーッ、男同士で脱衣ゲームとか誰得だよ! 何でそんな罰ゲームみたいなことしなきゃいけねーんだ!」
「ここ最近の君の言動は目に余る……よって君におしおきを敢行することにした。もしもこのゲームに君が勝てば、無罪放免としてやろう。だが負けた場合、私は君に紋章を刻む。そうなれば君は一生性行為ができなくなり、覗きやセクハラといった類の行為もできなくなる。早い話が――去勢だ」
「ふざけんなー! 何だよそれ! 何の恨みがあってそんな酷いことを! 俺が一体何したってんだよー!」
「何、勝てばいいのだよ、勝てば」
答えたところで本人が反省することはないであろう質問に答えてやるつもりはなく、ルシファーはゲームを強行した。
「それでは、これにて部屋長会議を終わります。皆さんお疲れ様でした」
ルシファーが浩太とゲームをしている間に、部屋長会議は終わっていた。
「よーし、終わりっ! 自由時間だー! さあさあ克義君、一緒に旅館見て回ろー!」
終わるや否や陽毬は克義に腕を絡め、豊かな胸を横から押し当てる。克義はびくりとして少々情けない声を上げるも、抵抗することはなくその感触を堪能するのを心に決めた様子だった。
今日付き合いだしたばかりだというのに臆することなく彼氏にグイグイ攻めていく陽毬の姿を見て、悠里は顔を赤くしていた。そんな初心な姿の可愛らしさに一瞬魅了された孝弘であったが、はっと我に帰り悠里の所へ歩み寄る。
ここは格好良くエスコートせねばと平静を装いつつ手を差し出そうとしたものの、悠里の視線が孝弘とは反対方向にある床に向いたため上げかけた手を引っ込める。
「ボールペンが落ちてる。多分、杉森君のかな」
先程の会議中にそれぞれが使用していたペンを思い出してみると、それはD組副委員長の杉森道雄が使用していたボールペンと一致する。本人は床に置いたままであることに気付かずこの部屋を出て行ってしまったようだ。
「じゃあ、俺が後で届けとくよ」
「ありがとう」
悠里に手渡されたボールペンを、孝弘はポケットに仕舞った。
「あ、そうだ佐藤君、明日の予定なんだけど……」
悠里はしおりの日程表のページを開きそれが孝弘に一番良く見えるように位置取りながら、明日の予定について再確認。恋人として共に過ごす臨海学校を、どうしたら最大限楽しめるかきっちり計画を立てて臨むのである。こういう所は本当に律儀で、尊敬できる彼女だと孝弘は思った。
だがそれはそれとして、無性にムラムラと男の本能が刺激されてしまってもいるのである。いつもより少し近い距離。シャンプーの香りに唆されるように、孝弘の気持ちは高揚していた。
(マズいなぁ……今はまだ紳士でいたいのに)
明日の予定を話している間に他の皆は部屋を出て行ってしまい、気が付けば二人きり。孝弘は唾を飲んだ。こんなにも近寄られては、悠里に触れたくてたまらなくなる。今日は海水浴と肝試しで立て続けに身体を密着させる出来事が起こり、もうこれまでのように手を繋ぐだけでは満足できない気がしてきた。
「……悠里」
そんな言葉が不意に出てくる。いつもと違う呼ばれ方をされた悠里はぴくりと身体を震わせ、孝弘の顔を見ようとした。
その時、孝弘は背中から覆い被さるようにして悠里を抱きしめた。突然の出来事に、悠里はか細い声を上げる。
「嫌だったら、ごめん。悠里があまりに可愛くて……我慢、できなかったんだ」
せめてもの良心からそんな言葉を発する孝弘であったが、その身体は言葉に反して強く悠里を求めている。悠里の体温が上がってゆくのを肌で感じ、互いの鼓動が重なるように早まる。
「少しだけ、こうしててもいいかな……」
逃がさぬとばかりにぎゅっと抱きしめつつも躊躇いがちに尋ねると、悠里は無言のまま真っ赤な顔で小さく頷いた。
小さく細い身体は腕に力を入れすぎれば折れてしまいそうで、興奮しすぎて力まぬよう必死に気持ちを抑える。だけども小動物のように縮こまる姿は男心を大変くすぐり、今すぐにでもどうにかしたくなる衝動に駆られた。
「大好きだよ……悠里……」
そう耳元で囁くと、腕の中で悠里が小さく身体を震わす。
このまま行けるとこまで行ってしまおうか、男の本能がそう告げている。
腰の細さを味わうように腹部に回していた腕を少しずつ上げて、恐る恐る胸に触れようとしたその時。襖の向こうから足音が聞こえた。孝弘が一瞬緊張したのも束の間、襖に手をかける音。
襖が開くより先に、孝弘は慌てて悠里から離れた。部屋に入ってきたのは、D組副委員長の杉森道雄である。
「あ」
襖を開けて早々、道雄はぽかんと口を開けてそう声を発する。恋人同士の男女が二人きり、不自然に棒立ちし揃って顔を紅潮させている。これで何をしていたか察せぬほど、道雄は鈍い男ではない。
「えーっと……ボールペン、落ちてなかった?」
額に汗をかきながら、道雄は恐る恐る尋ねた。
「ああ、それなら後で届けようと思ってたんだ」
ややぎこちない調子で孝弘がポケットからボールペンを取り出し、道雄に手渡す。
「ああ、サンキュー。それと……邪魔してすまん」
ボールペンを受け取った道雄は慌てた様子で、逃げるようにその場を去っていった。
それを見届けた孝弘が悠里に視線を向けると、両掌で顔を覆いながらしゃがみ込んでいた。
「……ごめん、こんな場所であんなことした俺が無神経だった」
「……ううん、気にしないで……」
顔から手をどけて孝弘の顔を見た悠里だが、すぐに恥ずかしくなってまた顔を背けてしまう。潤んだ瞳と焼けたように赤く染まった顔が、一度冷静になりかけた孝弘をまた興奮に引き戻す。
「……大丈夫? 立てる?」
「……うん、大丈夫」
孝弘が冷静を装いながら差し出した手を取り、悠里は立ち上がった。手を繋ぎながらも悠里は俯かせた顔を孝弘から背けたままで、こちらをちらりとも見ようとしない。
「あー……一緒に旅館見て回るのはまた明日にして、今日は部屋戻るか?」
「うん……ごめんね」
キャパオーバー起こしてしまっている様子の悠里に無理はさせられないからと孝弘が提案すると、悠里は申し訳無さそうにしながらそれに応じた。
部屋を出て、悠里がちゃんと歩けそうなことを確認すると孝弘は手を離す。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね、佐藤君」
ちょっとぎこちない雰囲気のまま互いに手を振って、それぞれの部屋がある反対方向へと歩き出した。
(ああ……やらかした。当真の言ったとおりだったかもしれん)
一歩歩くごとに頭が冷えてゆく孝弘は、心の中でそう呟いた。
(しかも後ろからいきなりって、やり口が犯罪者のそれじゃないか。最低だ俺は……)
ムラムラしすぎるあまり男の本能が暴走、好青年の仮面は剥がれ欲にまみれた本心が露になった。つい強引な手段に走り、道雄が水を差さなければ一体どこまで破廉恥な行為に及んでいたか。
(悠里に嫌な思いさせちゃったかな……これからは自制しなければ……)
そう思いながらも孝弘が向かったのは、男子トイレであった。どうしてもムラムラして仕方が無いので、結局それを発散する他無かったのである。
トイレに入った途端、孝弘はその臭いに何とも言えない気持ちにさせられる。同級生女子の水着姿を拝めた日の男子トイレがイカ臭くなるのは、仕方が無いと言えば仕方が無いことなのだ。
(旅館の皆様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ない……)
自分もその迷惑をかける男の一人であることに苛まれながら、それでも孝弘は男の本能に突き動かされるのを止められなかったのである。
一方の悠里は、B組女子の部屋に戻った途端ぽてんと畳の上に座り込んでしまった。
「あれ悠里、どうかしたの?」
佐奈が声をかけるも、反応が無い。もう風呂の熱も冷めてきた頃のはずなのに入浴中以上に顔を赤くして、上の空と言った様子で明後日の方向を眺めている。顔の前で掌を動かしても、それが見えてすらいないように感じられた。
「ちょっ、悠里!? おーい!!」
「ひゃあっ!」
明らかに様子のおかしい悠里を心配して耳元で大声を出すと、ようやく我に帰った悠里が悲鳴を上げた。
「一体何がどうしたの? その様子はもしかして……佐藤君と何かあった!?」
ズバリ図星を突いた一言に、悠里は心臓が跳ねた。そして再び顔が茹でだこのように赤くなり、両掌で顔を覆う。
「まさかホントに!? わぁー! 何があったの!? 教えてよー!」
こんな反応を見せられてしまったら、詮索するのが乙女の性。興味津々で訊いてくる佐奈から、悠里が逃れる術は無かったのである。
一方その頃ルシファーの領域では、丁度ゲームが終わったところであった。
勿論ルシファーは一枚も脱ぐことなく、浩太は粗末な物を丸出しにして項垂れていた。その下腹部には、二枚の黒翼を模った紋章が刻まれている。
「う、嘘だ……こんな……こんなことって……」
「おめでとう、これで晴れて君は一生童貞だ」
「っざけんなよ! じゃあ俺は何を楽しみに生きてきゃいいんだよ! エロは男の本能なんだぞ!」
「男の本能そのものが悪ではない。衝動的に湧いた性欲も時と場合と相手を弁えて使えば、恋愛関係に良いスパイスを与えるものになるだろう。だがお前のような所構わず本能を害として撒き散らす獣に、幸せになる資格は無い。恨むなら己の所業を恨むといい」
浩太を冷たく突き放し、ルシファーは侮蔑の眼差しで見下ろした。それはさながら、自分自身を見るように。ルシファーの罵倒の矛先が真に向けられていたのは、淫魔の本能の赴くままに人に害をなしてきたルシファー自身であったのだ。
大浴場を出た後菊花と共に旅館内を散策していたリリムは、廊下でルシファーと鉢合わせた。
「おや、どうしました恋咲さん」
「先生もお風呂上がり?」
浴衣姿のルシファーを見て、リリムが尋ねる。
「ええ、せっかくなので貸切露天風呂を堪能してきました」
「露天風呂! いいなー!」
わざわざ追加料金を払って貸切風呂を利用したのは、入浴に際して輪島先生に素顔を見られることを危惧したためだ。冴えないおとぼけおじさんキャラでい続けるには、瓶底眼鏡の下の麗しい素顔は人に見せるべきではないのである。
「では、私は部屋長会議の監督がありますのでこれで」
そう言ってリリム達に手を振ったルシファーであるが、丁度その時リリムが何やら悪戯を思いついたような顔をしたので少々不安を覚えた。
この旅館で綿環高校の生徒が寝泊りする部屋は、各クラス男女一部屋ずつの計八部屋。各クラスの学級委員はそれぞれの部屋長を務めることとなっている。
現在部屋長達は旅館の小部屋を一つ借り、畳に腰を下ろして今日の出来事や明日の予定を話し合っていた。
「えー、それではこれより部屋長会議を始めます」
そう言って取り仕切るのは、A組学級委員長の志藤克義。
「というわけで、まずは報告! うちと克義君、付き合うことになりました!」
と、そこでC組副委員長の蘇我陽毬が克義に肩を寄せて言った。
「そうなんだ。おめでとう」
B組学級委員長の島本悠里が、笑顔で祝福。好きだった人からこうして祝われることに、克義は少々複雑な気持ちにさせられた。
「ていうかさ、島本さんは佐藤君と付き合ってて、一色君は琴子と付き合ってるでしょー?」
陽毬が顔を向けたのは、C組学級委員長の一色英治。何かと派手な副委員長のお陰であまり目立たない男子である。その恋人は水泳部員で佐奈の友達の京本琴子。つまり二人で試験勉強していたらムラムラしてきて初体験まで行ってしまった男とは彼のことだ。
「そんで相馬さんは大学生の彼氏がいると」
続いて陽毬が話しかけたのはA組副委員長の相馬未久。ショートカットでクールな雰囲気の眼鏡っ娘である。
「てことはこの中でまだ彼氏彼女いないのってD組の二人だけでしょ?」
「そうですね」
話を振られたD組学級委員長の長森芹奈は、そっけない反応だった。
「だったらさぁ、このまま二人で付き合っちゃえばよくない?」
目をキラキラさせながら、陽毬は提案。それを聞いたD組副委員長の杉森道雄はドキリとしたのである。
「いえ、それはお断りします」
澄んだ声できっぱりと、芹奈はお断りを表明。道雄はガックリと肩を落とした。
実は道雄も、孝弘と同じく委員長の女子とお近づきになりたくて副委員長に立候補した男である。だがそちらと違って上手くいかなかったのは、芹奈に既に好きな男がいたからだ。
芹奈の好きな男については、実に解りやすいものだった。今日の肝試し、道雄は芹奈とペアを組んで参加。そしてリリムの手により世にも恐ろしいゾンビにされてしまった輪島先生が脅かしに出てきた途端。
「キャー!」
そう叫んで芹奈は、ゾンビに抱きついた。間違いなく、ゾンビが輪島であると知った上での行動だろう。不毛な片想いをしていた道雄であるが、唯一の希望は輪島が生徒に手を出すような教師ではないことだった。
「ところで皆さん、世間話はここまでにしてそろそろ部屋長会議を始めませんか。黒羽先生も見ていることですし……」
悠里がそう言うと、一同は一斉に部屋の隅に正座していた黒羽の姿を見る。
「うわっ、黒センいたんだ!? 影薄くて気付かなかった!」
「いえいえ、どうぞ私にはお構いなく楽しい話を続けて下さい」
とは言ったものの先生の手前そういうわけにもいかず、皆は真面目な会議を始めるのである。今日の出来事の纏めや反省を、各々話してゆく。
だがそんな中で、どうにも落ち着かない様子の生徒が一人。B組副委員長の佐藤孝弘である。
何せすぐ隣にいる悠里が妙に色っぽく見えて、心臓が鳴り止まないからだ。まだ少し濡れた髪。風呂上りで火照ってピンクに染まった頬。普段とは少し違った雰囲気の恋人に、孝弘は精神を乱される。
「そういうわけで今日の肝試しについてですが、先生の仮装が怖すぎるという意見が頻発しておりました。佐藤君、何か意見はありますか」
「えっ、あ、えっと……」
そわそわしていたところで突然意見を求められ、うろたえる孝弘。
「確かに、怖すぎて腰を抜かした生徒や失神した生徒もいたそうですし、あのゾンビの仮装はやりすぎだったという点も否めないでしょう」
咄嗟に思い出したのが、ゾンビに驚いて腰を抜かした悠里の姿であった。掌の中に蘇る、悠里の胸の感触。悠里を助けるためとはいえ、急接近の度が過ぎたと感じてしまった。
(思えば今日は、色々と刺激的なことばかりだったな……)
そこから更に海水浴の記憶も想起されて悠里の水着姿や白い肌、柔らかそうなお尻、そして転びそうになった悠里を支えた際に触れ合った心地良さまでもが思い出され、大事な会議の最中にこれはいけないと孝弘は必死に雑念を振り払った。
「続いては私から。懸念されていたナンパや盗撮、不審者等についてですが、先生方が万全の対策を採ってくれたお陰で誰も被害に遭うことなく終わることができました。先生方にはこの場を借りて礼を申し上げます」
未久がそう言って黒羽に頭を下げる。
「いえいえ構いませんよ。生徒の皆さんの安全が第一ですから」
ルシファーは生徒を狙うその手の輩を片っ端から領域に放り込んでは全裸にひん剥き、とりわけ悪質と判断した者には紋章を刻んで付近の警察署に突き出した。お陰で生徒達は安心安全に海水浴を楽しめたのである。
「尤もその手の輩の同類が私のクラスから出てしまったのは残念ではありますが……」
未久が苦い顔でそう言うと、克義が挙手して話し始める。
「A組の男子生徒一名が女湯を覗こうとした件については、クラスを代表して謝罪します。大変申し訳ありませんでした。見張っていた沖田先生のお陰で覗きは未遂に終わったものの、このような行為は許されることではありません。件の生徒は以前より女子生徒に対するセクハラを繰り返しており、何度注意を受けても止める様子の見られない問題児です。現在も反省文を書かされているようですが、指導に留まらず何かしらの処分をすべきだと僕は考えます」
同じクラスで件の生徒の蛮行を度々目撃していた克義は、強い口調でそう主張する。彼自身に恋人ができたことは、その心境に大きな変化をもたらした。陽毬がそのような被害に遭ったらと考えれば、おのずと厳しい考えになった。
と、そこで黒羽が突然立ち上がる。
「すみません、私は所用を思い出したので退席します。皆さんは部屋長会議を続けて下さい」
「わかりました」
「では失礼します」
そうして部屋を出たルシファーが向かった先は、勿論件の生徒が反省文を書かされている部屋である。
件の生徒とは言うまでもなく、セクハラ魔の山城浩太だ。原稿用紙を前に正座させられた浩太は、しかめっ面の沖田先生から睨まれ見下ろされていた。
(あーあ、女湯覗き、行けると思ったんだけどなー……)
「山城、手が止まっているぞ!」
叱られると、浩太は舌打ち。
(ちぇっ、最初は美人で巨乳の先生が担任だーって喜んだのに、中身はこんな説教おばさんだもんなぁ)
浩太が心の中で悪態を吐いていると、丁度襖が開いた。
「失礼します、沖田先生」
「黒羽先生、どうかされましたか」
「生徒指導お疲れ様です。心中はお察しします。ご提案なのですが、この仕事を私が代わりましょうか」
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。私の受け持つ生徒の不祥事は私の責任ですので」
「ですがこのような生徒の相手を女性の方にさせるのは忍びないもので。ここは私に任せ、沖田先生は部屋でおくつろぎ下さい」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ルシファーが穏やかな口調で諭すと、沖田は一礼してそれを承諾した。
「どうか厳しい指導をお願いします」
「ええ、お任せ下さい」
沖田が部屋を出て行くと、代わってルシファーが浩太を見下ろす。だが当の浩太はむしろ、先程までと比べてリラックスしたような様子が見て取れた。
怖い沖田先生がいなくなって、代わりに来たのは温厚で優しい黒羽先生。そう思っているのは明白だ。
「酷いと思いませんか先生!」
しかも突然浩太が被害者面しだしたので、ルシファーは首を傾げる。
「たかが女湯を覗いたくらいで反省文なんて! エロは男の本能ですよ!? そこに女湯があったら覗くでしょ! 先生も男ならわかりますよね?」
そしてその後に口から出てきた言葉は、正気を疑うような自己正当化であった。それも完全に、黒羽を自身の理解者であると認識した上での。
(ああ……こいつは何一つ反省していないな……)
脱衣ゲームの際には浩太が己の所業を反省し改心することを期待して紋章を刻むまではしなかったルシファーであるが、今の浩太を見てそうしなかったことを激しく後悔した。
瓶底眼鏡の奥から軽蔑の視線を送られたことに、浩太が気付くことは無し。そしていつの間にか、浩太は先程までとは違う場所にいた。
「え? な、何だ?」
和室で正座させられていたはずの浩太は、いつの間にか生徒指導室の椅子に腰掛けていた。動揺する浩太であったが、この感覚を過去に経験している彼はすぐに状況を察する。
「こ、これはまさか……」
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
いつもの決まり文句と共に、その男は姿を現した。
「やっぱりあんたか! あん時はよくも俺の記憶を消してくれたな! 女子の裸を見た気がしたのに微塵も覚えてねーんだぞ!」
「それが私のゲームのルールだ」
「ちっ、でもまあいいや。ここに呼ばれたってことは、また脱衣ゲームやるんだろ? で、どこだよ俺のこと好きな女子は」
「そんな女子はいない。君にはこれより私と脱衣ゲームをしてもらう」
そう言った途端、浩太は凄く嫌そうな顔をした。
「ゲーッ、男同士で脱衣ゲームとか誰得だよ! 何でそんな罰ゲームみたいなことしなきゃいけねーんだ!」
「ここ最近の君の言動は目に余る……よって君におしおきを敢行することにした。もしもこのゲームに君が勝てば、無罪放免としてやろう。だが負けた場合、私は君に紋章を刻む。そうなれば君は一生性行為ができなくなり、覗きやセクハラといった類の行為もできなくなる。早い話が――去勢だ」
「ふざけんなー! 何だよそれ! 何の恨みがあってそんな酷いことを! 俺が一体何したってんだよー!」
「何、勝てばいいのだよ、勝てば」
答えたところで本人が反省することはないであろう質問に答えてやるつもりはなく、ルシファーはゲームを強行した。
「それでは、これにて部屋長会議を終わります。皆さんお疲れ様でした」
ルシファーが浩太とゲームをしている間に、部屋長会議は終わっていた。
「よーし、終わりっ! 自由時間だー! さあさあ克義君、一緒に旅館見て回ろー!」
終わるや否や陽毬は克義に腕を絡め、豊かな胸を横から押し当てる。克義はびくりとして少々情けない声を上げるも、抵抗することはなくその感触を堪能するのを心に決めた様子だった。
今日付き合いだしたばかりだというのに臆することなく彼氏にグイグイ攻めていく陽毬の姿を見て、悠里は顔を赤くしていた。そんな初心な姿の可愛らしさに一瞬魅了された孝弘であったが、はっと我に帰り悠里の所へ歩み寄る。
ここは格好良くエスコートせねばと平静を装いつつ手を差し出そうとしたものの、悠里の視線が孝弘とは反対方向にある床に向いたため上げかけた手を引っ込める。
「ボールペンが落ちてる。多分、杉森君のかな」
先程の会議中にそれぞれが使用していたペンを思い出してみると、それはD組副委員長の杉森道雄が使用していたボールペンと一致する。本人は床に置いたままであることに気付かずこの部屋を出て行ってしまったようだ。
「じゃあ、俺が後で届けとくよ」
「ありがとう」
悠里に手渡されたボールペンを、孝弘はポケットに仕舞った。
「あ、そうだ佐藤君、明日の予定なんだけど……」
悠里はしおりの日程表のページを開きそれが孝弘に一番良く見えるように位置取りながら、明日の予定について再確認。恋人として共に過ごす臨海学校を、どうしたら最大限楽しめるかきっちり計画を立てて臨むのである。こういう所は本当に律儀で、尊敬できる彼女だと孝弘は思った。
だがそれはそれとして、無性にムラムラと男の本能が刺激されてしまってもいるのである。いつもより少し近い距離。シャンプーの香りに唆されるように、孝弘の気持ちは高揚していた。
(マズいなぁ……今はまだ紳士でいたいのに)
明日の予定を話している間に他の皆は部屋を出て行ってしまい、気が付けば二人きり。孝弘は唾を飲んだ。こんなにも近寄られては、悠里に触れたくてたまらなくなる。今日は海水浴と肝試しで立て続けに身体を密着させる出来事が起こり、もうこれまでのように手を繋ぐだけでは満足できない気がしてきた。
「……悠里」
そんな言葉が不意に出てくる。いつもと違う呼ばれ方をされた悠里はぴくりと身体を震わせ、孝弘の顔を見ようとした。
その時、孝弘は背中から覆い被さるようにして悠里を抱きしめた。突然の出来事に、悠里はか細い声を上げる。
「嫌だったら、ごめん。悠里があまりに可愛くて……我慢、できなかったんだ」
せめてもの良心からそんな言葉を発する孝弘であったが、その身体は言葉に反して強く悠里を求めている。悠里の体温が上がってゆくのを肌で感じ、互いの鼓動が重なるように早まる。
「少しだけ、こうしててもいいかな……」
逃がさぬとばかりにぎゅっと抱きしめつつも躊躇いがちに尋ねると、悠里は無言のまま真っ赤な顔で小さく頷いた。
小さく細い身体は腕に力を入れすぎれば折れてしまいそうで、興奮しすぎて力まぬよう必死に気持ちを抑える。だけども小動物のように縮こまる姿は男心を大変くすぐり、今すぐにでもどうにかしたくなる衝動に駆られた。
「大好きだよ……悠里……」
そう耳元で囁くと、腕の中で悠里が小さく身体を震わす。
このまま行けるとこまで行ってしまおうか、男の本能がそう告げている。
腰の細さを味わうように腹部に回していた腕を少しずつ上げて、恐る恐る胸に触れようとしたその時。襖の向こうから足音が聞こえた。孝弘が一瞬緊張したのも束の間、襖に手をかける音。
襖が開くより先に、孝弘は慌てて悠里から離れた。部屋に入ってきたのは、D組副委員長の杉森道雄である。
「あ」
襖を開けて早々、道雄はぽかんと口を開けてそう声を発する。恋人同士の男女が二人きり、不自然に棒立ちし揃って顔を紅潮させている。これで何をしていたか察せぬほど、道雄は鈍い男ではない。
「えーっと……ボールペン、落ちてなかった?」
額に汗をかきながら、道雄は恐る恐る尋ねた。
「ああ、それなら後で届けようと思ってたんだ」
ややぎこちない調子で孝弘がポケットからボールペンを取り出し、道雄に手渡す。
「ああ、サンキュー。それと……邪魔してすまん」
ボールペンを受け取った道雄は慌てた様子で、逃げるようにその場を去っていった。
それを見届けた孝弘が悠里に視線を向けると、両掌で顔を覆いながらしゃがみ込んでいた。
「……ごめん、こんな場所であんなことした俺が無神経だった」
「……ううん、気にしないで……」
顔から手をどけて孝弘の顔を見た悠里だが、すぐに恥ずかしくなってまた顔を背けてしまう。潤んだ瞳と焼けたように赤く染まった顔が、一度冷静になりかけた孝弘をまた興奮に引き戻す。
「……大丈夫? 立てる?」
「……うん、大丈夫」
孝弘が冷静を装いながら差し出した手を取り、悠里は立ち上がった。手を繋ぎながらも悠里は俯かせた顔を孝弘から背けたままで、こちらをちらりとも見ようとしない。
「あー……一緒に旅館見て回るのはまた明日にして、今日は部屋戻るか?」
「うん……ごめんね」
キャパオーバー起こしてしまっている様子の悠里に無理はさせられないからと孝弘が提案すると、悠里は申し訳無さそうにしながらそれに応じた。
部屋を出て、悠里がちゃんと歩けそうなことを確認すると孝弘は手を離す。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね、佐藤君」
ちょっとぎこちない雰囲気のまま互いに手を振って、それぞれの部屋がある反対方向へと歩き出した。
(ああ……やらかした。当真の言ったとおりだったかもしれん)
一歩歩くごとに頭が冷えてゆく孝弘は、心の中でそう呟いた。
(しかも後ろからいきなりって、やり口が犯罪者のそれじゃないか。最低だ俺は……)
ムラムラしすぎるあまり男の本能が暴走、好青年の仮面は剥がれ欲にまみれた本心が露になった。つい強引な手段に走り、道雄が水を差さなければ一体どこまで破廉恥な行為に及んでいたか。
(悠里に嫌な思いさせちゃったかな……これからは自制しなければ……)
そう思いながらも孝弘が向かったのは、男子トイレであった。どうしてもムラムラして仕方が無いので、結局それを発散する他無かったのである。
トイレに入った途端、孝弘はその臭いに何とも言えない気持ちにさせられる。同級生女子の水着姿を拝めた日の男子トイレがイカ臭くなるのは、仕方が無いと言えば仕方が無いことなのだ。
(旅館の皆様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ない……)
自分もその迷惑をかける男の一人であることに苛まれながら、それでも孝弘は男の本能に突き動かされるのを止められなかったのである。
一方の悠里は、B組女子の部屋に戻った途端ぽてんと畳の上に座り込んでしまった。
「あれ悠里、どうかしたの?」
佐奈が声をかけるも、反応が無い。もう風呂の熱も冷めてきた頃のはずなのに入浴中以上に顔を赤くして、上の空と言った様子で明後日の方向を眺めている。顔の前で掌を動かしても、それが見えてすらいないように感じられた。
「ちょっ、悠里!? おーい!!」
「ひゃあっ!」
明らかに様子のおかしい悠里を心配して耳元で大声を出すと、ようやく我に帰った悠里が悲鳴を上げた。
「一体何がどうしたの? その様子はもしかして……佐藤君と何かあった!?」
ズバリ図星を突いた一言に、悠里は心臓が跳ねた。そして再び顔が茹でだこのように赤くなり、両掌で顔を覆う。
「まさかホントに!? わぁー! 何があったの!? 教えてよー!」
こんな反応を見せられてしまったら、詮索するのが乙女の性。興味津々で訊いてくる佐奈から、悠里が逃れる術は無かったのである。
一方その頃ルシファーの領域では、丁度ゲームが終わったところであった。
勿論ルシファーは一枚も脱ぐことなく、浩太は粗末な物を丸出しにして項垂れていた。その下腹部には、二枚の黒翼を模った紋章が刻まれている。
「う、嘘だ……こんな……こんなことって……」
「おめでとう、これで晴れて君は一生童貞だ」
「っざけんなよ! じゃあ俺は何を楽しみに生きてきゃいいんだよ! エロは男の本能なんだぞ!」
「男の本能そのものが悪ではない。衝動的に湧いた性欲も時と場合と相手を弁えて使えば、恋愛関係に良いスパイスを与えるものになるだろう。だがお前のような所構わず本能を害として撒き散らす獣に、幸せになる資格は無い。恨むなら己の所業を恨むといい」
浩太を冷たく突き放し、ルシファーは侮蔑の眼差しで見下ろした。それはさながら、自分自身を見るように。ルシファーの罵倒の矛先が真に向けられていたのは、淫魔の本能の赴くままに人に害をなしてきたルシファー自身であったのだ。
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