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第二章
第32話 リリムの絵画モデル初体験
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これはルシファーが水泳部員四人を水鉄砲シューティングに参加させる日の、午前中のことである。
「ねえねえ、見て見て彩夏ちゃん」
転校生の人気アイドル神埼彩夏に教室でスマートフォンの画面を見せに来たのは、ダンス少女の宮田麗。
「これ、あたしが彩夏ちゃんのダンス踊った動画!」
小さな画面の中で踊る麗は、彩夏の人気曲「青春カモンベイベー」のダンスを見事に完コピしている。
「へぇー、凄い。宮田さんってダンス得意なんだ」
「えへへ、ありがとー」
実は動画投稿者としても活動している麗。彼女がメインとしているのはヒップホップだが、他にも多種多様なダンス動画を自身のチャンネルに上げている。
「動画編集も自分でやってるの?」
「あ、それは矢島君にお願いしてるの。あたしは動画編集の知識とかからっきしなんだけど、どうしてもネットにダンス動画上げたくて。そしたら矢島君がそういうの詳しいっていうからいつもやってもらってるんだ」
「そうなんだー。凄いね矢島君」
彩夏から褒められると、信司はホアッっと奇声を上げた。
「あ、あああ彩夏ちゃんが僕を凄いって……」
これだけで感涙しだす信司に、同級生達は引き気味。そんな中で、麗はニヤニヤしながら信司に歩み寄る。
「いつも動画編集やってもらってるお礼に、矢島君のこと彩夏ちゃんにアピールしといたげるね!」
麗が自分のダンス動画を彩夏に見せたのも、実はそれが目的。せっかく同級生になったのだから、信司を推しのアイドルといい関係にさせてあげようという算段なのだ。
先程まで信司と話していた琢己と茂も顔を見合わせ、揃って頷いた。
八島信司、伊藤琢己、本宮茂の三人は、このクラスの所謂オタク男子グループである。
信司は神崎彩夏をひたすら推すアイドルオタク。パソコンやインターネットにも詳しく、同級生からそちらの面で頼りにされることも多い。
琢己はイラストレーター志望の萌え絵師。SNSに様々な美少女イラストを上げており、多くのフォロワーを獲得している。
茂は信司のように一つのことにどっぷり浸かっているわけでもなければ、琢己のようにクリエイティブな活動をしているわけでもない、どこにでもいる普通のライトオタクである。
「信司は本当に凄いんだよ。パソコン関係の知識や技術半端無いし」
「将棋だって僕より強いよ」
「それにオタ芸も踊れる」
琢己、茂、麗から口々に褒められた信司は、でれっと顔を緩ませた。
「いやぁ、そこまで褒められると照れますなぁ」
「へぇー、矢島君って多才なんだ。かっこいいー」
と、そこで発せられた彩夏からの「かっこいい」という言葉。信司は一転して緊張に固まった。
「あっあっ彩夏ちゃんが……僕をかっこいいと……」
それが所謂“神対応”のリップサービスであることはわかっている。だけどそれでも、推しのアイドルからそう言って貰えたことに信司は感激せざるを得なかった。
(なんか麗ちゃん達、キューピッド活動みたいなことしてるなー)
彩夏の一つ前の席から様子を窺っていたリリムは、そんなことを思う。
(それより今日は久々の脱衣ゲームやるんだよね。今回はプールでやるゲームだし……えへへ、先生にブーメランパンツ着せちゃうぞ)
今日の午後に期待を膨らませながら、リリムは悪戯な笑みを浮かべた。
そうしてルシファーは無駄に似合っているブーメランパンツを穿かされて、水泳部の男女二組をカップル成立させる脱衣ゲームを開催することとなったのである。
土曜日。試験期間に部活ができなかった埋め合わせも兼ねて、今の時期は多くの部が休日も活動している。とりわけ夏の大会がある部は、それに向けて練習も熱が入っていた。
綿環高校には武道系の部活が無いため、武道場は卓球部が使用している。
「何っで貴重な休日にこんなむさ苦しい連中と練習しなきゃなんねーんスか!!!」
先輩に向かってキレ散らかしている部員が一人。二年A組の山城浩太である。
「しょうがないだろ、女子卓球部は部員が足りなくて俺らの世代よりずっと前に廃部になったんだから」
そう言うのは卓球部部長、石田豪。豪と浩太は中学の卓球部でも先輩後輩の関係であった。
「じゃあ何で女子マネもいねーんだよ!?」
「男子運動部の女子マネなんてのは大概イケメンとの出会いを求めて入部するもんなんだ。こんな地味な奴ばかりの卓球部に入ってくるわけねーだろ!」
「大体俺は本当なら水泳部に入って競泳水着姿の女子を視姦しまくるはずだったのに、何で卓球部なんかに無理矢理入れられなきゃならないんだ!」
「それはお前が卓球はそこそこ上手いからだ! 大体お前カナヅチなんだから水泳部でやってけるわけないだろ!」
「こんな弱小卓球部ん中でそこそこ上手くったって微塵もモテねーんだよ!!!」
ラリーをしながら言い争う二人を眺める刃と健吾は、苦笑いをしていた。
「……山城の奴、今日は随分騒がしいな」
「幸村に彼氏ができたから荒れてんだろ。本当しょうもない奴」
山城浩太は、綿環高校の彼氏にしたくない男子ランキングナンバーワンといっていい男である。女子に面と向かってセクハラをかますこの男が当然モテるはずもなく、全校女子から侮蔑の視線を向けられるのも無理は無い。
そんな彼があのFカップ幸村暦と恋人になれる千載一遇のチャンスを自業自得で棒に振ったのは、彼の将来にとって大きすぎる損失であった。これは彼にとって恋人ができる最初で最後のチャンスと言ってよいものであり、ルシファーの言葉通り一生童貞も已む無しであった。
「山城も相当だけど、部長の女子マネに対する偏見も酷いな」
「そうか? 俺は部長に同意するが」
(健吾のこういうとこなぁ……)
刃は顎に手を当て顔を顰める。
オープンスケベでセクハラ魔の浩太と、恋愛諦め系で女嫌いの健吾と豪。同じモテないことを自覚している男子でも、それぞれ拗らせ方の方向性が異なっている。
一方の刃は自分がモテないことを自覚しつつも、現在進行形で恋をしていることもあって彼らほど開き直れずにいた。
「比嘉、星影、暇してるならどっちか俺の相手してくれ」
と、そこで声をかけられて二人はそちらを向く。声の主は三年生の内村小次郎。二年生の浩太ですら着ているレギュラーのユニフォームを着られず体操服で練習に参加しており、高校最後の夏を補欠として過ごすことが確定している不憫な男である。
「あ、じゃあ俺やります」
「いってら」
小次郎の練習相手を買って出る刃を見送る健吾は、気さくな言葉とは裏腹に内心では悪態を吐いていた。
(内村先輩俺より下手糞だし、どうせ大会出られないんだから練習したって無駄なのに。いっそのこと家帰って受験勉強でもしてた方が有意義だろうに)
刃と小次郎の試合は、刃の優勢で進んでいる。刃も運動神経はあまり良くないのだが、それにすら押される小次郎の弱さが際立って見えた。
刃がスマッシュを決めて得点したところで、武道場の扉が開いた。
「やっほーコジロー。頑張ってるー?」
それと共に聞こえた女子の声に、試合すら中断して卓球部員全員がそちらを向いた。
「女子だ……」
「しかもレオタードだ……」
武道場にやってきたのは、白地にスパンコールをまぶした煌びやかなレオタードを身に纏った茶髪でおだんごヘアーの女子生徒。彼女は小次郎の同級生で、新体操部員の小林桃果である。可愛い系の顔立ちな上にスタイルが良く、その可憐な御姿で一瞬にして卓球部員達を魅了してしまった。
「桃果」
ぽかんと口を開けて反応した小次郎は、卓球台に刃を残し慌ててそちらへと駆けていった。
「大会用のユニフォーム出来たから、コジローに見せたくって」
小次郎が目の前まで来ると、桃果はくるっと一回転して背中側も見せてあげた後キラッとポーズをとる。
「どう? 似合う?」
「ん、ああ……」
他の部員達の視線が刺さる中で、小次郎は目を泳がせつつ控えめに答えた。
「んじゃ、私はこれで。練習頑張ってねー」
桃果はぽんぽんと小次郎の肩を叩くと、ウインクして手を振り武道場を去っていった。
「内村ァァァァ!!」
桃果の姿が見えなくなるや響き渡る豪の絶叫。
「新体操部の彼女とかっ……お前卓球はヘタクソな癖に女にはモテやがってー!!」
「見損なったッスよ内村先輩! 失恋に苦しむ俺の前で見せつけるように!!」
「か、彼女じゃないって! ただの友達!」
悔しさに号泣する豪と浩太を宥めるように、小次郎は焦りながら言う。
その様子を見た彼女持ちの卓球部員達は、自分に彼女がいることをあの二人にはバレないようにしようと心に誓っていた。
(今はただの友達。でも……好きでもない男にわざわざ見せになんか来ないよな……)
小次郎はひとたびそう考えると、ガヤガヤと五月蝿い二人の文句も耳に入らなくなった。
(きっと多分両想い。でもあっちは強豪新体操部のレギュラーで、こっちは弱小卓球部の補欠。こんなんじゃ、告白なんかできっこない……)
他の三年生が着ているユニフォームを小次郎は着ていないことに、桃果が気付いていたかは定かではない。だけどそんな格好悪い状態で告白することは、自分で許せなかった。
「山城」
「ん? 何スか?」
文句を言っていたら突然向こうから声をかけられ、浩太は疑問符を浮かべる。
「石田との試合が終わったら、俺とやってくれないか」
「えー? 内村先輩が相手じゃ何の練習にもなんないッスよ。何せ俺は大会があるんスから、ちゃんと実入りのある練習がしたいんで」
目の前で女子とイチャつく様を見せ付けられた仕返しとばかりに、浩太は嫌味ったらしく返す。つい先程休日に練習なんかしたくないと言っていた男がこの言い草である。
「まあ、どうしてもって言うんなら相手してあげても構いませんがね。俺がコテンパンに叩きのめしてやりますんで。どうも無様な姿を晒して下さいよ。何ならさっきの娘の前でボロクソにしてやっても」
「……ああ、ありがとう」
嫌味に対して文句一つ言わず、後輩に頭を下げる小次郎。浩太はどうにも釈然としない気持ちで舌打ちした。
(まだ諦めたくない。たとえ今からじゃ遅いと言われても、やれる限りのことはやってやる)
ラケットを握る手に力が入る。決意を胸に、小次郎は苦難の道へと足を進める。
一方同じ頃、新体操部の練習場。
「おーい、桃果どこ行ったー?」
これから大会用ユニフォームを着て練習をするというのに、レギュラーが一人欠けている。
「桃果なら好きな人にユニフォーム見せに行くって」
部長の赤沢詩織がそう言った矢先、扉を開けて桃果が帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り桃果。どうだった?」
「なかなか好感触」
桃果は白い歯を見せてピースサイン。小次郎の反応に満足している様子だった。
「ていうか桃果!」
大会用ユニフォームを着た部員の一人が、穏やかでなさそうな顔をして桃果に歩み寄る。
「卓球部なんて非モテと陰キャの集まりなんだから、そんなとこに見せに行くなんてオカズにされに行くようなものだよ!?」
「私そういうの気にしないし。好きな人にされるならむしろ歓迎。ていうか卓球部への偏見酷くない!? 私の好きな人が陰キャなのは否定しないけどさ!」
詩織は部活中に練習場から出る時はレオタードの上にジャージを着て行くが、桃果は多少の露出は気にせずそのままの格好で出て行く。卓球部員には勿論のこと、途中ですれ違う男子にも軽いサービスを提供してしまっているわけである。
「はいはい、それじゃ練習始めましょうか」
詩織が無駄話の切り上げを促す。桃果を含む部員達は、先程までのゆるい空気から一転して真剣に練習し始めた。こういう所は流石の全国区である。
大会出場選手に選ばれている櫻は、詩織や桃果らと共に大会のための練習に励む。限られたスペースの優先順位もあって、リリムや麗といったその他の部員は隅っこで練習せざるを得なかった。
「櫻ちゃん凄いなぁ。赤沢部長の次くらいに上手いんじゃないの?」
フープを手足のように操りしなやかに舞い踊る櫻を眺めながら、リリムが麗に尋ねた。
「櫻は小さい頃から英才教育されてるからねー。あたしも尊敬するよ」
「そういえば櫻ちゃんってお嬢様なんでしょ? 何でお金持ちの子が通う学校じゃなくてこの学校にいるの?」
「中学までは聖カラリヲ女学院っていうお嬢様学校にいたんだよ。でも赤沢部長と同じ部でやりたいからって内部進学せずうちの高校に来たの」
「ほへぇー、そこまでさせちゃう赤沢部長も凄いなぁ」
華麗な演技に魅せられるあまり、リリム達は自分の練習もままならなくなっていた。やはり大会用にあしらえた煌びやかなレオタードを身に纏ってする演技は、いつにも増して輝いて見える。
時間が経つのも忘れて魅入っていた部員一同であるが、曲が終わったタイミングで丁度練習場の扉が開いたので現実に引き戻された。
「詩織さん、大事な練習中に尋ねてごめん。実はお願いがあるんだ」
先程男子だけの卓球部を桃果が尋ねた意趣返しのように、女子だけの新体操部を尋ねる男子が一人。詩織の恋人である美術部のプリンス、都築修である。
「修君、どうかしたの?」
いつの間にか互いに名前で呼び合うようになっていた二人。修は何やら少々慌てた様子であった。
「今日うちの部で人体デッサンをやる予定だったんだけど、頼んでいたモデルにドタキャンされてしまって。それで申し訳ないとは思うんだけど、新体操部員を誰か一人貸して貰えないだろうか。勿論、大会に出る子以外で」
「はいはーい! それならボクがやりまーす!」
話を聞いた途端に、挙手して修に駆け寄るリリム。
今日行う脱衣ゲームは、美術部員達を参加させるとルシファーから聞いていた。そこでせっかくなのでどんな人が参加するのか見に行こうと思ったのだ。勿論、絵画モデルをやること自体への興味もあるが。
「じゃあ、お願いするよ。詩織さん、練習頑張ってね」
応援の言葉を贈った後、修は平然な顔をしてさも自然な流れの如く詩織の頬にキスをした。当然、詩織が沸騰し部員達が色めき立ったのは言うまでもない。
「ねーねー都築先輩、モデルってもしかしてヌード?」
美術室に向かう廊下で、リリムが尋ねた。
「高校の美術部だから、流石にヌードはね。水着を着てやってもらうつもりだったよ。恋咲さんには、そのままレオタード姿でモデルになってもらえるかな」
「オッケー」
普段から露出に抵抗のないリリムは当然、ジャージなんか羽織らずレオタード姿のまま堂々と本校舎廊下を歩く。
美術室に入ると、詩織の時と同様にモデルが座るための机が置かれており、リリムはすぐさまそこに腰を下ろした。
(モデルって恋咲さんかよ)
美術部員の伊藤琢己は、同級生がモデルでちょっと気まずい気持ちになった。
「それでは恋咲さん、自然な感じでポーズを……」
と修が言い終えるより先に、リリムは勝手にポーズをとる。ぱっくりM字開脚で、両手はダブルピース。
「もう少し自然なポーズでお願いできるかな」
普段冷静な修を苦笑いさせるほどのいやらしいポーズで、美術室は何とも言えない空気になった。
リリムは仕方がなさそうにポーズを変える。右足は机の上に乗せたまま動かさず左脚だけを下ろし、右膝の上に肘を乗せるようにして曲げた腕を置き、掌で頬を支えたグラビア風の扇情的なポーズ。先程のような酷い下品さではないものの、相も変わらず脚を開いて股間を目立たせている。
「……もうそれでいいよ」
投げやり気味に修が承認したところで、人体デッサン開始である。
「カワイく描いてね! 胸は多少盛っても可!」
「一応これ、見たままに描くものだから……」
人選ミスったかな、と修は少し後悔した。
静かな美術室に、鉛筆の音だけがカリカリと響く。
(うー……なんか体勢きつくなってきた……)
ずっと同じポーズをとり続けなければならないリリムは、修から自然なポーズでと言われた理由を理解し始めていた。
が、突如そこでガタンと沈黙を壊す音。
「すいません! トイレ行ってきます!」
慌てて立ち上がったその男子生徒は、鉛筆すら放り投げて切羽詰った様子で美術室を出て行った。
よほどトイレを我慢していたのか、或いは。
レオタード姿でセクシーポーズをとった美少女を見続けていたのだ。幾らかの部員――主に男子は彼の心中を察したし、中には写生とかけた駄洒落が脳裏に浮かんだ者もいた。
そんな中でリリムは、その男子生徒についてあることに気付いた。
(さっきの人、確か今日のゲームに参加する……)
美術室に来てすぐにポーズをとらされたので、当初の目的である参加者についての確認は全くできなかった。しかし彼は確かに、ルシファーの見せてくれた写真の生徒の一人であった。
デッサン会が終わったところで、せっかくなのでとリリムは描かれた絵を一つ一つ見てゆく。
「好美ちゃん上手いねー。カワイく描いてくれてありがとー!」
リリムが真っ先に褒め称えたのは手芸部長・葉山千鶴の妹、葉山好美の絵である。萌え絵調で描かれなおかつ実物より盛られたそれは、リリムの求めるものを的確に捉えた絵であった。
「恋咲先輩ってどことなく二次元美少女みありますから、楽しんで描かせて頂きました」
「特に胸を盛ってくれてるとこ、わかってるね!!」
「あー、これは手癖みたいなものでして。絵に描く女の子の体型、姉をモデルにしてることが多いので。自然と大きく描いてしまいがちと言いますか」
(道理で……)
そう思ったのは琢己である。好美の描くイラストの女の子は大抵グラマーな体型をしており、それが実に男心をくすぐるものであった。ましてやそれを、こんな金髪美少女が描いているのだと思ったら。
ちなみに好美は姉ほどの飛び抜けた爆乳ではないものの、それなりにスタイルは良い方である。
「伊藤君もカワイく描いてくれてありがとね」
「うん、どうも。恋咲さんって僕らが描いてるみたいな感じの絵、好きなの?」
「ボク、可愛いものは大体好きだよー。それにえっちなものも大好きー」
そう聞いた途端、琢己がピクリと反応。
「実はこちらに可愛くてたまにちょっとエッチなイラストが見られるアカウントがありまして……」
スマホを取り出し、隙あらば自分のSNSアカウントを宣伝する琢己。せっかくなのでとリリムはそれをフォローしてあげた。
「へー、伊藤君ってネットでは『栗飴ぽよん』って名乗ってるんだ。可愛いペンネームだねー」
「あ、うん」
「好美ちゃんのも教えてよ。ボク、好美ちゃんの描いた絵ももっと見てみたいし」
「どうぞ」
好美からもアカウントを教えて貰う。こちらのハンドルネームは「このみん」である。
「それじゃ伊藤君と好美ちゃんの絵、おうちかえったらゆっくり見させてもらうね」
リリムは次の絵を手に取る。やはりこの中で一際目立つのは、目黒冬香の描いた絵である。
「これ……ボク?」
詩織の時と同様に、困惑した反応。謎の図形の組み合わせによる抽象画に、リリムは首を傾げざるを得なかった。
「私の画風で恋咲さんのちっちゃ可愛さを表現してみたのだけど……どうかしら」
「んー……ボクにはこの芸術性はわかんないや」
「そう。私は恋咲さんを凄く芸術的だと思うわ。この小さくて可愛らしいのにどこか悪魔的な所とか……」
悪魔、と言われてリリムはドキリとした。まさか自分が人間ではないことがバレているわけではあるまい。
ルシファーと違って脱衣ゲームの際にも髪色を変えるくらいで特に変装と言えるようなはしていないリリム。しかしルシファーの記憶操作により淫魔領域から出る際に脱衣ゲームアシスタントのリリムを恋咲凛々夢と同一人物だと認識されなくしているため、ゲームの参加者経由でリリムの正体がバレることは無いはずだ。
リリムはふと絵に描かれた自分と思わしき何かの胴体と思わしき部分から黒い羽のような何かが生えていることに気付いて、ますます焦燥感に駆られた。
(冬香ちゃんって……何者!?)
気を取り直し、リリムは別の絵を手に取る。先程慌ててトイレに出て行った男子の描いたものだ。
絵を見たリリムは、少し顔を顰めた。冬香の意味不明な絵を見た時とは、また違った反応である。
(むー……これは……)
「恋咲さん、何か気になるところでもあった?」
修が尋ねる。
「な、何でもないよ!」
そう言ったリリムは、絵を描いた本人に目を向ける。
(今日のゲームに参加するペア一組目は、伊藤君と好美ちゃん。そして二組目が、あの二人……)
美術部員一同の前で痴態を晒してしまった件の男子、藤木壮一は、気まずそうに隅で縮こまっていた。
「ねえ藤木、さっき何しにトイレ行ったの?」
「な、何でもないよ! ただトイレ行っただけだし!」
そこに声をかける茶髪ツーサイドアップの女子生徒は、宮原奈々。わかっていながらあえてそれを訊きに行くと、壮一はたじろいで奈々から顔を背けた。
「ふーん……」
奈々が壮一の顔の向いている方に回り込んでにやにやしながら見つめると、壮一はたまらず逃げ出す。
ふとリリムは、あることに気が付いた。奈々の胸は、リリムとどっこいというくらいに平坦だったのである。
体つきはリリムよりもずっと扇情的な詩織の時に壮一がこんなことになったという話は聞かない。それがリリムの時にはこんな無惨なことになり、その上で今後結ばれる可能性のある奈々もぺったんこ。これはもう、断定してもよいだろう。
(藤木君、もしかして貧乳好き?)
壮一の描いたリリムの胸は、本物以上に平坦に描かれていたのである。
「ねえねえ、見て見て彩夏ちゃん」
転校生の人気アイドル神埼彩夏に教室でスマートフォンの画面を見せに来たのは、ダンス少女の宮田麗。
「これ、あたしが彩夏ちゃんのダンス踊った動画!」
小さな画面の中で踊る麗は、彩夏の人気曲「青春カモンベイベー」のダンスを見事に完コピしている。
「へぇー、凄い。宮田さんってダンス得意なんだ」
「えへへ、ありがとー」
実は動画投稿者としても活動している麗。彼女がメインとしているのはヒップホップだが、他にも多種多様なダンス動画を自身のチャンネルに上げている。
「動画編集も自分でやってるの?」
「あ、それは矢島君にお願いしてるの。あたしは動画編集の知識とかからっきしなんだけど、どうしてもネットにダンス動画上げたくて。そしたら矢島君がそういうの詳しいっていうからいつもやってもらってるんだ」
「そうなんだー。凄いね矢島君」
彩夏から褒められると、信司はホアッっと奇声を上げた。
「あ、あああ彩夏ちゃんが僕を凄いって……」
これだけで感涙しだす信司に、同級生達は引き気味。そんな中で、麗はニヤニヤしながら信司に歩み寄る。
「いつも動画編集やってもらってるお礼に、矢島君のこと彩夏ちゃんにアピールしといたげるね!」
麗が自分のダンス動画を彩夏に見せたのも、実はそれが目的。せっかく同級生になったのだから、信司を推しのアイドルといい関係にさせてあげようという算段なのだ。
先程まで信司と話していた琢己と茂も顔を見合わせ、揃って頷いた。
八島信司、伊藤琢己、本宮茂の三人は、このクラスの所謂オタク男子グループである。
信司は神崎彩夏をひたすら推すアイドルオタク。パソコンやインターネットにも詳しく、同級生からそちらの面で頼りにされることも多い。
琢己はイラストレーター志望の萌え絵師。SNSに様々な美少女イラストを上げており、多くのフォロワーを獲得している。
茂は信司のように一つのことにどっぷり浸かっているわけでもなければ、琢己のようにクリエイティブな活動をしているわけでもない、どこにでもいる普通のライトオタクである。
「信司は本当に凄いんだよ。パソコン関係の知識や技術半端無いし」
「将棋だって僕より強いよ」
「それにオタ芸も踊れる」
琢己、茂、麗から口々に褒められた信司は、でれっと顔を緩ませた。
「いやぁ、そこまで褒められると照れますなぁ」
「へぇー、矢島君って多才なんだ。かっこいいー」
と、そこで発せられた彩夏からの「かっこいい」という言葉。信司は一転して緊張に固まった。
「あっあっ彩夏ちゃんが……僕をかっこいいと……」
それが所謂“神対応”のリップサービスであることはわかっている。だけどそれでも、推しのアイドルからそう言って貰えたことに信司は感激せざるを得なかった。
(なんか麗ちゃん達、キューピッド活動みたいなことしてるなー)
彩夏の一つ前の席から様子を窺っていたリリムは、そんなことを思う。
(それより今日は久々の脱衣ゲームやるんだよね。今回はプールでやるゲームだし……えへへ、先生にブーメランパンツ着せちゃうぞ)
今日の午後に期待を膨らませながら、リリムは悪戯な笑みを浮かべた。
そうしてルシファーは無駄に似合っているブーメランパンツを穿かされて、水泳部の男女二組をカップル成立させる脱衣ゲームを開催することとなったのである。
土曜日。試験期間に部活ができなかった埋め合わせも兼ねて、今の時期は多くの部が休日も活動している。とりわけ夏の大会がある部は、それに向けて練習も熱が入っていた。
綿環高校には武道系の部活が無いため、武道場は卓球部が使用している。
「何っで貴重な休日にこんなむさ苦しい連中と練習しなきゃなんねーんスか!!!」
先輩に向かってキレ散らかしている部員が一人。二年A組の山城浩太である。
「しょうがないだろ、女子卓球部は部員が足りなくて俺らの世代よりずっと前に廃部になったんだから」
そう言うのは卓球部部長、石田豪。豪と浩太は中学の卓球部でも先輩後輩の関係であった。
「じゃあ何で女子マネもいねーんだよ!?」
「男子運動部の女子マネなんてのは大概イケメンとの出会いを求めて入部するもんなんだ。こんな地味な奴ばかりの卓球部に入ってくるわけねーだろ!」
「大体俺は本当なら水泳部に入って競泳水着姿の女子を視姦しまくるはずだったのに、何で卓球部なんかに無理矢理入れられなきゃならないんだ!」
「それはお前が卓球はそこそこ上手いからだ! 大体お前カナヅチなんだから水泳部でやってけるわけないだろ!」
「こんな弱小卓球部ん中でそこそこ上手くったって微塵もモテねーんだよ!!!」
ラリーをしながら言い争う二人を眺める刃と健吾は、苦笑いをしていた。
「……山城の奴、今日は随分騒がしいな」
「幸村に彼氏ができたから荒れてんだろ。本当しょうもない奴」
山城浩太は、綿環高校の彼氏にしたくない男子ランキングナンバーワンといっていい男である。女子に面と向かってセクハラをかますこの男が当然モテるはずもなく、全校女子から侮蔑の視線を向けられるのも無理は無い。
そんな彼があのFカップ幸村暦と恋人になれる千載一遇のチャンスを自業自得で棒に振ったのは、彼の将来にとって大きすぎる損失であった。これは彼にとって恋人ができる最初で最後のチャンスと言ってよいものであり、ルシファーの言葉通り一生童貞も已む無しであった。
「山城も相当だけど、部長の女子マネに対する偏見も酷いな」
「そうか? 俺は部長に同意するが」
(健吾のこういうとこなぁ……)
刃は顎に手を当て顔を顰める。
オープンスケベでセクハラ魔の浩太と、恋愛諦め系で女嫌いの健吾と豪。同じモテないことを自覚している男子でも、それぞれ拗らせ方の方向性が異なっている。
一方の刃は自分がモテないことを自覚しつつも、現在進行形で恋をしていることもあって彼らほど開き直れずにいた。
「比嘉、星影、暇してるならどっちか俺の相手してくれ」
と、そこで声をかけられて二人はそちらを向く。声の主は三年生の内村小次郎。二年生の浩太ですら着ているレギュラーのユニフォームを着られず体操服で練習に参加しており、高校最後の夏を補欠として過ごすことが確定している不憫な男である。
「あ、じゃあ俺やります」
「いってら」
小次郎の練習相手を買って出る刃を見送る健吾は、気さくな言葉とは裏腹に内心では悪態を吐いていた。
(内村先輩俺より下手糞だし、どうせ大会出られないんだから練習したって無駄なのに。いっそのこと家帰って受験勉強でもしてた方が有意義だろうに)
刃と小次郎の試合は、刃の優勢で進んでいる。刃も運動神経はあまり良くないのだが、それにすら押される小次郎の弱さが際立って見えた。
刃がスマッシュを決めて得点したところで、武道場の扉が開いた。
「やっほーコジロー。頑張ってるー?」
それと共に聞こえた女子の声に、試合すら中断して卓球部員全員がそちらを向いた。
「女子だ……」
「しかもレオタードだ……」
武道場にやってきたのは、白地にスパンコールをまぶした煌びやかなレオタードを身に纏った茶髪でおだんごヘアーの女子生徒。彼女は小次郎の同級生で、新体操部員の小林桃果である。可愛い系の顔立ちな上にスタイルが良く、その可憐な御姿で一瞬にして卓球部員達を魅了してしまった。
「桃果」
ぽかんと口を開けて反応した小次郎は、卓球台に刃を残し慌ててそちらへと駆けていった。
「大会用のユニフォーム出来たから、コジローに見せたくって」
小次郎が目の前まで来ると、桃果はくるっと一回転して背中側も見せてあげた後キラッとポーズをとる。
「どう? 似合う?」
「ん、ああ……」
他の部員達の視線が刺さる中で、小次郎は目を泳がせつつ控えめに答えた。
「んじゃ、私はこれで。練習頑張ってねー」
桃果はぽんぽんと小次郎の肩を叩くと、ウインクして手を振り武道場を去っていった。
「内村ァァァァ!!」
桃果の姿が見えなくなるや響き渡る豪の絶叫。
「新体操部の彼女とかっ……お前卓球はヘタクソな癖に女にはモテやがってー!!」
「見損なったッスよ内村先輩! 失恋に苦しむ俺の前で見せつけるように!!」
「か、彼女じゃないって! ただの友達!」
悔しさに号泣する豪と浩太を宥めるように、小次郎は焦りながら言う。
その様子を見た彼女持ちの卓球部員達は、自分に彼女がいることをあの二人にはバレないようにしようと心に誓っていた。
(今はただの友達。でも……好きでもない男にわざわざ見せになんか来ないよな……)
小次郎はひとたびそう考えると、ガヤガヤと五月蝿い二人の文句も耳に入らなくなった。
(きっと多分両想い。でもあっちは強豪新体操部のレギュラーで、こっちは弱小卓球部の補欠。こんなんじゃ、告白なんかできっこない……)
他の三年生が着ているユニフォームを小次郎は着ていないことに、桃果が気付いていたかは定かではない。だけどそんな格好悪い状態で告白することは、自分で許せなかった。
「山城」
「ん? 何スか?」
文句を言っていたら突然向こうから声をかけられ、浩太は疑問符を浮かべる。
「石田との試合が終わったら、俺とやってくれないか」
「えー? 内村先輩が相手じゃ何の練習にもなんないッスよ。何せ俺は大会があるんスから、ちゃんと実入りのある練習がしたいんで」
目の前で女子とイチャつく様を見せ付けられた仕返しとばかりに、浩太は嫌味ったらしく返す。つい先程休日に練習なんかしたくないと言っていた男がこの言い草である。
「まあ、どうしてもって言うんなら相手してあげても構いませんがね。俺がコテンパンに叩きのめしてやりますんで。どうも無様な姿を晒して下さいよ。何ならさっきの娘の前でボロクソにしてやっても」
「……ああ、ありがとう」
嫌味に対して文句一つ言わず、後輩に頭を下げる小次郎。浩太はどうにも釈然としない気持ちで舌打ちした。
(まだ諦めたくない。たとえ今からじゃ遅いと言われても、やれる限りのことはやってやる)
ラケットを握る手に力が入る。決意を胸に、小次郎は苦難の道へと足を進める。
一方同じ頃、新体操部の練習場。
「おーい、桃果どこ行ったー?」
これから大会用ユニフォームを着て練習をするというのに、レギュラーが一人欠けている。
「桃果なら好きな人にユニフォーム見せに行くって」
部長の赤沢詩織がそう言った矢先、扉を開けて桃果が帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り桃果。どうだった?」
「なかなか好感触」
桃果は白い歯を見せてピースサイン。小次郎の反応に満足している様子だった。
「ていうか桃果!」
大会用ユニフォームを着た部員の一人が、穏やかでなさそうな顔をして桃果に歩み寄る。
「卓球部なんて非モテと陰キャの集まりなんだから、そんなとこに見せに行くなんてオカズにされに行くようなものだよ!?」
「私そういうの気にしないし。好きな人にされるならむしろ歓迎。ていうか卓球部への偏見酷くない!? 私の好きな人が陰キャなのは否定しないけどさ!」
詩織は部活中に練習場から出る時はレオタードの上にジャージを着て行くが、桃果は多少の露出は気にせずそのままの格好で出て行く。卓球部員には勿論のこと、途中ですれ違う男子にも軽いサービスを提供してしまっているわけである。
「はいはい、それじゃ練習始めましょうか」
詩織が無駄話の切り上げを促す。桃果を含む部員達は、先程までのゆるい空気から一転して真剣に練習し始めた。こういう所は流石の全国区である。
大会出場選手に選ばれている櫻は、詩織や桃果らと共に大会のための練習に励む。限られたスペースの優先順位もあって、リリムや麗といったその他の部員は隅っこで練習せざるを得なかった。
「櫻ちゃん凄いなぁ。赤沢部長の次くらいに上手いんじゃないの?」
フープを手足のように操りしなやかに舞い踊る櫻を眺めながら、リリムが麗に尋ねた。
「櫻は小さい頃から英才教育されてるからねー。あたしも尊敬するよ」
「そういえば櫻ちゃんってお嬢様なんでしょ? 何でお金持ちの子が通う学校じゃなくてこの学校にいるの?」
「中学までは聖カラリヲ女学院っていうお嬢様学校にいたんだよ。でも赤沢部長と同じ部でやりたいからって内部進学せずうちの高校に来たの」
「ほへぇー、そこまでさせちゃう赤沢部長も凄いなぁ」
華麗な演技に魅せられるあまり、リリム達は自分の練習もままならなくなっていた。やはり大会用にあしらえた煌びやかなレオタードを身に纏ってする演技は、いつにも増して輝いて見える。
時間が経つのも忘れて魅入っていた部員一同であるが、曲が終わったタイミングで丁度練習場の扉が開いたので現実に引き戻された。
「詩織さん、大事な練習中に尋ねてごめん。実はお願いがあるんだ」
先程男子だけの卓球部を桃果が尋ねた意趣返しのように、女子だけの新体操部を尋ねる男子が一人。詩織の恋人である美術部のプリンス、都築修である。
「修君、どうかしたの?」
いつの間にか互いに名前で呼び合うようになっていた二人。修は何やら少々慌てた様子であった。
「今日うちの部で人体デッサンをやる予定だったんだけど、頼んでいたモデルにドタキャンされてしまって。それで申し訳ないとは思うんだけど、新体操部員を誰か一人貸して貰えないだろうか。勿論、大会に出る子以外で」
「はいはーい! それならボクがやりまーす!」
話を聞いた途端に、挙手して修に駆け寄るリリム。
今日行う脱衣ゲームは、美術部員達を参加させるとルシファーから聞いていた。そこでせっかくなのでどんな人が参加するのか見に行こうと思ったのだ。勿論、絵画モデルをやること自体への興味もあるが。
「じゃあ、お願いするよ。詩織さん、練習頑張ってね」
応援の言葉を贈った後、修は平然な顔をしてさも自然な流れの如く詩織の頬にキスをした。当然、詩織が沸騰し部員達が色めき立ったのは言うまでもない。
「ねーねー都築先輩、モデルってもしかしてヌード?」
美術室に向かう廊下で、リリムが尋ねた。
「高校の美術部だから、流石にヌードはね。水着を着てやってもらうつもりだったよ。恋咲さんには、そのままレオタード姿でモデルになってもらえるかな」
「オッケー」
普段から露出に抵抗のないリリムは当然、ジャージなんか羽織らずレオタード姿のまま堂々と本校舎廊下を歩く。
美術室に入ると、詩織の時と同様にモデルが座るための机が置かれており、リリムはすぐさまそこに腰を下ろした。
(モデルって恋咲さんかよ)
美術部員の伊藤琢己は、同級生がモデルでちょっと気まずい気持ちになった。
「それでは恋咲さん、自然な感じでポーズを……」
と修が言い終えるより先に、リリムは勝手にポーズをとる。ぱっくりM字開脚で、両手はダブルピース。
「もう少し自然なポーズでお願いできるかな」
普段冷静な修を苦笑いさせるほどのいやらしいポーズで、美術室は何とも言えない空気になった。
リリムは仕方がなさそうにポーズを変える。右足は机の上に乗せたまま動かさず左脚だけを下ろし、右膝の上に肘を乗せるようにして曲げた腕を置き、掌で頬を支えたグラビア風の扇情的なポーズ。先程のような酷い下品さではないものの、相も変わらず脚を開いて股間を目立たせている。
「……もうそれでいいよ」
投げやり気味に修が承認したところで、人体デッサン開始である。
「カワイく描いてね! 胸は多少盛っても可!」
「一応これ、見たままに描くものだから……」
人選ミスったかな、と修は少し後悔した。
静かな美術室に、鉛筆の音だけがカリカリと響く。
(うー……なんか体勢きつくなってきた……)
ずっと同じポーズをとり続けなければならないリリムは、修から自然なポーズでと言われた理由を理解し始めていた。
が、突如そこでガタンと沈黙を壊す音。
「すいません! トイレ行ってきます!」
慌てて立ち上がったその男子生徒は、鉛筆すら放り投げて切羽詰った様子で美術室を出て行った。
よほどトイレを我慢していたのか、或いは。
レオタード姿でセクシーポーズをとった美少女を見続けていたのだ。幾らかの部員――主に男子は彼の心中を察したし、中には写生とかけた駄洒落が脳裏に浮かんだ者もいた。
そんな中でリリムは、その男子生徒についてあることに気付いた。
(さっきの人、確か今日のゲームに参加する……)
美術室に来てすぐにポーズをとらされたので、当初の目的である参加者についての確認は全くできなかった。しかし彼は確かに、ルシファーの見せてくれた写真の生徒の一人であった。
デッサン会が終わったところで、せっかくなのでとリリムは描かれた絵を一つ一つ見てゆく。
「好美ちゃん上手いねー。カワイく描いてくれてありがとー!」
リリムが真っ先に褒め称えたのは手芸部長・葉山千鶴の妹、葉山好美の絵である。萌え絵調で描かれなおかつ実物より盛られたそれは、リリムの求めるものを的確に捉えた絵であった。
「恋咲先輩ってどことなく二次元美少女みありますから、楽しんで描かせて頂きました」
「特に胸を盛ってくれてるとこ、わかってるね!!」
「あー、これは手癖みたいなものでして。絵に描く女の子の体型、姉をモデルにしてることが多いので。自然と大きく描いてしまいがちと言いますか」
(道理で……)
そう思ったのは琢己である。好美の描くイラストの女の子は大抵グラマーな体型をしており、それが実に男心をくすぐるものであった。ましてやそれを、こんな金髪美少女が描いているのだと思ったら。
ちなみに好美は姉ほどの飛び抜けた爆乳ではないものの、それなりにスタイルは良い方である。
「伊藤君もカワイく描いてくれてありがとね」
「うん、どうも。恋咲さんって僕らが描いてるみたいな感じの絵、好きなの?」
「ボク、可愛いものは大体好きだよー。それにえっちなものも大好きー」
そう聞いた途端、琢己がピクリと反応。
「実はこちらに可愛くてたまにちょっとエッチなイラストが見られるアカウントがありまして……」
スマホを取り出し、隙あらば自分のSNSアカウントを宣伝する琢己。せっかくなのでとリリムはそれをフォローしてあげた。
「へー、伊藤君ってネットでは『栗飴ぽよん』って名乗ってるんだ。可愛いペンネームだねー」
「あ、うん」
「好美ちゃんのも教えてよ。ボク、好美ちゃんの描いた絵ももっと見てみたいし」
「どうぞ」
好美からもアカウントを教えて貰う。こちらのハンドルネームは「このみん」である。
「それじゃ伊藤君と好美ちゃんの絵、おうちかえったらゆっくり見させてもらうね」
リリムは次の絵を手に取る。やはりこの中で一際目立つのは、目黒冬香の描いた絵である。
「これ……ボク?」
詩織の時と同様に、困惑した反応。謎の図形の組み合わせによる抽象画に、リリムは首を傾げざるを得なかった。
「私の画風で恋咲さんのちっちゃ可愛さを表現してみたのだけど……どうかしら」
「んー……ボクにはこの芸術性はわかんないや」
「そう。私は恋咲さんを凄く芸術的だと思うわ。この小さくて可愛らしいのにどこか悪魔的な所とか……」
悪魔、と言われてリリムはドキリとした。まさか自分が人間ではないことがバレているわけではあるまい。
ルシファーと違って脱衣ゲームの際にも髪色を変えるくらいで特に変装と言えるようなはしていないリリム。しかしルシファーの記憶操作により淫魔領域から出る際に脱衣ゲームアシスタントのリリムを恋咲凛々夢と同一人物だと認識されなくしているため、ゲームの参加者経由でリリムの正体がバレることは無いはずだ。
リリムはふと絵に描かれた自分と思わしき何かの胴体と思わしき部分から黒い羽のような何かが生えていることに気付いて、ますます焦燥感に駆られた。
(冬香ちゃんって……何者!?)
気を取り直し、リリムは別の絵を手に取る。先程慌ててトイレに出て行った男子の描いたものだ。
絵を見たリリムは、少し顔を顰めた。冬香の意味不明な絵を見た時とは、また違った反応である。
(むー……これは……)
「恋咲さん、何か気になるところでもあった?」
修が尋ねる。
「な、何でもないよ!」
そう言ったリリムは、絵を描いた本人に目を向ける。
(今日のゲームに参加するペア一組目は、伊藤君と好美ちゃん。そして二組目が、あの二人……)
美術部員一同の前で痴態を晒してしまった件の男子、藤木壮一は、気まずそうに隅で縮こまっていた。
「ねえ藤木、さっき何しにトイレ行ったの?」
「な、何でもないよ! ただトイレ行っただけだし!」
そこに声をかける茶髪ツーサイドアップの女子生徒は、宮原奈々。わかっていながらあえてそれを訊きに行くと、壮一はたじろいで奈々から顔を背けた。
「ふーん……」
奈々が壮一の顔の向いている方に回り込んでにやにやしながら見つめると、壮一はたまらず逃げ出す。
ふとリリムは、あることに気が付いた。奈々の胸は、リリムとどっこいというくらいに平坦だったのである。
体つきはリリムよりもずっと扇情的な詩織の時に壮一がこんなことになったという話は聞かない。それがリリムの時にはこんな無惨なことになり、その上で今後結ばれる可能性のある奈々もぺったんこ。これはもう、断定してもよいだろう。
(藤木君、もしかして貧乳好き?)
壮一の描いたリリムの胸は、本物以上に平坦に描かれていたのである。
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