脱衣ゲームでカップル成立 ~史上最強の淫魔、光堕ちしてキューピッドになる~

平良野アロウ

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第一章

第24話 愛を知り、心は折れた

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 勤務時間を終えて会社を出た静奈と修太郎は、そのまま二人で修太郎の家に向かうはずだった。だが気が付くと二人は、子供は見てはいけないビデオに出てくるような紅白のステージが置かれた場所に立っていた。

「えっ? ここ……どこ?」

 夢でも見ているかのような理解不能の事態に、二人は戸惑う。

「古川先輩! 中沢先輩!」

 聞こえてきた声に反応してそちらを向くと、名前を呼んだのは誠であった。その隣には由美もいる。

「加持君、大島さん。二人もここに?」
「はい、気が付いたらここにいました」
「というかこのステージって……」

 男性陣にとってこれは、ある意味見慣れた場所である。だがどこか現実感が無く、奇妙な違和感を覚える空間であった。

「ようこそ淫魔領域インキュバスゾーンへ。私はインキュバス、寝取りのルシファー」

 そしてその男は、四人の前に姿を現した。漆黒の翼を携えた銀髪の美男子を、あの黒羽係長と同一人物だと思う者はいない。
 四人が愕然とする中で、脱衣ゲームは始まった。今回の種目は脱衣ゲームの王道、野球拳。勝負は一進一退の接戦となった。お互い残るはブラジャーとショーツのみ。次に負ければ、恥ずかしい場所を晒すこととなる。
 由美は人に見せることを全く意識していないベージュ無地の地味下着。対する静奈は就業後のおうちデートを見越した、布面積小さめなパステルパープルの花柄ランジェリーである。
 ルシファーの歌に合わせて踊らされ、歌の終わりにジャンケンをする。由美はパーで、静奈はチョキ。ガッツポーズする静奈と向き合う由美は、負けたにも関わらずどこか冷静であった。

「古川静奈さんの勝利ー! それでは大島さん、ブラジャーを脱いで頂きましょう!」

 これで遂に王手がかかった。絶体絶命のピンチである。由美は震える手でブラジャーのホックを外し、腕で胸の先端を隠しながら脱いだ。しかし彼女の濃ピンクの乳輪はかなり大きい方であり、本人は隠しているつもりでも腕の上から思いっきりはみ出していたのである。
 夢にまで見たあの娘の胸が、遂にその目に映った。誠は胸の高鳴りが収まらなかったが、それ以上に恐怖が彼の心を支配していた。あと一回負ければ、自分が密かに片想いしているあの娘は自分の目の前で淫魔に抱かれるのである。
 だが実のところ、ルシファーがこのゲームで由美を抱く気は無かった。ここまでのジャンケンの勝敗は全てルシファーがコントロールしていたのである。女性二人の脳内にテレパシーを送信し、どの手を出すか指示。それも本人が自分で決めたものと思い込ませる効果付き。
 ゲームを盛り上げるため由美をあと一枚までは脱がせるが、ここから先は由美の二連勝。全裸にされてルシファーに抱かれるのは、静奈の方だ。
 勿論、普段のルシファーはこんな八百長試合はしない。あくまでもカップルから寝取るという己の信条を優先した結果である。付き合ってどころか好き合ってすらいないペアから寝取ったって仕方が無いのだ。同僚同士を対決させるという当初の予定はそのままに、勝敗の最初から決まったゲームをする。それがルシファーの選んだ妥協案である。

(さて、いよいよ古川が俺に抱かれ中沢が絶望する時だ……)

 そう考えた途端、ルシファーは自分でも驚く事態が起こった。何かが胸にチクリと刺さるような感覚を覚えたのである。

(何だ……?)

 八百年以上生きてきたにも関わらず経験したことが無い理解不能の感情に、戸惑うルシファー。

(まさか古川を寝取ることを俺自身が拒んでいると? 馬鹿馬鹿しい……)

 その痛みの理由は瞬時に理解したが、それはルシファーにとって受け入れ難いことでもあった。


 ルシファーのシナリオでは自分の敗北が最初から決められている静奈だが、勿論本人はそれを知る由も無し。あと一回勝てばこの地獄から脱せるという安堵と、まだまだ油断はできないという不安。静奈は自然と修太郎の手を握っていた。

「私、中沢君以外の人とHなんてしたくない。だから次で勝ってここでゲームを終わらせよう。大島さんには本当に申し訳ないとは思っているけれど……」

 自分が勝利することは即ち、可愛がってきた後輩を犠牲にするということ。静奈の中で葛藤が生まれるが、それでも自分の身には代えられない。
 これこそルシファーが見たがっていた、親しい者同士を対決させることによって生じる苦しみ。そのはずだったのに、不思議とルシファーの心は晴れない。
 今から自分はこの愛し合う二人を引き裂く。これまで幾度となく――星の数のような途方もない回数やってきたことだ。その中には今回のように、人間に扮している時のルシファーと親しかった人物も含まれていた。だがその時にも今回のような奇妙な感情が湧くことはなかった。
 今回が特別なのは、この二人がルシファー自身が結んだカップルであるということだ。

『幸せそうなカップルを見ていると、こっちまで幸せになってきませんか?』

 かつて由美の言っていた言葉が、急にルシファーの脳裏に響いてくる。
 静奈と修太郎が結ばれるよう手引きしたのは、あくまでも脱衣ゲームに参加させるため。ルシファー自身が観て楽しみ寝取って楽しむためでしかないはずだった。だけど本人も全く気付かぬうちに、ルシファーは二人の幸せを願っていた。それはさながら、親心でも湧いたかのように。今のこの異常な感情を説明するには、そう考える他無い。
 長くこの会社に勤めていたルシファーは、静奈と修太郎のことを新入社員時代からずっと知っている。二人が互いに恋をした瞬間も、ルシファーは見てきた。二人が次第に仲を深めてゆく様も、そして恋人同士になってからの幸せそうな姿も。今から自分が壊そうとしているのは、そんな二人の幸せだ。
 ルシファーは初め、自分で結んだカップルを脱衣ゲームに参加させることを農作物の収穫に例えていた。だが今にして思えばそれは正確ではない。
 これをより正確に例えるならばこう言うべきだろう。我が子のように育てた家畜を屠殺し肉にするようだ、と。
 他人の不幸を喜び続けてきた男が、初めて願った他人の幸福。だがその感情を抱くのはあまりにも、あまりにも遅すぎた。


 先程まで愉快な司会者を演じていたルシファーが苦虫を噛み潰したような顔をしたことに、気付いた者はいない。四人とも自分と相手のことで精一杯で、ルシファーの方なんて見ている余裕は無かった。

「あの……古川先輩」

 沈黙を割るように、由美が声を発した。

「次のジャンケンで私はわざと負けます。私がパーを出すので、先輩はチョキを出して下さい」

 いきなり何を言うかと思えば衝撃の提案だったので、静奈と修太郎は顔を見合わせた。

「……でも、それじゃ大島さんが」

 自分では由美を犠牲にしてでも助かろうと覚悟が決まっていたのに、由美本人の方からそれを提案されるとかえって躊躇ってしまう。

「私のことはいいんです。恋人だっていませんから。それよりも私は、先輩達に幸せなままでいて欲しいんです。愛する人達が引き裂かれて悲しい思いをするのは、もう嫌ですから」
「待って大島さん!」

 そう口を挟んだのは、由美の隣に立つ誠である。

「自分が犠牲になろうなんて考えるのはやめてくれ! 大島さんが酷い目に遭うなんて俺は耐えられない!」

 由美を説得しようとする誠であったが、由美は表情一つ変わらず。その言葉は微塵も心に響く様子がなかった。
 誠は一度深呼吸し心を落ち着けると、由美の瞳をまっすぐ見た。

「大島さん……俺は君が好きなんだ。だから……」
「ごめんなさい、加持さんの気持ちには応えられません」

 最後まで言い切る前に、由美ははっきりとお断りを告げた。

「では、そろそろゲームを再開致しましょう」

 ルシファーの声。続けてルシファーは、例の歌を歌い始めた。だがその声にはどこか覇気が無い。しかし四人の参加者には、それがまたどこか不気味さを感じさせていた。

「アウト、セーフ、よよいのよい」

 歌が終わり、二人の女性はジャンケンをする。由美は宣言通りパーを出し、そして静奈は――チョキを出した。
 由美が騙して勝とうとしている可能性も勿論考えた。だが大島由美という人物を信用しているからこそ、由美の提案に乗ったのである。

「勝者は――古川静奈さんです!」

 ルシファーがそう言うや否や、静奈は歓喜のあまり修太郎に抱きついた。修太郎もそれを抱き返し、喜びを分かち合う。だがその後程なくして二人ははっとし、申し訳なさそうな目で由美の方を見た。

「それでは勝った古川さんには服をお返しします」

 一度消滅した服が手元に戻ってきたので、静奈は急いでそれを着た。

「勝利おめでとうございます。約束通り、古川さんと中沢さんのお二人は元の世界にお帰し致しましょう」

 通例では、勝者を領域から帰すのは敗者が全裸になった後である。だが今回ルシファーは、静奈が服を着終えた時点ですぐに二人を帰した。

「それでは大島由美さん、最後の一枚を脱いで頂きましょう」

 宣告を受けた由美は、抵抗することなく無言でベージュのショーツを下ろす。全く手が入っていない自然のままの密林が衆目に晒され、すぐに掌で隠すも由美の小さな手ではその全てを隠しきれない。
 ルシファーは翼を広げて飛び立つと瞬時に由美の側に移動し、攫うように由美を抱えた。

「さて、改めて確認致しますが、敗者がどうなるのかは覚えていますね」
「……はい」

 由美の体の震えが、ルシファーに伝わる。静奈と修太郎のために犠牲になることを覚悟していても、決して恐れる気持ちが無いわけではないのだ。

「やめてくれよ……頼むからさ……」

 崩れ落ちるように床に手をつく誠。それを見下ろすルシファーは、またも知らず知らずのうちに苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
 新入社員二人と共に過ごした時間は、決して長くはない。だがこの二人の頑張る姿や人の良さはよく知っていたし、そして誠の片想いが報われることを無意識に望んでいた。
 ルシファーは黒羽崇としても、誠から好きな人を奪った身である。そして今、彼の前で由美を抱こうとしている。いつもならばお楽しみの瞬間であるはずなのに、胸が苦しくて仕方が無い。
 だがルールはルールだ。絶望に暮れる誠の前で、ルシファーは淫魔の本分を遂行した。

 ルシファーが処女を抱いたのは、一体何百年ぶりになるだろうか。
 途中、由美は「黒羽係長……」と呟いた。ほんの一瞬ルシファーはいつから気付いていたのかと思ったが、何の事は無い。行為中に好きな人の名を呟くのはごくありふれたことだ。よもや彼女も自分を抱いているこの男が、片想いの相手本人であるとは思いもしないだろう。
 行為を終えて、ルシファーに残ったのは心にぽっかり空いた穴だった。魔力を得られたはずなのに、満たされるどころか気が消沈するばかり。
 寝取られた側の心境を形容する言葉として、脳が破壊されるなどと言われることがある。だが今は寝取った側であるはずのルシファー自身までもが、脳を破壊されたかのような感覚に陥っていた。



 失意の中、ルシファーは四人全員から淫魔領域内での記憶を全て消しこの会社を去った。
 八百年以上生きてきて、踏み躙ってきた愛の数は十万以上。
 それらのカップルにもきっと運命的な出会いがあり、恋に落ちた瞬間があり、告白するかしないかのじれったさがあり、勇気を振り絞って想いを伝えた瞬間があり、恋人同士でしかできない嬉し恥ずかしな体験の数々があり、大切な人と過ごすささやかながら幸福な日常があり、そして二人で描く未来への希望があったはずなのだ。
 自分がこれまでに――悠久に近いほど長い時の間何の疑問も持つことなくやってきたことは、それに唾を吐きかけ足蹴にすることだった。
 もう二度と、寝取りのルシファーには戻れない。人と人とが愛し合うことの尊さを、知ってしまったのだから。
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