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第一章

第22話 思わぬ再会

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 土曜日の朝。リリムは下着姿のままミニスカートを二着持ち、ルシファーの部屋を訪ねていた。

「ねーねー先生、先生はどっちのスカートがいいと思う?」

 デートに着ていく服に迷ったリリムが、とりあえずルシファーの好みに委ねることにしたのである。
 が、そんなリリムの目に飛び込んできたのは思いもよらぬ光景であった。

「せっ……先生が若い!!」

 見た目の年齢を自在に変えられるルシファーは通常、二十代半ばほどの見た目にしている。だが現在自室で姿見の前に立つルシファーは、端整な顔立ちの中に若干のあどけなさが残る十代後半の見た目。色気溢れる銀の長髪も、爽やかな印象を受ける黒の短髪に一変していた。

「一応なりにもデートという名目で行く以上はそれに相応しい格好をせねばならんからな。相手が十代の子供である以上、こちらも同年代の見た目にしておいた」
「先生って案外そういうとこ気にするんだね。で、ボクのスカート、先生はどっちがいい?」
「お前の好きな方を選べばいい」
「そんなどうでもいいみたいな……自分の見た目は気にする癖に人のことはこれだよ!」

 結局リリムは自分で選んだのである。


 リリムの準備が終わったところで、二人は自宅を出る。空は晴れ渡っており、絶好のデート日和だ。

「先生とデート、先生とデート~」
「おい、デートの間は先生と呼ぶなよ。わざわざ同年代の姿になってやったんだ。今の俺はお前の先生じゃないんだからな」

 嬉しさのあまり即興の歌を口ずさむリリムに、ルシファーが注意した。

「じゃあ何て呼べばいいのー?」
「……ひろしとでも呼んでくれ」

 適当に考えた名前を伝えると、リリムは笑顔で「わかったー」と返事をした。



 ルシファーが街を歩けば、誰もがその美しさに目を奪われた。女性は勿論のこと男性でさえも振り返るほどに、この男は只ならぬ存在感を放っていたのである。
 そこかしこから送られる視線に、リリムは気後れ気味。リリムも間違いなく最上級の美少女の部類だが、一粒の欠点も見当たらないほどに完璧なまでの美しさを携えた絶世の美男子と並んで歩けば分不相応に見られてしまうのも致し方ないことだ。

「せ……ひろし君、注目浴びすぎだよぉ」
「別に気にするほどのことじゃない」

 ルシファーは慣れた様子だが、リリムはそうもいかない。こんな光景を目の当たりにしては、どうしてルシファーが普段は冴えない中年を演じているのか嫌でも理解させられるというものだ。

「あれー、凛々夢じゃん」

 と、そうしていたところで突然の聞き慣れた声。リリムがそちらに顔を向けると、デート中の美奈と大地がすぐそこの店から出てきたところであった。美奈は大地の左腕に自分の右腕を絡めつつ、さりげなく大地の二の腕に自分の豊かな胸を押し当てている。相変わらずの仲睦まじい様子だ。

「あっ、おはよー美奈ちゃん、山本君」
「何だ、恋咲もデートか?」

 大地はルシファーの顔を見上げると、その絶大すぎる容姿端麗さに気圧された。

「すげーな恋咲の彼氏……モデルか何かかよ」
「ひろし君っていうんだー。カッコいいでしょー」

 リリムがそう言って負けじとルシファーの腕を抱いて自分の胸を押し当てようとするが、悲しいかなリリムには押し当てられるほど胸が無い。

「どうも、山田ひろしです」

 ひろし君(仮名)は、適当に考えた苗字も付けて自己紹介。

「どもー、凛々夢の同級生の須崎美奈です。こっちは彼氏の山本大地。てか凛々夢って只者じゃないとは思ってたけど、彼氏までこのレベルとかどんだけハイスペック!?」
「いや~、もっと褒めてもっと褒めて」
「あんまり褒めると調子に乗るからほどほどにな」

 鼻高々なリリムを咎めるようにルシファーが言った。
 ふと、リリムは大地の手にしている紙袋に目が向いた。

「山本君、買い物してきたの?」
「ああ、そこの下着屋で美奈に着せるエロ下着買ってきた」

 大地が先程出てきた店を親指で指して言うと、美奈が肘で小突いた。

「えー、どんなやつー?」
「黒のスケスケのやつだよ。乳首とか陰毛透けて見えるんだぜ?」

 大地が鼻の下伸ばして正直に答えると、美奈はより強く肘を入れた。

「人に言うなバカ大地。着てやんないよ?」
「あっそれは勘弁! 悪かったよー」

 ルシファーにとって美奈が大地をどつく姿は二人が恋人になる以前から見慣れた光景だが、現在の二人がするとこういうやりとりもイチャイチャの範囲内だ。自分が結んだカップルの微笑ましげな様子に気持ちがほっこりしたルシファーであるが、教師の立場からしてみれば今はそれを喜んでもいられぬ状況である。

「ところでリリムから聞いたのだが、近々期末試験があるんだろう。君達エロ下着着せて楽しんでる余裕なんてあるのか?」
「つってもまだまだ先のことだろ? 遊べるうちに遊んどくんだよ。それに今回俺は結構マジで勉強してんだぜ?」

 学業の成績はあまりよくない大地だが、どういうわけか自信ありげ。

「今回赤点無しかつ中間より順位上がってたら臨時で小遣い貰えるってお袋と約束してんだよ。だから絶対いい点取りにいかなきゃなんねー」

 紙袋の紐を握る手に力が入る。

「何せ今俺の財布はスッカラカンだ。エロ下着って無茶苦茶たけーんだぜ!? この痛すぎる出費のせいで臨時の小遣い貰えなきゃ生きてくことすらままならねえ!」
「それでも買ったんだね、エロ下着」
「これ絶対美奈に似合うって思ったからな」
「エロ大地」

 そっぽを向いて罵る美奈だが、その表情は照れと一緒にどこか喜びも滲み出ている。

「美奈ちゃんはどうなの?」
「あたしも今回は結構頑張ってるよ。大地に触発されたっていうかさー。凛々夢は?」
「こいつに関しては問題無い」

 本人に代わってルシファーが返答。

「こいつの勉強は俺が見てやるからな。帰ったらみっちりしごいてやる」
「えっ、聞いてない」

 寝耳に水な発言に、リリムは真顔でルシファーの顔を見た。

「まあそういうわけだ。君達も試験頑張るんだぞ」

 そうしてルシファーとリリムは、大地と美奈に別れを告げた。

「恋咲の彼氏、ああ見えて真面目委員長キャラかよ」
「ちょっと意外だよねー」

 後ろから大地と美奈の話し声が聞こえた。

「ねーひろし君、ボクも下着欲しいなー。えっちなのとか、可愛いのとか」
「ああ、今日は何か好きなもの買ってやるって約束だからな。好きにしろ」

 ルシファーはさっと小遣いを手渡す。

「ひろし君は店入ってこないの?」
「男が入る店じゃないだろう」
「でも山本君は美奈ちゃんと一緒に入ってたよ。あ、もしかしてひろし君恥ずかしいんだー」

 小馬鹿にした感じでニマニマ笑うリリムだが、ルシファーはスルー。

「さっさと買って出てこい。この後試験勉強もあるんだからな」
「はいはーい」

 ルシファーを外に待たせて、リリムはランジェリーショップへ入店した。


 入って早々目に飛び込んでくる、お洒落な下着の数々。まるで夢のような世界に、リリムは目を輝かせた。

(うわぁ~、こんないい店があったんだ!)

 一体どこから見て回ろうか、遊園地にでも来たような気分だ。
 リリムは基本服に下着を合わせるタイプである。キュートな服にはキュートな下着を、セクシーな服にはセクシーな下着をチョイス。それなので色々な種類を持っているに越したことはなく、どこもかしこも見て回りたいのである。
 とりあえずは制服に合わせた普段使い用に、中高生向けのコーナーへと足を踏み入れた。

「あー、凛々夢ちゃんだー」

 と、そこでまたも聞き慣れた声。花弁が舞っているかのようなほんわかした声色で話しかけてきたのは、同級生の三鷹佐奈だ。

「佐奈ちゃん。それにいいんちょと凛華ちゃんも」

 大地と美奈のカップルに続いて、今度は仲良し三人娘と遭遇。今日は街で同級生とよく会う日である。

「わー、みんな私服可愛いねー」
「凛々夢ちゃんこそー」

 せっかくなので三人に合流したリリムは、佐奈と両手を繋いできゃいきゃいと喜ぶ。

「恋咲さんもよくこの店来るの?」
「ううん、ボクは初めてだよ。こんないい店が近所にあるだなんて知らなかったよー。ところでみんな試験勉強は大丈夫?」
「この後三人で勉強会するの」
「いつもテスト前は悠里大先生様様だよー」
「私達、悠里のお陰でそこそこの点取れてるようなものだもんね。凛々夢はどうなの?」
「ボクは帰ったらコワ~いカテキョにみっちりしごかれる予定」

 リリムはそれぞれの手にした籠を覗き込んだ。彼女達が買おうとしているのは、いずれも彼女達がいつも着ているのと同じようなタイプの下着だ。
 悠里はリボンの付いた清楚で上品な雰囲気の下着を、同型の色違いで白と水色を一セットずつ籠に入れている。佐奈は可愛さ全振りなピンクの花柄でフリル付き、心なしかショーツのサイズ大きめ。凛華はエロくなりすぎない程度に大人っぽい紫のレース。大体何でも着るリリムと違って、皆趣味がはっきりしている。

「みんな自分に似合う下着をわかってるって感じだねー。ボクはどれ買うか迷っちゃうなー」
「凛華は彼氏できてから下着の趣味変わったよねー」
「いつ何時見せることになるかわからないし、ちゃんと彼氏に見せられる下着をと思ってね。まあ、見せたことも見られたこともないんだけど」

 凛華がそう言ったところで、既に彼氏に見られている悠里が顔を赤くした。

「いいんちょはいつも清楚系のお洒落な下着してるよね。下着に拘りあるなーって思ってるよ」
「私、見えない所の身だしなみもちゃんとしてないと気が済まなくて。そうしたら自然と下着のお洒落に凝るようになったの」
「悠里は下着に限らず服への凝り様凄いからね。見てよこの完璧すぎる清楚コーデ」
「悠里のお洒落に対する拘りは尊敬できるよー」
「まさに委員長って感じだよね!」

 口々に褒められて恥ずかしくなった悠里は顔を俯かせて縮こまる。

「そんな清楚で真面目ないいんちょも、今日は彼氏に見せるための下着を買いに来たわけかー」
「えっ、違っ……」
「違うの?」

 リリムの発言を否定すると、佐奈が聞き返した。

「だって明日は佐藤君と二人きりで勉強会するわけでしょ? 私はてっきり今日そのために私達誘ってここに来たのかと」
「たまたま今日好きなブランドの新作が発売されるからっ……佐藤君と勉強会はするけどそんな下着を見せるようなことはしないから!」

 やらしい想像をされたことがたまらず、必死になって否定する。

「ごめんね悠里。悠里エッチなこと苦手だもんね」

 悠里は二回頷く。

「そういえばさっき美奈ちゃんと山本君がこの店から出てきたよね」
「あ、うん。一応挨拶はしたけど、同じクラスの男子に下着買ってるとこ見られるのは気まずかったな……」

 凛華が苦笑いする。

「しかも買ってた下着がこれまた凄いのなんだよねー」
「佐奈ってば興味津々であの二人のこと見てたよね」
「えー、どれどれ? スケスケなのとは聞いてたけど、この店に現物あるんでしょ?」
「ほんとエッチなやつだよー。いつも櫻ちゃんが着てるようなのよりもずっとエッチな」
「わぁお」

 エロ下着着てる人といえば富岡櫻、というのは二年B組女子の中での共通認識である。だがそんな彼女の下着も透けてはいれど最低限隠すべき所は隠れており、今回大地が美奈に買った下着がどれほど過激かそれだけでも十分窺い知れる。

「えっとねー、こっちこっちー」

 佐奈に手招きされて、リリムは別のコーナーに移動する。凛華も黙って後をついていくが、悠里はそういうコーナーに行くことを躊躇い一人残った。


 セクシー系のコーナーを抜けた更に先、店の奥に隠されるように配置されたその場所に、リリム達は足を踏み入れる。
 そこはピュアな女子高生達からしてみれば未知の世界であった。一体誰がどんな気持ちでそれを着るのか理解し難いような、凄まじいデザインのエロ下着が次々と視界に飛び込んでくる。

「うっわぁ……正直私もここは居辛いかも……」

 凛華はこの場にいるだけでドキドキして体温が上がってきた。悠里がこっちに来た失神しかねないので、来なくて正解だっただろう。
 一方でリリムは目を輝かせており、佐奈も頬を染めつつ興味津々でエロ下着を見ている。

「見て見て佐奈ちゃん、これ超えっち!」

 大地が買ったのがどれかという当初の目的も忘れ、エロ下着観察を楽しむリリム。
 だがその時だった。エロ下着に夢中で前が見えていなかったリリムは、他の買い物客とぶつかったのである。

「あっ、ごめんなさい」

 その拍子に相手の買い物籠が床に落ち、リリムは慌ててそれを拾う。
 ぶつかった相手は二十代半ばほどの女性。ロングストレートの黒髪美人で、四角いレンズの黒縁眼鏡を掛けた穏やかそうな顔立ちをしている。

「いえ、こちらこそ」

 籠を受け取った女性は、特に気にしていない様子。

「あっ、お姉さんエロ下着着るんですね」

 籠の中の下着を見て、リリムがついそんなことを口に出した。

「ええ、主人がこういうの好きでして」
「なんと人妻さんでしたかー」



 一方その頃店の前でリリムを待つルシファーは、絡んできた女子大生を慣れた様子であしらっていた。意気込んで逆ナンに挑んだものの全く相手にされていないとわかった女子大生は、落胆した様子で去ってゆく。

(男が一人下着屋の前に立ってたら連れを待ってるとわかるだろうに、どうしてどいつもこいつも声をかけてくるかね)

 うんざりした気持ちになったルシファーは、隣で同じように連れを待つ男性の方を見た。彼はルシファー達がここに来る前から店の前に立っていた。若い女性向けのランジェリーショップには似つかわしくない、見るからに冴えなくて幸薄そうな印象の中年男性。容姿はお世辞にも格好良くはなく、頭頂部は若干薄くなっている。入店する女性達の中には、彼に対して変質者のような印象を抱いた者も少なくないだろう。
 淫魔が持つ相手の経験人数がわかる能力を極限まで高めたルシファーは、その人物がこれまでにどんな人物と性的な関係を持ったのかまで知ることができる。この男性の経験人数は一人。その相手は奥さんのようである。
 興味本位で他人の性事情を覗くのは良い趣味とはいえないが、見るつもりはなくても見えてしまうのだから仕方が無い。ちなみに先程声をかけてきた女子大生は経験人数三十人のビッチだ。
 だが今回に限ってルシファーは、この男の経歴を覗いたことを少なからず後悔していたのである。


 店の自動ドアが開き、紙袋を提げたリリムが出てきた。

「お待たせーひろし君」
「遅い。お前が店に入ってから出てくるまでの間に逆ナン十三回と芸能界のスカウトが一回来たぞ」

 そう言って振り返ったところで、リリムと一緒に出てきた生徒三人が目に入りルシファーは絶句。

(何で今日はこんなに生徒とよく会うんだ)

 まさか自分が黒羽崇だとバレることは無いだろうが、デートする姿を生徒にはあまり見られたくないのが心情である。
 それにやはり、試験が近いのに買い物に来ている姿は担任としては心配なのだ。
 悠里は普段から授業の予習復習に余念が無く、試験順位は一年生の頃から現在に到るまで常に三位以内に入っている優等生。ルシファーが心配せずとも十分に勉強していることだろう。だが凛華と佐奈はせいぜい平均程度。勉強せずに買い物していられるほど余裕は無いはずだ。

「えーっ、この人が凛々夢ちゃんの彼氏!? ものすっごいイケメン!!」
「へへーん、凄いでしょー!」

 大興奮な佐奈の反応を見ながら、リリムは鼻高々。

「ていうかこの中で彼氏いないの私だけじゃん! 私も彼氏欲しいよー」
「じゃあ彼氏になりそうな人に心当たりは?」
「んー、それは特にいないかな」
(あー、星影君かわいそ)

 彼氏が欲しいとは言いつつも、そこに特定の相手を思い浮かべてはいない。リリムは刃を哀れみ、ルシファーは佐奈に彼氏が出来る日はまだまだ先だろうと思った。
 リリムが佐奈達と戯れていると、先程リリムのぶつかった女性が店から出てきた。

「待たせてしまってごめんなさい、あなた」

 そう言われて振り返ったのは、ルシファーの隣に立っていた中年男性。

「その人がお姉さんの旦那さんですか?」
「ええ」

 夫が紙袋を受け取ると、妻は夫の腕を抱き寄せた。美人の妻と冴えない夫の組み合わせは、どうにもいかがわしい印象を受ける。

「わぁー、歳の差夫婦だ!」

 夫婦の歳は見た感じ二十ほど離れている。

(あのくらいの歳の差がアリなら、八百歳差だって全然アリだよね!)

 リリムは自分の恋に少し自信が出来たようであった。

「では皆さんもお元気で」
「お姉さんも、旦那さんとお幸せにー」

 リリム達に手を振り、眼鏡の女性は夫と共に去る。ルシファーはその背中を、ただじっと見つめていた。
 ルシファーの目は、見た相手の性交遍歴のみならずその相手本人の名前と年齢、その他簡単なプロフィールまで知ることができる。
 女性の名は狭山さやま由美ゆみ。二十四歳のEカップだ。

(相変わらず、男の趣味が悪いな……)

 ルシファーには見えていた。彼女の経験人数は二人。二人目の相手は、夫である狭山さやま修二しゅうじ。そして初めての相手は――淫魔“寝取りのルシファー”。
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