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第一章

第20話 RPG風コマンドバトル・2

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 話を聞かされた流斗は絶句した。常に明るく見えた彼女が、これほどの辛い過去を抱えていただなんて。愛していた人に裏切られ辛く当たられた悲しみは計り知れない。それに比べて、たかだか好きな人に元彼がいたくらいのことでくよくよしていた自分のなんと浅ましいことか。

「でもね木場君、私、木場君のお陰で凄く救われたんだよ。一人で泣きたくて誰もいなさそうな場所に行ってみたら、そこに木場君がいて。なんとなく話しかけてみたら、木場君と話すのが案外楽しくて。その時は辛い気持ち、忘れられたんだ」

 ほんのり頬を染めながら流斗を見つめ、はにかむ千鶴。もう裸体も目に入らなくなるほどに、流斗は千鶴の顔から目が離せなくなっていた。
 震える手でぐっと拳を握り、強引に震えを止める。流斗は深呼吸をして一度目を瞑り、瞼を開いて改めて千鶴と目を合わせた。

「先輩……俺、先輩が好きです」

 コミュ障ぼっちの自分の人生で、こんな台詞には一生縁が無いと思っていた。だけどこの気持ちは、何としても今伝えなければならないと思った。

「俺なんかじゃ先輩に釣り合わないかもしれないですけど……俺なんかで先輩の傷ついた心を癒せるなら……」
「おい、この茶番まだ続くのか?」

 流斗の言葉を遮るように、達之の声が響く。

「そうですね。そろそろゲームを再開致しましょうか」

 ルシファーの同意の声。

「……先輩、まずはこのゲームに勝ちましょう。先輩には何か作戦があるんでしたよね」

 流斗はゲームに専念すべく気持ちを切り替えた。千鶴も真剣な表情になって頷く。

「うん。前のターンで相手は二人とも攻撃系のコマンドを使ったから、少なくともこのターンで私達が負けることはない」
「よく相手はあの誘いに乗ってくれましたね。何か確証でもあったんですか?」
「ああいう自分は頭いいと思ってるバカは、裏の裏をかいたつもりであえて誘いに乗ってくるものだから」

 流石元恋人だけあって、達之の思考をよく理解している。流斗は少し複雑な気持ちになりながらも、今はそれがとても頼りになるとも思った。

「このターンは私達が勝利する絶好のチャンス。確実に相手の最後の一枚を剥ぎ取ってやろう」

 千鶴が胸から片手を離してぐっと握り拳を作ると、流斗は顔を赤くして目を逸らした。

「先輩……見えました」
「あはは……鋭気を養うサービスってことで」

 千鶴もまた胸を隠しながら、ほんのり頬を染め照れ笑い。


 対する佳苗&達之ペア。

「で、次はどうするんスか先輩」

 佳苗が尋ねると、達之は考え込んでいる様子。

(とりあえず千鶴はこのターンで勝負を決めようと攻撃してくることは確実だろう。佳苗には防御させときゃいい。だが問題は木場だ。佳苗の防御を崩させようとバインドをかけてくる可能性が高いから、俺は佳苗にバリアをかければ攻撃もバインドも防げる。だがもしもそれが相手の狙いだとしたら? さっきのターン、俺は千鶴の誘いに乗せられてこのターン攻撃できなくさせられた。それと同じくこのターン防御とバリアを同時に使わせて次のターン防御できなくさせられる可能性がある。だとしたら千鶴の攻撃を防ぐ手段は俺のバインドか。それなら木場がそれを読んで千鶴にバリアをかけても佳苗の防御は成功し、次のターンに俺のバリアを残せる。これが最善手だ)

 そう考えて千鶴にバインドを撃つコマンドを選択しようとしたその時。

「このターン、私は攻撃を使うよ!」

 大きな声で、千鶴は宣言。すると達之の中で、別の考えが浮かんだ。

(攻撃すると言っておいて、あえて溜めるを使うとしたら……? 千鶴がこのターンで決着をつけようとしてること自体が思い込み……実際は次のターンで決めるための布石を打つつもりか!? だとすると木場は俺にバインドを撃って次のターンの俺の行動を封じる可能性が……)

 深読みに深読みを重ねて、達之はコマンドを決める。そしてそれぞれの選んだコマンドは。
『千鶴:攻撃 流斗:バインド(佳苗) 佳苗:防御 達之:バインド(流斗)』

(何だと!?)

 達之はぎょっと目を見開いた。千鶴はこのターンで決着をつける気が無いと踏んで次のターンの流斗の行動を封じ、こちらの攻撃を確実に通すつもりで選んだコマンドだった。だが実際は達之の最初の予想通り、佳苗にバインドをかけてこのターンに千鶴の攻撃を通す狙いで来たのだ。
 深読みさせて達之の思考を混乱させる作戦が見事に嵌まり、達之は無駄な行動を取らされた。千鶴に一杯食わされた形だ。
 流斗の撃ったバインドによって佳苗は防御姿勢をとることができなくなり、そこに千鶴の振り下ろした剣から放たれる斬撃が襲い掛かる。最後に残ったお子様ショーツがはらりと切り裂かれ、狭い範囲に小さく整えたアンダーヘアが姿を見せた。

「うひーっ! 流石にコレは恥ずかしいッスよー!」

 バインドから解放された佳苗は愉快な悲鳴を上げながら膝を抱えてしゃがみ込み胸と股間を同時に隠した。そんな様子を見て、隣の達之は舌打ち。

「これにてゲームの勝者が決定致しました。木場流斗君、葉山千鶴さん、おめでとうございます」

 ルシファーの賛辞を受けて、流斗と千鶴は再び見つめ合った。

「か、勝ちましたね先輩」
「私の作戦通りってね」

 胸から手をどけないまま、右手でピースサイン。ちょっとだけ乳輪が見えたけど、流斗は野暮だと思って指摘はしない。

「あの、それで先輩、さっきの告白なんですけど……」

 流斗はまたおどおどとした調子になって言った。千鶴が自分の気持ちに答えてくれるかどうか、急激に不安になったのだ。
 千鶴は一度目を閉じ、暫し沈黙する。そして再び開けた目に映っていたのは、不安に押し潰されそうな表情で顔を青くしている流斗だった。

「木場君……そんな顔しなくたって大丈夫。私も好きだよ、木場君のこと」

 しおらしい感じで言うのは違うと思ったから、ここはいつものような明るい調子で告白に応じた。

「はっ、よかったなぁ木場!」

 だが流斗の表情が絶望から歓喜に変わるより先に、達之の声が千鶴と流斗の耳に入った。

「ウブな処女だったそいつに色々仕込んでドスケベ女にしてやったのは俺だからな! お前がそいつとのセックスを楽しめるのは全部俺のお陰だ! 覚えとけ!」

 少しでも二人を不快な気にさせてやろうと吐いた捨て台詞。だが最早この男の耳障りな言葉は、何も二人の心には響かない。

「俺……嬉しいです。彼女とか、一生できないと思ってたから……まさか先輩みたいな綺麗な人が、俺なんかと付き合ってくれるなんて……」
「付き合ってあげてるとか、付き合ってもらってるとか、そういうのじゃないでしょ。私達はお互い好きで恋人になるんだから」

 千鶴に注意されて、流斗ははっとした。

「カップル成立おめでとうございまーす!」

 と、そこにやってきたルシファー。いつものように祝福の言葉をかけながら二人に紋章を刻み、千鶴に制服とブラジャーを返却した。

「あっ……せ、先輩……」

 脱がされた服を着直している千鶴を見るべきか見ないでいるべきかと目を泳がせながら、流斗は多少裏返った声で言う。

「俺……先輩のこと大事にします。先輩のこと、幸せにしますから……」
「うん、私も木場君のこと、幸せにするね」

 誰とも話そうとしない問題児が掴んだ幸せ。ルシファーの口元が思わず緩んだ。


 対する佳苗と達之は。

「桑田先輩、正直キショいんで、もう話しかけないでももらえますか。さっきの発言、ドン引きしましたんで」

 しゃがんだ姿勢のまま、佳苗は達之を罵る。

「おい、誰に向かって命令してんだ。さっきまで俺と付き合いたいとかぬかしてたくせに掌返しやがって」

 達之が佳苗の髪を掴もうとしたその時、一瞬で移動したルシファーが達之の手首を掴んだ。

「いけませんねえ、女の子に暴力を振るっては」

 それなりに鍛えているはずの達之が全く振り解けないほどの力。達之は背筋に冷たいものを感じた。

「ああ中島さん、服お返ししますね」

 ルシファーは右手で達之の手首を掴んだまま左手から佳苗の服を出して手渡した。


「えー、今回成立したカップルは一組だけでした。木場君、葉山さん、改めましておめでとうございます。それではこれにて、今回の脱衣ゲームはお開きとなります。ゲストの皆さん、お疲れ様でした」

 今回の脱衣ゲームの全行程が終わり、生徒達を帰す。流斗と千鶴はしっかりと手を握って領域から退出していった。佳苗も達之の横暴さにプリプリしながら帰ってゆく。
 そんな中何故か一人、達之だけはこの場に残された。

「おい、俺も早く帰せよ」
「残念だが君は居残りだ。ここからは男同士で、脱衣ゲームに興じるとしようじゃないか」

 全身から闇のオーラを迸らせながら、大魔王が達之の前に一歩出たのである。



 月曜の朝。生徒達はとある話題で賑わっていた。

「聞いたか? ヤリチンで有名な桑田先輩、全裸で学校を徘徊して退学だってよ」

「クスリでもやってたんじゃねーの?」

 ざわめく生徒達を見ながら、リリムがくすくす笑う。
 桑田達之の退学。それを仕組んだのは勿論ルシファーだ。



 居残り脱衣ゲームの結果、ルシファーは一枚も脱ぐことなく達之は全裸にされていた。

「はぁ……はぁ……何だこいつ……強すぎる……」

 素っ裸のまま地面に這い蹲り、顔を歪ませる達之。ルシファーはそれを侮蔑の目線で見下ろした。

「お前には紋章を刻んでやろう。二度とセックスのできない紋章をな」

 嫌だ嫌だと叫ぶ達之の下腹部にルシファーの紋章が刻まれ、すっと消えた。

「服も返してやる必要は無いな。このまま元の世界に帰るといい」

 服のみならず千鶴のいかがわしい写真が入ったスマートフォンも一緒に消されたまま、達之は学校に放り出された。

「うわぁえげつない」

 リリムがくすくすと笑みを浮かべる。

「えげつない……か。あいつ程度の罪でこれだけの罰が必要なのだとしたら、果たして俺にはどれだけの罰がいるのだろうな」
「先生?」

 ルシファーの呟きに反応してリリムが首を傾げる」

「ところでリリム、領域内装に合わせたコスチュームを作るのはいいが、どうして俺のが魔王なんだ。お陰で俺がキューピッドだって話に全く説得力が無くなったじゃないか」

 先程の発言から話題を逸らそうとするように、ルシファーはリリムに尋ねた。

「えー、説得力なんて普段から全く……あー、でも先生超似合ってるよ、魔王コス。あいつにおしおきする先生、超魔王っぽかったし。ていうかこないだは綿密な調査が必要とか言ってたくせにどうして今日はあんなのを連れてきたのかと思ったら、最初からおしおきするつもりだったんだね」
「いやー? 俺は中島の片想いを叶えてやるつもりで桑田を呼んだんだが? あいつがちゃんと反省して今後相手を中島一人に絞るなら素直に祝福していたが」
「どうせそんなことありえないってわかってるくせにー」

 リリムは人差し指でルシファーの脇腹をつんつん突っついた。

「さて、俺達も学校に戻ろう。俺はまだこれからやることがあるのでな」

 そうして校内を全裸で徘徊していた達之は、たまたま通りがかった黒羽先生に見つかりあえなく退学となったわけである。


 達之退学の話題で盛り上がる二年B組の教室。だがとある生徒がドアを開けると、その場の話題は一瞬にして様変わりした。

「おい木場!」

 普段殆ど話しかけてこない代々木当真から教室に入っていきなり声をかけられたので、流斗はびくりと身体を震わせた。

「お前昨日手芸部の爆乳部長とデートしてたんだって!?」
「え、えっ……」

 何で知ってるの、と後に続きそうな表情。他の生徒達もその噂を教室で聞いており、主に男子を中心に気になった生徒達が流斗に詰め寄ってきた。

「やるじゃねーか木場! どうやって知り合ったんだ?」

 元々流斗に積極的に話しかけてくる山本大地が、流斗の肩に腕を回す。

「それは……その……」

 しどろもどろになる流斗。入学して以来、流斗が最も教室で注目された瞬間だった。

「私達、付き合うことになったの!」

 突如教室に響く元気な声。二年B組の教室に、爆乳金髪ギャルな上級生が降臨した。

「葉山部長!」

 声を上げたのは手芸部の二人である。

「と、いうわけで木場君は私の彼氏になったから」

 千鶴は皆に見せ付けるように流斗の手を握る。悠里と凛華は顔を見合わせ目を丸くした。
 流斗と千鶴は昨日、初めてのデートをした。女子と交際はおろか友達になったことすらない流斗にとって、それは生まれて初めてのデートだった。だが千鶴にとってもそれは新鮮なものであったのだ。恋人になる前のセックスから始まりセックスを中心とした関係を築いていた達之との交際とは異なる、ピュアな恋愛関係。きっとこれから自分は流斗と沢山の初めてを経験できるのだと、そんな予感がしたのだ。

「詳細話せよ木場! いくらお前が人と話すの苦手だからって容赦しねーからな!」
「そうそう木場君、この調子でクラスの人気者になっちゃえ!」

 当真から詰め寄られた流斗がたじろぐと、千鶴はその身に胸を押し当て同級生との会話を促した。

「あっ、えっと、それは……」

 覚悟を決めて千鶴との出会いを皆に話そうとする流斗。いつものように薄い存在感でひっそりと教室に入った黒羽は、その様子を見て微笑んだ。
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