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第一章

第18話 ぼっち飯とコスプレギャル

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 昼休み。この時間になると、凛華が龍之介に手作り弁当を渡すのが同級生達にとっては見慣れた光景である。

「はい龍之介君、どうぞ」
「ありがとう凛華」

 大好きな人へのいっぱいの愛情を籠めて、笑顔で手渡すお弁当。同級生達にはこれを微笑ましく見る者もいれば恨めしく見る者もいる。
 恋人同士や友達同士でお弁当を食べるこの時間、やはりあの男だけは一人ぼっちを貫いていた。弁当を持ってふらっと教室を出た木場流斗は、いつもの場所へと足を進めたのである。
 流斗がいつも昼食をとるのは、階段裏の物陰である。誰にも見つからないこの場所でのぼっち飯。それが流斗の昼食スタイルであった。
 彼はコミュ障陰キャのくせにプライドだけは高く、琢己、茂、信司らのオタク男子グループにも、健吾、刃らの地味男子グループにも入るのを拒否。部活も地味な男子が入る運動部代表の卓球部ではなく、あえてテニス部に入った。
 唯一積極的に話しかけてくれる同級生は、誰にでもフレンドリーな陽キャオブ陽キャ、山本大地。だが勿論彼のいる陽キャグループに入っていける勇気は無い。
 自ら選んで孤独になった。孤独であることにプライドを持っている。そのつもりでいたのに。

「やっほー木場君。今日もぼっち飯乙ー」

 木場流斗は見つかってしまったのである。手芸部部長のギャル、葉山千鶴に。
 千鶴は流斗の隣に腰掛け、自分の弁当を広げる。

「いただきまーす」
「あの……葉山先輩。さっきのあそこ俺の席だってわかって座ってました?」
「私の温もり、楽しんでくれた?」

 流斗は口に入れていたものが気管に入りむせた。咳をした後お茶で押し流す。

(この魔性の女……俺を陰キャだと思ってからかいやがって……)

 それでも何だかんだで嬉しく思ってしまうのが男のさがである。

「あっ、そうそう、こないだ送ったげた写真どうだった?」

 流斗はドキリとした。丁度昨晩、それを『使った』ばかりだったからだ。

「あ、す、凄くよかったですよ」

 あからさまに焦ってしどろもどろになる流斗を見て、千鶴はニヤニヤ。

(これ……気付いてるやつだ……)

 完全に手玉に取られているようで、流斗は心中穏やかではない。
 千鶴の趣味はコスプレ。自作の衣装を着て撮った写真を度々流斗に送ってあげており、その中には結構きわどいものもある。シャイボーイの流斗は十八禁の類は勿論のこと普通のグラビアですら買う勇気が無いので、これには大変お世話になっている。


 流斗が千鶴に見つかったのは、ゴールデンウィーク明けくらいの頃であった。いつものようにこの場所でぼっち飯をしていたらたまたまここに千鶴がやってきて、以来毎日ではなくとも頻繁に昼食を共にしているのである。
 初めの頃は千鶴が一方的に話しかけるのみであったが、次第に流斗も心を開き自分から話しかけるようになった。
 だが流斗には、長らく訊きそびれていたことがあった。今日は勇気を出して、千鶴にそのことを尋ねる。

「先輩、今更なんですけど……どうして俺なんかに声をかけたんですか?」
「んー? 知りたい?」
「話したくないことなら、別に……」

 とは言ってみたものの、非常に気になっている。

「それはねー、彼氏に捨てられて傷心の私と、一人ぼっちで寂しくお弁当食べてる木場君が重なって見えたからだよ」

 口調だけは明るいものの、流斗の前では一度も見せたことのなかった寂しげな表情。話を聞かされた流斗の方まで心が落ち込んできた。尤もそれは千鶴に対する同情が理由というわけではなかったが。

(彼氏……いたんだ……)

 遊んでそうな見た目していて実は処女だなんて、自分だけに都合のいい幻想を抱いていたつもりはなかった。だけどいざ現実を知ってしまうと、思っていた以上にショックだった。
 流斗より後から来て先に弁当を食べ終えた千鶴は立ち上がり、しんみりした顔から笑顔に戻る。

「ま、そういうわけで、今後も私が一人寂しい木場君の話し相手になったげるから、どうぞよろしくー」

 手を振り去ってゆく千鶴を見送ると、流斗は大きな溜息。

(訊かなきゃよかった)

 数日引きずりそうな気がする、と流斗は思った。



「いらっしゃーい凛々夢ちゃん」

 放課後、早速リリムは手芸部が部室として使っている被服室を訪ねていた。部室を見渡すと、殆どの部員が女子である。

「皆の作品はこちらに展示してあるから、どうぞ見ていって」

 手芸部員達の作ったぬいぐるみやアクセサリーやトートバッグ、そして衣装をリリムはじっくりと見ていく。

「へぇー、こういうの作ってるんだ。この衣装とか凄いね」
「それは葉山部長の作品なんですよ」

 部員の一人が答える。振り返り改めて部員達を見たリリムは、あることに気がついた。自分を手芸部に誘った同級生二人の姿が見えないのだ。

「あれ? いいんちょと凛華ちゃんは?」
「ああ、その二人ならこちらに。二人とも出ておいでー」

 千鶴が呼ぶと、準備室の扉が開く。リリムは目を輝かせ「おおお」と声を漏らした。
 扉から出てきたのは、クラシックなメイド服を着た悠里と凛華であった。悠里は恥ずかしくてたまらなさそうに顔を赤くしながらもじもじしており、凛華も悠里ほどではないが恥じらいがあって照れ笑いしている。

「かわいい~! 二人ともすっごい可愛いよ! どうしたのその格好!」
「葉山部長に着せられて……」
「今日は悠里だけのはずがなぜか私も着せられてるんだけど……」
「まあそこはリリムちゃんへのサービスってことで。さー悠里ちゃん、撮影撮影」

 千鶴が眼鏡を光らせながらスマホを構えると、悠里はびくんと身体を震わせた。

「諦めよう悠里。私の時もやられたんだから」
「うう……」

 涙目になってもじもじする悠里を、千鶴はすかさず激写。

「あっ部長ずるいですよ!」
「今の瞬間が一番可愛かったからー。悠里ちゃんだって、一番可愛い瞬間を彼氏に見せたいでしょ?」
「それはそうですけどっ……これは流石にっ……」

 と、そこで悠里のスマホが鳴った。

「はい、写真送っといたから、後は悠里ちゃんから彼氏にね。彼氏できた子はコスプレ写真を彼氏にプレゼントするのが手芸部の決まりです」

 スマホを手にした悠里は千鶴から送られてきた写真を見てますます縮こまり、スマホを操作する手が止まる。

(これは恥ずかしすぎて見せられないよ……)

 と、思った悠里であるが、よくよく考えたら自分はそれ以上に恥ずかしい姿を孝弘にもう見られているのだ。

「……凛華の時、川澄君の反応はどうだったの?」
「可愛いって言ってくれたよ。佐藤君絶対喜んでくれるから、頑張れ悠里」
「いいんちょファイトー」

 皆にエールを贈られて観念した悠里は、震える手で写真を孝弘に送信した。

「……で、反応は?」
「今は練習中なので、スマホはロッカーの中ですよ」
「じゃあ部活後の反応が楽しみだね」

 リリムの悪戯な笑み。悠里は返す言葉がなかった。
 と、そこで今度は千鶴のスマホが鳴る。届いたメッセージを見た千鶴の表情が、一瞬曇った。

「葉山部長?」

 異変に気付いた悠里が尋ねる。

「ああ、何でもないよ。気にしないで」

 千鶴の作り笑いに、悠里はどこか不穏なものを覚えた。


 悠里の彼氏祝いが一段落ついたところで、リリムは千鶴と話していた。

「へぇー、このメイド服も葉山先輩が作ったんだ」
「恋咲さんも衣装自作してるんだって?」
「うん! こういうの作ってるよー」

 リリムはスマホで自身のコスプレ写真を見せる。

「おおー、凄いじゃんこれだけ作れるとか。このチア衣装とかいいねー」
「先輩のコスプレした姿も見たいですー」
「そう言うと思って常備してるんだ、私のコスプレ写真集」

 千鶴は主に手芸関係の本が収められた本棚から、一冊取り出す。その表紙は先程悠里達が着ていたのと同デザインのメイド服を着た千鶴だ。

「学校にも持ってくる関係上表紙は清楚系コスにしといたけど、中身は結構セクシーだからね。覚悟して見てよ」

 本を開くと、中身は想像以上に肌色率が高い。見えてはいけない所が見えてるようなのは流石に無いが殆どエロ本と言って差し支えなく、これを男子が見たら前屈み不可避だろう。しかも被写体が現役女子校生というのが尚更いかがわしさを感じさせる。

「やっぱおっぱい大きい人はコスプレ映えしますねー。ちなみに何カップですか?」
「Gだよ」

 リリムは写真を見た後本人の胸に視線を向け、そのド迫力に圧倒された。
 衣装は版権コスもあればオリジナルもありバリエーション豊か。衣装が千鶴の、千鶴が衣装の魅力を引き立てているようで、どの写真もとても魅力的だ。

「これ全部自作なんですか!?」
「そだよー」
「デザインも先輩が?」
「オリジナル衣装のデザインは主に妹だね。うちは姉妹揃ってオタクでね、妹は絵師やってんの。この学校の一年生で美術部にいるよ」
「へー、じゃあ今度美術部に体験入部した時に挨拶しとかなきゃ。それで先輩、これに載ってる衣装もここにあるんですか? ボク先輩のコスプレ姿、生で見たいです!」
「あんまりセクシーなのは先生に怒られるから、学校には持ってきてないんだよねー。大人しいのなら他の部員にも着せたりするし、結構置いてあるよー」
「それじゃ今度、先輩の家でコスプレ撮影会しませんか! やっぱりこれに載ってるセクシー衣装着てるとこ見たいんで!」
「いいねーそれ。あー、でもこれに載せてる衣装、もう残ってないのも多いんだよね」

 先程までは趣味の話題で盛り上がり満天の笑顔だった千鶴だが、急に眉が下がり寂しげな表情を見せた。

「他の衣装にリサイクルしたとかですか?」
「あー……まあ、そんなところかな」

 どこか含みのある言い方に、リリムは首を傾げた。


 コスプレの話で盛り上がってはいたが、一応今日の趣旨はリリムの手芸部体験である。この後リリムは卓越した裁縫技術を披露し、部員達に驚かれた。
 そして部活後。悠里はいつも待ち合わせしている校門前でスマホ片手に孝弘を待っていた。
 既読は付いたが、返信は無い。悠里はますます焦燥感に駆られる。

(どうしよう……引かれてたりしないかな……)
「島本さん!」

 スマホの画面を注視していたところで突然名前を呼ばれて、悠里は心臓が跳ねた。

「さ、佐藤君……」
「えっと……写真、見たよ。手芸部員は彼氏できたらコスプレ写真を贈る決まりなんだってね」
「う、うん……」

 悠里は孝弘の目と地面をチラチラと交互に見ながら、孝弘の反応を窺う。

「その……すっごく可愛かった! 宝物にしたいって思ったよ!」

 と、言ったところで孝弘ははっとする。

(やば……今の発言キモかったか!?)

 うっかり出た本音に、自分で引く。

「あっ、ありがとう」
「こちらこそ……」

 互いにぎこちない様子で、気まずい空気が漂う。

「島本さん!」

 孝弘はこの空気の最中、悠里に手を差し出す。悠里が伏し目がちに孝弘を見ながら恐る恐る指先で掌に触れると、孝弘はその手をしっかりと握った。
 暫しその状態で固まる二人。揃って言葉が出なくなるが、今の二人に最早言葉はいらない。幸せを噛み締めながら、二人は握った手を離さぬまま並んで帰路を歩んだ。


 同じ頃、千鶴はメッセージで示された待ち合わせ場所である校舎裏にいた。

「ちゃんと来たみたいだな、千鶴」

 男の声。千鶴を呼び出したのは女たらしで有名な三年生のテニス部員、桑田達之であった。

「今更何の用? よりを戻す気なんて無いんだけど」

 千鶴は目を細め声を低くし、達之に対する不快感をはっきり表に出す。

「ああ、それなんだが、お前俺の後輩と一発ヤってくんねえ? 俺のお古一個貸してやるって約束しちまったんだよ」
「冗談言わないで! そっちから捨てておいて何を図々しい!」
「だからその俺に捨てられてカワイソーなお前に新しい出会いを恵んでやってんじゃねえかよ」
「もう二度と私に関わらないで。あんたなんか顔も見たくない」

 千鶴は歯を食いしばって睨んだ後、達之に背を向ける。

「あ? 言うこと聞かないならこういう写真ネットにバラ撒いてやってもいいんだぞ」

 千鶴は振り返る。達之のスマホの画面に映る写真は、達之が行為中に撮影したものだ。千鶴の顔も恥ずかしい所も、バッチリ写されている。

「やめて!」

 慌てて千鶴がスマホを奪おうとすると、達之はその前に千鶴の胸倉を掴んだ。

「黙って言うこと聞いときゃそこまではしねえよ。わかってるな」

 今にも唇同士が触れそうな距離まで顔を近づけて、ねっとりとした口調で言う。達之の吐息が顔にかかると、千鶴は不快そうに顔を顰めた。
 が、次の瞬間起こった出来事に千鶴は目を丸くした。

「えっ……何?」

 先程まで自分達は校舎裏にいたはずだ。だが突然、目に見える風景が変わったのだ。

「何やってるんだ!」

 どこからか聞こえてきた男の声は、千鶴にとって聞き慣れた声。その声の主はショルダータックルをかまして達之を吹き飛ばし、両手で千鶴の肩を掴んだ。

「葉山先輩! 大丈夫ですか!」

 その男はいつも階段裏の物陰で一人弁当を食べていた根暗な男子、木場流斗だった。普段の彼からは想像もつかないような勇気ある行動に千鶴は戸惑った。長い前髪の隙間から覗く瞳は心配そうに揺れて千鶴を見つめている。

「おい……」

 達之の呻るような声。そちらを見た流斗は先程の勇ましさから一転、凍り付いたように顔を青くした。

「桑田先輩……」
「お前……名前忘れたけどいつも一人で練習してるヘタクソな奴」

 流斗はテニス部員。即ち達之とは先輩後輩の関係になる。

「桑田先輩じゃないスか!」

 今度はまた別の声が聞こえた。声の主は達之のセフレで女子テニス部の一年生、中島佳苗だ。

「中島……お前どうしてここに!?」
「というかどこッスかここ!?」

 そう言われて、ようやく達之はこの風景の異常さに気がついた。
 一面の草原。先程まで夕方だったはずなのに空は青い。草原の先には中世ヨーロッパを思わせる天守を構えた城塞都市。そして空にはドラゴンが飛んでいる。明らかに現実離れしたこの風景、見ていて頭がどうにかなりそうだった。
 だがこの意味不明な展開、オタクである千鶴にとってはある意味見慣れた展開であった。

「これってまさか……異世界転移!?」
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