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第4話

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「手っ取り早く母の愛を与える方法……それは授乳だ! 綾香、バブちゃんに乳を吸わさせろ!」
『ふざけんな! お前自分が何言ってるのかわかってんのか!?』
「そ、そんな! 私母乳なんて出ないよ!」
『そういう問題じゃねえ!』
「出なくて構わん! とにかく吸わせればいいんだ! 我輩が時間を稼ぐ。その隙にバブちゃんをパワーアップさせておくんだ! 頼んだぞ!」
 困惑する俺達を尻目に、たかしはリモコンを取り出しボタンを操作。するとたかしの家の車庫から、スーパーロボットが飛び出した。自分でも何言ってるのかわからないが、本当にスーパーロボットが出てきたのだ。
 それは子供向け玩具のようなデザインの、かっこいいと言えばかっこいいが兵器としてのリアリティは皆無で実用には向かなさそうなロボット。いかにもたかしが作りそうなデザインだが、何故そんなものがたかしの家の車庫に入っているのか。
 ロボットはたかしの前に停まると、ハッチを開いてコックピットを露出する。
「これは我輩が開発中の試作型パワードスーツだ。いずれは警察や自衛隊に配備される予定になっている。こいつではワルワル星人を倒せんが、時間稼ぎには十分なはずだ」
 パワードスーツに乗り込んだたかしは、ワルワル星人に向かって突撃する。
「うおおおおお! 我輩天才パーンチ!」
 センスと頭を疑うような技名を叫びながら、パワードスーツは殴りかかる。だがワルワル星人の装甲には傷一つ付かない。
「さあかかってこいワルワル星人! 我輩が相手だ!」
 勇ましく叫ぶたかしだったが、パワードスーツの背丈はワルワル星人の三分の二ほどしかなく見るからに勝ち目は無さそうな雰囲気だ。
「ど、どうしよう、このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう……」
 綾香の顔からは更に血の気が引いていた。
 ワルワル星人はたかしの存在に気付き、反撃の腕を振り下ろす。パワードスーツは両腕をクロスさせてそれを受け止めるも、そこから全身に皹が入る。
「く……わかってはいたことだがやはり耐久性には難があるな。装甲を改修する上であの素材を使えば強度は大幅に増すが、値が張るから量産には向かな……っと、今はそんなことを考えている場合ではない!」
 パワードスーツは全身から蒸気を噴き出しながら、ワルワル星人の腕を押し返す。だがワルワル星人も負けじと力を籠め、パワードスーツをより強く押した。パワードスーツの足が、道路のアスファルトにめり込む。
 その時だった。パワードスーツの腕部装甲の一部が圧力によって欠けて、俺と綾香の方に飛んできた。
「危ない!」
 綾香は俺を庇うように、ワルワル星人に背を向けてうずくまった。
「バブちゃん、大丈夫……?」
 幸運にも、破片は俺にも綾香にも当たらなかった。俺が綾香に庇われる、まるであの日とは逆にのシチュエーション。
「お兄ちゃんも心配だけど、ここにいたら私達も危ない。家に戻ろう」
 綾香は姿勢を低くしたまま、自分の家に入る。
「バブちゃん……私がバブちゃんにおっぱい吸わせてあげれば、本当にあの怪物をやっつけられるのかな……?」
 恐怖のあまり混乱しているのか、綾香はそんなことを言い出す。
 と、その時、外で何か大きな物が壊れるような音がした。
「お兄ちゃん……! バブちゃん、早く私のおっぱいを……!」
 綾香はおもむろに服を脱ぎ出し、小さな胸を俺の眼前に晒す。
『お、おまっ……何してんだ!』
 俺がそれを見るのは幼い頃に一緒に風呂に入った時以来であった。無論俺はロリコンではないので、こんなものに欲情したりはしない。だが中学生にもなる女の子が目の前で脱ぎ出したりすれば動揺してしまうのは当たり前のことだ。
「このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう……お願いバブちゃん、お兄ちゃんを助けて!」
 綾香はそう言って俺を抱きしめ、俺を素肌に押し付ける。
 たかしが死ぬ。そう考えた途端、俺の脳裏にたかしとの思い出の数々が浮かび上がった。
 あいつがカイゾー博士を名乗り出したのは、いつからだっただろう。テレビでやってる特撮番組に影響されて始めたようだし、確か幼稚園の頃だったか。あの頃からずっとあいつは科学の魅力に取り憑かれていた。俺はよくくだらない実験に付き合わされ、お袋や先生に叱られるなど損ばかりしていた。それでもあいつと友達をやめなかったのは、何だかんだ言って俺もそれを楽しいと思っていたからだ。
 あいつは俺の、たった一人の親友。絶対に死なせはしない。そう考えると、自然と俺の口は綾香の乳首を吸っていた。
「んっ……」
 初めての感覚に、妙な声を上げる綾香。だが俺はそんなこと気にしている暇も無く、一心不乱に乳を吸う。当然母乳なんてものは出やしないが、どこか俺の体の中に力が湧いてくるのを感じた。
『スーパーベイビー! バブーーーーーーッ!』
 乳首から口を離した俺は自分の意思に反して突然そう叫び、大の字のようなポーズをとった。とはいえこの叫び声は、普通の人にはバブバブ言ってるようにしか聞こえない。
 俺は外へと飛び出し、親友のピンチを救うべく力の限り飛行した。
 たかしの乗るパワードスーツは、かろうじて原形を留めているというくらいにまで破壊されていた。
『たかしーーーーっ!』
 俺が叫んだ瞬間、パワードスーツから椅子に座ったたかしが射出され、空中でパラシュートを開く。
『来たか直正! ここでバトンタッチだ!』
 俺とのすれ違いざまに、直正はそう念話で伝えてくる。たかしの無事を確認した俺は、興奮していた心を落ち着かせてワルワル星人に挑む。
 ワルワル星人は腕を振り上げ、俺を叩き落そうとしていた。俺は拳を前に突き出し、真正面から迎え撃つ。俺の拳が相手の掌を打ち、怯んだ相手は腕を戻す。
 今度は当たった。そして効いている。確かに俺はパワーアップしているのだと実感した瞬間だった。再び振り下ろされたワルワル星人の腕を避け、俺はその手首に拳を打ち込む。蟹の甲羅のような装甲に皹が入った。
「よし、今のバブちゃんの攻撃なら十分通用する!」
 後ろでたかしがガッツポーズをした。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
 家から綾香が出てきて、たかしの体を心配する。
「案ずるな。それよりもあれを見よ、あれこそが我輩の作り上げた正義の改造人間、スーパーベイビーバブちゃんだ」
 たかしと綾香が見つめる中、俺はワルワル星人を追い詰めてゆく。体は赤ん坊そのものなのに、俺が高校生だった頃より身体能力は格段に上がっている。認めたくはないが、やはりたかしは正真正銘の天才なのだ。
 と、油断した隙に振り下ろされた拳で、俺は俺の家の屋根に叩きつけられた。そのまま屋根から二階を突き抜け、一階の床までめり込んだ。俺の体は随分と頑丈で擦り傷一つ付かなかったが、俺の家はまた更に悲惨なことになった。
「バブちゃんっ!」
 綾香の心配する声が聞こえる。俺は素早く飛び立ち、無事な姿を見せた。綾香がほっとしたところで、俺は再び攻撃に移る。馬鹿の一つ覚えのように腕をブンブン振り回すワルワル星人に対し、俺は的確に反撃を繰り出してゆく。皹の入った右腕に当てた一発が綺麗に決まり、砕け散った装甲の中からグロテスクな筋肉が姿を現す。
「よし、次は胸を狙え! 胸部装甲を破壊すれば弱点であるコアが出てくるはずだ!」
『わかった!』
 たかしのアドバイスに従い、俺は特別硬そうな胸部装甲に狙いを定める。しっちゃかめっちゃかに振り回されるワルワル星人の腕を、俺は自在に宙を舞って避けながら接近。実際に戦ってみてわかる、小さくて小回りが利くこの体の利点。
 射程距離に入ると、俺は相手の胸の真中に渾身のストレートを放つ。大きな皹が入るが完全に壊すには至らず、俺はもう一発入れようと思ったところで、後ろに相手の掌が迫ってきていることに気付いた。寸でのところで上に飛び上がり、相手の一撃をかわす。ワルワル星人の掌は自身の胸を強く叩き、装甲を砕け散らせた。
 幸運に助けられた俺が再び相手に目を向けると、砕けた胸部装甲の中からグロテスクな筋肉に囲まれた黒い宝珠のようなものが姿を現した。
『あれがコアか。あれをぶっ壊せばいいんだな!』
 俺はコアに向けて渾身のストレートを放つが、コアは装甲の比ではないほどに硬く、傷一つ付かないばかりか俺の拳に痺れが走った。
『駄目だ……硬すぎる!』
「必殺技を使うんだ、バブちゃん!」
 後ろでたかしが叫んだ。
『必殺技!? そんなのがあるなら早く言えよ! どんな技なんだ?』
「スーパーベイビーバブちゃんの必殺技……それはおもらしビームだ!」
『は? 今何つった?』
「おもらしビームだ」
 燃え上がっていた気持ちが一瞬で冷める、衝撃的な技名。
「おむつを下ろして股間を露出し、両腕を組んで仁王立ちしながら『おもらしビーム!』と叫べば使用できるぞ! それでワルワル星人を倒せ!」
『できるかそんな必殺技!』
「赤子といえばおもらしだろう! おもらしこそ貴様の必殺技なのだ!」
『ふざけんなアホメガネーーーー!!!!』
 そんな問答をしている内に、俺はワルワル星人の掌で地面に叩き落された。
『く……何か別の必殺技は無いのか?』
「ワルワル星人を倒せるのはおもらしビームだけだ。さあ漏らせ。漏らすんだバブちゃん」
 執拗に俺に漏らすことを迫るたかし。お前は俺に何の恨みがあるのか。だが本当におもらしビームでなければワルワル星人を倒せないのなら、俺は漏らすしかない。
 俺が漏らすことを躊躇っていると、ワルワル星人はたかしと綾香の方に足を進めだした。最早躊躇している場合ではない。俺は相手の眼前に立ちはだかった。
『こうなったらやってやる! こちとら女子中学生の乳吸わされてんだ! もう恥ずかしがることなんか何も無え!』
 俺はおむつを下ろして股間を露出すると、腕を組んで仁王立ちする。
『喰らえ! おもらしビーム!!』
 そう叫んだ瞬間、明らかに俺の体に収まる量ではない尿が、消防車の放水の如く噴き出した。俺の尿を浴びたコアには皹が入り、その周囲の生身の部分からも煙が上がる。やがてコアが砕け散ると、ワルワル星人は怒号のような悲鳴を上げて消滅した。
『や……やった!』
 喜んだのも束の間、俺は自分の下半身の状態に気付き慌てておむつを上げた。
「うむ、よくやったぞバブちゃん」
「よ、よかった……」
 戻ってきた俺を、二人は笑顔で出迎える。
「バブちゃん、怪我はない?」
 綾香は俺をぎゅっと抱きしめる。俺は何度かワルワル星人の攻撃を喰らってはいたが、不思議と目立つ外傷は無い。スーパーベイビーは体の頑丈さも相当なもののようだ。それより心配なのは、乗っていたパワードスーツをグチャグチャにされたたかしの方だ。
『おいたかし、お前は大丈夫なのか?』
『無論だ。見ての通り我輩はピンピンしている』
『まったく無茶しやがって。お前が死んだら全人類にとっての損失じゃなかったのかよ』
『我輩は自分が死ぬなどとは微塵も思ってはいなかったが? 貴様を信じていたのでな』
 たかしは真顔で言い放つ。俺は一瞬きょとんとしてしまった。
『それに丁度このパワードスーツの実戦テストをしたかったのでな、ワルワル星人が出てきたのは都合がよかったのだ。結果として大敗に終わったが、これで改善すべき点が多数割り出せた。今回のデータを基に我輩のパワードスーツはより素晴らしいものになることだろう』
 相変わらずこの男は自分の研究のことばかり考えているようである。
「それでだ、バブちゃん」
 たかしは急に会話の方法を念話から声に出して話すのに切り替える。ここからの話は綾香にも聞こえるようにしたいのだろうか。
「貴様は大分苦戦していたようだが、本来のスーパーベイビーの力はこんなものではない。今回の貴様が弱かったのは、綾香が真の母性に目覚めていなかったからだ。今回は窮地を脱するために乳を吸わせたに過ぎず、それは真の母性ではないのだ」
「じゃ、じゃあどうしたらいいの?」
「言っただろう、貴様はバブちゃんのママになるのだと。これから綾香とバブちゃんには、我輩の家で二人暮らししてもらう」
「えーっ!?」
『おい待て二人暮らしって……おじさんとおばさんはどうした!?』
『父上と母上には我輩のポケットマネーで世界一周旅行をプレゼントしておいた。暫くは帰ってこんぞ』
 なんとも用意周到である。
『綾香は中学生だぞ! 一人暮らしだって大変そうなのに、ましてや子育てなんて!』
『貴様の中身は高校生だろう。本物の赤子を世話するよりは遥かに楽なはずだ』
 ぐうの音も出ない正論である。そして気がつくとさも当たり前のように自分を赤ん坊として扱っていることに、俺は愕然とした。
 俺は急に力が抜け、それまで飛べていた空が飛べなくなった。ふらふらと地面に落ちて這いつくばる。
「バブちゃん、大丈夫!?」
 綾香は慌てて俺を拾い上げ、体から汚れを掃った。
「バブちゃんは普段はただの赤子で、戦いの時だけスーパーベイビーに変身するのだ」
 それで俺の力が抜けたのか。事実、今の俺は自力で立ち上がることすらできない。たとえ中身が高校生でも、体はただの赤ん坊でしかないのだ。
 戦いが終わって一段落ついた頃に、数台のパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけてきた。
「警察への説明は我輩がしておこう」
 たかしは警察と少し話した後、すぐに戻ってきた。
「我輩の天才的な説明で警察は納得してくれた。それでは我輩はこのパワードスーツを直さねばならんのでな、ここらで研究所に帰らせてもらう。後のことは警察に任せるといい」
 たかしがリモコンを取り出して操作すると、たかしの家の車庫から誰も乗っていないフォークリフトが自動でこちらに向かってきた。たかしはフォークリフトの運転席に座り、破壊されたパワードスーツをリフトに乗せて持ち上げると、そのまま車庫に入っていった。恐らくはあの車庫もたかしの研究所に通じているのだろう。俺は全く気付かなかったが、たかしの家はいつの間にか至る所が改造されていたようだ。
「それじゃあバブちゃん、私達も戻ろっか」
 俺を抱っこする綾香の表情は、どこか困っている様子だった。そりゃそうだ、いきなりこんな赤ん坊押し付けられるなんて、中学生にはあまりにも重過ぎる。せめて俺が綾香に迷惑をかけないように気を遣うしかない。
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