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綾との思い出を探して(安藤 悟)

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  しばらく月日が流れたがやっぱり綾はそのままだった。

「カイとまた遊びに行きたいな」

 綾は自分をママと呼ぶカイの事を息子だとは思っている。不思議と父親は誰か?とは一度も聞かない。
カイも幼いのに、何かを感じてか父親の話をしない。

 トラウマや思い出したくない事に関連する情報はシャットアウトされると医師が言っていたらしい。
今も、俺はシャットアウトされているようなんだ。

「綾 カイとはまた今度にしよう。今日は綾が行きたいところに行こうよ」

「行きたい場所.....」

 綾は考え込んだ。

「......んーわからない。悟さん、悟さんとの思い出の場所に行きたい」

........俺と綾の思い出の場所

 俺達は、カップルのようにデートを重ねてきたわけではない。いつも、綾が困ったとき、綾が辛くて逃げ出したくなるような時に俺は綾のそばに駆け付けた。

 スナックがある繁華街、綾が通った芸能事務所や劇場、カイを連れて行った遊園地や牧場。
二人だけの思い出の場所は、シェアホーム、綾の店。
そんな場所を回ればおかしな刺激になるんじゃないか。
悲しいことにあいつが訪れなかった場所がない。

あ、綾を少しだけ連れて行った山の公園。
二人でこの住宅街を眺めただけだけど。

「綾、車で行こう」

 アクが抜けたというか、勢いが弱まった綾を乗せて山道を走る。くねくねしたカーブ

「わっ、すごいね。悟さん走り屋みたい」
「え、ごめん。速すぎたかな」

 チラッと助手席を見るとシートベルトを掴みながら綾は愛らしく瞳を大きく開き綺麗な歯を見せて笑っていた。
俺は拍子抜けする.....可愛すぎやしないか。

そうだ、俺は今 もう一度 綾に恋をしてる

「へぇ ここに来たんだね。私達」
「うん。何にも無いけどね」
「ここで何した?」
「うーん、下の小さな街を眺めてキスした」
「じゃ、それしましょ」

 こんなに小さな世界なんだから、もがき苦しまないでと言いたくて、あの時は連れてきた。
こんなんじゃ足りなかったんだな。綾の苦しみを拭うには、綾の毒を抜くには。

 ただ、今は何も知らない綾を抱き寄せキスをした。同じ場所で綾の風でなびく髪を押さえながら。

「悟さんの建てた物が見たい.....」

 綾はどうやら思い出したいようだ。たしかに、随分と心身ともに元気だ。

 でもね、綾 もし全てを思い出した時、潰れてしまわないかな、俺にそのすべて、預けてくれるかな。
また独りで抱え込みやしないか.....。心配なんだ。


 俺はジュリーに頼み店を貸し切りにした。

「いらっしゃい。綾さん」
そう言ったジュリー、頼むから涙は流さないで、と言いたくなるくらい感極まっていた。

「素敵な店ね。なんだか私が若い頃に行った場所......バルセロナのレストランに似てる。白い壁に。中はリゾートみたいだけど......」

「女性うけがいいみたいだよ。オーナーがセンスよくて」

 そうだよ 綾、君の店だよ。スペインのバルセロナの丘の上にあったイタリアンレストランをイメージして。写真もない無名なレストランだから、綾が目をキラキラさせて説明してくれたんだ。俺は精一杯それを形にしただけ。

「綾スペシャル、どうぞ」
ジュリーが紫色のカクテルを出した。
「お酒、大丈夫かな 綾」
「あ、すいません。俺勝手に」
「いえ。いただくね。ありがとうございます」

 店を出た綾は、たった一杯のカクテルに気分が良くなったらしい。
少しヨタヨタしながら俺に身を任せながら歩く。
俺はいつかのあの時の衝動に駆られた......。
あのときと同じ、路地へ綾を連れて行く。

 壁に綾を押し付けてキスをした。綾を抱いたのはまだ一度だけ。もっと綾が欲しい......綾を俺だけの綾に。
そんな欲望に飲み込まれた俺は強く綾を抱き寄せながら舌を絡ませ何度も何度もキスをした。
綾の息が荒くなり、俺はたまらず綾の体に手を伸ばす―――
ふと、唇を放した俺の目に、綾の頬をつたう一筋の涙が光った.......。

「.......悟さん」

「綾、ごめん 強引すぎたね こんなとこで」

俺としたことが.....情けない

「悟さん.........毒リンゴ」

「........え」

「悟さん.......私........思い出したみたい」

俺は強く、壊れそうなくらいに綾を抱きしめた。
今感じているかもしれない辛い記憶の怒涛の嵐から守りたい。もう、『大丈夫だから』なんて 言わせない。
強く壊れそうなくらいに抱きしめた もう二度と壊れないように。
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