私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ

文字の大きさ
上 下
8 / 8

しおりを挟む
 エミリーは森の木々の中に隠れながら父の戦いをそっと見ていた。父は多くの魔騎士と魔兵に囲まれつつも、臆することもなく剣と魔法で倒し続けた。だがその父も魔騎士隊のザウス隊長には敵わなかった。攻撃を受けて堀の中に沈んでいったのだ。

「パパ!」

 エミリーは思わず声を上げてその場に駆け寄ろうとしていた。だが突然、何者かにその口をふさがれて抱きかかえられた。

(しまった!)

 もうエミリーにはどうすることもできない。抱えられたまま森の奥へと連れていかれてしまった。

 ◇◇◇

 リーカーは目を開けた。そこは彼の家のソファの上だった。明るい灯りが部屋を照らし、暖炉の薪が暖かく燃えていた。

「パパ。寝ていたの?」

 エミリーがリーカーの顔をのぞきこんでいた。

「パパはお疲れなのよ。さあ、お祝いしましょう。パパは魔法剣士になったのよ」

 妻のアーリーがケーキをもってリビングに入ってきた。

「そうだな・・・」

 リーカーはまだ悪夢から覚めきらぬようにあいまいな返事した。アーリーはそんなリーカーに笑顔を向けて言った。

「おめでとう。これであなたは魔法剣士ね」
「パパ、おめでとう」

 エミリーも笑顔で祝ってくれた。

「ああ、ありがとう」

 リーカーも妻と娘に笑顔で返した。リーカーは悪夢を振り払うように首を振った。これが現実の世界であるはずだと・・・彼は思いこもうとした。エミリーが言った。

「パパ、魔法で何かやって見せてよ。そうね。ここにたくさんの御馳走を並べてみて」
「ははは。料理ならママの方がおいしいよ。それよりもっといいものを見せよう」

 リーカーは呪文を唱えた。すると丸い風船がいくつも現れて、部屋に浮かんだ。それは様々に色を変えた。

「じゃあ、私も」

 アーリーも呪文を唱えた。すると壁に掛けてあったバイオリンが空中に浮かんで弦が音を奏で、同時にピアノも演奏し始めた。家の中はまるで幻想的な劇場の様になり、3人をうっとりとさせた。そこに召喚した小さなかわいい幻獣たちがダンスを踊りながら出て来た。それらは愛想を振りまいていた。

「ははは」

 エミリーも踊って愉快そうにはしゃいでいた。それを見てリーカーとアーリーは笑って顔を見合わせた。

「パパ、パパ」

 エミリーは魔法で浮かびながらリーカーを呼んでいた。


「パパ!、パパ!」

 リーカーはエミリーに何度も呼ばれていた。リーカーは目を開けた。そこは薄暗く冷たい小屋の中だった。夢から覚めると、あの悲惨な出来事は現実のものだったとリーカーは思い知らされた。体をむしばむ痛みに苦しみながらもリーカーは身を起こした。そこにはエミリーと並んで一人の若い娘がいた。その娘には見覚えがあった。

「サランサ殿だな」
「はい。サランサです」

 彼女は青白い顔をしていた。何か深い苦しみを抱えているようだった。エミリーは言った。

「私は森でサランサに助けられたの。パパもサランサが魔法で助けてくれたのよ。そして見つからないようにここに運んでくれたよ」

 リーカーはザウス隊長に手ひどい敗北を喫したのを思い出した。必殺技を受けて堀に転落したのに傷はわずかで済んでいた。サランサが回復魔法で手当てもしてくれたようだった。

「それはすまなかった。助けていただいたとは・・・」

 リーカーが身を起こしかけたが、サランサはそれを止めた。

「悪いのは父です。こんなことをしているとは・・・でもすべて私のせいです。私を将来、女王にしようとマデリー様と企んだのです。リーカー様。謝ったからと言って許されるとは思っておりません。しかし私には何もできないのです。あなたの気が済むまでこの体に剣を突き立ててください」

 サランサは悲しそうに言った。彼女の肩にはあの白フクロウが止まっていた。リーカーは静かに言った。

「いいや、あなたは悪くない。すべてワーロン将軍の仕組んだことだ。それにあなたは白フクロウを使って私を助けてくれた。礼を言う。この上は、私はエミリーを連れて王宮に乗り込みつもりだ」
「いえ、お逃げください。エミリー様を連れて。王宮の中には父の配下の魔騎士や魔兵がおります。お命が危のうございます」

 サランサは強く止めた。だがリーカーはゆっくる首を横に振った。

「いや、敵が多かろうが私はエミリーとともに行く。女王様のお身が危ないのだ。私が止めねばならぬ」

 リーカーはきっぱりと言った。

「それならせめてエミリー様だけでもここに・・・。こんな幼いエミリー様を戦いに連れて行こうとおっしゃるのですか!」

 サランサは声を上げた。

「ああ、そうだ。エミリーも命を狙われている。逃げても魔騎士たちがいつまでも追ってくるだろう。それならば私の近くに・・・。我らにはもう道はない。自らが切り開いていかねばならぬ。死を恐れずに・・・」

 リーカーは言った。その言葉にエミリーはしっかりとうなずいた。その親子の死を覚悟する決心の固さにサランサは涙をこぼした。そしてサランサ自身も決心した。

「わかりました。私が王宮に案内いたします」
「よいのか? 父上を裏切ることになるのだぞ」
「ええ、私も自分の信じる道を進みます」

 サランサは涙を拭いてそう答えた。

 ◇◇◇◇

「リーカーは討ち取ったのだな!」

 将軍執務室でワーロン将軍がザウス隊長を問うた。

「必殺技で倒したはずですが、しかし堀に沈んでしまって死体は確認しておりません」

 ザウス隊長はそう答えた。

「娘のエミリーはどうした?」
「まだ見つかっておりません。遠くには行っていないはずですからじきに見つかると思いますが・・・」

 ザウス隊長は言葉を濁した。ワーロン将軍は非常に不満だった。リーカーの死を確認できないばかりか、肝心のエミリーの行方すらつかんでいないとは・・・。

「貴様は当てにならんな! 何のために隊長にしてやったというのだ! 奴らの死体を見つけるまでここに戻ってくるな! 行け!」

 ワーロン将軍は怒鳴り散らした。ザウスは不服そうな顔をしながら執務室を出て行った。

「どいつもこいつも使い物にならぬ。サランサは出て行くし、ザウスはあのざまだ・・・まあいい。女王の命はあとわずかだ。もうすぐ儂の天下だ」

 ワーロン将軍は怒りおさまらず、ドンと机を叩いた。

 ◇◇◇◇

 サランサは辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、リーカーとエミリーを連れて林の小屋を出た。

「王宮へはごく一部の者しか知られていない抜け道を通ります。多分、魔騎士たちに気付かれずに王宮には入れるはずです」

 先を歩くサランサは振り返って言った。リーカーは深くうなずき、エミリーの手を引いて進んだ。日の沈みかけた夕刻で辺りが薄暗くなっていた。彼らは林の木々に隠れながら、誰にも見つからずに抜け道に入っていった。
 だがそれを見ているものがあった。それは一羽の魔法の黒カラスだった。3人が穴に入るのを見届けると王宮の方に飛んでいった。

 ◇◇◇◇

 一羽の黒カラスが王宮に飛んできた。そして庭にいたザウス隊長の肩に止まり、何やらささやいた。

「何! 奴が生きている! それもこっちに向かっているだと!」

 ザウス隊長は声を上げた。

「ならばここで奴を仕留めるだけよ!俺一人でな」

 ザウス隊長は憤然として立ち上がった。その彼の目は不気味に光っていた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

猫侍
2025.01.16 猫侍

最後無視しただけでスッキリしない
何か言い返して欲しかったな

2025.01.16 ミィタソ

感想ありがとうございます。
まずは作者として謝罪させていただきます。
綺麗に物語を終わらせるために、読者様の想像力に結末をお任せしてしまいました。
ちゃんと書くべきでした。
自身の手腕に溺れ、費やした大金が水の泡となってしまった元婚約者。満足に食事もできず、身だしなみを整えることもできないほどに落ちぶれています。家が潰れてもおかしくないでしょう。
さらに、国王から国を救ったことで地位を与えられたレイナの結婚式を台無しにしたのですから、周りの貴族からも虐げられ、当然なんらかの罰が下ることと思います。

解除

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。