私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ

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「父上、申し上げます。アインス様から、婚約を破棄されました」

 ダグラスは一瞬、信じられないという表情を浮かべたが、すぐに顔が怒りに染まった。
 大きな拳を机に叩きつけ、低く怒鳴るように叫ぶ。

「なんだと! 双方で合意のもとに決定した婚約だったのだぞ! レイナ、その表情……何かあったな?」

 レイナは、淡々とした口調で話を続ける。
 婚約破棄されたことに加えて、アインスがリリアナと恋仲になっているかもしれないとも……全てを、包み隠さず。

「十六歳の私には、婚約は早すぎたのかもしれません。悔しいですが……貴族として、商家の娘として、若すぎました。父上やご先祖様がそうであったように、国王陛下さえも手玉に取るような狡猾さが足りなかったのでしょう……」

 だから、リリアナに全てを奪われた。

 貴族とは、傲慢でなければならない。
 欲しいものは自分の力で掴み取る。そのためには、汚いことにも手を染めるし、文字通り力づくで権力を行使することも。
 レイナは、貴族としてリリアナに負けたのだ。

 もしこれがダグラスであったのならば、水面下で行われていた情報戦にも気づけていたはず。
 それどころか、あっという間にもみ消して、逆に何倍にも膨らませて報復していただろう。
 首飾りだって取り返していただろうし、同じドレスなんて買うことすら許さない。
 それが貴族の戦いであり、商人の強さだから。
 
 レイナの心の奥底では、父を失望させたことへの痛みがじわじわと広がっていく。
 レイナはアインナーズ伯爵家の一人娘として、ダグラスの意向により、可愛がられてただ真っ直ぐに育ってきた。光あるところに影があるなど知りもせずに。
 だからこそ、今になって自分に足りない力に気づいてしまったのだ。

「今回の責任は、私にもあるということか。レイナ、悲しい思いをさせてしまい……すまなかったな。しかし、嘆くな! これから私が鍛えてやろう!」

 レイナは父の言葉に背筋を正し、決意を込めて頭を下げた。

「ありがとうございます。どうか、私に成長の機会を……父上の仕事を手伝わせてください。私はまだ未熟ですが、貿易や流通について学び、そして強くなりたいのです!」

 ダグラスは、しばらくレイナの言葉を聞き、眉を寄せながらもどこか満足そうに頷いた。

「分かった。だが覚えておけ、レイナ。商人というものは誠実であると同時に、常に頭の中では算術をしておかなければならない。目を背けたくなるほどに汚い算術をな。お前は一人娘として大切に育てたつもりだが、これからは甘やかすつもりはない。……最後にもう一度だけ問おう。本当にいいのか?」

「はい、覚悟はできています!」

「よろしい。では、明日からすぐに仕事を始めることにしよう。お前には特別に、王都での市場取引の立会いを命じる。自分の目で市場の動きを学び、貴族の世界だけでなく、真に人々が生きる現実を知ることだ」

 その言葉に、レイナは目を輝かせ、再び深々と頭を下げた。
 父の期待に応えるため、そして自分の未来を切り開くため、心の中にあったわずかな弱さを追い出していく。

 レイナの瞳の中には、決意の炎が宿っていた。
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