愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ

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「あらあら、無能がどうやってこんなところに来れたのかしら? この店も落ちたものね」

 トイレを出て、アグナバル家のもとに戻ろうとしたところで、見覚えはあるけれど名前が思いだせない女性に肩を掴まれた。

「馬車で来れました。失礼します」

 軽くあしらって、その場を後にしようとしたのだが、強い力で引っ張られてしまう。

「あなた、このワタクシを馬鹿にしているの? ゴミリアのくせに? あなたみたいな底辺が、恥ずかしげもなく外をうろついているのはどうしてかと聞いているんだけど」

 私の右肩を掴む彼女の手がめり込んでいく。
 爪が刺さって痛い。

「ワタクシと言われましても、私には貴族に友人はおりませんし、あなたがどこのどなたか存じあげませんので。そろそろ離してくださらない? あまり長く席を立っては、心配をかけてしまいますし。それに、あなたもレディでしょう? 長くトイレに行っていたら……ねぇ?」
「ふざけてるのかしらこの子……。いつも悪口を言われて、黙って下を向いてるだけのゴミが、このワタクシに口答えを……もう許さない」

 名前も知らない女性が、クルクルと巻かれた長い赤髪を揺らしながら、恐ろしい表情で私の体を押す。
 勢いをつけられては抗えず、壁に背中を強く打ち付けてしまう。

「出来損ないのくせによくも! あんたなんか!」

 ついには両肩を掴まれ、牙を剥き出しにした女に何度も何度も壁に叩きつけられた。

「あ、あの、何を……」

 か細い声が聞こえたと思ったら、女の動きが止まる。
 まずいものを見られたかのような表情を浮かべながら、後退りしていく。

「ち、違うのですレオン様! ご存知でしょう? この女はアレと呼ばれるほどに蔑まれ、出涸らしだと馬鹿にされるほどの無能です。そのゴミリアが、このワタクシを……!」
「お、落ち着いて欲しい。えっと……ハモンズ伯爵家のロゼッタ嬢だよね? 僕のつ……妻が、何かしたのかな? だとしたら、代わりに謝罪するけど」
「えぇ、やられましたわ! この無能が、ワタクシを軽くあしらおうと……妻?」
「……はぁ。分かった。言い方を変えよう。将来、僕の妻になる女性に、ハモンズ伯爵家の次女ごときが何をしてるのかって、聞いてるの」
「そんな……嘘よ……。だってアレは……」
「数日後に、婚約披露パーティーがあるんだ。まあ、君と会うことはなさそうだけど。そろそろ失礼するよ」

 レオン様……すごい迫力だった。
 最初はいつもどおりの喋り方と優しい顔で始まったのに、だんだんと格上の貴族らしい圧を感じるようになって……恐ろしさで私がレオン様に謝るところだった。
 これって、私を助けてくださったってことよね?
 今まで見捨てられてばかりで、初めての経験だから、頭が混乱している。
 こういうときは、お礼を言うべきなのかどうなのかすら分からない。
 私がお礼を述べると怒られることもあるし……でも、言うべきよね。

「エ、エミリア嬢! 遅くなって……も、申し訳ない! 様子を見てこいと、お母様に言われるまで僕は……気づけなくて……」
「い、いえ。ありがとうございますレオン様。よくあることなので、気にしないでください」

 下を向いたレオン様に手を引かれ、席に戻るのだった。
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