白い結婚のはずなのに、なぜ私を殺そうとしたのですか? など、恋愛小説短編集

ミィタソ

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恋は雪解けのように

八話 裏月の舞踏会

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 首都の城壁が夕陽に溶ける頃、エステルは娼館の地下壕で化粧を施していた。
 鏡に映る顔は、白磁の仮面で隠され、黒いレースのドレスが革命の匂いを殺す。
 背後で老婆が、死んだ王女の形見の香水を霧吹きで散布する。

「舞踏会への招待状は『裏月の紋章』入り。お主の影が主賓として招かれたのだ」

エステルが紺碧の扇を開くと、内側に鏡像の自分が嗤っていた。
 あの砦の幻覚以来、この存在は彼女の影として定期的に顕現するようになった。

「楽しみね」鏡像が舌なめずりする。「今夜こそ、貴方の肉体を奪うわ」

「その前に王太子の心臓を頂戴するわ」

エステルが床に叩きつけた短剣が、鏡面を波立たせる。老婆の警告が地下壕にこだまする。

「子よ、薔薇の根は毒を孕む。力を求めすぎれば――」

「すでに毒は回っています」

 エステルは仮面を固定するピンに、冬薔薇の毒を塗り込んだ。
 その手首には、レオンの軍牌とクロードの懐中時計が、皮肉な調和を奏でている。

***********

 王城の大広間は、現実とは思えぬ狂気に彩られていた。
 シャンデリアの蝋燭が緑の炎を吐き、楽団の演奏は亡者の喘ぎのように歪む。
 エステルが黒い扇で顔を隠すと、対面の鏡に映った鏡像が赤いドレスで手を振った。

「お姉さま、ご挨拶ですわ」

 突然現れたモンテスリー令嬢(鏡像)が、毒杯を掲げて微笑む。
 その首筋には、あの洞窟で撃たれた傷が宝石のように輝いていた。

「王太子は貴女を『裏月の女王』と呼んでいますわ。さあ、暗躍者の間へ」

 エステルが連れられたバルコニーで、腐敗した貴族たちが幻草の煙を嗜んでいた。
 中心で笑う王太子の指輪には、双月の紋章が逆さに刻まれている。

「ようこそ、我が半身よ」

 王太子がエステルを抱き寄せ、仮面を剥がす。
 同時に、鏡像が広間で正統の紋章を掲げ、民衆を扇動し始めた。

「見よ! 偽りの王女が正統を僭称する!」

 エステルが短剣を突き立てようとした瞬間、腕が氷結する。
 王太子の瞳が、鏡像と同じく深淵の色に変わっているのに気付いた。

「可愛い妹よ。貴女もいずれ鏡の虜となる」

***********

 地下牢で目覚めると、エステルは硝子の棺に閉じ込められていた。
 眼前でクロードが王太子の衛兵と斬り合い、床が血の海と化している。

「目を開けるな! あの鏡像が貴女の視覚を乗っ取っている!」

 クロードの声が軋む。

 エステルの右目に映るのは、鏡像が民衆を率いて城門を破壊する光景だった。
 左目では、真実の自分が棺で窒息しつつある。

「選択だ。光か影か、女王か殉教者か」

 老婆の声が頭蓋を貫く。

 エステルが棺を蹴破った瞬間、両目から血の涙が溢れた。
 右手で王太子の佩剣を、左手で自分の短剣を握りしめる。

「私は――両方を掴む!」

 双刃が十字に交差し、牢獄の壁が崩れる。
 エステルの黒髪が白く染まり、瞳が右は蒼、左は紅に輝く。
 鏡像が悲鳴を上げて崩れ、王太子の指輪が真っ二つに割れた。

「愚か者めが! この力は貴女を――」

 王太子が顎を掴んでくる。

「食わせる毒よ」

 エステルが噛み千切った王太子の喉笛から、幻草の煙が噴き出した。
 階上で鏡像が民衆を操る糸が途切れ、広間が突然の静寂に包まれる。

***********

 暁の城壁で、エステルが鏡像の残骸を抱いていた。
 その身体はガラス細工のように脆く、月の光を透過させる。

「やっと……休めるわ」

「待て、完全に消滅させねば」

 クロードが銃口を向ける。

「彼女も私の一部だった」

 エステルが鏡像の欠片を胸に埋め込むと、傷口から冬薔薇の蔓が這い出した。
 民衆が城門を破り、真実の旗が翻る中、彼女は両手に異なる紋章を掲げた。

 右手には光の双月、左手には裏月の薔薇。

「これが私の在り方」

 老婆が埃まみれの聖典を捧げる。

「新たな女王の誕生です」

 エステルが王冠を打ち砕き、代わりに銃を掲げた。
 その銃身には、レオンの血で描かれた狼と、クロードの涙で滲んだ蛇が絡み合っている。

「戴冠式など要らぬ。私は民衆の銃弾となり、盾となろう」

 風に舞う冬薔薇の花弁が、砕けた鏡像の欠片を包み込み、新しい時代の礎となっていった
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