白い結婚のはずなのに、なぜ私を殺そうとしたのですか? など、恋愛小説短編集

ミィタソ

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恋は雪解けのように

六話 狼の捕手

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 北方領地の国境を越える頃、エステルの瞳に映る景色は鋼色に変わっていた。
 凍てついた大地の裂け目から噴き出す温泉が霞み、硫黄の臭いが戦火の予感を運んでくる。
 クロードが指差した先に、黒い玄武岩で築かれた砦が獣の牙のように聳えていた。

「狼の砦――レオンが反逆者たちの牙城とした場所だ」

 砦門が軋んで開く音と共に、鈍い殺気が馬車を包んだ。
 埃まみれの戦旗の下、傷痕を誇示するような男たちが、エステルを好奇と敵意の入り混じった目で見下ろしている。

「お前が『狼の血を継ぐ女』か?」

 突然現れた巨漢がエステルの襟首をつかみ、鼻先まで引き寄せた。
 彼の首にかけたレオンの軍牌が、埃の中で鈍く光る。

「その手を離せ!」

 クロードの短銃が巨漢の眉間を狙うより早く、エステルは懐から幻草の入った小瓶を掲げた。

「レオンが命と引き換えに守った真実よ。この瞳で確かめろ」

 小瓶を床に叩きつけると、紫の煙が渦巻いた。
 煙の中に浮かび上がるのは、王太子が密書に署名する姿。そして、そこに居合わせる巨漢の弟の首を刎ねる光景だった。

「……弟貴の仇が」

「王太子だけではない」エステルが羊皮紙を広げる。「貴様たちを奴隷商人に売ったのは、砦の財務官だ」

 男たちの怒号が石壁を揺るがす。
 突然、財務官の寝首を掻く音がし、熱い血しぶきがエステルの頬を染めた。

「これが北方の掟だ」

巨漢が笑って血刀を納めた。

「ならばお前は、我らの牙となれるか?」

***********

 新月の夜、エステルは砦の地下牢に立たされた。
 鉄格子の向こうで朽ちかけた亡骸が、壁に刻んだ無数の双月紋章を教えてくれる。

「……ここは?」

「先代辺境伯が王女を囚えた場所だ」

 クロードの提灯が、壁の暗号文を浮かび上がらせる。
 エステルが指でなぞると、石壁が軋んで回転した。
 隠し部屋の祭壇で、水晶の棺が月光を受けて輝いていた。

「母……?」

 棺の中の女性はエステルにそっくりだが、額には生きたように動く双月の紋章が浮かんでいる。
 触れた瞬間、氷のような記憶が流れ込んだ――王女暗殺の夜、乳母に託された赤子、そして北方領地に隠された真なる王の証。

「貴女こそ、王家の正統な継承者だ」

 クロードの囁きと共に、遠くで号砲が轟く。
 エステルが棺から取り出した戴冠用の宝剣が、突然重力を失って浮き上がった。

「始まるわ。真実の戦いが」

エステルが宝剣を握りしめると、砦全体が震動し始めた。
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