白い結婚のはずなのに、なぜ私を殺そうとしたのですか？ など、恋愛小説短編集

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね？

終

　アインナーズ家の功績が広く知られるようになり、レイナは貴族社会でその名を響かせる存在となった。
　彼女の冷静な判断力と慈悲深い行動は、貴族たちの間で称賛され、また信頼を勝ち取っていった。

　そんな中で、レイナはアインナーズ伯爵家主催のパーティを開く。

「レ、レイナ！　一度は婚約を結んだ仲じゃないか！　……な？　やり直そう？」

　そこには、レイナの前で跪ひざまずき、情けない顔で懇願する男――アインス・ガルタードの姿が。
　痩せ細り、目の下には酷いくま、髪の毛は栄養状態が悪いせいかボサボサだ。かつて、惑わしのアインス様と呼ばれていた面影は一つもない。

「おい、ゴキブリが紛れ込んでいるぞ！　警備は何をしている！　つまみ出せ！」

　当然、ガルタード侯爵家にもバイスター伯爵家にも、招待状は送っていない。どこで噂を聞いたのか、屋敷に忍び込んだらしい。

「おい、放せ！　俺を誰だと思ってるんだ！　レイナ、助けてくれ……俺たちの仲じゃないか！」

　ダグラスの指示で警備に捕えられたアインスが、暴れながら両脇を抱えられて、運び出されていく。

　しかし、レイナは少しも表情を変えない。
　貴族として、一回りも二回りも成長したから。

「今日は皆様にご報告があります」

　騒ぎが落ち着くと、よく通る声でレイナが呼びかける。
　貴族たちの注目が、レイナとその横……かつてパーティで彼女に手を差し伸べたラダル・ロクシュタインに集まった。
　彼はその穏やかな瞳で彼女を見つめ、柔らかく微笑む。

「私――レイナ・アインナーズは、ラダル・ロクシュタイン様と婚約を結びました」

　その場にいた貴族たちは一斉に拍手を送った。
　レイナとラダルの婚約は既に噂されていたものの、正式な発表を心待ちにしていた者たちも多かったからだ。

　ラダルは少し照れたように微笑んでいたが、その視線はレイナから離れない。
　彼は普段の不器用な口ぶりとは違う、彼女に対する信頼と誇りをしっかりと表情に表している。
　レイナはその視線を受け止め、ラダルの方に向かって一歩近づく。
　ラダルが口を開くと、いつも通り言葉を探すような間があったが、レイナはすかさず笑顔で助け舟を出す。

「皆様、ラダル様からの言葉は簡潔にさせていただきますが、彼の誠実さと真摯な気持ちは、私にとって何よりも価値のあるものです」

　それを聞いたラダルは、少し照れくさそうに視線を逸らしながらも、小さな声で「すまない、やっぱりこういうのは苦手でね」と呟く。
　レイナはくすっと微笑んで、彼の腕を優しく取り……

「私もあの時、あなたに救われました。あのままでは、きっと立ち上がることさえできなかったと思います。ラダル様のお気持ちは私がしっかりと伝えますから」

　……と囁く。

　このやりとりを見守っていた貴族たちは、二人に再び温かな拍手を送った。

　その数ヶ月後には、レイナとラダルは結婚した……のだが、その家名が変わっていた。
　レイナ・ラシュタルとラダル・ラシュタル。レイナの活躍を評価した国王が、二人を新たな伯爵として認めたのだ。

　―完―