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第一集 戦場の少女
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人の侵入を阻むかのような密林がどこまでも続く。
昼間だというのに陽の光を覆い尽くす背の高い樹々。そして空には黒雲、そこから滝のように降り注ぐ大粒の雨。
かつて南中とも呼ばれた寧州では、ごくありふれた光景である。
そんな寧州の密林を軍勢が進む。その装いから南蛮と呼ばれる民族であろう。この地の気候に慣れた彼らと言えど、豪雨に晒された兵士たちは疲労が隠せずにいる。ぬかるんだ地面に足が沈み込み、進軍を大きく遅らせていた。
そうした疲労困憊の兵士たちの周囲の茂みから、突如として大勢の兵士が顔を上げ、同時に大量の矢を射かけて来た。突然の出来事に混乱し統制を失った兵士たちは、指揮を取っている将の制止も聞かず我先に逃げ散っていく。
不利を悟った将は、わずかながら逃げずに戦っている兵士たちに対しても退却の命令を下すと馬首を返して立ち去って行った。
退いていく敵兵を深追いをせずに見送った伏兵たちは、漢人の兵士たちであり、よく統率された動きで静かに一か所に集結していく。その中心には二騎の将がいた。正確に言えば片方は将の鎧を付けてはいるが、非常に小柄であり、初陣の少年にも思えた。
中心にいる大柄な将は、寧州刺史であり名将の誉れ高い李毅、字は允剛。小柄なもう一方は彼の娘で、十四歳になったばかりの李秀、字は淑賢である。
曹魏・孫呉・蜀漢の三王朝が天下を争った三国時代は、司馬一族が建てた晋王朝による統一という形で終わりを迎えた。
しかしそんな晋もまた、初代皇帝である武帝・司馬炎の没後に八王の乱と呼ばれる泥沼の政治闘争が続いた事で国力が衰退。天下のあちこちで異民族が乱を引き起こすという事態を招いてしまった。それが漢民族にとって最大の危機となった五胡十六国時代の始まりである。
辺境の地であった寧州もまた、その例外ではない。
かつて蜀漢が統治していた蜀の地で、北から流入した騎馬民族・氐族による反乱が起こったのである。
これにより中央と分断される形となったのが、そのさらに南方にある寧州だった。そうした情勢を知った南蛮の諸部族の中からも、漢人の支配を脱却しようという動きが出始めるのもまた自明であったのだ。
そんな寧州の刺史である李毅は、元々後漢時代から蜀の地に住んでいた一族、広漢李氏の出身である。彼の祖父である李朝は、初めは当時蜀を治めていた劉璋に仕えるも、放浪していた劉備の入蜀に貢献し、それ以来、広漢李氏は一族で劉備に仕える事になった。
しかしその後の歴史において建国の祖である劉備、そして彼亡き後に国を支えた諸葛亮とも存命中に天下統一を果たす事はなく、敵国である曹魏の名将、鄧艾と鍾会によって蜀漢は滅びる事となる。
その後まもなく、曹魏もまた司馬一族によって内部から滅ぼされ、晋王朝となるわけだが、そんな晋の支配下に置かれた蜀の地で、若き頃の李毅は晋朝に仕える事になった。
天下統一への最後の敵、すなわち孫呉との最終決戦において勝利を収め、その名を天下に轟かせた老将・王濬。李毅は若き参謀として彼を支え、戦後に王濬から「そなたがおらねば勝利は無かった」とまで言わしめたほどの軍才を発揮したのである。
寧州刺史となった後も、そこが異民族の多い辺境の土地である事から、李毅は練兵を怠る事はなく、寧州兵は精強さを保っていた。何より寧州兵の多くは巴蜀の出身者であり、同郷である広漢李氏との結束も強かった。
それ故に、彼らの故郷である巴蜀が異民族によって乱されている現在の状況にあっては、故郷の防衛と言う大義の下に団結し、徹底抗戦に臨んでいるのである。
そんな李毅の娘である李秀であるが、物心ついた頃より辺境の寧州で育ち、都の華やかさなどとは無縁に育った。早くに母を亡くし、女らしい事など経験させてやる事も出来ずにいた事で、父である李毅は申し訳なさを感じた物であるが、当の本人はこれが当たり前で育ったのである。
華やかな都の女性などは、いわば異文化の人種を見るような感覚で、自分がそうなりたいなどという憧れは微塵もなかった。逆に軍人としての父を大いに尊敬し、自身も兵法や武芸を学びたいと願い出るほどであったのである。
李毅も初めは困惑したのであるが、中央の情勢を耳にするにつけ、天下が再び乱れていくであろう事は容易に想像がつく。やりたいようにやらせる方が娘の為にも良いと思い至ったのだ。
幼い娘に兵法・武芸の基礎を学ばせた李毅は、辺境異民族との戦にこうして娘も従軍させて経験を積ませていたのである。
そして今回の伏兵の指揮は、李秀によって提案された物であった。集まってきた寧州兵たちを前にした李毅は娘の作戦である事を明かし、娘が将として兵たちの信頼を得る事にも力を添えた。
「この乱世、国の為に戦いたいというなら、老若男女の別は無し!」
李毅のこの言葉に、寧州兵たちは大いに鬨の声を挙げて応えるのであった。
昼間だというのに陽の光を覆い尽くす背の高い樹々。そして空には黒雲、そこから滝のように降り注ぐ大粒の雨。
かつて南中とも呼ばれた寧州では、ごくありふれた光景である。
そんな寧州の密林を軍勢が進む。その装いから南蛮と呼ばれる民族であろう。この地の気候に慣れた彼らと言えど、豪雨に晒された兵士たちは疲労が隠せずにいる。ぬかるんだ地面に足が沈み込み、進軍を大きく遅らせていた。
そうした疲労困憊の兵士たちの周囲の茂みから、突如として大勢の兵士が顔を上げ、同時に大量の矢を射かけて来た。突然の出来事に混乱し統制を失った兵士たちは、指揮を取っている将の制止も聞かず我先に逃げ散っていく。
不利を悟った将は、わずかながら逃げずに戦っている兵士たちに対しても退却の命令を下すと馬首を返して立ち去って行った。
退いていく敵兵を深追いをせずに見送った伏兵たちは、漢人の兵士たちであり、よく統率された動きで静かに一か所に集結していく。その中心には二騎の将がいた。正確に言えば片方は将の鎧を付けてはいるが、非常に小柄であり、初陣の少年にも思えた。
中心にいる大柄な将は、寧州刺史であり名将の誉れ高い李毅、字は允剛。小柄なもう一方は彼の娘で、十四歳になったばかりの李秀、字は淑賢である。
曹魏・孫呉・蜀漢の三王朝が天下を争った三国時代は、司馬一族が建てた晋王朝による統一という形で終わりを迎えた。
しかしそんな晋もまた、初代皇帝である武帝・司馬炎の没後に八王の乱と呼ばれる泥沼の政治闘争が続いた事で国力が衰退。天下のあちこちで異民族が乱を引き起こすという事態を招いてしまった。それが漢民族にとって最大の危機となった五胡十六国時代の始まりである。
辺境の地であった寧州もまた、その例外ではない。
かつて蜀漢が統治していた蜀の地で、北から流入した騎馬民族・氐族による反乱が起こったのである。
これにより中央と分断される形となったのが、そのさらに南方にある寧州だった。そうした情勢を知った南蛮の諸部族の中からも、漢人の支配を脱却しようという動きが出始めるのもまた自明であったのだ。
そんな寧州の刺史である李毅は、元々後漢時代から蜀の地に住んでいた一族、広漢李氏の出身である。彼の祖父である李朝は、初めは当時蜀を治めていた劉璋に仕えるも、放浪していた劉備の入蜀に貢献し、それ以来、広漢李氏は一族で劉備に仕える事になった。
しかしその後の歴史において建国の祖である劉備、そして彼亡き後に国を支えた諸葛亮とも存命中に天下統一を果たす事はなく、敵国である曹魏の名将、鄧艾と鍾会によって蜀漢は滅びる事となる。
その後まもなく、曹魏もまた司馬一族によって内部から滅ぼされ、晋王朝となるわけだが、そんな晋の支配下に置かれた蜀の地で、若き頃の李毅は晋朝に仕える事になった。
天下統一への最後の敵、すなわち孫呉との最終決戦において勝利を収め、その名を天下に轟かせた老将・王濬。李毅は若き参謀として彼を支え、戦後に王濬から「そなたがおらねば勝利は無かった」とまで言わしめたほどの軍才を発揮したのである。
寧州刺史となった後も、そこが異民族の多い辺境の土地である事から、李毅は練兵を怠る事はなく、寧州兵は精強さを保っていた。何より寧州兵の多くは巴蜀の出身者であり、同郷である広漢李氏との結束も強かった。
それ故に、彼らの故郷である巴蜀が異民族によって乱されている現在の状況にあっては、故郷の防衛と言う大義の下に団結し、徹底抗戦に臨んでいるのである。
そんな李毅の娘である李秀であるが、物心ついた頃より辺境の寧州で育ち、都の華やかさなどとは無縁に育った。早くに母を亡くし、女らしい事など経験させてやる事も出来ずにいた事で、父である李毅は申し訳なさを感じた物であるが、当の本人はこれが当たり前で育ったのである。
華やかな都の女性などは、いわば異文化の人種を見るような感覚で、自分がそうなりたいなどという憧れは微塵もなかった。逆に軍人としての父を大いに尊敬し、自身も兵法や武芸を学びたいと願い出るほどであったのである。
李毅も初めは困惑したのであるが、中央の情勢を耳にするにつけ、天下が再び乱れていくであろう事は容易に想像がつく。やりたいようにやらせる方が娘の為にも良いと思い至ったのだ。
幼い娘に兵法・武芸の基礎を学ばせた李毅は、辺境異民族との戦にこうして娘も従軍させて経験を積ませていたのである。
そして今回の伏兵の指揮は、李秀によって提案された物であった。集まってきた寧州兵たちを前にした李毅は娘の作戦である事を明かし、娘が将として兵たちの信頼を得る事にも力を添えた。
「この乱世、国の為に戦いたいというなら、老若男女の別は無し!」
李毅のこの言葉に、寧州兵たちは大いに鬨の声を挙げて応えるのであった。
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