屍山血河の国

水城洋臣

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冉閔の残滓

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 それから間もなく、魏帝・冉閔ぜんびんは方針を翻し、胡人の慰撫政策を始めた。
 投降した胡人を兵士として利用したい、国内から逃げた胡人を呼び戻して、経済を立て直したいなどの軍事的・経済的な理由からであったが、胡人大虐殺からわずか一年後の方針転換である。民の困惑も想像に難くない。

 漢人たちの街や村に、再び胡人たちが戻ってくる。今や胡人を殺しても罪になりこそすれ報償も名誉も得られる事などない。
 それでも、もはや以前と同じには戻れなかった。戻れるはずもなかった。

 怒り、悲しみ、妬み、そして恐れ……。
 漢人と胡人の間には、既に埋めようのない深い溝が横たわっていた。

 その後、北方の燕国との戦に敗れて捕らえられた冉閔は処刑され、魏国は消滅する。皇帝を僭称してわずか二年という短い天下であった。

 たった二年……。
 天下を誰が治めようが自分たちには関係ない、そう思っていた大多数の民の心に、冉閔はたった二年で、その後さらに続く乱世の種を深く深く埋め込んだのである。

 冉閔が処刑された時も、冀州きしゅうでは殺害された胡人たちの亡骸なきがらが、未だ朽ちる日を待ちながら大地を埋め尽くしていた。

 この後、多くの覇者たちが胡漢こかん融合ゆうごうに心を砕く事になるのだが、それは民に蔓延した負の感情を消す事、冉閔の後始末と言っても過言ではなかったろう。

 五胡十六国の時代、そして続く南北朝の時代。天下の騒乱はここより更に続き、天下太平と胡漢融合の完成は、三百年近く後の唐の時代まで待たねばならなかった。





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