屍山血河の国

水城洋臣

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胡人大虐殺

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 中華の北半分を胡人こじん(北方騎馬民族の総称)が割拠した五胡十六国時代の半ば。
 二十年以上も中原の覇権を握った国・後趙こうちょうは、配下であった漢人の冉閔ぜんびんによって内部から滅ぼされた。

 皇族である石氏は根こそぎ誅殺されたが、冉閔はそれに飽きたらず、漢人至上主義の名の下に、国内に住む全ての胡人を根絶やしにしようとしたのである。
 軍を派遣して胡人の集落を襲い、逃げる間も与えず、命乞いすら許さず皆殺しにした。男も女も、老人も子供も、金持ちも貧乏人も、そこに一切の区別は無かった。

 更に冉閔は国内の漢人全体がこの虐殺に加担するように仕向けた。胡人を殺した者に、その殺害人数に応じて金品や官職を褒美として与えたのである。

 胡人は見つかり次第殺害されるが、例え漢人であっても長身で髭が濃い、彫りが深いなど外見が胡人に似ていたり、漢語に訛りがあるなど、ほとんど言いがかりのような理由で胡人と決め付けられて殺された。
 また胡人を庇ったり同情的な態度を取ったなどの理由だけで、漢奸かんかん(売国奴)だとして殺された。
 殺されたくなければ、積極的に殺す側に回るしか道の無い地獄絵図であった。

 最終的にどれほどの人が殺されたのか見当もつかないが、そこが街であれ荒野であれ、あちこちに切り刻まれた死体が転がり、もはや死体が目に映らない場所など無かったという。

 そんな地獄を生んだ元凶である冉閔は皇帝を僭称して、国号を「」とし、暦は永興えいこうと改元した。西暦にして三五〇年の事である。
 余談であるが、同じ州の地を都とした魏という国号の国は、承知の事とは思うが前にも後にも複数ある。よって史書においては冉閔の姓をとって冉魏ぜんぎと呼ばれるが、当然ながらこの時代はただ魏とだけ呼ばれている。

 そんな魏の首都であるぎょうは、漢人で統一された才ある家臣を多く登用し、さながら曹魏そうぎ(三国時代に曹操そうそう曹丕そうひ親子が建てた魏の国)の建国当初のようであったなどと後の史書に記されているが、先の胡人大虐殺から一年も経っておらず、城壁を出れば未だ犠牲者の遺体は朽ちずに残っていた。




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