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第四章 西風を裂く剣
第三十三集 策謀の城
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西都城にいる緑風子は、個人的感情を押し殺して宿敵である鍾離灼と共に閻行の独立準備に奔走する事となった。
まず何よりも城内の韓遂派をいかにして炙り出し、それを排除するかという点である。その為にも中心にいる閻行の妻・阿琳を最大限に利用する形が良いというのが一致した見解であった。
「それと、明確に韓遂派であると断言できる将はいますかな?」
そんな緑風子の問いに、閻行は麹演の名前を挙げた。元々は西平に割拠していた豪族だったのだが、金城を本拠に大兵力を持っている韓遂の前に屈したという経緯の為、本来は韓遂に対しての忠義立てはない。だが後から西平に派遣されてきた閻行に強い対抗心を燃やしており、自身の根拠地の直接統治を求めるにあたり、閻行の失脚は何よりも望む所というわけだ。
「何とも御し易そうな相手ですなぁ。簡単に反間計(密偵による情報誘導で相手に望む行動を取らせる計略)に落とせそうじゃないですか」
意地の悪い笑みでそう言った鍾離灼に内心で不快感を覚える緑風子であったが、その発言の中身に関しては同感であり、策の大枠は固まりつつあった。
すなわち阿琳もしくは麹演へと接触し、閻行を失脚させる為の計略を意図的に提供する事で両者を結託させ、城内の韓遂派を束ねさせる。緑風子、鍾離灼の与した閻行側は全てを知った上で、というよりも大元の計略自体は彼らが提供する形で敵を泳がせ、適当な所で不正摘発の名目で一網打尽にする。
そうする事で敵の勢力を弱め、同時に中立派への印象操作も出来るという物だった。
「韓夫人と麹演への接触は、私がやりましょう」
得意気な顔でそう言った鍾離灼の提案に、閻行は素直に承諾する。その様子に朧気ながら不安を覚えた緑風子であったが、あえて何も言わずに様子見をする事とした。
こうして西都城は、閻行、緑風子、鍾離灼、阿琳、麹演と、それぞれの思惑が複雑に交錯する場となったのである。
「鍾離大人に任せてよかったのであろうか」
早速計略に取り掛かる為に鍾離灼が退室した後、閻行は緑風子にそう訊いた。あまり信用するなと言う助言があった為である。
「この計略の大筋に関しては問題ないと見ます。しかし奴が一から十まで計画通りに進めるとは思えないのですよ。後になって効いてくる小さな策を我々の知らない所で独自に挟み込むというような動きがある物として扱うべきでしょうな」
それを聞いた閻行は、一瞬考え込むような表情をするが、すぐに表情を崩し、どこか冗談めかした口調で言う。
「そういうそなたも、似たような物であろう」
不意にそう言われた緑風子は、笑みを浮かべつつも慌てて否定するが、閻行は笑顔のまま続ける。
「よいよい。私が韓遂に反旗を翻し、その間に起こるであろう混乱を大いに利用する。お主……、いや冀城の連中はそういう腹だ。だからこそ私もお主らを大いに利用する。乱世とはそういう物であろう」
閻行の乱世の将としての器の大きさに緑風子は感服した。人情や忠義という物は美談として語られる事が多いが、同時にその一本気な感情が視野を狭めてしまう事も往々にしてある事だ。
周囲に敵味方が入り乱れている状況で自身の進退を決めるに当たり、大局的な視点で利を語れるというのは将として大きな才能である。
曹操への帰順を幾度となく試みていた理由もそこにあるのであろう。
鍾離灼への警戒心を使って閻行を動かそうとしていた自分を省みて、緑風子は自嘲する。
実際に鍾離灼が個人的に仕掛けてくる策があるとするなら、それは閻行謀反という大局に関わる物ではなく、あくまで付随的な物として緑風子への嫌がらせである可能性が大きい。とするならば、ここは自分も個人として受けて立つべきだ。緑風子はそう思い直す。
だが思い直したは良い物の、自分で腰を上げるとなると途端に溜息が出るのもまた事実。
「やっぱり、仲間は大事だねぇ……」
思わずそう呟いた緑風子は、今頃は冀城に向けて馬を歩ませている二人に思いを馳せる。趙英は察して文句を言うであろうが、せめて呼狐澹でもここに居てくれれば、程よく煽って自発的に動いてくれるように促すのに、と肩をすくめるのであった。
さて閻行の私邸では、家の主人である閻行から借り受けた印章を庸人(使用人)に見せた事で、特段の難もなく鍾離灼が阿琳と接触していた。
既に七十になろうという老齢の韓遂の娘であり、五十にも手が届いている閻行の妻という立場であるが、阿琳自身はまだ二十代の若い娘であり、お世辞を抜きにしても美人の部類に入る。だがそれ故に周囲から持て囃される事も多く、父や夫の高い立場に加え、末娘特有の唯我独尊な態度が、その言動や立ち振る舞いから滲み出ている。
「それで、私に何の用だ?」
進み出て膝を折った鍾離灼に対し、座ったままそう訊ねた阿琳。その気だるそうな態度から相手を見下している事が誰の目にも明らかである。
「実は閻将軍の件で……、彼に謀反の動きがありまして」
その言葉に目を見開いた阿琳は、詳しく聞かせろと食いついた。
ここまでは現状の計画通りであるのだが、その紅顔白髪の優男が浮かべた笑みの真意は、閻行や緑風子にも未だ推し量る事は出来ていなかった。
まず何よりも城内の韓遂派をいかにして炙り出し、それを排除するかという点である。その為にも中心にいる閻行の妻・阿琳を最大限に利用する形が良いというのが一致した見解であった。
「それと、明確に韓遂派であると断言できる将はいますかな?」
そんな緑風子の問いに、閻行は麹演の名前を挙げた。元々は西平に割拠していた豪族だったのだが、金城を本拠に大兵力を持っている韓遂の前に屈したという経緯の為、本来は韓遂に対しての忠義立てはない。だが後から西平に派遣されてきた閻行に強い対抗心を燃やしており、自身の根拠地の直接統治を求めるにあたり、閻行の失脚は何よりも望む所というわけだ。
「何とも御し易そうな相手ですなぁ。簡単に反間計(密偵による情報誘導で相手に望む行動を取らせる計略)に落とせそうじゃないですか」
意地の悪い笑みでそう言った鍾離灼に内心で不快感を覚える緑風子であったが、その発言の中身に関しては同感であり、策の大枠は固まりつつあった。
すなわち阿琳もしくは麹演へと接触し、閻行を失脚させる為の計略を意図的に提供する事で両者を結託させ、城内の韓遂派を束ねさせる。緑風子、鍾離灼の与した閻行側は全てを知った上で、というよりも大元の計略自体は彼らが提供する形で敵を泳がせ、適当な所で不正摘発の名目で一網打尽にする。
そうする事で敵の勢力を弱め、同時に中立派への印象操作も出来るという物だった。
「韓夫人と麹演への接触は、私がやりましょう」
得意気な顔でそう言った鍾離灼の提案に、閻行は素直に承諾する。その様子に朧気ながら不安を覚えた緑風子であったが、あえて何も言わずに様子見をする事とした。
こうして西都城は、閻行、緑風子、鍾離灼、阿琳、麹演と、それぞれの思惑が複雑に交錯する場となったのである。
「鍾離大人に任せてよかったのであろうか」
早速計略に取り掛かる為に鍾離灼が退室した後、閻行は緑風子にそう訊いた。あまり信用するなと言う助言があった為である。
「この計略の大筋に関しては問題ないと見ます。しかし奴が一から十まで計画通りに進めるとは思えないのですよ。後になって効いてくる小さな策を我々の知らない所で独自に挟み込むというような動きがある物として扱うべきでしょうな」
それを聞いた閻行は、一瞬考え込むような表情をするが、すぐに表情を崩し、どこか冗談めかした口調で言う。
「そういうそなたも、似たような物であろう」
不意にそう言われた緑風子は、笑みを浮かべつつも慌てて否定するが、閻行は笑顔のまま続ける。
「よいよい。私が韓遂に反旗を翻し、その間に起こるであろう混乱を大いに利用する。お主……、いや冀城の連中はそういう腹だ。だからこそ私もお主らを大いに利用する。乱世とはそういう物であろう」
閻行の乱世の将としての器の大きさに緑風子は感服した。人情や忠義という物は美談として語られる事が多いが、同時にその一本気な感情が視野を狭めてしまう事も往々にしてある事だ。
周囲に敵味方が入り乱れている状況で自身の進退を決めるに当たり、大局的な視点で利を語れるというのは将として大きな才能である。
曹操への帰順を幾度となく試みていた理由もそこにあるのであろう。
鍾離灼への警戒心を使って閻行を動かそうとしていた自分を省みて、緑風子は自嘲する。
実際に鍾離灼が個人的に仕掛けてくる策があるとするなら、それは閻行謀反という大局に関わる物ではなく、あくまで付随的な物として緑風子への嫌がらせである可能性が大きい。とするならば、ここは自分も個人として受けて立つべきだ。緑風子はそう思い直す。
だが思い直したは良い物の、自分で腰を上げるとなると途端に溜息が出るのもまた事実。
「やっぱり、仲間は大事だねぇ……」
思わずそう呟いた緑風子は、今頃は冀城に向けて馬を歩ませている二人に思いを馳せる。趙英は察して文句を言うであろうが、せめて呼狐澹でもここに居てくれれば、程よく煽って自発的に動いてくれるように促すのに、と肩をすくめるのであった。
さて閻行の私邸では、家の主人である閻行から借り受けた印章を庸人(使用人)に見せた事で、特段の難もなく鍾離灼が阿琳と接触していた。
既に七十になろうという老齢の韓遂の娘であり、五十にも手が届いている閻行の妻という立場であるが、阿琳自身はまだ二十代の若い娘であり、お世辞を抜きにしても美人の部類に入る。だがそれ故に周囲から持て囃される事も多く、父や夫の高い立場に加え、末娘特有の唯我独尊な態度が、その言動や立ち振る舞いから滲み出ている。
「それで、私に何の用だ?」
進み出て膝を折った鍾離灼に対し、座ったままそう訊ねた阿琳。その気だるそうな態度から相手を見下している事が誰の目にも明らかである。
「実は閻将軍の件で……、彼に謀反の動きがありまして」
その言葉に目を見開いた阿琳は、詳しく聞かせろと食いついた。
ここまでは現状の計画通りであるのだが、その紅顔白髪の優男が浮かべた笑みの真意は、閻行や緑風子にも未だ推し量る事は出来ていなかった。
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