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Prologue0 帰省
壱
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部屋には昔の面影を残したまま、少し広くなってるのを感じた。今時では珍しい古臭い家屋である。人が住まなくなってから何年経っているかはわからないが、今から誰かが泊まるには問題のない家ではあった。昔と変わらず玄関先の段差は高い。腰を下ろすのに丁度いい程である。
「懐かしい、誰もいないけど」
まるで誰かに話すように独り言が口から飛び出る。数年ぶりにこの家に来たが、ここで過ごした時間と忘れることのできない情景が頭に浮かぶ。目から鱗とはこのことだろうか。涙が滲み、今までの疲れから解放された様に肩の力が抜けた。ふと頭を上げると神棚に目が入った。仏間にも似ている。そこに置かれた写真だけは誰も手をつけていない様だ。小さな頃の恩人達が並んでいる。躊躇することなく、写真の元へ向かった。
「ただ今帰りました。かなり時間が経ちましたが、私は元気にしていました」
話しかけた彼らの表情はいつまで経っても微笑んだまま、色褪せる事はない。あの日あの時、一人一人の顔を見てもまだ思い出せる。私の手を握り神様の様だと言ってくれた人達。私は確かにこの家で愛されていたのだ。そんなことを胸に刻み、蝋燭に火を付け手を合わせる。すると家の二階か、または奥の方で畳を擦る音が聴こえた。聞き間違いかとは思ったが、確かに誰かの足音の様だ。瞬時に振り返ると当たり前だが誰もいない。何だろうと思い神棚に視線を戻す。すると火を灯した蝋燭の片方がユラユラと揺れた。成る程と胸を下ろした。ここで過ごした人達だろうか、それとも先祖だろうか帰宅を歓迎してくれてる様だと悟った。
「向こうはどうですか、みんな一緒ですか、答えてください」
返事など要らない筈なのに、つい声を掛けてしまう。未だに残るのは家族がくれた、この癖なのだ。都会に上京しても尚、人に話しかけてしまう癖があり直ぐに田舎育ちだと悟られてしまう。そんな事にも慣れつつあるが、怪訝な顔をされることも事実である。肩を落とし、玄関先に残された荷物を取りに行った。目を見開いた。そこにははるか昔から知る面影があったからだ。ガタイの良い涙もろい男の人の笑みが見えては消えていった。祖父母からあれは先祖だと教え込まれた記憶がある。生まれてから学校へ通う前まではよく見かけ世話をしてくれた筈だが、歳を重ねるにつれ彼の存在は見えなくなっていった。そんな事も今となっては思い出だけの話だと言い聞かせていたのに、幼心に刻まれた面影だけは私を裏切らなかった。
「…いつもありがとう」
私が言えたのはそれだけだった。大粒の雫が頬を伝う。いつからか見かけなくなった愛情を確かめるのには十分だった。決して独りではないと身体が感じた。力が抜ける様にして早朝から一緒の荷物の上に身体が沈む。うたた寝しようか、それとも風呂に入ろうか。まだご飯すら食べていない。おばちゃんはまだ時間が掛かるだろうと思い居間に移る。案内のお礼にと、お土産を持って来たのだ。都会で買ったお漬物と煮物は無情にも現代的なビニールに包まれていた。個人的には家族の作ってくれた方が好きだが、小さな頃は都会の食べ物は珍味だと思い込んでいたことを思い出し空港で購入した。先に洗濯物をしようと機械の電源を挿していると、玄関が開く音がした。
「入るよー?ご飯何にしようね?」
「どうぞ、何でも良いやお腹すいた」
おばちゃんが支度を終えて帰ってきた。この土地の人間はご近所ですら家族なのだ。入る事に躊躇はない。パタパタと草履を脱ぐ音を聞きながら、スイッチを入れる。まだ動く様だ。少し安堵し台所へ向かうと、テーブルには大きなビニールとその中から野菜が見えた。購入したとは思えない歪な形が目に見えた。
「おばちゃん、これ作ってるの?」
「そうよ、もう誰も庭では遊ばないから改造しちゃったの」
「へぇ、それは美味しそうね」
なんてことを言いながら、おばちゃんは直ぐに野菜を取り出しリズムよく包丁で切っていく。流石に長い間母親をしてる様だ、手際の良さに感嘆を吐いた。短冊切りや乱切りなど、学生時代に教科書で学んだそのものだった。おばちゃんは手先から目を離さずに、先に風呂でも沸かしてきなさいと言った。
「懐かしい、誰もいないけど」
まるで誰かに話すように独り言が口から飛び出る。数年ぶりにこの家に来たが、ここで過ごした時間と忘れることのできない情景が頭に浮かぶ。目から鱗とはこのことだろうか。涙が滲み、今までの疲れから解放された様に肩の力が抜けた。ふと頭を上げると神棚に目が入った。仏間にも似ている。そこに置かれた写真だけは誰も手をつけていない様だ。小さな頃の恩人達が並んでいる。躊躇することなく、写真の元へ向かった。
「ただ今帰りました。かなり時間が経ちましたが、私は元気にしていました」
話しかけた彼らの表情はいつまで経っても微笑んだまま、色褪せる事はない。あの日あの時、一人一人の顔を見てもまだ思い出せる。私の手を握り神様の様だと言ってくれた人達。私は確かにこの家で愛されていたのだ。そんなことを胸に刻み、蝋燭に火を付け手を合わせる。すると家の二階か、または奥の方で畳を擦る音が聴こえた。聞き間違いかとは思ったが、確かに誰かの足音の様だ。瞬時に振り返ると当たり前だが誰もいない。何だろうと思い神棚に視線を戻す。すると火を灯した蝋燭の片方がユラユラと揺れた。成る程と胸を下ろした。ここで過ごした人達だろうか、それとも先祖だろうか帰宅を歓迎してくれてる様だと悟った。
「向こうはどうですか、みんな一緒ですか、答えてください」
返事など要らない筈なのに、つい声を掛けてしまう。未だに残るのは家族がくれた、この癖なのだ。都会に上京しても尚、人に話しかけてしまう癖があり直ぐに田舎育ちだと悟られてしまう。そんな事にも慣れつつあるが、怪訝な顔をされることも事実である。肩を落とし、玄関先に残された荷物を取りに行った。目を見開いた。そこにははるか昔から知る面影があったからだ。ガタイの良い涙もろい男の人の笑みが見えては消えていった。祖父母からあれは先祖だと教え込まれた記憶がある。生まれてから学校へ通う前まではよく見かけ世話をしてくれた筈だが、歳を重ねるにつれ彼の存在は見えなくなっていった。そんな事も今となっては思い出だけの話だと言い聞かせていたのに、幼心に刻まれた面影だけは私を裏切らなかった。
「…いつもありがとう」
私が言えたのはそれだけだった。大粒の雫が頬を伝う。いつからか見かけなくなった愛情を確かめるのには十分だった。決して独りではないと身体が感じた。力が抜ける様にして早朝から一緒の荷物の上に身体が沈む。うたた寝しようか、それとも風呂に入ろうか。まだご飯すら食べていない。おばちゃんはまだ時間が掛かるだろうと思い居間に移る。案内のお礼にと、お土産を持って来たのだ。都会で買ったお漬物と煮物は無情にも現代的なビニールに包まれていた。個人的には家族の作ってくれた方が好きだが、小さな頃は都会の食べ物は珍味だと思い込んでいたことを思い出し空港で購入した。先に洗濯物をしようと機械の電源を挿していると、玄関が開く音がした。
「入るよー?ご飯何にしようね?」
「どうぞ、何でも良いやお腹すいた」
おばちゃんが支度を終えて帰ってきた。この土地の人間はご近所ですら家族なのだ。入る事に躊躇はない。パタパタと草履を脱ぐ音を聞きながら、スイッチを入れる。まだ動く様だ。少し安堵し台所へ向かうと、テーブルには大きなビニールとその中から野菜が見えた。購入したとは思えない歪な形が目に見えた。
「おばちゃん、これ作ってるの?」
「そうよ、もう誰も庭では遊ばないから改造しちゃったの」
「へぇ、それは美味しそうね」
なんてことを言いながら、おばちゃんは直ぐに野菜を取り出しリズムよく包丁で切っていく。流石に長い間母親をしてる様だ、手際の良さに感嘆を吐いた。短冊切りや乱切りなど、学生時代に教科書で学んだそのものだった。おばちゃんは手先から目を離さずに、先に風呂でも沸かしてきなさいと言った。
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