ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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四日目

大杉神社(集会所3)

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「一連の怪事件ですが、これでほとんどの謎は解けました。残るは杉葉ちゃんについてです」

 月琉がそう言うと、会場に緊張が走る。そしてざわつき始める。

「あらかじめ言っておきますが、杉葉ちゃんの死は自殺で間違いないです。警察発表通りです。ですよね?」
「ああ間違いない。私が保証しますよ。県警の方でちゃんと調べてもらいましたから」

 月琉に促され、お巡りさんが喋り始める。解剖やDNA鑑定の結果についても、差し支えない範囲で開示していく。

「今更そんなこと……月琉君、じゃあ君は何故僕たち夫婦を呼び出したんだい? 僕たちは杉葉について新しいことがわかったって聞いたからやって来たのだけど……」
「実は杉葉ちゃんの残したメッセージの意味が解けたんですよ」
「杉葉のメッセージの意味が!? それは本当かい!?」 
「はい」

 メッセージの謎が解けたと言う月琉に、杉葉の両親は目を見開く。

 特に杉葉が死んだのは大杉の呪いによるものだと思って病み気味だった父親の方の食いつきようといったら、怖いくらいだった。

「『杉葉もうすぐたべられる。大杉様にたべられるの』。この杉葉ちゃんが残した謎のメッセージ。それが一連の事件による不安をさらに悪化させ、大杉様の呪いなどという噂まで出回るようにさせてしまっていたんです」

 月琉は最後に残った謎の種明かしをしていく。両親も会場の面々も、月琉の次の言葉を固唾を飲んで待つ。

「杉葉ちゃんは大杉が大好きでしたよね? 夜に家を抜け出して独りで大杉を見に行くくらいに」
「ええ……」
「ああそうだね。間違いないよ」

 月琉の言葉に、杉葉の両親が頷く。

「確かに杉葉ちゃん、大杉様が大好きだったなぁ」
「生前はよくウチの神社に参られていたね」

 杉葉と交流があった竹上の倅を始めとした、神主などの面々も頷いていく。杉葉が大杉が大好きだったことは、集落の人々にとって公然の認識だったようだ。

「その杉葉ちゃんの大好きな大杉様に、突如呪いとも呼べる災厄が襲いかかったんです。三年ほど前のことです」
「もしかして虫食いのことかい?」

 月琉の言葉に、毎日のように大杉をチェックしている神主が反応する。

「そうです。それを見た杉葉ちゃんは当然こう思ったことでしょう。このままでは大杉は死んでしまうと。年々弱っていく大杉を見て、その姿を自分に重ねたに違いありません」

 月琉の言葉に、会場にいた全員があり得ることだと頷く。

「そして奇しくも同じ頃、杉葉ちゃんは自らの命の期限を知ることになった。心優しい杉葉ちゃんは残り少ない命を、誰かのため、大杉様のために使いたいと思ったんです」
「まさか大杉様の人身御供になったとでも言うのかい?」
「意味合い的には同じかもしれませんが、そんな仰々しいものではありませんよ。もっと可愛らしい、純真な幼子らしい真っ直ぐな発想によるものです。まあ真っ直ぐすぎて、ちょっと怖いくらいですけどね」

 人身御供などと、おどろおどろしい言い方をする神主に、月琉は苦笑しながら答える。

「それはいったいどういうこと……?」
「謎を解くヒントはここに隠されています」

 月琉はマウスを弄り、プロジェクターに一冊の本の表紙を映し出す。

 それは杉葉の部屋にあった、“しょくもつれんさのおはなし”という本だった。

「この本は食物連鎖のことが児童向けに平易な表現で書かれています。捕食者と被捕食者の関係がわかりやすいように、『たべるたべられる』という関係で書かれています。食物ピラミッドの頂点にいる動物もやがては朽ち果て、分解者に食べられ、その糞は植物に吸収、つまり食べられる」
「まさか……」
「ええそのまさかです。杉葉ちゃんは大杉様に食べられるため、大杉の近くで自ら命を絶ったんです」

 衝撃の事実に、一同が言葉を失う。

「身体の内から腐り果てていく難病を抱えた杉葉ちゃん。このまま朽ち果て何も残せぬのならば、両親が愛し、そして杉葉ちゃん自身も心から愛した大杉のために何かしたいと思ったんです。大杉様の近くで死んで腐って大杉様の栄養になれば、大杉様は再び元気になるのではないかと考えたんですよ」

 杉葉――その名に違わぬ真っ直ぐな心を持った女の子を襲った悲劇とその結末。

 杉葉の真意とその純真さを知り、両親も竹上の倅も、大勢が涙を流していく。

「大杉様の呪いなど存在しなかった。集落を長年見守った御神木がどうして祟りなど引き起こすでしょうか。全ては皆さんの心が齎した悪しき幻想だったんですよ」
「んだ。ツク坊の言う通りだぁ。大杉様が祟りなんて起こさねえ。たとえ滅び行く運命だとしても集落のもんなんて巻き込まねぇ。みんな狐に誑かされとったんだぁ」

 月琉の言葉を後押しするように、ばっちゃがしみじみと言う。みんな狐に誑かされただけだ、と言う。

「ばっちゃの言う通りかもしれません。白狐は瑞兆とも呼ばれますが、強い力を持った妖怪とも扱われます。人を唆し闇へと誘う妖狐。皆さんは狐の害を前にして、存在しない敵を作り、仲間同士で憎しみ合い争いあっていたのかもしれません。まさに、狐に誑かされていたのかもですね」

 月琉の言葉に、猜疑心に囚われて他者を疑うばかりであった集落の人々は我が身を振り返って恥じる。自らの狭量とこれまでの態度を、再度謝罪していく。

「ごめんなさい」
「こちらこそ」

 ぎすぎすしていた集落の人々の雰囲気が、穏やかなものに変わっていく。

 その様子を見て、月琉は己のやった仕事に確かな手応えを感じた。陽向も同様だ。ばっちゃの家での貴重な夏休みの時間を潰してでも奔走した甲斐があったと思った。

「これにて、大杉集落の怪事件に関する調査レポートの発表を終えます。ご清聴、ありがとうございました」

 こうして、大杉の怪事件に関する発表会は終わることとなった。
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