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四日目

大杉神社(集会所2)

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「本日はお忙しい中、お集まりくださいましてありがとうございます」

 そんな前置きをしてから、月琉は語り出す。

「これから私が話すのは大杉集落で起きた怪事件の真相に迫るものです。どうぞお聞きください」

 月琉はプロジェクターを使って資料映像を投影しながら説明していく。

「まず幽霊騒動ですが……」

 月琉は大杉集落で起こった各怪事件の科学的な説明を加えていく。

 まずは幽霊の正体の可能性があるもの――それらを列挙していく。撮影に成功した白狐の写真も見せる。

「これが白狐の映像です。この画像を皆さんの視界だと思ってください。このようにちょっと手を加えますと……」

 月琉が画像をぼやかしたりすると、白い狐が人魂に見えるようになる。一堂から「おお!」と声が上がる。

「そうか、白狐だったのか」
「白狐なんて日本にもいるんだな。アルビノっちゅうんか」
「そういやウチの畑も狐らしきもんにやられたんだよな」
「わしたち、揃って狐に化かされとったっちゅうことか」

 人魂の正体が白狐かもしれないとわかり、一同は安堵する。

「なんだ、幽霊じゃなかったのね。よかった――って、お父さん、よくも私を認知症だと小ばかにしてくれたわね! 幽霊じゃないけど実体あったじゃないのさ!」
「ひっ、ひえっ、許せ!」

 大ばっちゃと大じっちゃだけは言い争いを始め、周囲の笑い者となる。

「この白い幽霊の目撃パターンは、人魂だけではありません。白い死神が出る、そんな噂話を、聞いたことがある方もいらっしゃることでしょう。昨晩の竹上の倅さんの騒動のネタ元にもなったものです。実はその噂の大本は、海人君なのです」

 月琉がそう言うと、皆の視線が海人に集まる。

「……」

 月琉が視線で促すが、海人は何も喋らない。下を向いているだけだ。

 どうやら事前に月琉との間で何かしらの取引があってこの場で喋るという約束だったようだが、海人はこの期に及んで踏み切れていないようだ。下を向いてもじもじとしている。

 そんな海人の様子を見て、月琉は穏やかな表情で語りかける。

「私は逃げない。ここで逃げたら一生後悔することになる。たとえ戦いに負けたとしても、私は自分自身にだけは負けたくないの!」

 最後の方はもう、真に迫るように芝居がかって言う。まるで劇団員かアニメ声優のようである。

 突然の月琉の豹変に、わけがわからずポカンとなる一同。

(月琉の奴……こんな時に急に何を言い出すのよ! アニメオタクもいい加減にしろ!)

 陽向にはわかった。あれプリメツだ。プリメツのセリフか何かだと。

 この場で突然アニメのセリフを言い出すなんてやっぱり自分の弟は奇人だと、陽向は呆れ返った。

 無論、月琉はただ単にプリメツのセリフを叫びたかったわけではない。不安に怯える海人の背中を押すために言ったのだ。

「……俺、逃げないよ月琉兄ちゃん」

 同志からの熱い応援を受け、海人は覚悟を決めた表情で立ち上がる。月琉の所に向かい、大勢の大人たちと面向かう。

 一体何事だと、皆の注目が海人に集まる。

「大変、申し訳ありませんでしたッ!」

 何をするかと思いきや、海人はいきなり土下座を決め込んだ。

 十歳児、迫真の土下座である。大きな不祥事を起こした企業の社長がやるような、頭を地面に擦りつけんばかりの勢いのものだった。

 それを見た集落の人々は戦慄する。海人の隣にいた月琉も固まる。

 月琉の表情は、そこまでしろとは言ってないと言いたげであった。月琉の頭脳でも海人の突飛な行動までは予測しきれなかったようだ。

「ごめんなさい! お堀に毒を撒いちゃったのは僕なんです!」

 海人は頭を下げたまま、半泣きになりながら言う。そして自身の罪を告白していく。

 曰く、三年前の夏、神社で夢中になって遊んでいる際、誤って農薬の入った容器を蹴飛ばしてしまったのだとか。不味いと思ったものの、周囲に誰もいなかったこともあり、ついそのまま見てみぬふりをしてしまったらしい。

 後日、大騒ぎになっていることを知ったものの、酷く怒られるのではないかと思うと正直に告白できなかった。真実を黙っていることと、お堀の生き物を殺してしまった罪悪感に苛まれた海人は、精神をすり減らし、やがて神社に近づけなくなった。挙句の果ては、心配して色々と尋ねてくる両親など周囲を誤魔化すために「白い死神が出た」などと嘘までついてしまったらしい。

「そうだったのか……。過ぎたことだし、ウチの管理も悪かったし構わないよ」
「神社さんがそう言うならワシらは何もいうこたねえな」
「まあ嘘はよくないことだけどな」
「小さい子のやることだからしょうがないべ」
「三年前って言ったら六歳か七歳くらいだろ?」
「仕方ねえ仕方ねえ」
「三年も良心の呵責に苦しんだんだ。許してやろうぜ」

 海人の告白は拍子抜けするほど、あっさりと受け止められた。幼い子の犯した罪にそこまで拘泥する人間はいなかったようだ。

「話せてよかったね海人君」
「ありがとう月琉兄ちゃん。みんなに謝れて、おかげで胸がすっきりしたよ」

 ほっとした表情ではにかむ海人。その笑顔は心からのもので、月琉たちがここ数日で見た中で一番晴れやかなものであった。

 三年ぶりになる我が息子の笑顔を見れて、海人の両親たちも一安心である。

 この話はそれで済む――かと思われたが、そこに待ったをかける者が現れた。

「俺からも言わせてくれ!」

 それは竹上の倅だった。

「俺も逃げたくない! 引っ込み思案で魔法少女になんて向いてなかったはずなのに立派な覚悟を示した苺ちゃんみたく、さっきの竹下の坊ちゃんみたく、俺も勇気を出したい! この場を借りて皆に言わせてくれ!」

 どうやら彼もプリメツの大ファンのようで、大きなお友達だったようだ。先ほどの海人の告白に感銘を受け、自分もと思ったらしい。

「昨日のこと、改めて謝る! それと今までに迷惑かけたこと、謝らせてくれ! それと俺の病気のこととか……この場を借りて説明させてくれ」

 竹上の倅は今までの侘びを入れたり、自身の抱える病気について一連の事情を説明していく。

 口下手だがその真摯な態度に、集落の者たちの心は動かされていく。

 竹上の倅の周りに垂れ込めていた、誤解と偏見。その暗雲が晴れていく。

「俺はこれからもこの集落で生きていきてえ。それしかねえんだ。よろしく頼む」
「息子共々、よろしくお願いします」

 いつの間にか竹上の親爺も一緒になって頭を下げると、拍手まで湧き起きる。口々に「こっちも色々と悪かった」と声が上がる。

 特にお隣の竹下さんなど、誤解があったとはいえ、随分酷いことを言ったことがあったのだろう。罰が悪そうに謝罪していた。

 こうして集落の人々の間に燻っていた、竹上の倅に関する誤解と偏見は解けたのだが、一部では納得していなさそうな表情をしている者もいた。

 杉葉の母親である。竹上の倅が犯人でないならば、自分の娘――杉葉を殺したのはいったい誰なのだと言いたげだった。口には出さないものの、面白くなさそうにしていた。
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