ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

文字の大きさ
上 下
39 / 46
四日目

大杉神社(大杉様3)

しおりを挟む
 大杉神社本殿裏、大杉のあるエリアに出向く二人。そうして大杉の周辺を熱心に調べていくが、特に変わったものは見つからない。

 虫に食われている弱々しい大杉があり、近くには杉葉が自殺したと思われる場所があり、そこにはこの前とは入れ替えられた沢山のお供え物がされているだけだ。

 この大量のお供えものを漁ったところで、問題解決の鍵になるとは思えなかった。

「特に何もないなぁ」

 月琉は溜息まじりに呟いた。それを合図に調査は一旦打ち切りとなる。

「それにしても相変わらず凄いお供えものの数だね」
「それだけ杉葉ちゃんが集落で愛されていたってことね。小さい子が亡くなって可哀想なのもあるでしょ」
「それもあるけど、杉葉ちゃんの幽霊が出るって噂されてるのもあるかもね。ここらへんの人って信心深い人が多いから、死者の魂が慰められてないことを恐れているんだよきっと」

 月琉の言い方に、陽向は眉を顰める。

「だから噂じゃなくてガチで出るのよ、杉葉ちゃんの幽霊、ガチで出るの! そして杉葉ちゃんは何かしらの理由で成仏してないの! それは疑いようのない事実だから!」
「はいはいそーでした」

 完全にオカルト信奉者となっている陽向。そんな双子の姉を救うためにも、月琉は何としても呪いの秘密を解かなければいけないと焦り始める。

「うーん、まったくわからん」

 必死になって考えるものの、答えは出ない。現場百回とは言うが、何度見てもわからない。ここに杉葉の自殺に関係するようなものが隠されているとは思えない。

 何十分経っても調査に進展なく、月琉は大杉を前にして頭を抱えた。

「杉葉ちゃんが自殺したのは、単純に病気に絶望したからなのかなぁ」
「だから大杉様の呪いだって言ってるでしょ。大杉様に魅入られちゃったのよ。それで命を吸われたの」
「陽向、真剣に考えているんだからオカルト的な話で全てを説明しようとしないでくれよ……」
「だってそうでしょ。呪いしか考えられないもの」

 時間が経つにつれ、陽向のオカルト度はいよいよ深刻さを増していく。そんな姉を見て、月琉は渇いた笑いしか出てこない。

 月琉としては、陽向が言う所の杉葉の霊が云々というのは信じていないのだが、何かを見落としている気がしてならなかった。今まで得た情報の中で、何かを見落としている気がする。

(もう一度、大杉集落で起こった事件の時系列を整理してみるか……)

 まず三年前だ。原因は不明だがお堀の事件が発生、その頃から白い幽霊の目撃談が相次ぐようになった。

 白い幽霊の原因は、車のライトや野生動物の見間違えかと思われる。それに海人の言う死神を見たという発言の影響が加わり、集団ヒステリーを引き起こしたと想定される。

 鶏の首がもげた事件。あれは大じっちゃの言う通り、獣の仕業だろう。現実はそうなのだが、前述の事件の影響もあり、集落の人々の不安をさらに呼び起こすきっかけになった。

 二年前にはお隣さんの家の猫が殺される事件が起きた。これも獣の仕業だろう。警察がDNA鑑定したので間違いないが、鶏の事件と同様、集落の人々の不安を引き起こした。

 そして一年前に杉葉が謎のメッセージを残して自殺した。自殺の原因は病苦だろうが、メッセージの意味は不明。色々と想像できるが定かなことはわからない。

 この杉葉の謎のメッセージにより、集落内の不安と恐怖は極限まで高まることになった。その恐れが、白い幽霊の目撃例の激増に繋がった。

 時系列を整理するとそうなる。

(お堀の事件、海人君の嘘、杉葉ちゃんのメッセージ。不可解なのはこの三つだな)

 月琉はそう考える。

 お堀の事件。犯人は誰かわからないが、誰かが農薬をお堀に撒いたことは間違いない。単なる事件なのか事故なのか、あるいは……。

 海人の嘘。あくまで竹上の倅の証言によるが、海人は嘘をついていると言う。

 仮にそうだとすれば、何故海人はそんな嘘をついて神社に近寄らなくなったのか。海人の元気のなさの原因はなんなのか。

 そして杉葉のメッセージの意味。「わたしたべられる。大杉様にたべられるの」――何故杉葉はそんな不気味な言葉を残したのだろうか。

(『たべられる。杉葉、大杉様にたべられるの』か。まるで大じっちゃの所の鶏が野生動物に捕食されて食べられるみたいな物言いだな)

 野生動物が鶏や猫を襲って食べる。それと同じように大杉様が人間を捕食する。杉葉の残したメッセージをそのまま解釈するとそういうことになる。

 だがそんなことはあり得ない。植物は人間など捕食しない。そんなのはファンタジーな世界の話だ。あまりにもオカルトすぎる。

 ええい、陽向的オカルト思考に囚われているぞ、と月琉は心の中で叫んだ。

(やはり『たべられる』というのは土に還り大自然と一体化して千の風になる的なことを言いたかっただけなのか? うーん、それにしてはもっと言い方があるような気がしてならないなぁ。それに大好きな大杉の近くで自殺なんて罰当たりな真似をしたのは何故なんだ? 歳のわりに聡い杉葉ちゃんがそんな常識外れな真似はしないと思うんだが……)

 月琉は大杉を見上げながら腕を組んであーでもないこーでもないとブツブツと喋りながら考え込む。

 陽向は忙しなく月琉の周りをうろちょろしながら、「ごめんなさい大杉様、馬鹿な弟が無礼なことしてて許してください」と呟き続けている。十字を切ったりわけのわからないお経(昨日ネットで調べたらしい)を唱えたり、恐怖に駆られてやりたい放題だ。

「この大杉様を愛したという杉葉ちゃん。君はいったいこの大杉を見て何を感じたんだ? 死の間際に何を思ったんだ?」

 月琉が思わずそんなことを呟いた時、一陣の風がびゅうっと吹き込んできた。

 陽向は思わず「ぎゃあ! 大杉様許してぇえ!」と叫ぶが、ただ風が吹いただけである。月琉は絶叫する陽向を冷ややかな目で見た。

「――ん?」

 月琉がふと、地面に視線を向ける。するとそこに、風に煽られ、小さな骸が転がり込んできた。

「ヒメスギカミキリムシ成虫の死骸か」

 おそらく杉に卵を産みつけた後、生物としての役目を終えて死んだのだろう。動かぬ骸となったヒメスギカミキリムシは、山蟻にバラバラにされて運ばれていた。

 食物連鎖。諸行無常の姿がそこにあった。死んだ命は貪り食われ、糞となり、土に還るだけである。

「食物連鎖か。食べて食べられる関係――ッ!?」

 食物連鎖。その言葉を思い浮かべた時、月琉の脳内にビリビリっと走るものがあった。

 杉葉のメッセージの謎が解けたのだ。

「そうか! そういうことだったんだ!」
「ぎゃああ!? 馬鹿月琉! いきなり大声なんて出すんじゃないわよ!」
「食物連鎖! 食物連鎖なんだよ! 杉葉ちゃんのメッセージの意味!」
「ええ!? どういうこと?」

 月琉は杉葉の自殺の謎についてわかってはしゃぐ。陽向はチンプンカンプンなようだが、月琉だけは謎がわかったと独り盛り上がっている。

「最大の謎が解けたぞ。お堀の事件と海人君の嘘も、実はだいたい察しがついているんだ。あとで海人君を訪ねてみるよ。それで事件はもう解決さ」
「え、本当? 月琉、大杉様の呪いの秘密が解けたの?」
「ああ杉葉ちゃんは大杉様の呪いで死んだんじゃないよ。それと、海人君も呪いに苦しんでるわけじゃないと思う」

 月琉は全ての謎が解けたと自信を持って宣言した。

「帰って急いでレポートにまとめよう。それで今夜中にも集落のみんなに発表しよう。それでこの悲しい事件から発生した誤解を終わらせるんだ。きっとそれが杉葉ちゃんの御霊に捧げる何よりの手向けになるよ」
「なんだかよくわからないけどわかったわ。月琉に任せておけば大丈夫よね」

 話についていけず困惑する陽向だが、自信に満ちた顔つきの月琉を見て、思う所があったようだ。

 月琉に任せておけば大丈夫。我が不肖の弟はこういう時は凄い頼りになる――そう思ったようだ。

「ダッシュだ陽向!」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 二人は急いでばっちゃの家に戻っていった。

「…………」

 誰もいなくなった大杉神社本殿裏。冥界の門が開き、女の子が現れる。

「……アリガトウ、オネエチャン、オニイチャン」

 その感謝の言葉を聞く者はいなかったが、それに答えるように、大杉だけが葉を揺らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未明の駅

ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

鬼手紙一現代編一

ぶるまど
ホラー
《当たり前の日常》は一つの手紙を受け取ったことから崩壊した あらすじ 五十嵐 秋人はどこにでもいる高校1年生の少年だ。 幼馴染みの双葉 いのりに告白するため、屋上へと呼び出した。しかし、そこでとある事件が起き、二人は離れ離れになってしまった。 それから一年…高校二年生になった秋人は赤い手紙を受け取ったことにより…日常の崩壊が、始まったのである。 *** 20180427一完結。 次回【鬼手紙一過去編一】へと続きます。 ***

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

処理中です...