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四日目
大杉神社(境内3)
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翌朝。二人は早めに起床する。
「セ、セーフ……よかったぁ」
起床時、陽向は股間の辺りを触るのが怖かったものの、濡れてないことを知ると心底安堵した。
「陽向、今日はおねしょしてないみたいだな」
「うるさい、当たり前でしょ!」
「ここ二日は当たり前じゃなかったけどね」
大杉集落滞在三日目の夜、陽向の元に杉葉の幽霊は現れなかった。
三日連続のおねしょになっていたら乙女のプライドが回復困難なレベルまでズタボロになっていただろうから助かった。ギリセーフである。
「竹上の倅、大きなこどにならなくてよがったなぁ」
「うん。逮捕とかにならず厳重注意で済んだみたいでよかったよ」
朝食の席での話題は、昨晩竹上の倅が引き起こした事件のことばかりであった。
月琉の予想通り、竹上の倅は厳重注意で済んだらしい。ばっちゃは今朝方あった竹上の親爺の謝罪電話からそれを知ったらしい。
竹上の親爺は集落の方々に謝罪電話をかけているようだ。気の毒である。
ばっちゃはそんな竹上の親爺に同情を寄せ、今度野菜でも届けてやるんだと言っていた。気の良いばっちゃである。
「いってきますばっちゃ」
「気ぃつけろぉ。水飲んで熱中症になんなぁ」
「はーい」
陽向と月琉は朝食を終えると、すぐに家を出る。そして大杉神社へと向かった。
杉葉の死が大杉の呪いだと信じている陽向は調査に乗り気でなかったが、月琉を一人で放っておくわけにもいかず渋々付いていくことにした。
「よし、それを下ろせ」
「いくぞ」
「よいしょ!」
大杉神社境内では、集落の男衆が祭りの後片付けに追われていた。掛け声を合わせて作業している。
「おいそっち持て」
「ああわかったよ親父」
罪滅ぼしのためなのか、竹上親子も必死になって働いていた。昨日あんなことがあっててんやわんやしていたせいか、片付けは若干遅れているようだ。
「調査の前に、俺たちも手伝うか」
「そうね」
杉葉の残したメッセージの謎の解明のために神社にやって来た二人だが、その前に作業を手伝うことにした。
他の人が一生懸命働いているというのに、何もしないでいる(実際には怪事件の調査をしようとしているのだが周囲にはそう見えない)のは気が引ける。
「アタシたちも手伝います」
「ああ越村のお孫さんか。悪いなぁ」
若者二人が加わったことにより、作業は一気にスピードアップする。
特に月琉の働きぶりは凄まじい。流石は若く体力のある男の子といった感じである。
「集落のもんでもねえのに手伝わせて悪かったな。良かったら食べてくれぇ」
「すみません。ありがとうございます」
昼前になり、作業は終わった。陽向と月琉は、お駄賃代わりに弁当と飲み物とアイスを頂けることになった。
二人が木陰でそれらを食べて休んでいると、近寄ってくる人物がいた。竹上の倅である。
「お前、怪我、してねえか? その……昨日はすまなかったな」
竹上の倅はそう言って頭を下げる。
コミュニケーションが苦手なのか拙い喋りであるものの、その表情は心底申し訳なさそうで、月琉に対する謝罪の気持ちは十分に伝わってきた。
「大丈夫ですよ。そちらも大丈夫でしたか?」
「ああ俺も問題ないよ。転んだ時にちょっと手を擦ったくらいだ」
「そうですかよかった」
月琉は謝罪を受け入れると、自分も少々乱暴に投げ飛ばしたことを謝罪する。竹上の倅にも大した怪我がないと知り、一安心である。
「竹上の倅さんに聞きたいことがあったんです。杉葉ちゃんに関することなんですけど、少しお時間よろしいでしょうか?」
竹上の倅は集落の子どもたちに度々ちょっかいをかけていた。となれば、生前の杉葉とも少なからず接点があったはずで、杉葉について何かしらの事情を知っているかもしれない。
そう思った月琉は、竹下の倅に杉葉のことを尋ねていった。
「杉葉ちゃんのことか……」
杉葉のことだと聞いて一瞬面食らったようになる竹上の倅だったが、知っていることをポツポツと話してくれた。
「杉葉ちゃん、生前はよくこの神社に来てたよ。俺は夜にカブトムシを捕りに来てたんだけど、結構遅い時間に彼女を見かけて驚いた。その際に何回かお喋りしたよ」
「そうなんですか。幼い女の子が深夜にまで出歩いていたとは驚きですね」
「ああ。そんで杉葉が家にいないって知って探しに来た母親に、俺が杉葉ちゃんを連れ出したんじゃないかって誤解されて、面倒なことになったりもしたよ」
「そうだったんですか」
竹上の倅は杉葉の親ともトラブルを抱えていたらしい。それで杉葉の母親は竹上の倅のことを強く疑っていたのだと、月琉は理解することができた。
「杉葉ちゃんは何を理由にこの神社に通ってたんですか? 彼女もカブトムシを?」
「いや違う。あれだよ」
竹上の倅が指差した先には、大杉の木があった。
「杉葉ちゃん、大杉様が大好きだったんだ。自分の名前の由来だし、見てると元気がもらえるって、いつも言ってた。俺は大杉様よりカブトムシを見ていると元気がもらえる、雌より雄の方が角があって格好いいから好きだ、って話したら、何が面白いのか知らないけど、杉葉ちゃん笑ってたよ」
「そうですか」
竹上の倅の話から、杉葉は大杉を目当てに神社に通っていたことがわかった。
大杉以外にも目的があるとしたら、それは自殺前の下見――そうだったのかもしれないと、月琉は冷ややかに彼女の心中を想像した。
「可哀想な杉葉ちゃんに、俺は自分を重ねていたのかもしれない……」
「自分を重ねる……ですか?」
「ああ。俺もわけわからねえ脳の病気に長年苦しんだ。病は違えど杉葉ちゃんも苦しんでいるようだったから、俺は自分を励ますつもりで、杉葉ちゃんに会うたびに張り切って変なことしたりしたよ。カブトムシにキスしたり、クワガタを自分の鼻にくっつけたり、五匹くらいくっつけたかな……。柄でもねえのにお笑い芸人さながらの馬鹿なことをやったよ。杉葉ちゃん、凄い喜んでて嬉しかったなぁ」
「そうだったんですか」
二十代の青年と十歳かそこらの女の子が夜に密会する――と言うと変な風に聞こえるが、そうではない。竹上の倅は杉葉と清い良い関係を築いていたようだ。病に苦しんだ者同士、励まし合っていただけのようだ。
「ご両親だけでなく、貴方にも励まされて前向きに頑張って治療していた杉葉ちゃん。そんな彼女が何故、大杉の木の近くで自殺したんでしょうか? 心当たりはありますか?」
そう尋ねる月琉に、竹上の倅は顔を曇らせる。
「わかんねえよ。杉葉ちゃんが自ら死を選んだ理由は俺にもな。まあ病苦ってのが一番にあるんだろうが……。杉葉ちゃん、余命宣告もくらってたみたいだし、両親は教えてなかったみたいだけど、彼女は聡いから全部知ってたみたいで……」
「杉葉ちゃんの病状はそこまで進んでいたんですか?」
「ああ。その内歩けなくなるかもって言ってた。だから絶望したんだと思うけど、短い命でも最後まで戦って欲しかったな」
杉葉の病気はかなり重いものだったらしい。遅かれ早かれ死んでいたそうだ。
それなのにわざわざ自殺という手段を選んだのは何故だろう。それも大好きだった大杉を汚すことにもなりかねない場所で、だ。解せない行動である。
「大杉に食べられる――これは杉葉ちゃんが生前残していた言葉らしいですが、この言葉に何か心当たりはありませんか?」
「杉葉ちゃん、そんなこと言ってたのかい? わかんねえよ。何か不気味だなそれ」
杉葉の残したメッセージの謎について質問すると、竹上の倅は暗い顔をして「わからない」と言った。杉葉の遺言については、彼は何も知らないようだった。
「杉葉ちゃん、もしかしたら俺みたいなクズにまで同情される人生に嫌気が差したのかもな……」
「そんなことは……」
「いや俺は何やったって駄目なんだ。幼い女の子一人すら励ましてやることもできねえクズなんだよ……」
竹上の倅は杉葉を精神的に助けてやることができなかったのだと無力感に苛まれていた。自分のことのように杉葉の死を悔やんでいた。
そんな不器用ながらも実直な竹上の倅の性格を見た月琉は、彼が杉葉を殺したという線は完全に消えたと確信した。薬によって幻覚も完全に抑えられているようだし、その線はないだろう。
「ところで、貴方は誰から白い死神の噂を聞いたんですか?」
「竹下の坊ちゃんさ」
竹上の倅の話に、月琉も日向も意外そうに目を丸くさせる。
「海人君ですか?」
「ああ。坊ちゃん、三年前に急に元気がなくなったんで、どうしたって聞いたら、『白い死神を見た』なんて言うもんだからさ。やけに記憶に残っててな」
「お二人は仲が良かったんですか?」
「ああ集落にゃ若いもんがいねえからさ。坊ちゃんとは一時期、年の離れた友達みたいなもんだった。一緒に大杉神社にカブトムシとりに行ったりもしたよ。竹下のおっかさんに睨まれて、最近じゃまったく交流はないけどな」
意外なことに、竹上の倅と海人の間には繋がりがあったようだ。一時期はかなり仲が良かったらしい。
「海人君は本当に『白い死神を見た』なんて言ってたんですか?」
「言ってたよ。けど俺はあれは嘘だと思う」
竹上の倅はそう断言する。
「嘘? 海人君が嘘を? 何でそう思うんです?」
「わかんねえよ。でもあの子をよく知ってる俺から言わせてもらえば、あれは絶対に嘘だ。わかりやすい嘘。何でそんな嘘なんてついたのかわかんねえけどさ。最初は俺と虫取りに行くのが嫌でついた嘘だと思ったけど……違うみたいだ。よくわかんねえけど、あの子を嘘つきにしたくねえから、そういう意味もこめて俺は昨日死神のふりをしたんだよ」
竹下の倅曰く、海人は嘘をついていると言う。理由は不明だそうだ。
海人を嘘つきにしたくないから俺が死神になる。そんな竹上の倅の独特の思考回路に月琉は混乱するものの、彼は嘘は言っていないように思えた。
「杉葉ちゃんの幽霊を見たことはありますか?」
「ねえよ。杉葉ちゃんの幽霊がいるなら会いたいくらいだな。まあ幻覚を見てた頃を思い出すから、幽霊なんて会いたくない気持ちもあって複雑だけどさ」
竹上の倅は杉葉の幽霊を見たことはないと言う。会いたいような会いたくないような複雑な心境らしい。
「おーい!」
「もういいかい? 親爺が呼んでら」
「ええ、お話聞かせて頂き、ありがとうございました」
「ああ俺も久々に親爺以外と話せて楽しかったよ」
普段笑い慣れてないのか、竹上の倅はぎこちない笑顔を浮かべてから去っていった。ぎこちないものの、竹上の親爺と似た人懐っこい笑みだった。決して悪い人には見えない。
「竹上の倅さんは犯人じゃなさそうだね」
「うんアタシもそう思う。話しててそう思ったわ」
竹上の倅が去った後、二人はそのまま話し込む。
「竹上の倅さんが犯人でないとすると、杉葉ちゃん他殺説はもう眉唾だね」
「いやまだ可能性があるでしょ。祟り神となった大杉様が杉葉ちゃんを殺したのよ」
「またそれかよ陽向。オカルトを推理に絡めるなっての」
「だってそうでしょ。それしか考えられないもの!」
他殺説は完全になくなったと主張する月琉だが、陽向は絶対に杉葉が殺されたと反論する。
杉葉の霊と直に会って彼女のその無念な表情を知っている陽向だからこそ、そう思えてならないようだ。
「まあ杉葉ちゃんの件はひとまず置いておこうか」
月琉は平行線を辿る議論の方向性を修正し、先ほどの竹上の倅の証言に話を戻す。
「竹上の倅さんの言うように、海人君が嘘をついていたとすると、怪事件のほとんど全てに科学的説明がつくことになるんだよね」
月琉は自分の考えを述べていく。
鶏の事件は大じっちゃの言うように獣の仕業。お堀の事件は原因不明だが、何かしらの事故。猫の事件は警察の調べ通り、獣の仕業だ。杉葉の自殺も警察発表通りである。
杉葉が残した謎のメッセージは、死の不安でとち狂った彼女の妄言か、あるいは両親を慮る千の風になる的な意味で述べた言葉。
白い幽霊の目撃事件については、ほとんどが見間違いによるもの。カイトの嘘と杉葉の自殺の影響によって精神的な負荷を感じた集落の人々が起こした一種の集団ヒステリーである。高齢化著しい土地柄なので、大ばっちゃのように認知症等による影響もあるかもしれない。
カイトが何故死神を見たなんて嘘をついたのかは不明だが、気難しいお年頃の子が嘘をつくのはよくあることだ。オタク趣味の影響でアウトドア派からインドア派に転向したので、外で遊びたくない理由づくりとして適当な嘘をついたのかもしれない。それで後に引けなくなったのかも。
陽向が嘘をついた理由は、無論、寝小便垂れたのが恥ずかしいからである。
そんな風に、月琉は一連の怪事件を解釈して説明した。陽向は当然納得しない。
「だからアタシは嘘なんて言ってないっつうの!」
「いてっ、こら、足踏むなって!」
「この馬鹿月琉! 杉葉ちゃんの幽霊は絶対いるのよ! 信じなさい!」
「あいたたた! おい、小指はマジでやめろって! サンダルの奴の足踏むのは反則!」
嘘つき呼ばわりされてキレた陽向に足を踏みつけられ、月琉は悶絶する。
「わかった! いる! 杉葉ちゃんの幽霊はいる! そして何らかの未練を抱えている! だから足踏むな!」
「ふぅ、わかればいいのよわかれば」
陽向によって、月琉はオカルトの存在を無理やり認めさせられることになった。
「絶対に大杉様の呪いだから。ねえ月琉、これ以上は調べるのよそうよ。アタシたちまで呪われちゃうよ?」
「いやもし呪いがあるとすれば、それこそ調べないとだろ。ばっちゃが呪われちゃたまんねえしさ。ばっちゃには百を超えるまで生きて、畑で弁慶のように仁王立ちして死んでもらいたいし」
「まあそれはそうだけど……。というかその意味わかんない例え何回言うのよ」
呪いがあるなら原因を調べる。月琉は陽向の手前そう言うものの、呪いなんてないと考えていた。あるなら見せてみろと内心勢いづく。
だが月琉は、陽向とは違った視点で杉葉の死には疑問を感じていた。
さっきは無理やり結論づけたものの、杉葉の遺言にはまだ何か謎が残っている気がしてならなかったのだった。何か見落としているに違いない。
「杉葉ちゃんが愛したという大杉様。そこをもう一度探ってみるしかないな」
「わかったわかった。わかったわよもう、調べたくないけど、ばっちゃのためだもんね。あぁ、神様、大杉様、どうか呪わないでください……」
やる気満々の月琉と、後ろ向きでぶつぶつと祈りの言葉を呟き続ける陽向。二者二様の二人だが、ともあれ、大杉の元に向かっていったのだった。
「セ、セーフ……よかったぁ」
起床時、陽向は股間の辺りを触るのが怖かったものの、濡れてないことを知ると心底安堵した。
「陽向、今日はおねしょしてないみたいだな」
「うるさい、当たり前でしょ!」
「ここ二日は当たり前じゃなかったけどね」
大杉集落滞在三日目の夜、陽向の元に杉葉の幽霊は現れなかった。
三日連続のおねしょになっていたら乙女のプライドが回復困難なレベルまでズタボロになっていただろうから助かった。ギリセーフである。
「竹上の倅、大きなこどにならなくてよがったなぁ」
「うん。逮捕とかにならず厳重注意で済んだみたいでよかったよ」
朝食の席での話題は、昨晩竹上の倅が引き起こした事件のことばかりであった。
月琉の予想通り、竹上の倅は厳重注意で済んだらしい。ばっちゃは今朝方あった竹上の親爺の謝罪電話からそれを知ったらしい。
竹上の親爺は集落の方々に謝罪電話をかけているようだ。気の毒である。
ばっちゃはそんな竹上の親爺に同情を寄せ、今度野菜でも届けてやるんだと言っていた。気の良いばっちゃである。
「いってきますばっちゃ」
「気ぃつけろぉ。水飲んで熱中症になんなぁ」
「はーい」
陽向と月琉は朝食を終えると、すぐに家を出る。そして大杉神社へと向かった。
杉葉の死が大杉の呪いだと信じている陽向は調査に乗り気でなかったが、月琉を一人で放っておくわけにもいかず渋々付いていくことにした。
「よし、それを下ろせ」
「いくぞ」
「よいしょ!」
大杉神社境内では、集落の男衆が祭りの後片付けに追われていた。掛け声を合わせて作業している。
「おいそっち持て」
「ああわかったよ親父」
罪滅ぼしのためなのか、竹上親子も必死になって働いていた。昨日あんなことがあっててんやわんやしていたせいか、片付けは若干遅れているようだ。
「調査の前に、俺たちも手伝うか」
「そうね」
杉葉の残したメッセージの謎の解明のために神社にやって来た二人だが、その前に作業を手伝うことにした。
他の人が一生懸命働いているというのに、何もしないでいる(実際には怪事件の調査をしようとしているのだが周囲にはそう見えない)のは気が引ける。
「アタシたちも手伝います」
「ああ越村のお孫さんか。悪いなぁ」
若者二人が加わったことにより、作業は一気にスピードアップする。
特に月琉の働きぶりは凄まじい。流石は若く体力のある男の子といった感じである。
「集落のもんでもねえのに手伝わせて悪かったな。良かったら食べてくれぇ」
「すみません。ありがとうございます」
昼前になり、作業は終わった。陽向と月琉は、お駄賃代わりに弁当と飲み物とアイスを頂けることになった。
二人が木陰でそれらを食べて休んでいると、近寄ってくる人物がいた。竹上の倅である。
「お前、怪我、してねえか? その……昨日はすまなかったな」
竹上の倅はそう言って頭を下げる。
コミュニケーションが苦手なのか拙い喋りであるものの、その表情は心底申し訳なさそうで、月琉に対する謝罪の気持ちは十分に伝わってきた。
「大丈夫ですよ。そちらも大丈夫でしたか?」
「ああ俺も問題ないよ。転んだ時にちょっと手を擦ったくらいだ」
「そうですかよかった」
月琉は謝罪を受け入れると、自分も少々乱暴に投げ飛ばしたことを謝罪する。竹上の倅にも大した怪我がないと知り、一安心である。
「竹上の倅さんに聞きたいことがあったんです。杉葉ちゃんに関することなんですけど、少しお時間よろしいでしょうか?」
竹上の倅は集落の子どもたちに度々ちょっかいをかけていた。となれば、生前の杉葉とも少なからず接点があったはずで、杉葉について何かしらの事情を知っているかもしれない。
そう思った月琉は、竹下の倅に杉葉のことを尋ねていった。
「杉葉ちゃんのことか……」
杉葉のことだと聞いて一瞬面食らったようになる竹上の倅だったが、知っていることをポツポツと話してくれた。
「杉葉ちゃん、生前はよくこの神社に来てたよ。俺は夜にカブトムシを捕りに来てたんだけど、結構遅い時間に彼女を見かけて驚いた。その際に何回かお喋りしたよ」
「そうなんですか。幼い女の子が深夜にまで出歩いていたとは驚きですね」
「ああ。そんで杉葉が家にいないって知って探しに来た母親に、俺が杉葉ちゃんを連れ出したんじゃないかって誤解されて、面倒なことになったりもしたよ」
「そうだったんですか」
竹上の倅は杉葉の親ともトラブルを抱えていたらしい。それで杉葉の母親は竹上の倅のことを強く疑っていたのだと、月琉は理解することができた。
「杉葉ちゃんは何を理由にこの神社に通ってたんですか? 彼女もカブトムシを?」
「いや違う。あれだよ」
竹上の倅が指差した先には、大杉の木があった。
「杉葉ちゃん、大杉様が大好きだったんだ。自分の名前の由来だし、見てると元気がもらえるって、いつも言ってた。俺は大杉様よりカブトムシを見ていると元気がもらえる、雌より雄の方が角があって格好いいから好きだ、って話したら、何が面白いのか知らないけど、杉葉ちゃん笑ってたよ」
「そうですか」
竹上の倅の話から、杉葉は大杉を目当てに神社に通っていたことがわかった。
大杉以外にも目的があるとしたら、それは自殺前の下見――そうだったのかもしれないと、月琉は冷ややかに彼女の心中を想像した。
「可哀想な杉葉ちゃんに、俺は自分を重ねていたのかもしれない……」
「自分を重ねる……ですか?」
「ああ。俺もわけわからねえ脳の病気に長年苦しんだ。病は違えど杉葉ちゃんも苦しんでいるようだったから、俺は自分を励ますつもりで、杉葉ちゃんに会うたびに張り切って変なことしたりしたよ。カブトムシにキスしたり、クワガタを自分の鼻にくっつけたり、五匹くらいくっつけたかな……。柄でもねえのにお笑い芸人さながらの馬鹿なことをやったよ。杉葉ちゃん、凄い喜んでて嬉しかったなぁ」
「そうだったんですか」
二十代の青年と十歳かそこらの女の子が夜に密会する――と言うと変な風に聞こえるが、そうではない。竹上の倅は杉葉と清い良い関係を築いていたようだ。病に苦しんだ者同士、励まし合っていただけのようだ。
「ご両親だけでなく、貴方にも励まされて前向きに頑張って治療していた杉葉ちゃん。そんな彼女が何故、大杉の木の近くで自殺したんでしょうか? 心当たりはありますか?」
そう尋ねる月琉に、竹上の倅は顔を曇らせる。
「わかんねえよ。杉葉ちゃんが自ら死を選んだ理由は俺にもな。まあ病苦ってのが一番にあるんだろうが……。杉葉ちゃん、余命宣告もくらってたみたいだし、両親は教えてなかったみたいだけど、彼女は聡いから全部知ってたみたいで……」
「杉葉ちゃんの病状はそこまで進んでいたんですか?」
「ああ。その内歩けなくなるかもって言ってた。だから絶望したんだと思うけど、短い命でも最後まで戦って欲しかったな」
杉葉の病気はかなり重いものだったらしい。遅かれ早かれ死んでいたそうだ。
それなのにわざわざ自殺という手段を選んだのは何故だろう。それも大好きだった大杉を汚すことにもなりかねない場所で、だ。解せない行動である。
「大杉に食べられる――これは杉葉ちゃんが生前残していた言葉らしいですが、この言葉に何か心当たりはありませんか?」
「杉葉ちゃん、そんなこと言ってたのかい? わかんねえよ。何か不気味だなそれ」
杉葉の残したメッセージの謎について質問すると、竹上の倅は暗い顔をして「わからない」と言った。杉葉の遺言については、彼は何も知らないようだった。
「杉葉ちゃん、もしかしたら俺みたいなクズにまで同情される人生に嫌気が差したのかもな……」
「そんなことは……」
「いや俺は何やったって駄目なんだ。幼い女の子一人すら励ましてやることもできねえクズなんだよ……」
竹上の倅は杉葉を精神的に助けてやることができなかったのだと無力感に苛まれていた。自分のことのように杉葉の死を悔やんでいた。
そんな不器用ながらも実直な竹上の倅の性格を見た月琉は、彼が杉葉を殺したという線は完全に消えたと確信した。薬によって幻覚も完全に抑えられているようだし、その線はないだろう。
「ところで、貴方は誰から白い死神の噂を聞いたんですか?」
「竹下の坊ちゃんさ」
竹上の倅の話に、月琉も日向も意外そうに目を丸くさせる。
「海人君ですか?」
「ああ。坊ちゃん、三年前に急に元気がなくなったんで、どうしたって聞いたら、『白い死神を見た』なんて言うもんだからさ。やけに記憶に残っててな」
「お二人は仲が良かったんですか?」
「ああ集落にゃ若いもんがいねえからさ。坊ちゃんとは一時期、年の離れた友達みたいなもんだった。一緒に大杉神社にカブトムシとりに行ったりもしたよ。竹下のおっかさんに睨まれて、最近じゃまったく交流はないけどな」
意外なことに、竹上の倅と海人の間には繋がりがあったようだ。一時期はかなり仲が良かったらしい。
「海人君は本当に『白い死神を見た』なんて言ってたんですか?」
「言ってたよ。けど俺はあれは嘘だと思う」
竹上の倅はそう断言する。
「嘘? 海人君が嘘を? 何でそう思うんです?」
「わかんねえよ。でもあの子をよく知ってる俺から言わせてもらえば、あれは絶対に嘘だ。わかりやすい嘘。何でそんな嘘なんてついたのかわかんねえけどさ。最初は俺と虫取りに行くのが嫌でついた嘘だと思ったけど……違うみたいだ。よくわかんねえけど、あの子を嘘つきにしたくねえから、そういう意味もこめて俺は昨日死神のふりをしたんだよ」
竹下の倅曰く、海人は嘘をついていると言う。理由は不明だそうだ。
海人を嘘つきにしたくないから俺が死神になる。そんな竹上の倅の独特の思考回路に月琉は混乱するものの、彼は嘘は言っていないように思えた。
「杉葉ちゃんの幽霊を見たことはありますか?」
「ねえよ。杉葉ちゃんの幽霊がいるなら会いたいくらいだな。まあ幻覚を見てた頃を思い出すから、幽霊なんて会いたくない気持ちもあって複雑だけどさ」
竹上の倅は杉葉の幽霊を見たことはないと言う。会いたいような会いたくないような複雑な心境らしい。
「おーい!」
「もういいかい? 親爺が呼んでら」
「ええ、お話聞かせて頂き、ありがとうございました」
「ああ俺も久々に親爺以外と話せて楽しかったよ」
普段笑い慣れてないのか、竹上の倅はぎこちない笑顔を浮かべてから去っていった。ぎこちないものの、竹上の親爺と似た人懐っこい笑みだった。決して悪い人には見えない。
「竹上の倅さんは犯人じゃなさそうだね」
「うんアタシもそう思う。話しててそう思ったわ」
竹上の倅が去った後、二人はそのまま話し込む。
「竹上の倅さんが犯人でないとすると、杉葉ちゃん他殺説はもう眉唾だね」
「いやまだ可能性があるでしょ。祟り神となった大杉様が杉葉ちゃんを殺したのよ」
「またそれかよ陽向。オカルトを推理に絡めるなっての」
「だってそうでしょ。それしか考えられないもの!」
他殺説は完全になくなったと主張する月琉だが、陽向は絶対に杉葉が殺されたと反論する。
杉葉の霊と直に会って彼女のその無念な表情を知っている陽向だからこそ、そう思えてならないようだ。
「まあ杉葉ちゃんの件はひとまず置いておこうか」
月琉は平行線を辿る議論の方向性を修正し、先ほどの竹上の倅の証言に話を戻す。
「竹上の倅さんの言うように、海人君が嘘をついていたとすると、怪事件のほとんど全てに科学的説明がつくことになるんだよね」
月琉は自分の考えを述べていく。
鶏の事件は大じっちゃの言うように獣の仕業。お堀の事件は原因不明だが、何かしらの事故。猫の事件は警察の調べ通り、獣の仕業だ。杉葉の自殺も警察発表通りである。
杉葉が残した謎のメッセージは、死の不安でとち狂った彼女の妄言か、あるいは両親を慮る千の風になる的な意味で述べた言葉。
白い幽霊の目撃事件については、ほとんどが見間違いによるもの。カイトの嘘と杉葉の自殺の影響によって精神的な負荷を感じた集落の人々が起こした一種の集団ヒステリーである。高齢化著しい土地柄なので、大ばっちゃのように認知症等による影響もあるかもしれない。
カイトが何故死神を見たなんて嘘をついたのかは不明だが、気難しいお年頃の子が嘘をつくのはよくあることだ。オタク趣味の影響でアウトドア派からインドア派に転向したので、外で遊びたくない理由づくりとして適当な嘘をついたのかもしれない。それで後に引けなくなったのかも。
陽向が嘘をついた理由は、無論、寝小便垂れたのが恥ずかしいからである。
そんな風に、月琉は一連の怪事件を解釈して説明した。陽向は当然納得しない。
「だからアタシは嘘なんて言ってないっつうの!」
「いてっ、こら、足踏むなって!」
「この馬鹿月琉! 杉葉ちゃんの幽霊は絶対いるのよ! 信じなさい!」
「あいたたた! おい、小指はマジでやめろって! サンダルの奴の足踏むのは反則!」
嘘つき呼ばわりされてキレた陽向に足を踏みつけられ、月琉は悶絶する。
「わかった! いる! 杉葉ちゃんの幽霊はいる! そして何らかの未練を抱えている! だから足踏むな!」
「ふぅ、わかればいいのよわかれば」
陽向によって、月琉はオカルトの存在を無理やり認めさせられることになった。
「絶対に大杉様の呪いだから。ねえ月琉、これ以上は調べるのよそうよ。アタシたちまで呪われちゃうよ?」
「いやもし呪いがあるとすれば、それこそ調べないとだろ。ばっちゃが呪われちゃたまんねえしさ。ばっちゃには百を超えるまで生きて、畑で弁慶のように仁王立ちして死んでもらいたいし」
「まあそれはそうだけど……。というかその意味わかんない例え何回言うのよ」
呪いがあるなら原因を調べる。月琉は陽向の手前そう言うものの、呪いなんてないと考えていた。あるなら見せてみろと内心勢いづく。
だが月琉は、陽向とは違った視点で杉葉の死には疑問を感じていた。
さっきは無理やり結論づけたものの、杉葉の遺言にはまだ何か謎が残っている気がしてならなかったのだった。何か見落としているに違いない。
「杉葉ちゃんが愛したという大杉様。そこをもう一度探ってみるしかないな」
「わかったわかった。わかったわよもう、調べたくないけど、ばっちゃのためだもんね。あぁ、神様、大杉様、どうか呪わないでください……」
やる気満々の月琉と、後ろ向きでぶつぶつと祈りの言葉を呟き続ける陽向。二者二様の二人だが、ともあれ、大杉の元に向かっていったのだった。
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