ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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三日目

大杉神社(お堀2)

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「向こうの方だ!」
「ちょっ、月琉!?」

 叫び声のあった方角――お堀のエリアの方に、会場にいた男たちが一斉に駆けていく。月琉もすぐさま駆けていき、陽向も慌ててその後を追った。

「何があったんだ!?」
「あぁ、あああ……」

 お堀エリアで、二人の若い娘が、抱き合いながらへたり込んでいた。はしたなくも浴衣の裾が肌蹴て太腿の大部分が露出してしまっているが、そんなことを気にしている余裕などないといった感じで、酷く狼狽していた。

「お前さん方、どこのもんだ!」
「じ、神前の孫です!」

 叫び声を上げた二人は、屋号神前――つまりは、神社前の家の子らしい。陽向たちと同じように、夏休みに祖父母の家に遊びにきたといった感じのようだ。

「ゆ、幽霊が! 白い幽霊が出たんです!」
「な、なんだって!?」

 娘二人は震える手で、お堀の向こう側にある草むらを指差す。

「ッ!?」

 その場にいた全員が覚悟を決めて草むらの方を向く。だが。

「何もいないぞ?」

 何も見えない。何もいない。無数の懐中電灯がレーダーのように照らされるが、何かが浮かび上がることはない。ただの草むらが広がるだけである。光に当てられてびっくりしたバッタか何かが飛び跳ねるだけだ。

「な、何もおらんぞ……」
「本当に見たんです!」

 見間違えじゃなかったのかと疑う一同だったが、娘二人の迫真の表情を前にし、とりあえず詳しく事情を聞くことにした。

「どんな幽霊だったんですか?」
「鬼よ! 白い服を着たやつ!」
「なまはげみたいな鬼だった!」

 月琉が尋ねると、娘二人は交互に叫ぶように言った。白い衣装を身に纏った、なまはげのような鬼(幽霊)を見たと。

「白い死神……」
「ひぃっ、やっぱいるじゃないのよ死神!」

 娘二人はなまはげだと言うが、見た目的に死神とも解釈できる。

 月琉は顎に手を当てて考え込み、陽向は短い悲鳴を上げた。

「他にはどんな特徴がありましたか?」
「右手に血に濡れた鎌を持ってて! もう片方の手には……」
「もう片方には何を持っていたんですか?」

 月琉の質問に、娘二人は震えながら口を閉ざす。だが再度問われると、堰を切ったかのようにどっと叫んだ。

「生首! 生首を持ってたんです!」
「な、生首だって!?」

 神前の娘二人が見たという白い死神は、人間の生首を持っていたという。

 大事件である。そうと聞いた一同は騒ぎ立てる。

「すぐに警察を呼べ! それと集落のもんに警戒を促せ!」
「各家は家族の安否確認を! それから単独行動は厳禁じゃ! 女子どもは特に気をつけろ!」
「祭りは中止じゃ! 中止!」
「今夜は寝ずの番じゃ!」

 生首を持った何者かが現れたと聞き、祭り会場にいた大人たちは強張った顔で対応に追われる。死神――人ならざる化け物が現れたというより、人間の不審者が現れたと考えたらしい。

 長い人生を歩んできた集落の長老たちは、いるかもわからぬ化け物よりも、人間の方が怖いと思っているらしかった。凶悪な犯罪者が人を殺して首を切断してそれを持ち運んでいる――という最悪のケースを想定して動き出したようだ。

 祭りは既にクライマックスを迎えており、ほとんどの行事が終わっている。そういう事情もあり、祭りの中止はすんなり受け入れられることとなった。

「ここに生首を持った白い死神がいたわけか」
「ちょっと月琉! 死神が潜んでいるかもしれないのに行くな馬鹿!」
「大丈夫だよ。近くには大勢の人がいるし。それにさっき皆で懐中電灯を照らしても何もなかっただろ?」
「そういう問題じゃない! 本当に死神だったら呪われちゃうわよ! 殺人鬼でも危ないし!」

 大人たちが対応に追われている中、月琉は幽霊がいたというお堀の向こう側にある草むらに近づき、懐中電灯でよく辺りを照らして捜索を始めた。陽向の制止も聞かずに突っ走る。

「ん? これは……」

 死神がいたとされる場所付近を捜索していた月琉はあるものを見つける。

「足跡だな。一人分だ。大人のようだ。運動靴かな?」
「え、足跡ってことは……人間なの?」
「おそらくな」

 大人の足跡が一人分だ。少なくとも今回の騒動の主はオカルト的な存在ではなく、実体を持った存在のようだ。

「追ってみるか」
「ちょっと危ないわよ月琉! 殺人鬼かもしれないのよ!?」

 月琉は足跡の続く方角を辿っていき、陽向も慌ててその後を追う。

「ここまでか」
「ほっ、よかった。殺人鬼に遭わなくて」

 足跡は神社脇道に出た部分で途切れていた。ここから先は追っても無駄だろう。犯人はとっくに逃げおおせているに違いない。

「一旦戻ろう」
「ええさっさと人のいる所にいきましょ。怖いわ」

 二人は道路から再び神社前に出ると、正門から中に入っていく。役員テントの所に行くと、さっき白い死神を見たという神前の娘二人が椅子に座って色々と事情聴取されていた。

「生首を持ったなまはげとは物騒な話ですなぁ」
「ええでも娘たちが見たと言っているんですよお巡りさん」

 近所の駐在さんだろうか。自転車に乗ったお巡りさんが駆けつけてくれたようだ。

 結構な御歳の警官である。定年退職間際のようだ。

「えー、被疑者の白いなまはげは、生首と血塗れの鎌を持っていたんですな?」
「はい」
「それはどんな鎌でしたのかな? 大きさは?」
「草刈用の鎌だと思います。これくらいの」
「ほー、そんな小さい鎌で首を切ったというのか豪気ですなぁ」

 陽向と月琉は邪魔にならない位置で、事情聴取されている娘たちの様子を伺った。そしてこそこそと会話する。

「生首持ってるなんて絶対ヤバい奴じゃん。もしかしたらそいつが一連の事件の犯人じゃないの?」
「まあその可能性もなきにしもあらずだけど」

 先ほどまでオカルト的存在が一連の事件の犯人だと思っていた陽向だが、降って湧いたように実体を持った怪しい存在が現れたので、今度はそいつが犯人だと思い始めたようだ。その不審者がお堀に農薬を撒き、大じっちゃの家の鶏を殺し、お隣さんの猫を殺し、杉葉も殺したと思っているようだ。

 だが月琉はそうは思わなかったようだ。陽向の言うこともあり得るかもだが、可能性としては低いと思っているらしい。

「それにしても草刈鎌だなんて、死神にしては随分しょぼい鎌だな。普通死神が使う鎌って言ったら、もっとこう大きな鎌じゃないのか? ゲームとかで出てくる人間の身長くらいあるやつだろ普通。草刈鎌だなんてしょぼすぎるよ。そこらへんの農家のおっさんの方が、もっといい鎌使ってるよ。そいつ死神破門だなきっと。あはは」
「何呑気なこと言ってんのよ月琉! 生首を持ったヤバい犯罪者がいるかもだっていうのに!」
「いやおそらくそこまで危ない奴じゃないと思うよ」
「なんでそう言い切れるのよ!」

 周囲の興奮にあてられたかのように半狂乱となっている陽向だが、月琉は冷静に状況を分析して言う。

「血がなかったんだよ。どこにもね」
「血?」
「ああそうさ」

 草むらの所でも、神社のわき道に出た場所でも、血の痕跡がなかった。生首を剥き出しにして運んでいたら、もっと血がボタボタと地面に垂れ落ちるだろう。だから生首を持っていたなんてあり得ないと、月琉は語る。

「血止めした生首かもしれないでしょ?」
「まあその可能性もあるけどね。陽向のわりに鋭いじゃないか」

 陽向の言うように、血止め等の処理を行った生首を持ち歩いているという可能性もなきにしもあらずだ。だが、そんな手の込んだことをわざわざするだろうか。

 月琉はその可能性は低いと言う。

「彼女たちが嘘を言っているとは思えないから、彼女たちが見たのは偽者の生首の気がするな。おそらく、犯人は脅かす目的で今回の犯行をやったんだよ。そんなことをした理由は不明だけどね」
「そんな呑気なこと言って、本物の生首を持った凶悪犯だったらどうすんのよ!」
「まあそん時はそん時だよ」
「頭いいくせに行き当たりばったりなんだから! ホント、アンタは呑気ね月琉!」

 月琉としては状況を分析した上である程度の確信を持って言っているのだが、陽向には過度な自信に溢れているようにしか見えないようだ。もし万が一凶悪な犯罪者がいたらと考えると、気が気でないらしい。

「とりあえず、ここはあのお巡りさんと集落の人たちに任せて、俺たちはばっちゃを連れて家に戻るとしようか」
「そうね」

 二人は祭り終盤になって会場に姿を見せていたばっちゃと合流し、それから家に戻ることにした。

「ばっちゃが来てわりとすぐにお祭りが中止になっちゃったわね。ばっちゃ可哀想」
「大丈夫だぁ。祭りなんて毎年のことだからなぁ。田舎の祭りなんて、そんな面白いもんでもねえしなぁ」
「ハハ、ばっちゃ意外とドライだな」

 二人は会話しつつ、ばっちゃを警護するように歩く。

 特に月琉は男の子なので張り切っていた。何かあれば自分が陽向とばっちゃを守ろうと胸を張って先頭を歩く。陽向もいざという時は月琉の援護をして、ばっちゃを逃がすつもりで覚悟を決めていた。

 三人は神社前の住宅街に散っていった人波から外れ、山道を下り、竹林の遊歩道に入る。周りに人影はなくなってしまう。

 月琉とばっちゃがいるとはいえ、三人っきりは心細い。さっき神社のお堀に出没したという生首を持った不審者が出ても怖いし、女の子の幽霊が出ても怖い。

 頼むから何事もなくばっちゃの家に辿り着けますように――陽向がそんなことを思った時のことだった。竹林の中に、白い影がすっと浮かび上がった。
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