ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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三日目

杉葉の家

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 大杉の近くで若くして亡くなった杉葉ちゃん。その子の家は、大ばっちゃの家の方とは反対方向に曲がった小道の先にあった。

 田舎の家にしては近代的な感じのする洒落た家であった。わりと最近建てた家らしい。

「どうぞ」
「すみません」

 夫婦は麦茶と茶菓子で二人をもてなしてくれる。月琉はそれを頂きながらさりげなく話しかけて情報を探っていく。

 平然とする月琉に対し、陽向は今にも逃げ出したいくらいの心境だった。足を忙しなく組み変えては、そわそわしている。

 部屋に飾ってあった写真。亡くなった女の子、杉葉。その子の顔が、昨晩現れた女の子とまるっきり一緒だったからだ。

 つまり幽霊確定である。だから怖くて仕方がない。

「ではお二人は四年ほど前にこちらに引っ越してこられたんですね?」
「ああ。僕と妻はここじゃないけど近くの集落の出身でね。都会に出てたんだけど、娘が病気になったのを機にこちらに戻って来たんだ」

 杉葉の父親は事情を語り始める。

「杉葉ちゃんはどんな子だったんですか?」
「病気が発症するまでは活発な子だったよ。生き物が大好きでね。その採集ばかりしてた。病気が出てからは、本を読むのが好きになったかな。私たち夫婦にとって、杉葉はかけがえのない宝物だったよ」

 杉葉は夫婦にとって大事な一人娘であったらしい。大杉様から名前をとり、大杉様のように生命力に溢れる真っ直ぐな子に育つようにと、杉葉と名付けられ、かなり大切に育てられてきたらしい。

 そんな愛娘を失った両親の心痛はいかばかりかといった感じであった。

「そうですか、杉葉ちゃんは大変なご病気を抱えてらしたんですね」
「ええ、未だ治療法が見つからない難病で、全身の神経が徐々に腐っていくという病気だったんです」
「そうですかお気の毒に……」

 杉葉は難病を抱えていたらしい。どうやらそれを苦にして若くして自殺したようだった。

「病気の痛みに堪えきれなくなった杉葉は、大好きだった大杉様の近くで死を選んだんだと思います」

 父親が悲しげな表情でそう言うと、隣にいた母親がくわっと目玉を広げて豹変し、噛みつくようにして口を挟んできた。

「杉葉は自殺なんかじゃない!」
「和美……警察の方も言ってただろ。悲しいけど自殺なんだ。そうなんだよ!」
「自殺じゃない! 杉葉は私たちと約束したのよ! どんなに辛くても最後まで希望を持って治療を頑張るって! ママと指切りして約束したの! だから絶対に自殺なんてしてない! あれは誰かに殺されたのよ! 遺体だって着衣が乱れてて、いたぶるようにお腹が引き裂かれてて内臓が……」
「和美! いい加減にしないか! お客様の前だぞ!」

 父親は取り乱した様子の母親を一喝し、そのまま部屋の外へと連れ出した。それからしばらくして、父親だけが戻ってくる。

「ごめんね。驚かせちゃっただろ。妻は未だ精神的に不安定なんだ。杉葉の自殺に納得していないようでね」
「いえお気にせず」

 母親が未だに不安定なのに対し、父親は気丈であるらしい。理性的に振る舞う余裕があるようだ。

「それより殺されたってのは本当でしょうか?」

 月琉が思いきって聞いてみると、父親は悲しげに苦笑した。

「いやあれは杉葉の自殺を信じられない和美が勝手に言ってるだけだよ。警察がちゃんと調べてくれたところ、まず自殺で間違いないそうだよ」
「着衣の乱れがどうとか言ってましたけど?」 
「それは事実だけど違うんだ。DNAとか調べてもらったけどね、獣の唾液しか出なかったそうだよ。だから着衣の乱れや遺体の損傷は獣によるものらしいよ」
「獣?」
「狐だってさ。まったく忌々しい限りだよ。私たちの大事な杉葉の身体を傷つけるなんてね。まあ獣に怒ってもしょうがないけどさ」

 父親は諦めたような深いため息を吐く。

「まあ僕も本当は杉葉は自殺じゃないと思ってはいるんだけどね。杉葉は大杉様に殺されたんじゃないかって思うよ」

 努めて理性的な父親であったが、オカルトじみたことを突然言い出すので、陽向と月琉は目を丸くさせた。

 大杉様に殺される。まさか大杉の呪いによって女の子が殺されたとでも言うのだろうか。

「大杉様ですか?」
「ああ大杉様さ。杉葉が死を選ぶ前にしきりに言っていたんだ。『わたし、もうすぐたべられるの。大杉様にたべられるの』ってね」
「「っ!?」」

 父親の語るその話は、極めて衝撃的なものであった。自殺したとされる女の子杉葉は死の直前、不気味な言葉を残していたのだという。

「きっとあの死にかけの老木が杉葉の命を奪いとって延命を図ったんだよ。そうに違いないよ。大杉様の名を冠した杉葉は、大杉の巫女とも言える存在だったのかも。だから魅入られて人身御供にされてしまったのかもね」

 オカルトじみた話だが、父親はそう信じることで杉葉の自殺を理解しようとしているようだった。集落の誰かの犯行だなんて思いたくもないし、自分たちのサポートが足りずに杉葉が自殺してしまったとも思いたくないからだろう。全ての鬱憤を大杉に転嫁することで楽になろうとしているようだ。

「杉葉は大杉が大好きだった。僕も妻も、お互いを引き寄せてくれたあの大杉が大好きだった。あの木が目当てでここに引っ越してきたくらいさ」

 夫婦の仲を繋いだのはあの大杉。娘の名前にもするくらい気に入っていた。夫婦は誰よりも大杉を愛していたらしい。だがそれは過去形なようだ。

「けど、今は杉葉を奪ったあの大杉が憎いよ。忌々しいあの木を切り倒しやりたいくらいさ。灯油とガソリンを撒いて火をつけてやりたいくらいだ。まあそんなことしなくても、直に枯れると思うけどねあの老木は。さっさと枯れればいいんだよ、あんな呪われた木は。アハハ」

 かつて愛した大杉を侮蔑するようなことを言いながら、父親は悲しげに笑った。

 前言撤回。杉葉の父親は全然気丈ではなかった。彼もまた、杉葉を失った悲しみから全然立ち直れていないようだった。

「杉葉ちゃんのお部屋、よろしかったら拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ構わないよ。ほとんど片づけてないからそのままさ」

 月琉の提案に、父親は二つ返事で応じてくれる。亡き杉葉のことを知る人が一人でも増えてくれるのが嬉しいといった感じだ。

「あぁ、絶対に杉葉は殺されたのよ! きっと犯人はあのいかれた竹上の息子だわ! 杉葉にやたら近づいていたもの! あの男、許せないッ!」

 杉葉の部屋に向かう途中、杉葉の母のいる部屋を通りかかることになる。狐に憑かれたようにぶつぶつと独り言を言う母親はとても恐ろしかった。

 陽向と月琉は表情を強張らせながら目的の場所に急いだ。

「ここが杉葉の部屋さ」
「お邪魔します」

 月琉は遠慮することなく部屋に入っていく。

 陽向はあの幽霊の女の子の部屋ということで怖かったものの、ここまで来たら入らないわけにはいかないので歯を食いしばって入っていった。

 特に変哲もない部屋である。一般的な幼い女の子の部屋といった感じだ。ベッドの上には動物のぬいぐるみが置いてあり、本棚には生前好きだったであろう漫画などの本が置いてある。

 漫画を除くと、生物関係の本が多いようだ。“やさしいどうしょくぶつずかん”やら“しょくもつれんさのおはなし”などという本が置いてあった。

 杉葉は生物が好きだったという話だから、その影響かもしれない。

 強いて言えば、同年代の子に比べて学習的な本が少々多いかな、というくらいで、特に違和感などはない部屋だった。利発そうな女の子なら、何らおかしくない部屋あろう。

「安らかに杉葉ちゃん」

 一通り部屋を見て回った月琉は最後に、しゃがみこみながら熱心に祈る。

「月琉君。本当に君は今時の子には珍しい良い子だね……ありがとうね」

 杉葉の父親は涙ぐみながら月琉に感謝する。娘のために今日出会ったばかりの若い子がここまでしてくれるのかと感動している様子だった。

 祈るのはついでで女の子について調べたいがためにここまで来たであろうことがわかる陽向は、内心呆れ返っていた。

 杉葉の部屋を見終わった二人は、丁重に礼を言ってからお暇することにしたのだった。
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