ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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二日目

隣家(庭)

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 スーパーでの買い物を終え、集落に戻ってきた一行。ご厚意に甘え、陽向と月琉とばっちゃも、隣家のバーベキューに参加することになる。

「さあ焼けたぞ。みんな食え食え」
「わー、いただきます!」

 隣家の若旦那さんがリーダーシップをとり、焼き奉行となる。鉄板の上で肉や焼きそばを焼いていき、辺りには香ばしい匂いが広がる。

 夏の夜、なんとも楽しい時間が訪れる。

「肉や焼きそばもいいけど、ばっちゃのトウモロコシも最高ね!」
「だな。丸々一本とか結構贅沢だぜ」

 ばっちゃの畑でとれたトウモロコシを焼き、醤油を塗ってバターもつける。丸齧りでいただく。美味しい。

 味自体もそうであるが、皆でこうして楽しい雰囲気で食べているということもあり、余計に美味しく感じられる。

「陽向ちゃんも月琉君も、これ食べて。ウチの畑でとれたやつなの」
「ええいただきます」

 月琉のおかげで久しぶりに海人が元気を取り戻したということもあって、隣家の若奥さんも若旦那も、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、すっかり上機嫌であった。何かと「あれ食べれこれ食べれ」と勧めるので、陽向と月琉はお腹がパンパンになるくらいまで詰め込むことになった。

 大満足で食事を終える。

「月琉兄ちゃん、花火しよ! 陽向姉ちゃんも! 越村のばあちゃんも!」

 食事も終わり、カイトが急き立てるようにねだる。スーパーで買い込んだ手持ち花火、打ち上げ花火――いろいろとやっていく。

「知ってるか、線香花火って江戸時代にはもう作られてたんだぜ」
「へー、月琉兄ちゃん物知りだね」
「相変わらず便利な歩く辞書よね月琉は」
「ほんとツク坊は木助に似とるなぁ」

 ここぞとばかりに月琉が薀蓄を披露し、海人、陽向、ばっちゃが反応する。和気藹々とした雰囲気で花火を楽しむ。

 花火をやっていると、夏だなと感じられる。ゆらゆらと揺れる炎は暖かみがある。服につく火薬の臭いもまた、夏の風物詩だ。

 このまま楽しい時間が過ぎていけばいいのにな――そんな風に皆が思った時のことであった。

――パンッ、パンッ。

 小さな爆発音が連続で発生する。陽向たちのやっている花火の音ではなかった。

「あれ、どこかでも花火やってるわね」
「近いな。どこだろう?」

 陽向と月琉はキョロキョロと周囲を見回す。

 やがて音の発生源がわかる。竹林の遊歩道を上った先にある家から家庭用花火が何発も上がっていた。

「あそこみたいね。竹林の上のお家だわ」
「えっと、確か名前は……」

 名前は佐藤。竹林の上のお宅だから屋号は竹上。

 月琉がそう思い出した所で、陽向と月琉は周囲の異変に気づいた。

「「ッ!?」」

 陽向と月琉は同時に息を呑む。海人を除く隣家の全員が、恐ろしい顔をして、竹上の家の方角を見つめていたのだ。

 その表情の憎々しげなことといったらこの上ない。若奥さんも若旦那さんも、爺さん婆さんも鬼のような面をしている。まるで家族の仇を見るかのようである。

「また竹上の倅か」
「ああ、毎度毎度、花火なんて上げやがって」
「小さい子がいるわけでもないのにね」
「親戚が来てるわけでもねえのになぁ」

 隣家の大人たちは毒々しい言葉を吐いていく。

 先ほどまではほのぼのとした空気が流れていたというのに、あっという間に変わってしまった。今となってはまるで殺し殺される戦争をしているかのような緊張感が漂っている。竹上の家の花火をきっかけにそうなったのだ。

 陽向は緊張のあまりお腹が痛くなりそうだったが、月琉はわりと平然としていた。月琉は気の良いお隣さん一家が豹変した理由をどうしても知りたくなったようで尋ねていく。

「竹上さんの倅さんがどうかしたんですか?」
「「「「……」」」」

 月琉の問いに黙る隣家一同。

 やがて、酒で顔が真っ赤になっている若旦那が徐に口を開く。吐き捨てるように事情を説明してくれる。

「竹上の倅はいかれてるんだよ。昔、刃物を振り回して暴れてな。警察の世話にもなったし、精神病院に長期入院もしてた。三年ほど前に出てきたんだがな」

 竹上の倅は、精神的に問題のある人らしい。警察の世話やら精神病院に長期入院とは、穏やかな話ではない。陽向と月琉は生唾を飲み込んだ。

「竹上の倅さんに何かされたんですか?」
「何かって、そう言われると何かされたわけでもねえけどさ……」
「貴方、アイツは子ども好きの変態でしょ。ウチの海人にも手を出そうとして」
「あぁそうだったそうだった。アイツはウチの海人にもお菓子を渡そうとして気を引こうとしてたんだ。付き合いもねえのにおかしいだろ?」

 竹下の倅はお菓子を与えて海人の気を引こうとしていたのだとか。話を聞くに、海人以外の子にもちょっかいをかけているようだ。幼い子どもに執着しているらしい。

 なるほど。それで子を持つ母親である若奥さんは強く警戒を示していたわけだ。スーパーでの若奥さんの豹変ぶりの理由を知り、月琉は納得した。

「それだけですか?」
「いや他にもあるっちゃあるが……」

 月琉の質問に、言いづらそうにする若旦那。代わりに、若奥さんが口を開いた。

「ウチの猫ちゃんを殺したのもアイツかもしれないのよ。海人が凄く可愛がってたのに……」

 若奥さんの言葉に、隣家の一同は押し黙る。海人の表情も曇る。

「海人君が可愛がってた猫を殺した?」
「ええ、ウチで飼ってた猫ちゃん、二年前に庭で惨たらしい状態で死んでたのよ……。バラバラになった状態でね……」

 若奥さんのその言葉に、陽向と月琉は目を丸くさせる。

 飼い猫の惨殺――それは、バスの運転手が言っていた大杉集落怪事件の一つに相違ない。まさかお隣さんが当事者だとは思わず、陽向も月琉も驚いた。

「竹上の倅さんがやったんですか?」
「確証はないのよ。でもアイツがやったに決まってるわ。海人に近づくなって言って口論になって、何度も喧嘩したから。それでアイツが嫌がらせのためにやったんじゃないかって……」
「なるほど。警察には届けたんですか?」
「勿論よ。猫ちゃんの傷を調べてもらったんだけど、警察が言うには獣のDNAがあったから獣の仕業だって……でも隠蔽工作したかもしれないでしょ?」
「まあやろうと思えばできなくもないですね」
「そうでしょ。警察は所詮犬猫の事件だからって、真剣に捜査してくれてないのよ」

 隣家と竹上の倅との間にはトラブルがあったようだ。

 可愛がっていた猫が竹上の倅に殺されたというのが事実なら、家族を殺されて戦争状態にあるというのは比喩でもなんでもない。仇のような目で見てしまうのも当然だろう。

 若奥さんたちが憎しみのこもった目で竹上の家から上がる花火を見ていたのには、そのような理由があったようだ。

 月琉の質問タイムが中断すると、皆押し黙ることになる。竹上の家から放たれる花火の乾いた音だけがやけに響く。酷く不気味だった。

「まるで鉄砲の音だぁ」

 ぽつりと、隣家の爺さんが口を開いた。

「鉄砲ですか? 花火の音ですけど……鉄砲みたいとは?」
「竹上の倅は鉄砲好きなんだぁ。でも精神病院入ってからは鉄砲免許剥奪されたぁ。でも撃ちてぇと思ってんだろ。だから代わりに花火なんか上げまくってんだぁ。毎年この時期になるとそうだぁ。毎晩のように花火を上げやがる。陽気のせいで頭やられてんだろ。さっさとまた入院しちめぇばいいのに」

 月琉の疑問に、爺さんは忌々しげに答える。爺さんはさらに続ける。

「竹上の倅は免許取り消されて銃を奪われたけども、竹上の親爺は持ってる。いつあのいかれた倅がその銃持ち出して暴れるかわかんねえ。竹上の親爺は『厳格に管理してて息子の手には渡らねえから大丈夫だ』なんて言ってやがるが、信用なんてできるかいな。あのいかれた倅がまた暴れて、こっちまで巻き込まれて殺された日にはたまらねえよぉ」

 酒の影響か、爺さんは一度喋り出すとペラペラと話してくれた。

「“津山三十人殺し”みてぇにならなきゃええんだがなぁ。おら心配だぁ」

 爺さんの話が終わるや否や、今度は婆さんが溜息まじりに話しだす。

 津山三十人殺し。昭和に起きた犯罪史に残る重大事件だ。田舎村に住む犯人が村人たちを闇夜に紛れて次々に三十人も殺したという、あの恐ろしい事件である。

「あの事件の犯人も、事件起こす前に鉄砲撃ちまくってたそうだぁ。おら、怖くて仕方ねえよぉ。いつか竹上の倅に殺されるどぉ。みんなみんな、殺されちまうどぉ!」

 婆さんは叫ぶように言うと、顔を押さえてぶるぶると震える。

――パンッ。パンッ。

 空に響くはただの花火の音である。スーパーで買える安い打ち上げ花火だ。

 だが、竹上の倅が鉄砲の代わりに打ち上げている、津山三十人殺しが如く村人を殺そうとしている――そう言われると、陽向と月琉も恐ろしい気がしてきた。

 この空に響く乾いた音は、凶行前の予行演習の音なのではないか。あるいは号砲なのではないか。そう思えてならない。とても不気味だ。

 とりあえず、ばっちゃには毎日鍵をかけるように言い聞かせておかねばならないだろうと、二人は思った。

 そんな要注意人物が近所いるのに、二人がいなければ夜間ですら玄関の鍵を閉めないばっちゃはどうかしている。ある意味、その竹上の倅とやらよりもよっぽどおかしな人だ、と妙な笑いが込み上げてくる始末だった。

「小さい子にしか興味ないと思うけど、陽向ちゃんも月琉君も気をつけなさいね。陽向ちゃんは可愛いし、月琉君も凄い綺麗な顔してるから。あの男にいつ目をつけられるかわからないわよ」

 若奥さんはスーパーの時のように豹変する。何かのスイッチが入ったかのようにペラペラと喋る。

「杉葉ちゃんだって、アイツに殺されたに決まってるんだから!」

 若奥さんがそんなことを口に出した時のことだった。

「馬鹿なことばっか言ってるでねぇ!」

 ばっちゃの怒鳴り声が響く。隣家のトイレを借りていたばっちゃが庭に戻ってきたのだ。途中から話を聞いていたらしく、怒っている様子だった。

「竹上の倅がそんなことするはずねえ! あの子は昔から優しい子だぁ! 誰に頼まれたわけでもねえのに竹林の遊歩道の整備もしてくれてんだぁ。ウチの裏庭や畑の雑草まで刈ってくれてんだぁ。悪い子じゃねえ」
「でもねぇ越村のおばあちゃん、アイツは刃物持って暴れたのよ。警察沙汰にもなったのよ」
「それは病気のせいだぁ。良い薬ができて病気は治ったんだぁ。元の優しい子に戻ったはずだぁ。猫も杉葉も残念だったけども、証拠もねぇのにあれこれ言うでねぇ」

 ばっちゃは竹上の倅を庇い立てる。

 普段ここに住んでいない陽向と月琉は、どちらの言い分が正しいのか皆目見当もつかず困った。

「本人がいねぇところで悪口はよすんだぁ」
「あぁ越村のばっちゃの言う通りだ。酒のせいかちと喋りすぎた。いい時間だし、もうお開きにすっぞ」
「んだんだ」

 空気を読んだ隣家の爺さん婆さんがばっちゃの言動を支持し、会はお開きとなった。

「ごちそうさまでした」
「いえ……ごめんなさい変なこと言って」
「いえいえ、ウチのばっちゃも何かすみませんでした」

 月琉と陽向は丁寧にお礼を言ってから隣家を辞す。

 楽しかったバーベキューであるが、最後に後味が悪いものが残ったのは否めなかった。
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