ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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二日目

スーパー野原

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「それじゃ行きましょうか」
「はい」

 軽自動車の前部座席にいた若奥さんと陽向、それと後部座席にいた海人と月琉が下車する。四人はスーパー出入り口に向けて仲良く歩いていく。

「月琉兄ちゃん、DVDの件、マジでよろしくね」
「ああ勿論だよ同志海人。俺が描いたプリメツの絵も同封してあげるよ」
「ごめん。それはいらないかな……」
「遠慮するな同志よ」

 車中での会話を経て、二人はすっかり仲良くなっていた。

 四年前に会った時の海人は小学校にも入っていないくらいの年齢だったので、彼はほとんど月琉のことを覚えていなかった。だが再会してこの十五分弱の間で、二人は一気に仲良くなったようだ。

 月琉は意外と子どもと相性がいいらしい。精神年齢が子どもに近いからだろうか。たぶんそうに違いない。陽向は昨晩の屋根の上での会話を思い出す。

 赤く光る雲虹稲荷神社を指差しながら満面の笑みで「赤ウンコ赤ウンコ」と連呼していた月琉。あれはどうみても小学生のやる言動だった。そんな具合だから、小学生男児ともすぐに仲良くなれたのだと思った。共通の趣味があれば尚更である。

「海人、すっかり月琉君に懐いているわね」
「みたいですね。ウチの月琉の精神は小学生で止まってるみたいな所ありますから」
「そんなことはないわよ。月琉君、すっかり大人な男の子で格好いいじゃない。ねえそれより、よかったら今日の晩御飯一緒にどうかしら? ウチの庭でバーベキューしようと思ってたのよ」

 月琉と海人の仲良しぶりを見た若奥さんが、夕飯のお誘いをしてくる。

「いいんですか?」
「ええ構わないわよ。今年はウチの親戚が帰省できなくて、お盆休みなのに寂しいなと思ってたの。月琉君のおかげでウチの海人もすっかり元気だし、お礼の意味も込めてご馳走させてちょうだい」
「そうですかじゃあお言葉に甘えようかな」
「ええじゃあそうしましょう」

 若奥さんの提案に、陽向は遠慮しつつも拒む理由がなかったので頷いた。

 この場にいないばっちゃだが、若奥さんの提案を拒みはしないだろう。一人暮らしをしているばっちゃは度々、若奥さんの家の者と食事を共にすることもある。それ以外にも常日頃からお裾分けの交換をしたり、家族ぐるみの付き合いをしている。「ばーべきゅうか、それは楽しみだなぁ」と、言うに違いなかった。

 買い物カートを押して混雑する店内をするりと抜けながら、四人はそれぞれの買い物をしていく。

「えーと、次は洗剤洗剤っと」
「陽向、洗剤系は俺が探してくるよ。この混雑した店内で常にカート押して移動するのだと効率悪いだろ。陽向は食い物系の方を頼む」
「ああそうしてくれると助かるわ。よろしく月琉」

 陽向は、ばっちゃに頼まれた品を書き出したメモを読みながら買い物を進める。ついでに自分たちの欲しいものも買っていく。ジュースやアイスなどなど。

「母さん、花火買っていい? 月琉兄ちゃんたちとやりたい」
「そうねいいわよ。でも今年はてん君やめいちゃんたち来ないんだからね。少なめにするのよ」
「わかってる」

 目的の商品をカートに詰め、会計レジに向かう。その途中、花火コーナーが設けられており、家庭用花火が山ほど積まれていた。

 その山に海人が手を伸ばそうとした、その時のことだった。

――ガサリッ。

 海人の隣で、花火の束をごそっと持っていく人間がいた。いわゆる大人買いというやつだ。

 若い男だ。猫背が特徴的な二十代半ばくらいの男であった。

 その男は花火の束を抱えて会計レジの方に向かう。途中、すれ違った若奥さんの方を何故かギロリとひと睨みした。

「花火を大人買いか。凄いわね」
「だな。よほどの花火好きと見たぜ」

 男の表情が角度的に見えなかったので、陽向と月琉は呑気にそんな感想を漏らした。

 それを聞いて、堪らずといった感じで、若奥さんが口を開く。

「大人なんかじゃないわよあの男は。いい歳して碌に納税の義務も果たさず、親と社会の脛を齧って生きてるクズよ。おまけに小さい子を変な目で見て餌で釣って近づこうとしてウチの子にまでちょっかいかけて、必死に頑張って子育てして社会に貢献している人たちを不安にさせて、ああいうのって、生きてる価値ってあるのかしら――ブツブツ」

 人の良い若奥さんが突然豹変する。先ほどまで朗らかな笑みを浮かべていたというのに、突如憎しみの宿った顔となり、呪詛のような言葉を次々に吐いていく。最後の方は聞き取れないがかなり酷い言葉を言っているようだった。

 若奥さんはなおも呪いの言葉を喋り続ける。

「施設にずっと入ってればよかったのに。そうすればみんな安心なのに。そうすればあの子も死なずに済んだかもしれない。どうせアイツがやったに決まって――ブツブツ」

 若奥さんは、息子の海人を背に隠すようにして立っていた。当のカイトは、母親の豹変ぶりに顔を硬直させていた。

(やば、若奥さん怖すぎる……。良い人なのに、急に変なスイッチ入っちゃってるよぉ)

 普段人の良い若奥さんの豹変に、陽向は戦く。何かのスイッチが入ったように呪いの言葉を呟き続ける若奥さんは怖すぎる。まるで悪いものに憑依されたかのようだ。狐憑きの被害に遭ったかのようである。

(へえ。あの男、何かあるんだな)

 一方の月琉は興味津々といった様子だ。あの人の良い若奥さんが豹変するくらいだから、さっきの男には何かあるに違いないと思っていた。もしや大杉の怪事件と関わりがあるのかもしれないと、察しをつけたのだった。

「あの人、知っている人なんですか?」
「え、ああ、何でもないわよ。あはは、気にしないで!」

 月琉が尋ねると、若奥さんはハッと我に返ったようだ。恥ずかしそうに微笑むと、なんでもないと取り繕う。すっかり普通の若奥さんに戻っていた。

 なんでもない気にしないでと言われても無理だ、と陽向と月琉は同じことを思った。

「それじゃ、花火を買ってから帰りましょうか」
「はい」

 例の男が買い物を終えて店内から出ていくと、若奥さんの調子は完全に元に戻った。

「月琉兄ちゃんたちも何か買いなよ。花火、一緒にやろ!」
「ああそうだな」
「私、鼠花火にしよっと」

 海人が花火を選ぶのを見て、陽向と月琉も自分たちのお小遣いと相談しながら好きな花火を選ぶ。そうして買い物を終えたのだった。
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