ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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一日目

ヒナタの夢

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 幼き日の光景だ。まだ皺が少ないばっちゃ。それとじっちゃもいる。

 とうの昔に死んだはずのじっちゃが生きていて、ばっちゃが若返っている。そして自分と月琉の姿が幼稚園児くらいだというのに、陽向は不思議と気にならなかった。

 懐かしい。今しばらくこの懐かしさに浸りたい――陽向はそう思った。

「ヒナちゃんにツク坊。じっちゃとお散歩行こうな」
「うん! 陽向、おさんぽいく!」
「いくいく!」

 幼い陽向と月琉は、じっちゃに手を引かれ、ばっちゃの家を出た。

 三人は南側畑の脇を通り、ばっちゃの家(じっちゃが生きているのでじっちゃの家でもあるが)の敷地南端にある小道に出る。

 そこは、ばっちゃの家と、隣家の佐藤さん(屋号竹下)の敷地との間にある遊歩道だ。この遊歩道を山の方に上っていくと、車も通れる大きな道に出る。

 三人はその遊歩道を歩いていった。

「どーもぉ、竹下さん」
「おー、木助さんこんにちはぁ。いいねえ、可愛い子たちとデートでぇ」
「あはは、そうだろぉ? 自慢の孫じゃ」

 途中ですれ違った佐藤(屋号竹下)さんのお爺さんと挨拶を交わし、その後も散歩を続ける。

「たけのこ!」
「ハッハ、ヒナちゃん、あれは竹だよ。たけのこはもっとちっこいやつだ」

 遊歩道の両脇は竹薮に囲まれている。このわんさか茂った竹薮の遊歩道の下の入口に面した家なので、隣家の佐藤さんは竹下という屋号なわけである。

 ちなみに遊歩道を上った先、大きな道に出たところ近くにある家も佐藤という苗字なのだが、そこは竹上という屋号になっている。

 三人は仲良くお喋りしながら遊歩道を上っていき、その竹の上の佐藤さん宅前に出る。そこから大きな道に出て、さらに坂道を上っていく。

「この道は車が通るから絶対に道路の真ん中に行っちゃならんぞ。あと逆に道の端っこからも落っこちんようになぁ」
「「はーい」」

 優しく注意喚起するじっちゃ。陽向と月琉は元気に返事をして歩いていく。可愛い孫の背を見つめて目を細めたじっちゃも、その後に続いていく。

 三人は“大杉集落共同墓地”を通りすぎ、道の突き当たりにある大杉神社の方へと歩いていく。ほどなくして大杉神社に至った。

「二人共、きれいきれいしようなぁ」
「「はーい」」

 まず手水場で手指と口を清め、それから本殿に参拝する。

「二礼二拍手一礼って言ってな、二回お辞儀して二回拍手して、一回お辞儀すんだ」

 じっちゃの言うことがいまいち理解できない陽向であったが、見よう見真似で行う。最後が一礼なのに二礼しているが、細かいことは気にしていない。その分、熱心に心からお祈りしていた。

 対する月琉は、言葉の意味を理解してしっかりやっていた。

 ただ、形に囚われすぎていて、肝心の祈りの方が伴っていなかった。次回来た時に誰かに言われるまでもなく格好良く参拝できるようにと、「二礼二拍手一礼」という言葉を頭の中で何度も反芻させて覚えようとしていた。そんなことを考えながら参拝するもんだから、不信心者もいいところである。

「さあ大杉様にもご挨拶せんとなぁ」

 本殿での参拝を終えた三人は、境内を歩いていく。そして本殿裏手にある大きな杉の木、大杉集落の名の元となっている御神木へと向かう。

「すっごーい!」

 自分の背丈の何十倍どころか何百倍もある大きな杉の木を見て、陽向は歓声を上げる。月琉は陽向ほどではないものの、それなりに感動している様子だ。

「そうだろぉ、この大杉様はなぁ、千年以上も昔からここにあるんだぞぉ」

 千年杉を前に感動する陽向と月琉。そんな二人に、じっちゃはまるで自分のことのように大杉について誇らしげに語る。

「せんねん? じっちゃ生まれてる?」
「あはは、そんな昔に生まれてたらワシは妖怪じゃ。当然生まれとらんよ」

 陽向の子どもらしい問いに、じっちゃは大笑いする。

「せんねんって、げんじものがたりができたころ?」
「おお、そうじゃそうじゃ! そのくらいじゃ! ツク坊、お前賢いな、源氏物語なんてもう知っているのか!」

 年齢にそぐわない利発さを見せる月琉に、じっちゃは大喜びする。わしの孫は天才だ将来は学者様だ、とはしゃぎ回る。

 じっちゃが月琉ばかりを誉めるので、陽向は面白くなくなり、寂しそうな表情を見せる。それに気づいたじっちゃは、今度はヒナちゃんは日本一可愛いから将来は女優だなんだと、誉めて誉めて誉めまくる。陽向はにんまりと笑った。

「この大杉は、ワシの生まれる遥か昔からこの地を見守っとる。ワシが死んだその後もずっと見守っていることだろうな。いやはや大したもんだ」

 孫二人を誉めるのに飽きたじっちゃは、今度は大杉の神秘性について熱心に語り出した。

 その話の中で突然出てきた、「死」というワード。幼い二人の心に小さな影を落とすことになった。

「じっちゃ、いつか死んじゃうの?」

 陽向が不安げな様子で問う。

 対するじっちゃはその場限りの慰めの嘘などは言わなかった。不気味なほどの満面の笑みで語る。

「ああいつか死ぬさ。人はみんな死ぬ。わしも死ぬし、ばっちゃも死ぬ。麗菜も死ぬし、太君だって死ぬ。ヒナちゃんもツグ坊もダイ坊も死ぬ。この大杉様だって、いつかは死ぬ。太陽だって百億年後には死ぬ。宇宙も膨張から収縮に転じることがあれば、いつかは死ぬかもなあ」

 じっちゃもばっちゃも、パパとママも、陽向や月琉も弟も死ぬと聞いて、心臓が締めつけられるような思いの陽向と月琉。

 ただその後もじっちゃが「みんな死ぬ死ぬ全部死ぬ」と言うので、後半の方は麻痺してきたのか、それほど不安には思わなかった。むしろみんな一緒だと聞いて、安心すらしてきた。自分たちはこの大杉や太陽と一緒なのだと。

「ヒナもみんな死んじゃうの?」
「ああ皆死ぬ。全ては無に帰す。諸行無常じゃよ」
「「……」」

 しんみりと語るじっちゃ。その言葉は落ち着いていながらも、妙な迫力があった。陽向と月琉は気圧されて黙りこむ。

「だからな、精一杯生きろ二人とも。ワシも残り少ない人生、一秒たりとも無駄にせんぞ。笑いで埋め尽くしてやるわい。ハハハ」

 じっちゃは大杉を見つめながら目を細め、高らかに笑った。

 心の底から笑っているじっちゃを見ると、陽向も月琉も安心した。安心すると途端に催してくる。

「じっちゃ、ヒナ、おしっこ!」
「おー、行ってこいヒナちゃん。たっぷり出してこい。ペットボトル百本分くらいな」
「そんなでないよ! でもいってくるー!」

 陽向はとてとてとした足取りでトイレに向かう。用を足し終えると、再びじっちゃと月琉のいる所に戻った。

 ただ、戻ると誰もいなかった。

「あれ、じっちゃどこ? 月琉、どこ?」

 じっちゃも月琉も、さっきまで境内にいたはずの人たちも、全員が消えていた。広い境内に、陽向しか立っていなかった。

「ねえみんな、どこぉ?」

 陽向は半泣きになりながら辺りをうろつく。日が沈み、真っ暗闇の世界がやって来るまで彷徨い続ける。

「うえぇ、みんなどこぉー!」

 暗い境内は酷く不気味である。月明かりのみが、陽向の行く手を照らす。

「どこぉー! みんなどこー!」

 恐怖のあまり、大杉から伸びて垂れ下がる枝の一本一本が、陽向を捕らえようとしているかのように見えてくる。

 この千年も生きる妖怪のような木によって、じっちゃも月琉も、他の人々も食べられてしまったのではないか。

 そう思えてきて、陽向はパニックになった。金切り声を出しながら必死に走り回る。

「あ、人いた!」

 泣き叫びながら境内を走り回る陽向だったが、ようやく人影を見つけることができた。

 無数にある大杉の根っこ、その内の一つを辿った先に、人がいたのだった。人目につきにくい茂みの中だった。

 女の子だ。この時分の陽向よりも一回りくらい大きい、白いワンピースを着た子である。背を向けて俯き加減に立っている。

「お姉ちゃん」

 その女の子に、陽向は声をかけて近づいていく。

 女の子は陽向の問いに背を向けたまま、振り向くことはない。無視された格好の陽向は少しむっとする。

「ねぇ、お姉ちゃん、みんなどこ? みんないなくなっちゃったの」

 陽向は女の子の腕を掴むと、ぐりんと自分の方に向けさせた。その子を正面から直視することになる。

「――っ!?」

 それは死体だった。近くにある木の枝から伸びたロープが女の子の首に巻きつき、四肢がだらしなく垂れ下がり、それで俯き加減に背を向けているように見えたのだ。

 死体というだけでも恐ろしいが、何よりも恐ろしいのはその表情。口からは白い泡を流し、うっ血した顔で苦悶の表情を浮かべている。

 いかにも無念の死を遂げたといった感じだ。生前、生き地獄を味わったに違いない。

 女の子の衣服は乱れていた。前を破かれたワンピース。むき出しになった幼い腹からは、痛々しいほどの臓物がまろびでている。何者かに嬲られ、悪戯でもされたと言うのだろうか。

「……ぁぁぁあああ」

 陽向は恐怖のあまり女の子の腕を投げ捨てるように放すと、ザリガニが緊急回避するように慌てて後方に飛び退く。そして大きな声も出せずにその場にへたり込んだ。

 恐怖はそれだけで終わらない。あろうことか、死体だと思っていたそれがゆっくりと動き出したのだ。

「……クルシイ、タスケテ」

 女の子の死体がゆっくりとゾンビのように近づいてくる。低い呻き声を上げ、己が無念を訴えながら、這い寄ってくる。

 じわりじわりと。色のない瞳で陽向を真っ直ぐに見つめ、そしてついには陽向の元にまで……。

「いゃあああああッ!」

 陽向は絶叫すると、白目を剥いて意識を失った。その地面には染みが広がっていったのだった。
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