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一日目
ばっちゃの家(二階北側の部屋1)
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陽向と月琉は寝る支度を整えると、それぞれ宛がわれた寝室に向かった。陽向は二階北側の部屋、月琉は南側の部屋だ。
「そんじゃ月琉、おやすみ」
「おねしょすんなよ陽向」
「するわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
「ハハそりゃそうだ。高校生だもんな。そんじゃ、おやがすみすみ~」
「何よそのヘンテコな挨拶。まあどうでもいいわ。おやすみ」
それぞれの部屋に入った二人は、首だけを部屋から廊下の方に伸ばして、就寝前の挨拶をする。それから出入り戸である襖を閉めた。
襖を閉めたことで、空間が隔絶される。お互いの声は一切聞こえてこなくなる。独りの静かな夜が始まる。
「田舎の夜はホント静かよね。車の音も人の騒ぐ声も何も聞こえないんだから」
部屋の中央に敷いた布団の上にごろりと寝転がった陽向は、そうポツリと呟いた。
森々という言葉がぴったり当てはまるような状況だ。森の木々が何もかも呑み込んでいるようにしか思えない。
都会だったら絶対に考えられない。都会だったら人の気配の方が強い。だがここでは人なんて脆弱で、生きとし生けるものの一つにしかすぎないのだと思える。
「ちょっと不気味……」
普段とは異なる環境に身を置き、陽向は恐怖心を抱き始めたようだ。
恐怖心。それは人間の中に眠る動物的本能である警戒心とも呼べる。周囲の異変をすぐさま察知して身を守るために必要な力である。
「ホォオォ」
「ひっ! な、何だ鳥か……」
家裏の竹薮辺りから突然鳴き声が聞こえてきて、陽向はビクリとする。
感覚派である陽向は、人よりも優れた警戒心を持っている。周囲の異変を鋭敏に感じ取れる。その能力は一般的な事柄のみならず、霊的存在にまで及ぶ――いわゆる霊感がある。
それほど強い霊感を持ってはいないので、そういった能力を持っていると本人は自覚していない。ただ、間違いなくそれを持っていることは確かだ。
同じ姉弟で色々と似通った所のある二人だが、霊感能力に関してはまったく才能がない月琉とは、そこだけは根本的に異なっていた。
「ひっ、人の顔!? 幽霊!?」
ただ、陽向はその警戒心が空回りし、普段気にすることもない木の染みを発見し、人の顔に見えてびびってしまうこともあるようだ。独り相撲とは、まさにこのことだ。
「はぁ、びっくりした。ただの染みか。何気にこの部屋に一人で寝るのって初めてよね」
これまでは一家揃っての帰省だったので、陽向は母親と一緒に寝ていた。だから夜は寂しくなんてなかったし怖くもなかった。母が常に隣にいる安心感と、昼間ずっとはしゃぎ続けた疲労感からすぐに寝入ることができた。天井の染みを数える暇もなく、気づけば朝日が昇っていた。
でも今日は違う。今回は陽向と月琉の二人だけの旅のため、独りで就寝しなければいけない。いくら仲が良い双子姉弟だといっても、流石に同じ部屋では寝ない。
二枚の襖と廊下を隔てたすぐ近くに月琉がいる。だと言っても、今は凄い遠い場所にいる気がする。
何かあれば月琉がすぐに助けに来てくれるのだろうが、離れているのでワンテンポ遅れるのは間違いない。下手したらぐっすり寝ていて助けに来てくれないかもしれない。そう考えると怖い。
「ばっちゃの家って、改めて見ると怖いわ……。昼間は明るかったし、月琉もばっちゃも近くにいたから、特に感じなかったけど……」
夜のばっちゃの家は、幽霊屋敷に見えなくもなかった。新調したテレビと風呂設備以外は年季が入っているので、なんだか怖いのだ。
陰気臭いくせに意外と派手で豪華な仏間は、そのアンバランスさが見るものをどこか不安にさせる。ずらっと並んだ遺影の中で、ダブルピースを決めるじっちゃの姿だけは、やけに生き生きとしていて生命力に溢れている。生命力に溢れすぎていて、そのまま写真から出てきそうな怖さがある。
長年の生活感漂う居間とキッチンには、どこで買ったのかわからない民芸品の数々が棚の上に無造作に飾ってある。おそらく北海道への旅行にいった際に買ったと思われる木彫りの熊、沖縄のシーサー、秋田のなまはげ、どこかは俄かに特定できないが東北のどこかの観光地で買ったと思われるこけし――それらは大昔に買ったもので、だいぶ古ぼけている。
長い年月を経たそれらには、何かが宿っている気がする。生命の形を模したものだから、夜な夜な動き出してもおかしくはない気がする。
トイレは洋式便器であるが古めかしい。ゴボォゴボォと不規則に流れる水音は、配管を通って何かがこちらに向かってきている気がする。排水口から手でも這い出して来そうだ。
二階に上がる階段だって怖い。踏む度に軋んでキィキィという不気味な音を奏でる。
夜中に誰かが上ってこないだろうか。幽霊が上ってきても怖いし、幽霊でなくても怖い。ばっちゃの家の古い玄関鍵を破壊して、異常者が忍び込んでくるかもしれない。
陽向の泊まるこの部屋だけ見ても、怖いものは沢山ある。ボーンボーンと一時間ごとに鈍く鳴る掛け時計は、不意をつくように鳴るので毎回驚いてしまう。
茶色く変色して所々穴の開いた障子窓は、汚れのせいもあってか、まるで大量の目玉が浮き上がっているようにも見える。
日焼けしてささくれ立った畳は、何か人ならざるものが掻き毟った痕のようにも見えるし、壁や柱の染みは何か惨劇があってその血痕が拭いきれなかった跡にも見える。
全てが全て、昼間感じた印象とは違っていた。昼間は懐かしさしか感じなかったのに、夜になり独りとなった今はとても怖く感じる。
この天井裏には何かが潜んでいるのではないか。障子窓の向こうには何か恐ろしい存在がいて、こちらを覗きこんでいるのではないか。古ぼけた品々の全てに、何かの魂が入り込んでいるのではないか。よからぬものが宿っているのではないか。
そんな妄想さえ浮かんでくる。
「うぅ、怖すぎる……」
陽向の胸を不安と恐怖が渦巻く。
不安と恐怖。どちらが先に生じるかは、卵が先か鶏が先かの論争と同じで答えはない。答えはないが、不安が恐怖を呼び、恐怖が新たな不安を呼ぶことは確かだ。負の連鎖のように、どんどんと積み重なっていく。
「うぅ、白い女の子の霊とか出ないでよね……」
不安が高まり脳が緊張すると、無駄にあれこれと考えてしまう。それですっかり忘れていたはずの昼間のバスの運転手の怪談話までも思い出してしまう。
バスの運転手の話は、はたして本当の話だったのだろうか。もし本当の話であるならば、この大杉集落は人ならざるものの怪異に襲われているのかもしれない。
鶏の首がもげ、飼い猫が惨殺され、蛙などの水生小動物が大量死し、年端もいかぬ女の子が首を吊った。
女の子が首を吊ってからは、白い女の子の幽霊の目撃談が増えているらしい。雲虹稲荷神社の霊験あらたかな神主が出張ってくるほどの騒ぎだと言うから、並大抵の状況ではない。
怪事件が多発しているのは大杉様の祟りのせいなのか。大杉様が生き物の命を吸い取ってしまっているのだろうか。
それとも人間のせいなのだろうか。だとすればこの集落には、人の形をした化け物が潜んでいるということにある。人間でありながら人間ではない。人の心を持たない、ある意味幽霊よりも恐ろしい存在だ。
あのバスの運転手は飄々としていて嘘か本当なのかわからなかった。でももし真実だとすれば、その怪異がこの家にまで及ばないという保証はない。
「ヤバい、怖すぎる……。ダメ、閉めきった部屋でなんて寝てられない!」
恐怖極まった陽向は、このままじゃ絶対に寝つけないと思い、のそりと寝床から起き出した。
それから襖をそっと開ける。
そっと開けたのは、いきなり開けて廊下に幽霊が立っていたらどうしようかとびびったからだ。結果何もなかった。
「ふぅ、セーフ」
何事もなくて安心した陽向は廊下へと出て、今度は月琉の部屋の襖をそっと開けてみる。もし月琉の首が鶏みたいにもげて死んでいたらどうしようかと不安に思いながら、少しずつ開けていく。
襖を開けた途端、光が漏れてきた。
「ん? どうした陽向?」
南側の部屋にいる月琉は、ちゃんと生きていた。布団の上にごろりと寝転がりながら、ヘッドランプの明かりを頼りに読書に勤しんでいた。
どうやら本棚にあるじっちゃの残した昔の本を読んでいたらしい。
月琉のその表情はリラックスしてだらけきっており、先ほどまで恐怖を感じて独りパニックになっていた陽向とは、えらい違いであった。
「ははん、陽向、さてはお前」
急に部屋にやって来た陽向を何事かとまじまじと見ていた月琉であるが、強張った顔の陽向を見て察しがついたらしい。にやりと、いやらしそうに笑みを浮かべる。
「びびって独りで寝られなくなったんだな? バスの運転手の戯言でも思い出したか?」
「ち、違うわよ!」
「ハハ、やっぱそうなんだな。うわっ、だっせ。高校生にもなったのに、昼間の怪談話で寝られなくなったとかだっせ! 超だっせ!」
「うっさい! 違うって言ってんでしょ!」
「怖がりの陽向ちゃん、襖開けっ放しにしとけよ。イケメンの俺が、愛する姉ちゃんのために特別に見守りサービスしてやっからよ」
「別にアンタの見守りサービスなんていらないわよ!」
月琉のからかうような言葉に、陽向は反発する。
「まあまあそう言うなって。暑いから部屋を閉めきるのはどうかと思ってたんだよ。夜間熱中症とか怖いしさ。寝る前に陽向の部屋の襖も少しだけ開けようかと思ってたんだ。ちょうどいいから、そのまま開けっ放しにしといてくれよ」
熱中症予防という言葉を聞いて、陽向はパアッと表情を輝かせる。
「熱中症! そうね熱中症の予防をしないとだもんね! アタシもそう思って、ここの襖を開けに来たのよ!」
襖を開けっ放しにしておく大義名分ができたと密かに喜んだ。怖くて独りで寝られないということを上手く誤魔化せたと思った。
まあ月琉には全てお見通しなのであるが。
「月琉、熱中症予防のため、襖開けといたわよ。お姉ちゃんに感謝しなさい。熱中症になるといけないから、絶対に閉めちゃダメよ。いいわね?」
「はいはい。熱中症予防のためにわざわざ開けてくれてありがと姉さん」
「それじゃ、改めておやすみなさい」
「はいはいさっさと寝ろ」
「それはこっちの台詞よ、夜更かしして本ばっか読んでちゃダメなんだからね!」
陽向は自分と月琉の部屋の襖を全開にして、それからパタパタと小走りで自分の布団に戻った。再び横になる。
ちらりと横目で見れば、そこには月琉の姿がある。変わらず読書に励んでいる。
先ほどと直線距離は何も変わっていないのだが、間を遮るものがなくなったので、月琉を近くに感じることができて安心する。
「怖い夢見ておしっこ漏らすなよ陽向ー」
陽向の視線に気づいたのか、月琉は小ばかにするように言う。
「漏らすわけないでしょ!」
「ハハそうだよな。漏らしたらJKの尊厳が丸潰れだもんな。肉文字より酷いぜ」
月琉は視線を手元の本に落としつつ、陽向の話に付き合う。
いつもの月琉だ。襖がないおかげで声がちゃんと聞こえる。
「馬鹿月琉、さっさと寝なさい」
陽向は悪態をついてから、そっと瞼を閉じた。月琉が傍にいる安心感のおかげで、今度こそ寝入ることができた。
「そんじゃ月琉、おやすみ」
「おねしょすんなよ陽向」
「するわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
「ハハそりゃそうだ。高校生だもんな。そんじゃ、おやがすみすみ~」
「何よそのヘンテコな挨拶。まあどうでもいいわ。おやすみ」
それぞれの部屋に入った二人は、首だけを部屋から廊下の方に伸ばして、就寝前の挨拶をする。それから出入り戸である襖を閉めた。
襖を閉めたことで、空間が隔絶される。お互いの声は一切聞こえてこなくなる。独りの静かな夜が始まる。
「田舎の夜はホント静かよね。車の音も人の騒ぐ声も何も聞こえないんだから」
部屋の中央に敷いた布団の上にごろりと寝転がった陽向は、そうポツリと呟いた。
森々という言葉がぴったり当てはまるような状況だ。森の木々が何もかも呑み込んでいるようにしか思えない。
都会だったら絶対に考えられない。都会だったら人の気配の方が強い。だがここでは人なんて脆弱で、生きとし生けるものの一つにしかすぎないのだと思える。
「ちょっと不気味……」
普段とは異なる環境に身を置き、陽向は恐怖心を抱き始めたようだ。
恐怖心。それは人間の中に眠る動物的本能である警戒心とも呼べる。周囲の異変をすぐさま察知して身を守るために必要な力である。
「ホォオォ」
「ひっ! な、何だ鳥か……」
家裏の竹薮辺りから突然鳴き声が聞こえてきて、陽向はビクリとする。
感覚派である陽向は、人よりも優れた警戒心を持っている。周囲の異変を鋭敏に感じ取れる。その能力は一般的な事柄のみならず、霊的存在にまで及ぶ――いわゆる霊感がある。
それほど強い霊感を持ってはいないので、そういった能力を持っていると本人は自覚していない。ただ、間違いなくそれを持っていることは確かだ。
同じ姉弟で色々と似通った所のある二人だが、霊感能力に関してはまったく才能がない月琉とは、そこだけは根本的に異なっていた。
「ひっ、人の顔!? 幽霊!?」
ただ、陽向はその警戒心が空回りし、普段気にすることもない木の染みを発見し、人の顔に見えてびびってしまうこともあるようだ。独り相撲とは、まさにこのことだ。
「はぁ、びっくりした。ただの染みか。何気にこの部屋に一人で寝るのって初めてよね」
これまでは一家揃っての帰省だったので、陽向は母親と一緒に寝ていた。だから夜は寂しくなんてなかったし怖くもなかった。母が常に隣にいる安心感と、昼間ずっとはしゃぎ続けた疲労感からすぐに寝入ることができた。天井の染みを数える暇もなく、気づけば朝日が昇っていた。
でも今日は違う。今回は陽向と月琉の二人だけの旅のため、独りで就寝しなければいけない。いくら仲が良い双子姉弟だといっても、流石に同じ部屋では寝ない。
二枚の襖と廊下を隔てたすぐ近くに月琉がいる。だと言っても、今は凄い遠い場所にいる気がする。
何かあれば月琉がすぐに助けに来てくれるのだろうが、離れているのでワンテンポ遅れるのは間違いない。下手したらぐっすり寝ていて助けに来てくれないかもしれない。そう考えると怖い。
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トイレは洋式便器であるが古めかしい。ゴボォゴボォと不規則に流れる水音は、配管を通って何かがこちらに向かってきている気がする。排水口から手でも這い出して来そうだ。
二階に上がる階段だって怖い。踏む度に軋んでキィキィという不気味な音を奏でる。
夜中に誰かが上ってこないだろうか。幽霊が上ってきても怖いし、幽霊でなくても怖い。ばっちゃの家の古い玄関鍵を破壊して、異常者が忍び込んでくるかもしれない。
陽向の泊まるこの部屋だけ見ても、怖いものは沢山ある。ボーンボーンと一時間ごとに鈍く鳴る掛け時計は、不意をつくように鳴るので毎回驚いてしまう。
茶色く変色して所々穴の開いた障子窓は、汚れのせいもあってか、まるで大量の目玉が浮き上がっているようにも見える。
日焼けしてささくれ立った畳は、何か人ならざるものが掻き毟った痕のようにも見えるし、壁や柱の染みは何か惨劇があってその血痕が拭いきれなかった跡にも見える。
全てが全て、昼間感じた印象とは違っていた。昼間は懐かしさしか感じなかったのに、夜になり独りとなった今はとても怖く感じる。
この天井裏には何かが潜んでいるのではないか。障子窓の向こうには何か恐ろしい存在がいて、こちらを覗きこんでいるのではないか。古ぼけた品々の全てに、何かの魂が入り込んでいるのではないか。よからぬものが宿っているのではないか。
そんな妄想さえ浮かんでくる。
「うぅ、怖すぎる……」
陽向の胸を不安と恐怖が渦巻く。
不安と恐怖。どちらが先に生じるかは、卵が先か鶏が先かの論争と同じで答えはない。答えはないが、不安が恐怖を呼び、恐怖が新たな不安を呼ぶことは確かだ。負の連鎖のように、どんどんと積み重なっていく。
「うぅ、白い女の子の霊とか出ないでよね……」
不安が高まり脳が緊張すると、無駄にあれこれと考えてしまう。それですっかり忘れていたはずの昼間のバスの運転手の怪談話までも思い出してしまう。
バスの運転手の話は、はたして本当の話だったのだろうか。もし本当の話であるならば、この大杉集落は人ならざるものの怪異に襲われているのかもしれない。
鶏の首がもげ、飼い猫が惨殺され、蛙などの水生小動物が大量死し、年端もいかぬ女の子が首を吊った。
女の子が首を吊ってからは、白い女の子の幽霊の目撃談が増えているらしい。雲虹稲荷神社の霊験あらたかな神主が出張ってくるほどの騒ぎだと言うから、並大抵の状況ではない。
怪事件が多発しているのは大杉様の祟りのせいなのか。大杉様が生き物の命を吸い取ってしまっているのだろうか。
それとも人間のせいなのだろうか。だとすればこの集落には、人の形をした化け物が潜んでいるということにある。人間でありながら人間ではない。人の心を持たない、ある意味幽霊よりも恐ろしい存在だ。
あのバスの運転手は飄々としていて嘘か本当なのかわからなかった。でももし真実だとすれば、その怪異がこの家にまで及ばないという保証はない。
「ヤバい、怖すぎる……。ダメ、閉めきった部屋でなんて寝てられない!」
恐怖極まった陽向は、このままじゃ絶対に寝つけないと思い、のそりと寝床から起き出した。
それから襖をそっと開ける。
そっと開けたのは、いきなり開けて廊下に幽霊が立っていたらどうしようかとびびったからだ。結果何もなかった。
「ふぅ、セーフ」
何事もなくて安心した陽向は廊下へと出て、今度は月琉の部屋の襖をそっと開けてみる。もし月琉の首が鶏みたいにもげて死んでいたらどうしようかと不安に思いながら、少しずつ開けていく。
襖を開けた途端、光が漏れてきた。
「ん? どうした陽向?」
南側の部屋にいる月琉は、ちゃんと生きていた。布団の上にごろりと寝転がりながら、ヘッドランプの明かりを頼りに読書に勤しんでいた。
どうやら本棚にあるじっちゃの残した昔の本を読んでいたらしい。
月琉のその表情はリラックスしてだらけきっており、先ほどまで恐怖を感じて独りパニックになっていた陽向とは、えらい違いであった。
「ははん、陽向、さてはお前」
急に部屋にやって来た陽向を何事かとまじまじと見ていた月琉であるが、強張った顔の陽向を見て察しがついたらしい。にやりと、いやらしそうに笑みを浮かべる。
「びびって独りで寝られなくなったんだな? バスの運転手の戯言でも思い出したか?」
「ち、違うわよ!」
「ハハ、やっぱそうなんだな。うわっ、だっせ。高校生にもなったのに、昼間の怪談話で寝られなくなったとかだっせ! 超だっせ!」
「うっさい! 違うって言ってんでしょ!」
「怖がりの陽向ちゃん、襖開けっ放しにしとけよ。イケメンの俺が、愛する姉ちゃんのために特別に見守りサービスしてやっからよ」
「別にアンタの見守りサービスなんていらないわよ!」
月琉のからかうような言葉に、陽向は反発する。
「まあまあそう言うなって。暑いから部屋を閉めきるのはどうかと思ってたんだよ。夜間熱中症とか怖いしさ。寝る前に陽向の部屋の襖も少しだけ開けようかと思ってたんだ。ちょうどいいから、そのまま開けっ放しにしといてくれよ」
熱中症予防という言葉を聞いて、陽向はパアッと表情を輝かせる。
「熱中症! そうね熱中症の予防をしないとだもんね! アタシもそう思って、ここの襖を開けに来たのよ!」
襖を開けっ放しにしておく大義名分ができたと密かに喜んだ。怖くて独りで寝られないということを上手く誤魔化せたと思った。
まあ月琉には全てお見通しなのであるが。
「月琉、熱中症予防のため、襖開けといたわよ。お姉ちゃんに感謝しなさい。熱中症になるといけないから、絶対に閉めちゃダメよ。いいわね?」
「はいはい。熱中症予防のためにわざわざ開けてくれてありがと姉さん」
「それじゃ、改めておやすみなさい」
「はいはいさっさと寝ろ」
「それはこっちの台詞よ、夜更かしして本ばっか読んでちゃダメなんだからね!」
陽向は自分と月琉の部屋の襖を全開にして、それからパタパタと小走りで自分の布団に戻った。再び横になる。
ちらりと横目で見れば、そこには月琉の姿がある。変わらず読書に励んでいる。
先ほどと直線距離は何も変わっていないのだが、間を遮るものがなくなったので、月琉を近くに感じることができて安心する。
「怖い夢見ておしっこ漏らすなよ陽向ー」
陽向の視線に気づいたのか、月琉は小ばかにするように言う。
「漏らすわけないでしょ!」
「ハハそうだよな。漏らしたらJKの尊厳が丸潰れだもんな。肉文字より酷いぜ」
月琉は視線を手元の本に落としつつ、陽向の話に付き合う。
いつもの月琉だ。襖がないおかげで声がちゃんと聞こえる。
「馬鹿月琉、さっさと寝なさい」
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