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一日目
ばっちゃの家(風呂場1)
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陽向と月琉の二人は皿洗いを終え、居間に戻った。陽向はばっちゃと一緒にテレビを見始め、月琉はパソコンを弄り始める。
月琉は例の趣味のレポート作りに取り組み始めた。キーボードを叩く音がうるさく、時折陽向に文句を言われている。田舎にいる雰囲気が台無しだと、陽向はおかんむりだ。
「やるなら仏間か二階でやりなさいよ」
「ああそうだ仏間。そう言えば掃除、まだやってないとこあったな」
飯を食ったりしていたらすっかり忘れていたが、掃除をまだやり残していたことを月琉は思い出す。
「ツク坊、悪ぃなぁ。そんなとこの掃除もしてもらってぇ」
「いやいいよ。気にしないでばっちゃ」
月琉は手つかずだった場所にさっと掃除機をかけ、埃のなくなった仏間で再びパソコンを弄り始めた。
「……陽向の奴のじゃんけんの強さは異常だ。絶対にイカサマしているに違いない」
月琉はそんな愚痴じみたことをぶつぶつと言いながらレポートに書き記していく。遺影の中で見事なダブルピースを決めるじっちゃに見守られつつ、物凄いスピードで書き記していく。
「よっこらせ」
陽向と一緒にテレビを見ていたばっちゃだが、徐に立ち上がると台所の方に消えていく。そしてしばらくしてから居間に再び顔を出した。
「風呂さ沸いたからわけぇもんから先入れぇ」
ばっちゃは台所にある給湯モニターで風呂が沸いたことを確認したようだ。それで親切にも先に入るように二人に促してくれる。
「ありがとばっちゃ」
「サンクスばっちゃ」
二人はほぼ同時に返事を返した。
「ねえ、月琉、どっちが先に入る?」
「レディーファーストでどうぞー」
「そんなこと言って、作業をキリのいいとこまで終わらせたいだけでしょ?」
「正解。よくわかったな」
「わかるわよ。何年アンタと双子やってると思ってんの?」
「十五年弱だな。生まれてこの方双子ですから」
「そういうこと。それじゃありがたくお先するわ」
「はいはいどうぞどうぞ」
陽向は月琉との会話を打ち切ると、二階に上がって着替えなどを持ち、風呂場へと向かう。
「ばっちゃんちのお風呂に入るとか久しぶりねー。ホント懐かしいなぁ」
陽向は脱衣場に入ってしみじみと感想を漏らした。
幼い時分には父母や月琉、大地と一緒に入ったこともある風呂場である。何もかも覚えている。脱衣場入ってすぐの所に収納棚があってタオル類が敷き詰められており、奥には洗濯機がある。
収納棚は昔と変わらずのまま。洗濯機は変わっていたが、その配置はまったく変わっていなかった。
陽向の父親は転勤族なので、陽向たちはこれまでに何度も引っ越しを重ねており、その度に違う家に住んできた。昔住んでいた家の記憶などもはや薄れてきているが、このばっちゃの家のお風呂の記憶だけは印象強く残っている。
陽向たちにとって長年親しんだ昔から知っている風呂といえば、このばっちゃの家の風呂が真っ先に思い浮かぶのである。今の自分の家の風呂よりも愛着があった。
「ぼけっとしてる場合じゃないわね。お風呂早く済ませてあげないと。月琉はともかく、ばっちゃの入る時間が遅くなったら可哀想だものね」
しばしあちこちを見回して感慨に耽っていた陽向であるが、それを止めると、衣服に手をかける。一枚二枚と脱いでいき、やがて生まれたままの姿となった。そして浴室へとレッツゴー。
――ジャババッ。
身体を流していく。首筋から足先にかけてお湯が滴り落ちていく。
そのスタイルは高一にしては整いすぎているくらいだ。思春期の助平な同級生男子諸君がその衣服の下をどれだけ想像したかわからないくらいである。
今では見る影もないが、ばっちゃも若い時は鄙にも稀な美人と称されたらしい。その孫である陽向も、その血を十二分に受け継いでいるらしかった。本人がその気ならアイドルだって目指せそうだが、残念ながら本人にその気はない。
「あー、いいお湯ねぇ」
陽向はうら若き乙女にあるまじきおっさん臭い声を上げながら湯に浸かる。足を思いっきり伸ばしても足が浴槽の縁にぶつかることはない。
ばっちゃの家の風呂は広い。大きな風呂に入るのがテレビ鑑賞と並んだばっちゃの趣味なので、浴室にはそれなりに金をかけているようだ。
そんなばっちゃの家のお風呂に入るのが、陽向は昔から大好きだった。実に四年ぶり、久しぶりにその心地良さに浸れることができた。
「あー、最高ぅ」
陽向は全身を解すように伸ばしながら、一番風呂の光栄を存分に味わう――そんな時のことだった。
異なるものに対する感覚の鋭い陽向は、自然と気づいてしまう。窓の方にふと視線を動かした時に見てしまったのだ。
「――っ!?」
陽向は息を呑む。
曇りガラスにぼんやりと映る白い人影。それが風呂場を覗き込むようにしてゆらゆらと揺れていた。まるで陽向の入浴を覗いているかのようである。
「ぁぁあ…………きゃぁあああッ!」
しばらく声にならない声を上げていた陽向だが、恐怖極まり弾けるようにして大声を上げると、バシャンッと大量の湯を跳ね上げて浴槽から飛び出た。それから扉に体当たりするようにして浴室から出る。
「あぁぁあ……」
必死になって逃げる陽向だが、脱衣場にまで来た所で力尽きる。へなへなと腰砕けになり、四つん這いのような状態となってしまう。ここに来て腰が抜けてしまったのだ。
情けないと言うなかれ。突然の恐怖に襲われてここまで逃げて来れただけでも大したものなのだ。普通の人はその場から逃げられもできない。動物的本能に優れた陽向だからこそ、ここまで逃げて来れたのだ。
「おい陽向どうした!?」
程なくして悲鳴を聞きつけた月琉がやって来る。当然ながら、月琉は素っ裸の陽向と鉢合わせになる。
「あぃ……うぅ……」
恐怖で腰が抜けた陽向は、打ち上げられた魚のように地面でもがく。陸上生活を営み文明を知る人類だというのに、真っ裸で地上で溺れているような酷い有様だった。
「――――何してんだお前」
情けない姿で床に転がる姉を、月琉は汚物を見るかのような冷たい目で見下す。
ラッキースケベなシチュエーションだが、月琉にとってはそうではない。他人ならともかく姉の裸を見ても喜べない。いくら同級生男子が泣いて喜ぶ眼福の光景が目の前に広がっていても、月琉にとっては汚物でしかない。どんなに他人に高く評価されている宝石だとしても、見る者が違えば石ころと変わらないのと一緒だ。
「やれやれ」
月琉は頭を抱えて溜息をつくと、収納棚からバスタオルを一枚引っ張り出し、未だに床に這いつくばり続けている姉の上に優しく被せた。
「んで、なんなんだよ。悲鳴なんて上げてさ。ゴキブリでもいたのか?」
「ちが、違うの……」
月琉が来たことで少しは落ち着いた陽向。バスタオル一枚の状態だが恥も外聞もなく、真っ青な顔で震え続ける。
そんな状態の陽向を見て、流石の月琉も心配げになる。真剣な眼差しで事情を聞く。
「何があったんだ?」
「いたの……白い何かが窓の外にいたの! 幽霊かもしれない!」
「何だって?」
白い何か。バスの運転手が言っていた自殺した女の子の幽霊が出たとでも言うのだろうか。
月琉は臆することなく浴室へと入ると、浴槽の縁に足を乗せ、浴槽を隔てた奥にある窓に手をかける。手早くロックを外し、一気に開いた。
何もない。窓から頭をひょいと伸ばして上下左右の確認もしてみるが、それらしきものは何も確認できなかった。
「何にもいないぞ」
「そんな、確かに見たの! 白い影が曇りガラスにばっちり映ってるのを! こっちを見てたのよ!」
「湯気で曇ったのを見間違えたんじゃないのか?」
「違うもん! 確かにいたもん! 絶対に人だった!」
まるで信じていない様子の月琉に、陽向は憤慨して言う。
「つってもマジで何もないぜ。そこまで言うなら陽向も見てみろよ」
「うぅ……」
確かに見たと言うものの、月琉は信じない。
月琉に言われ、陽向は怖い気持ちを押し殺しながら窓の外を確認してみる。
「何もない……」
「だろ? 見間違えだって」
本当に何もないので、見間違えだったのかとも思えてきた。
若干薄まった恐怖感。それでも完全に消えたわけではない。
「月琉、私がお風呂入っている間、脱衣所にいて待ってて」
「やだよ。何で俺がこんな湿気臭い脱衣所にいなきゃいけねえんだよ。俺はお前の側仕えの召使じゃねえぞ」
「月琉、マジお願い! お姉ちゃん孝行だと思って!」
陽向がこうなると梃子でも動かないことを知っている月琉は、やむなしに妥協案を出すことにした。
「台所で麦茶飲んでるからさ。何かあったら呼び出しボタン押せよ」
「あ、そう言えばそれがあったわね」
突然の事態だったのですっかり存在を忘れていたが、最近の風呂設備には必ずと言っていいほど呼び出しボタンがついている。ばっちゃの家のそれにもちゃんとついていた。
そのボタンを押せば台所でピピピとアラームが鳴る。台所どころか居間にまで響くのですぐに飛んで行ける。必死に叫んだり逃げたりする必要はない。ボタンを押せばいいだけだ。
そう思うと、陽向は急に安心することができた。そして安心すると同時、あることに気づく。
「っ!?」
己がバスタオル一枚しか纏っておらず、色々な所が丸出しで、弟に見られているということを。
「月琉の変態!」
「おいおいこっちは見たくて見てるんじゃねえよ」
「いいからさっさと出てけ! この変態!」
「理不尽すぎるだろ……」
蹴り出されるようにして、月琉は追いやられる。
「それにしてもあいつ、また成長してやがったな。将来垂れて大変だな」
脱衣場から追い出された月琉は、特にどうということはないが思わずそんなことを呟き、その後は陽向との約束を反故にすることもなく律儀に台所に向かった。
「出ないでよ。出たら怒るから出ないで……」
一方の陽向は入浴を再開し、すっかり湯冷めしてしまった身体を温め直す。時々恐る恐る窓の方を見るが、その後は何事も起きることはなかった。
月琉は例の趣味のレポート作りに取り組み始めた。キーボードを叩く音がうるさく、時折陽向に文句を言われている。田舎にいる雰囲気が台無しだと、陽向はおかんむりだ。
「やるなら仏間か二階でやりなさいよ」
「ああそうだ仏間。そう言えば掃除、まだやってないとこあったな」
飯を食ったりしていたらすっかり忘れていたが、掃除をまだやり残していたことを月琉は思い出す。
「ツク坊、悪ぃなぁ。そんなとこの掃除もしてもらってぇ」
「いやいいよ。気にしないでばっちゃ」
月琉は手つかずだった場所にさっと掃除機をかけ、埃のなくなった仏間で再びパソコンを弄り始めた。
「……陽向の奴のじゃんけんの強さは異常だ。絶対にイカサマしているに違いない」
月琉はそんな愚痴じみたことをぶつぶつと言いながらレポートに書き記していく。遺影の中で見事なダブルピースを決めるじっちゃに見守られつつ、物凄いスピードで書き記していく。
「よっこらせ」
陽向と一緒にテレビを見ていたばっちゃだが、徐に立ち上がると台所の方に消えていく。そしてしばらくしてから居間に再び顔を出した。
「風呂さ沸いたからわけぇもんから先入れぇ」
ばっちゃは台所にある給湯モニターで風呂が沸いたことを確認したようだ。それで親切にも先に入るように二人に促してくれる。
「ありがとばっちゃ」
「サンクスばっちゃ」
二人はほぼ同時に返事を返した。
「ねえ、月琉、どっちが先に入る?」
「レディーファーストでどうぞー」
「そんなこと言って、作業をキリのいいとこまで終わらせたいだけでしょ?」
「正解。よくわかったな」
「わかるわよ。何年アンタと双子やってると思ってんの?」
「十五年弱だな。生まれてこの方双子ですから」
「そういうこと。それじゃありがたくお先するわ」
「はいはいどうぞどうぞ」
陽向は月琉との会話を打ち切ると、二階に上がって着替えなどを持ち、風呂場へと向かう。
「ばっちゃんちのお風呂に入るとか久しぶりねー。ホント懐かしいなぁ」
陽向は脱衣場に入ってしみじみと感想を漏らした。
幼い時分には父母や月琉、大地と一緒に入ったこともある風呂場である。何もかも覚えている。脱衣場入ってすぐの所に収納棚があってタオル類が敷き詰められており、奥には洗濯機がある。
収納棚は昔と変わらずのまま。洗濯機は変わっていたが、その配置はまったく変わっていなかった。
陽向の父親は転勤族なので、陽向たちはこれまでに何度も引っ越しを重ねており、その度に違う家に住んできた。昔住んでいた家の記憶などもはや薄れてきているが、このばっちゃの家のお風呂の記憶だけは印象強く残っている。
陽向たちにとって長年親しんだ昔から知っている風呂といえば、このばっちゃの家の風呂が真っ先に思い浮かぶのである。今の自分の家の風呂よりも愛着があった。
「ぼけっとしてる場合じゃないわね。お風呂早く済ませてあげないと。月琉はともかく、ばっちゃの入る時間が遅くなったら可哀想だものね」
しばしあちこちを見回して感慨に耽っていた陽向であるが、それを止めると、衣服に手をかける。一枚二枚と脱いでいき、やがて生まれたままの姿となった。そして浴室へとレッツゴー。
――ジャババッ。
身体を流していく。首筋から足先にかけてお湯が滴り落ちていく。
そのスタイルは高一にしては整いすぎているくらいだ。思春期の助平な同級生男子諸君がその衣服の下をどれだけ想像したかわからないくらいである。
今では見る影もないが、ばっちゃも若い時は鄙にも稀な美人と称されたらしい。その孫である陽向も、その血を十二分に受け継いでいるらしかった。本人がその気ならアイドルだって目指せそうだが、残念ながら本人にその気はない。
「あー、いいお湯ねぇ」
陽向はうら若き乙女にあるまじきおっさん臭い声を上げながら湯に浸かる。足を思いっきり伸ばしても足が浴槽の縁にぶつかることはない。
ばっちゃの家の風呂は広い。大きな風呂に入るのがテレビ鑑賞と並んだばっちゃの趣味なので、浴室にはそれなりに金をかけているようだ。
そんなばっちゃの家のお風呂に入るのが、陽向は昔から大好きだった。実に四年ぶり、久しぶりにその心地良さに浸れることができた。
「あー、最高ぅ」
陽向は全身を解すように伸ばしながら、一番風呂の光栄を存分に味わう――そんな時のことだった。
異なるものに対する感覚の鋭い陽向は、自然と気づいてしまう。窓の方にふと視線を動かした時に見てしまったのだ。
「――っ!?」
陽向は息を呑む。
曇りガラスにぼんやりと映る白い人影。それが風呂場を覗き込むようにしてゆらゆらと揺れていた。まるで陽向の入浴を覗いているかのようである。
「ぁぁあ…………きゃぁあああッ!」
しばらく声にならない声を上げていた陽向だが、恐怖極まり弾けるようにして大声を上げると、バシャンッと大量の湯を跳ね上げて浴槽から飛び出た。それから扉に体当たりするようにして浴室から出る。
「あぁぁあ……」
必死になって逃げる陽向だが、脱衣場にまで来た所で力尽きる。へなへなと腰砕けになり、四つん這いのような状態となってしまう。ここに来て腰が抜けてしまったのだ。
情けないと言うなかれ。突然の恐怖に襲われてここまで逃げて来れただけでも大したものなのだ。普通の人はその場から逃げられもできない。動物的本能に優れた陽向だからこそ、ここまで逃げて来れたのだ。
「おい陽向どうした!?」
程なくして悲鳴を聞きつけた月琉がやって来る。当然ながら、月琉は素っ裸の陽向と鉢合わせになる。
「あぃ……うぅ……」
恐怖で腰が抜けた陽向は、打ち上げられた魚のように地面でもがく。陸上生活を営み文明を知る人類だというのに、真っ裸で地上で溺れているような酷い有様だった。
「――――何してんだお前」
情けない姿で床に転がる姉を、月琉は汚物を見るかのような冷たい目で見下す。
ラッキースケベなシチュエーションだが、月琉にとってはそうではない。他人ならともかく姉の裸を見ても喜べない。いくら同級生男子が泣いて喜ぶ眼福の光景が目の前に広がっていても、月琉にとっては汚物でしかない。どんなに他人に高く評価されている宝石だとしても、見る者が違えば石ころと変わらないのと一緒だ。
「やれやれ」
月琉は頭を抱えて溜息をつくと、収納棚からバスタオルを一枚引っ張り出し、未だに床に這いつくばり続けている姉の上に優しく被せた。
「んで、なんなんだよ。悲鳴なんて上げてさ。ゴキブリでもいたのか?」
「ちが、違うの……」
月琉が来たことで少しは落ち着いた陽向。バスタオル一枚の状態だが恥も外聞もなく、真っ青な顔で震え続ける。
そんな状態の陽向を見て、流石の月琉も心配げになる。真剣な眼差しで事情を聞く。
「何があったんだ?」
「いたの……白い何かが窓の外にいたの! 幽霊かもしれない!」
「何だって?」
白い何か。バスの運転手が言っていた自殺した女の子の幽霊が出たとでも言うのだろうか。
月琉は臆することなく浴室へと入ると、浴槽の縁に足を乗せ、浴槽を隔てた奥にある窓に手をかける。手早くロックを外し、一気に開いた。
何もない。窓から頭をひょいと伸ばして上下左右の確認もしてみるが、それらしきものは何も確認できなかった。
「何にもいないぞ」
「そんな、確かに見たの! 白い影が曇りガラスにばっちり映ってるのを! こっちを見てたのよ!」
「湯気で曇ったのを見間違えたんじゃないのか?」
「違うもん! 確かにいたもん! 絶対に人だった!」
まるで信じていない様子の月琉に、陽向は憤慨して言う。
「つってもマジで何もないぜ。そこまで言うなら陽向も見てみろよ」
「うぅ……」
確かに見たと言うものの、月琉は信じない。
月琉に言われ、陽向は怖い気持ちを押し殺しながら窓の外を確認してみる。
「何もない……」
「だろ? 見間違えだって」
本当に何もないので、見間違えだったのかとも思えてきた。
若干薄まった恐怖感。それでも完全に消えたわけではない。
「月琉、私がお風呂入っている間、脱衣所にいて待ってて」
「やだよ。何で俺がこんな湿気臭い脱衣所にいなきゃいけねえんだよ。俺はお前の側仕えの召使じゃねえぞ」
「月琉、マジお願い! お姉ちゃん孝行だと思って!」
陽向がこうなると梃子でも動かないことを知っている月琉は、やむなしに妥協案を出すことにした。
「台所で麦茶飲んでるからさ。何かあったら呼び出しボタン押せよ」
「あ、そう言えばそれがあったわね」
突然の事態だったのですっかり存在を忘れていたが、最近の風呂設備には必ずと言っていいほど呼び出しボタンがついている。ばっちゃの家のそれにもちゃんとついていた。
そのボタンを押せば台所でピピピとアラームが鳴る。台所どころか居間にまで響くのですぐに飛んで行ける。必死に叫んだり逃げたりする必要はない。ボタンを押せばいいだけだ。
そう思うと、陽向は急に安心することができた。そして安心すると同時、あることに気づく。
「っ!?」
己がバスタオル一枚しか纏っておらず、色々な所が丸出しで、弟に見られているということを。
「月琉の変態!」
「おいおいこっちは見たくて見てるんじゃねえよ」
「いいからさっさと出てけ! この変態!」
「理不尽すぎるだろ……」
蹴り出されるようにして、月琉は追いやられる。
「それにしてもあいつ、また成長してやがったな。将来垂れて大変だな」
脱衣場から追い出された月琉は、特にどうということはないが思わずそんなことを呟き、その後は陽向との約束を反故にすることもなく律儀に台所に向かった。
「出ないでよ。出たら怒るから出ないで……」
一方の陽向は入浴を再開し、すっかり湯冷めしてしまった身体を温め直す。時々恐る恐る窓の方を見るが、その後は何事も起きることはなかった。
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