ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

文字の大きさ
上 下
12 / 46
一日目

ばっちゃの家(風呂場1)

しおりを挟む
 陽向と月琉の二人は皿洗いを終え、居間に戻った。陽向はばっちゃと一緒にテレビを見始め、月琉はパソコンを弄り始める。

 月琉は例の趣味のレポート作りに取り組み始めた。キーボードを叩く音がうるさく、時折陽向に文句を言われている。田舎にいる雰囲気が台無しだと、陽向はおかんむりだ。

「やるなら仏間か二階でやりなさいよ」
「ああそうだ仏間。そう言えば掃除、まだやってないとこあったな」

 飯を食ったりしていたらすっかり忘れていたが、掃除をまだやり残していたことを月琉は思い出す。

「ツク坊、悪ぃなぁ。そんなとこの掃除もしてもらってぇ」
「いやいいよ。気にしないでばっちゃ」

 月琉は手つかずだった場所にさっと掃除機をかけ、埃のなくなった仏間で再びパソコンを弄り始めた。

「……陽向の奴のじゃんけんの強さは異常だ。絶対にイカサマしているに違いない」

 月琉はそんな愚痴じみたことをぶつぶつと言いながらレポートに書き記していく。遺影の中で見事なダブルピースを決めるじっちゃに見守られつつ、物凄いスピードで書き記していく。

「よっこらせ」

 陽向と一緒にテレビを見ていたばっちゃだが、徐に立ち上がると台所の方に消えていく。そしてしばらくしてから居間に再び顔を出した。

「風呂さ沸いたからわけぇもんから先入れぇ」

 ばっちゃは台所にある給湯モニターで風呂が沸いたことを確認したようだ。それで親切にも先に入るように二人に促してくれる。

「ありがとばっちゃ」
「サンクスばっちゃ」

 二人はほぼ同時に返事を返した。

「ねえ、月琉、どっちが先に入る?」
「レディーファーストでどうぞー」
「そんなこと言って、作業をキリのいいとこまで終わらせたいだけでしょ?」
「正解。よくわかったな」
「わかるわよ。何年アンタと双子やってると思ってんの?」
「十五年弱だな。生まれてこの方双子ですから」
「そういうこと。それじゃありがたくお先するわ」
「はいはいどうぞどうぞ」

 陽向は月琉との会話を打ち切ると、二階に上がって着替えなどを持ち、風呂場へと向かう。

「ばっちゃんちのお風呂に入るとか久しぶりねー。ホント懐かしいなぁ」

 陽向は脱衣場に入ってしみじみと感想を漏らした。

 幼い時分には父母や月琉、大地と一緒に入ったこともある風呂場である。何もかも覚えている。脱衣場入ってすぐの所に収納棚があってタオル類が敷き詰められており、奥には洗濯機がある。

 収納棚は昔と変わらずのまま。洗濯機は変わっていたが、その配置はまったく変わっていなかった。

 陽向の父親は転勤族なので、陽向たちはこれまでに何度も引っ越しを重ねており、その度に違う家に住んできた。昔住んでいた家の記憶などもはや薄れてきているが、このばっちゃの家のお風呂の記憶だけは印象強く残っている。

 陽向たちにとって長年親しんだ昔から知っている風呂といえば、このばっちゃの家の風呂が真っ先に思い浮かぶのである。今の自分の家の風呂よりも愛着があった。

「ぼけっとしてる場合じゃないわね。お風呂早く済ませてあげないと。月琉はともかく、ばっちゃの入る時間が遅くなったら可哀想だものね」

 しばしあちこちを見回して感慨に耽っていた陽向であるが、それを止めると、衣服に手をかける。一枚二枚と脱いでいき、やがて生まれたままの姿となった。そして浴室へとレッツゴー。

――ジャババッ。

 身体を流していく。首筋から足先にかけてお湯が滴り落ちていく。

 そのスタイルは高一にしては整いすぎているくらいだ。思春期の助平な同級生男子諸君がその衣服の下をどれだけ想像したかわからないくらいである。

 今では見る影もないが、ばっちゃも若い時は鄙にも稀な美人と称されたらしい。その孫である陽向も、その血を十二分に受け継いでいるらしかった。本人がその気ならアイドルだって目指せそうだが、残念ながら本人にその気はない。

「あー、いいお湯ねぇ」

 陽向はうら若き乙女にあるまじきおっさん臭い声を上げながら湯に浸かる。足を思いっきり伸ばしても足が浴槽の縁にぶつかることはない。

 ばっちゃの家の風呂は広い。大きな風呂に入るのがテレビ鑑賞と並んだばっちゃの趣味なので、浴室にはそれなりに金をかけているようだ。

 そんなばっちゃの家のお風呂に入るのが、陽向は昔から大好きだった。実に四年ぶり、久しぶりにその心地良さに浸れることができた。

「あー、最高ぅ」

 陽向は全身を解すように伸ばしながら、一番風呂の光栄を存分に味わう――そんな時のことだった。

 なるものに対する感覚の鋭い陽向は、自然と気づいてしまう。窓の方にふと視線を動かした時に見てしまったのだ。

「――っ!?」

 陽向は息を呑む。

 曇りガラスにぼんやりと映る白い人影。それが風呂場を覗き込むようにしてゆらゆらと揺れていた。まるで陽向の入浴を覗いているかのようである。

「ぁぁあ…………きゃぁあああッ!」

 しばらく声にならない声を上げていた陽向だが、恐怖極まり弾けるようにして大声を上げると、バシャンッと大量の湯を跳ね上げて浴槽から飛び出た。それから扉に体当たりするようにして浴室から出る。

「あぁぁあ……」

 必死になって逃げる陽向だが、脱衣場にまで来た所で力尽きる。へなへなと腰砕けになり、四つん這いのような状態となってしまう。ここに来て腰が抜けてしまったのだ。

 情けないと言うなかれ。突然の恐怖に襲われてここまで逃げて来れただけでも大したものなのだ。普通の人はその場から逃げられもできない。動物的本能に優れた陽向だからこそ、ここまで逃げて来れたのだ。

「おい陽向どうした!?」

 程なくして悲鳴を聞きつけた月琉がやって来る。当然ながら、月琉は素っ裸の陽向と鉢合わせになる。

「あぃ……うぅ……」

 恐怖で腰が抜けた陽向は、打ち上げられた魚のように地面でもがく。陸上生活を営み文明を知る人類だというのに、真っ裸で地上で溺れているような酷い有様だった。

「――――何してんだお前」

 情けない姿で床に転がる姉を、月琉は汚物を見るかのような冷たい目で見下す。

 ラッキースケベなシチュエーションだが、月琉にとってはそうではない。他人ならともかく姉の裸を見ても喜べない。いくら同級生男子が泣いて喜ぶ眼福の光景が目の前に広がっていても、月琉にとっては汚物でしかない。どんなに他人に高く評価されている宝石だとしても、見る者が違えば石ころと変わらないのと一緒だ。

「やれやれ」

 月琉は頭を抱えて溜息をつくと、収納棚からバスタオルを一枚引っ張り出し、未だに床に這いつくばり続けている姉の上に優しく被せた。

「んで、なんなんだよ。悲鳴なんて上げてさ。ゴキブリでもいたのか?」
「ちが、違うの……」

 月琉が来たことで少しは落ち着いた陽向。バスタオル一枚の状態だが恥も外聞もなく、真っ青な顔で震え続ける。

 そんな状態の陽向を見て、流石の月琉も心配げになる。真剣な眼差しで事情を聞く。

「何があったんだ?」
「いたの……白い何かが窓の外にいたの! 幽霊かもしれない!」
「何だって?」

 白い何か。バスの運転手が言っていた自殺した女の子の幽霊が出たとでも言うのだろうか。

 月琉は臆することなく浴室へと入ると、浴槽の縁に足を乗せ、浴槽を隔てた奥にある窓に手をかける。手早くロックを外し、一気に開いた。

 何もない。窓から頭をひょいと伸ばして上下左右の確認もしてみるが、それらしきものは何も確認できなかった。

「何にもいないぞ」
「そんな、確かに見たの! 白い影が曇りガラスにばっちり映ってるのを! こっちを見てたのよ!」
「湯気で曇ったのを見間違えたんじゃないのか?」
「違うもん! 確かにいたもん! 絶対に人だった!」

 まるで信じていない様子の月琉に、陽向は憤慨して言う。

「つってもマジで何もないぜ。そこまで言うなら陽向も見てみろよ」
「うぅ……」

 確かに見たと言うものの、月琉は信じない。

 月琉に言われ、陽向は怖い気持ちを押し殺しながら窓の外を確認してみる。

「何もない……」
「だろ? 見間違えだって」

 本当に何もないので、見間違えだったのかとも思えてきた。

 若干薄まった恐怖感。それでも完全に消えたわけではない。

「月琉、私がお風呂入っている間、脱衣所にいて待ってて」
「やだよ。何で俺がこんな湿気臭い脱衣所にいなきゃいけねえんだよ。俺はお前の側仕えの召使じゃねえぞ」
「月琉、マジお願い! お姉ちゃん孝行だと思って!」

 陽向がこうなると梃子でも動かないことを知っている月琉は、やむなしに妥協案を出すことにした。

「台所で麦茶飲んでるからさ。何かあったら呼び出しボタン押せよ」
「あ、そう言えばそれがあったわね」

 突然の事態だったのですっかり存在を忘れていたが、最近の風呂設備には必ずと言っていいほど呼び出しボタンがついている。ばっちゃの家のそれにもちゃんとついていた。

 そのボタンを押せば台所でピピピとアラームが鳴る。台所どころか居間にまで響くのですぐに飛んで行ける。必死に叫んだり逃げたりする必要はない。ボタンを押せばいいだけだ。

 そう思うと、陽向は急に安心することができた。そして安心すると同時、あることに気づく。

「っ!?」

 己がバスタオル一枚しか纏っておらず、色々な所が丸出しで、弟に見られているということを。

「月琉の変態!」
「おいおいこっちは見たくて見てるんじゃねえよ」
「いいからさっさと出てけ! この変態!」
「理不尽すぎるだろ……」

 蹴り出されるようにして、月琉は追いやられる。

「それにしてもあいつ、また成長してやがったな。将来垂れて大変だな」

 脱衣場から追い出された月琉は、特にどうということはないが思わずそんなことを呟き、その後は陽向との約束を反故にすることもなく律儀に台所に向かった。

「出ないでよ。出たら怒るから出ないで……」

 一方の陽向は入浴を再開し、すっかり湯冷めしてしまった身体を温め直す。時々恐る恐る窓の方を見るが、その後は何事も起きることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未明の駅

ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

鬼手紙一現代編一

ぶるまど
ホラー
《当たり前の日常》は一つの手紙を受け取ったことから崩壊した あらすじ 五十嵐 秋人はどこにでもいる高校1年生の少年だ。 幼馴染みの双葉 いのりに告白するため、屋上へと呼び出した。しかし、そこでとある事件が起き、二人は離れ離れになってしまった。 それから一年…高校二年生になった秋人は赤い手紙を受け取ったことにより…日常の崩壊が、始まったのである。 *** 20180427一完結。 次回【鬼手紙一過去編一】へと続きます。 ***

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

処理中です...