ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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一日目

ばっちゃの家(台所)

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「さっきのばっちゃ、変なこと言ってたわね」

 洗い物の最中、先ほどのばっちゃの発言をふと思い出したのか、陽向が口を開く。

「そうだな。昔はあんなネガティブなこと言わなかったのにな。また会うのが楽しみだぁ、とかしか言わなかったのに」
「どこか具合でも悪くて弱気になってるのかしら?」
「うーん、重い病気したとか聞いてないけどなぁ。そうだったら母さんたちから情報入るだろ。でも軽い体調不良とかはあるのかもなぁ。去年だかも体調崩して寝込んだらしいし」
「ばっちゃも歳だからねぇ。出来るだけ長生きして欲しいけど……」
「そうだな……」

 さっきのばっちゃの発言に深い意味などないのだが、二人は皿洗いをしながらあれこれと想像を巡らせる。久しぶりに会ったばっちゃが昔のばっちゃとなんだか違う気がして、色々と考え込んでしまっているようだ。

「あっはは、あんの馬鹿芸人、気ぃ狂った木助みてえで、おんもしれえ!」

 当のばっちゃは既にさっき話した内容など忘れ、呑気にテレビを見て元気よくゲラゲラと笑っているのだが、台所にいる二人はそれには気づかなかった。

「人間って死んだらどうなるのかな」
「どうした陽向? お前らしくもないな。哲学的なこと言いやがって」
「別に。なんとなくそう思っただけよ」

 さっきのばっちゃの発言を深く考えすぎたのか、楽天家の陽向の口から死というネガティブワードが飛び出してくる。

「死とその後か。そうだな、そこらへんは昔から哲学者の間で散々議論され尽くされているな。宗教の世界観の核にもなってる」

 月琉はいつもの陽向らしくないと茶化しながらも、ここは薀蓄を披露するチャンスだと思ったらしい。ここぞとばかりに古代哲学者の死に対する見解を述べていく。古代ギリシアの思想、古代エジプト人の思想、古代中国の思想、キリスト教、イスラム教、仏教――などなど、古今東西の思想を思いつくまま述べていく。

 若い二人が死について語るなど珍しい。若さ溢れる二人は、青春真っ只中にいる。人生を春夏秋冬に例えるならば春、それもまだ序盤の春だ。

 ゆえに普段死を身近に感じることはなく、死について考察する機会など滅多にない。月琉とて哲学者の言葉を引用しているだけで、自ら深く死に向き合った経験など少ない。

 二人より死に近いばっちゃと交流したせいか。あるいは大自然に囲まれた田舎という神秘的な環境にいるせいか。はてまた、お盆という日本人にとって独特の感覚を齎す時季によるものか。

 それら要因が複合的に重なり合って影響し、二人に死について深く考えさせているらしい。タイプが違うとはいえ基本的に陽気な性質を持つ二人がこれだけ熱心に死について議論しているのは、大変珍しいことであった。

「飲もう騒ごう我々は明日死ぬのだから、っていう考えもあるよ。黒死病が流行った時代、ルネサンス期の思想だね。死に対する不安と恐怖で吹っ切れた人間が生み出した、楽天的な思想って感じがするよ」
「あ、それ、アタシ向きの思想かも」
「うん俺もそう思う。陽向は深いことなんて何も考えない方が、人生上手くいきそうだし。感覚だけで生きてんもんなお前」
「ちょっと、それってどういう意味よ~!」
「そのまんまの意味だ」
「ふざけんな筋肉ツクル君のくせして~! 偉そうに格好つけて哲学なんて語ってんじゃないわよ!」
「お前が書いたんだろこの肉文字は。それに哲学の話になったのもお前が話題を切り出したんだろうが」
「うっせーわ!」
「こら膝蹴りすんな。皿を落としたらどうすんだ。この皿、引き出物の結構良い奴だぞ!」
「手加減してるから大丈夫ですよーだ! それに月琉の馬鹿握力なら大丈夫でしょ。あんたゴリラみたいに力強いし」
「誰がゴリラじゃ」

 二人はそんな感じでじゃれ合いながら、楽しく洗い物を続ける。

「……ゥゥゥウ」

 二人が熱心に話していた死というワードに引きつけられるかのようにして、勝手口の窓に白い影が浮かび上がる。月琉と違って感覚の鋭い陽向は、すぐにそれに気づく。

「ッ!?」
「どうした陽向?」
「今、誰かがその窓の向こうにいたような気が……」
「は? マジで?」

 陽向が青ざめた顔で言うので、月琉も真面目な顔になる。

「よし」

 月琉は拳をボキリと軽く鳴らして一呼吸。それからゆっくりと勝手口に近づいていく。ドアノブに手を伸ばす。

「ちょっと月琉! やめなさいよ!」
「いや怪しい奴なら確かめておかないと。ばっちゃのためにもな」

 止める陽向だが、月琉は思い切って勝手口のドアを開けた。

――ガチャリ。

 息を呑んだ二人であるが、どうということはなかった。そこには何もいなかった。月琉は念のために顔を覗かせて左右を確認するが誰もいない。

「何もいないじゃないか」
「変ね。気のせいかも」
「陽向お前、やっぱ昼間のバスの運転手の話に影響されてやがるな?」
「違うわよ!」
「あはは、ビビリだビビリ!」
「違うって言ってんでしょうが! この馬鹿月琉!」

 拍子抜けした二人はあっという間にいつもの調子に戻ってじゃれ合うのだった。
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