ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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一日目

ばっちゃの家(仏間)

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「月琉、そっちはどう?」
「こっちはいなかったよ。そっちもいなかったみたいだな」

 北と南、それぞれのルートを辿っていた陽向と月琉は、ばっちゃ宅の玄関前で合流する。

「ということは家の中ね」
「だな。あるいは誰かんちにお茶飲みにでも行ってるかだな。留守の可能性もあるぜ」
「倒れてなきゃいいけどね」
「大丈夫だろ。殺しても死なないよばっちゃは。あの広大な畑を一人で手入れしてんだぜ。収穫した作物を売るわけでもないのにさ。畑を何もせず遊ばしておくのは勿体ないとかいう、謎の脅迫観念に駆られた、なんともケチ臭い理由でな」
「ケチとか言わないの。堅実で立派でしょ、ばっちゃは」

 二人は合流するなりいつもの軽妙な掛け合いを始める。それに飽きると、陽向が率先して玄関戸に手をかけた。

「開いてるみたいね」
「相変わらず物騒だな。在宅しているにしろさ、ちゃんと鍵かけろよな。壊れている呼び鈴もいい加減直せって感じ」
「声をかけるのが呼び鈴代わりなのよ。田舎だから大声出しても隣近所の迷惑にならないから。それにばっちゃって耳遠いから、呼び鈴の音じゃよく聞こえないのよ」

 畑の作物以外盗むものなど何もないと豪語するばっちゃ。その家の戸はいつも開いている。在宅中でも外出中でも、朝でも昼でも夜でも、常にフリーオープン状態だ。近所の連中が勝手に戸を開けて入って、玄関先や台所にお裾分けを置いていったりすることなど日常茶飯事である。

 だから鍵がかかっているかいないかで在宅を判断することはできない。直接声をかけて返事が返ってくるか否かで確かめるしかないのだ。

「ばっちゃー! 陽向だよー!」
「お久しぶりでーす。月琉でーす」

 どでかい声で呼びかける陽向。一方の月琉は控え目な声で挨拶をした。

 すると、すぐに返事が返ってきた。

「はぁいよぉ~」

 間延びした独特のだみ声。聞き取りづらくもあるのだが、どこか人を安心させるような声色である。

 二人は思わず顔を見合わせる。懐かしのばっちゃの声だ。直接聞くのは本当に久しぶりだ。実に四年ぶりである。

 小学校六年生の夏休み以来のばっちゃの生声を聞き、二人はなんだか嬉しくなった。アイドルの生声でもないのに、不覚にもときめいてしまう。

 程なくして、ばっちゃが家の奥から姿を現した。越村家の最年長アイドルのご登場だ。

「おぉ、ヒナちゃんにツク坊! よう来たなぁ!」

 四年ぶりのばっちゃは、小学生の時とあんまり変わっていなかった。しわくちゃな顔は昔と変わらない。もう一定レベルのしわくちゃ具合に達しているからか、これ以上しわくちゃになることはないのかもしれない。

 あるいは農作業に毎日精を出しているおかげだろうか。農作業によって成長ホルモンが出て、筋力トレーニングと同等のアンチエイジング効果でもあるのか、ばっちゃは昔と変わらず、年齢のわりには元気で若々しかった。

 昔と変わらないばっちゃの姿に、二人はまたしても嬉しくなった。

「ばっちゃ、お久しぶり~」
「おーおー、ヒナちゃん、少し見ねえ内にこれまたえらい別嬪になってぇ、たまげたわぁ」
「えへへそう? やっぱそう見える? アタシ、別嬪に見えちゃう?」
「ばっちゃ、そりゃ孫贔屓が過ぎるってもんだぜ。陽向が美少女なら、日本中に美少女が溢れてることになるよ」
「月琉はいちいちうっさいのよ。黙ってなさい」

 贔屓目なしに見ても、陽向は美少女である。見目が整っているばかりか、スタイルも良い上、愛嬌もある。十人中十人は別嬪と表現するだろう。ばっちゃの言うことは決して間違っていなかった。

 ただ月琉としてはそうは思っていないようだ。最も近くにいる家族を美少女だとはどうしても認めたくないようである。幼い頃からのあれこれを知っているだけに、偏見にまみれた評価をしているようである。

 傍から見れば、月琉は美少女な姉が常に隣にいるという、ラノベの主人公さながらの恵まれた状況にいる。だが本人はそれをまったく自覚していない。なんとも哀れな月琉であった。

「ツク坊、どうしたんだぁ? その変な顔?」
「全部陽向の仕業だよばっちゃ」
「アハハ! 罰ゲームで負けたんだからしょうがないわよね! 筋肉ツクル君!」
「あー、ヒナちゃんの悪戯かぁ」

 ばっちゃは月琉の額にでかでかと書かれた肉文字を見て怪訝そうな顔をする。案の定のばっちゃの反応に、月琉はやれやれといった感じで首を振り、陽向は愉快そうに笑った。

「おーおー、ツク坊も見違えるほどでっかくなって、精悍な顔してぇ、頭良さそうでねえか! 落書きさえなけりゃぁ、まるで学者様だぁ!」
「あ、やっぱそう見える? 学年一番の秀才のオーラ見えちゃってる? 困ったなぁ」
「勉強だけはできるもんね月琉は」
「それを言うなら、勉強もできる、だろ。俺は体育の成績だって5だぞ。オール5だ」

 ばっちゃに煽てられ、月琉はここぞとばかりに自身の優秀っぷりを自己アピールする。なんだかんだですぐに調子に乗る所は二人ともそっくりである。流石は双子である。

 成長しても変わらぬ二人の仲の良いやり取りを見て、ばっちゃは目を細める。ばっちゃにしかわからぬ感慨があるようだ。ばっちゃはその感慨に思いっきり浸る。

「アンタは学者様じゃなくて、秋葉のオタクショップの店員がお似合いでしょ」
「おいおい秋葉の店員を馬鹿にするなよ。彼らは専門家だぞ。学者とはまた違ったスペシャリストだ」
「二人ともぉ、わけのわかんないごと言ってねえで、さあさ上がった上がった」

 玄関先でいつまでもわちゃわちゃと騒ぐ二人。ばっちゃに促され、ようやく二人は家に上がった。

「あぁ、ばっちゃの家の匂いだ~」
「ああ~たまらねえぜ。懐かしさが溢れ出すんじゃ~」

 家に上がると、木材と畳、それから線香の香りが混じった、なんとも言えぬほっこりする匂いが漂ってくる。二人にとって幼少時から脳裏に染み付いた懐かしい匂いである。

 その匂いを鼻腔いっぱいに味わい、二人は四年ぶりにばっちゃの家に帰ってきたことを実感した。

「ツク坊、どしたぁ、気ぃ狂ったような声さ出してぇ? 暑さで頭おかしなったんかぁ?」

 懐かしさのあまり奇声を発した月琉に、ばっちゃは怪訝な顔を向ける。

「ばっちゃ、月琉がたまに変になるのを気にしたら駄目よ。いつものことなんだから。天才と馬鹿は紙一重ってやつね」
「そうかぁいつものツク坊かぁ。そういや昔から変わっだごとしてたもんなぁ。まるで死んだ木助もくすけみてえになぁ」

 呆れたように言う陽向に、ばっちゃは笑いながら返す。

 月琉の奇人ぶりは、木助(ばっちゃの亡き旦那)にそっくりなのだとか。

「俺は正常だよばっちゃ。ところでばっちゃ、俺たちが宅配便で送った荷物、ちゃんと届いてる?」
「ああ居間にまとめで置いてあるよぉ」
「そっかサンキュ」
「よかったちゃんと届いてたのね」

 二人は最小限の手荷物で済むよう、着替えなどは宅配便を使って前もって送っていた。無事に届いていたようだ。

「ツク坊の方の荷物はなんか重でえかったけど、何が入っとったんじゃ?」

 着替えがメインであるはずの荷物が重かったことで、ばっちゃは不思議に思ったようだ。訝しげな表情で月琉に尋ねる。

「ノートパソコンも入ってたんだよ」
「パソゴン? ああ、機械のやづか。どおりでぇ」

 ノートパソコンが何か正確な理解はできなかったばっちゃだが、月琉の説明で何かしらの電化製品が入っていたことはわかったようだ。重い荷物の正体がわかると、それ以上の関心はなくなったようだ。

「月琉、ばっちゃの家にパソコンまで送ったの? ちょっとありえないんだけど~」

 ばっちゃの家にパソコンまで持ち込んだと聞いて、陽向は呆れた表情を見せる。

「たった四泊五日くらい、パソコン弄り、我慢できないの? ワイファイも何も飛んでないのよここ?」
「オフラインでも色々と作業したいんだよ。日記とかもつけたいしな」
「夏休みの宿題でもないのによくやるわねぇ」
「俺の趣味なの。ほっとけ」

 月琉は毎日の出来事を簡単なレポートとしてまとめるのが好きな変わった趣味を持っている。後でさっと見返してこれまでの行動履歴を振り返ると楽しいらしい。

 いわゆるメモ魔の一種である。バス停の時刻表を写真に納めたのも、その性癖の一つの現れだったと言える。

 小学生くらいの時は紙と筆を使ってまとめていた月琉だが、中学校に入って個人用のパソコンを買ってもらってからは、デジタル方式に切り替えたようだ。

 過去のアナログデータも、スキャンしてパソコンに取り入れてある。言葉を覚えた幼稚園時代から今に至るまでの月琉の行動データは、パソコンの中に全て入っている。それをたまに見返してにやつく月琉は、立派な奇人であった。

「大好きなパソコンちゃんに会うのは後にしましょ。先にじっちゃに挨拶しないとね」
「ああそうだな」

 すぐにでも荷解きしたかった二人だが、先に済ませておくべきことを思い出し、それを済ませることにした。二人は仏間に向けて歩き出す。

 居間のさらに奥、襖を隔てた先に、ばっちゃの家の仏間はある。襖を開けた途端、強い線香の香りがふわっと漂ってくる。

「この部屋も変わらないわねぇ」
「このでっかいお椀型のりんもそのまんまだな」

 窓がなく電気もついていない仏間は薄暗く、昼間だというのに独特のオーラが漂っていて、幽霊でも出そうな気配がある。おまけに壁や天井や畳に染み付いた線香の香りが常にするもんだから、他人からしたら酷く不気味に思えることだろう。

 だがここは二人にとって慣れ親しんだ祖父母の家だ。仏壇に祭られているのも身内となれば、不気味でもなんでもなかった。

 他の親戚などと一緒になった際は、この仏間に寝泊りしたこともある。陰鬱な気配漂う仏間も、思い出の場所というわけだ。

 二人は懐かしげに仏間の隅々まで眺める。そして飾られている遺影に自然と目がいった。

 和服を着た人、軍服を着た人、背広を着た人。越村家縁の故人の在りし日の姿が写っている。

 その中でも一際目立つ人物に、二人の視線は止まった。

「じっちゃの、このふざけた写真も相変わらずね」
「あんまよく知らないけど、じっちゃって奇人だったんだな。頭良かったらしいけど」
「アンタと同じね月琉」
「どこがだよ。俺は全然奇人じゃないだろ」
「さっきも変な声出してばっちゃに呆れられてたじゃない。死んだ木助みたいだったって言われてたし」
「俺はこんな常識知らずな人じゃないよ」
「こら、こんな、とか言わないの。大事な先祖よじっちゃは。じっちゃがいなきゃアタシたちも生まれてなかったんだから」

 遺影に飾られたじっちゃ。何故かアヘ顔ダブルピースをして写っていた。二人が呆れるのも無理なかった。

 酔っ払ってこんなことをしているかと思いきや、素面でそれだというから驚きだ。きっちりと決めたスーツ姿の上でその奇行だから、異常さが余計際立っている。黙って何もしなければ、日本人離れしたその顔はチャップリンのように見えなくもなく、格好良いというのに非常に勿体ない。

 薄暗い仏間において、じっちゃのその写真だけが酷く浮いていた。他の並んだ遺影と見比べると極めてシュールである。隣の若い軍服姿の故人が可哀想である。

 遺影の写真をふざけたものにする遺言を残すなんて、じっちゃはかなり変わったタイプの男だったらしい。月琉の奇行は亡くなった祖父譲りというわけだ。

 ちなみに、葬儀などでは風評を気にしたばっちゃが差し替えて通常の写真を使ったらしい。陽向と月琉が幼稚園に入るか入らないかくらいの時にじっちゃは亡くなり、二人はその葬儀の様子をおぼろげながら覚えているが、こんないかれた写真は使われていなかったと記憶している。

「じっちゃ、お邪魔します」
「しまーす」

 二人は座布団の上に正座をして居直す。それから代表して陽向が線香を立て、鐘を大きくゴーンとひと叩きする。

「……」
「……」

 二人は静かに祈る。裏の竹林に住み着くセミの鳴き声だけが、しばし響いた。

「さて。荷解きしましょ」
「ああそうだな」

 じっちゃ及びご先祖に挨拶を終えると、二人は何事もなかったかのように普段の様子に戻った。そして居間に置いてあった荷物の荷解きを始めた。
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