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一日目
道路1
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運転手と陽向と月琉以外は誰も乗っていない鄙村の路線バス。それに揺られることしばらく。二人は滞在場所となるばっちゃの家近くの道路までやって来た。
「お、やっと見慣れた景色が見えてきたじゃん!」
マイカーで来た時と同じ景色がようやく見えてきて、陽向が騒ぎ出す。
「次のバス停で降りよう。どこがばっちゃの家に最も近いバス停か、全然わからんし。早めに降りておこう」
月琉は片耳に装着していたイヤホンを外すと、広げていた英単語帳をしまいつつ、そう言った。
「えー、外は暑いしもっと乗ってようよ。たぶんもう一個先に停留所あるはずだよ」
「いやいやそんなのわかんねーじゃん。ばっちゃんちなんて、マイカーでしか来たことないんだから、最寄りの停留所なんて知らないだろ?」
「確か昔、ばっちゃんちの近辺歩き回ってた時、もう少し先にバス停あった気がすんのよ」
陽向はおぼろげな記憶を手繰り寄せ、確かもっと先に停留所があったはずだと主張する。そんな陽向に対し、胡乱な目を向ける月琉。
「昔って少なくとも四年以上前だろ? 俺たちがばっちゃの家に行ったのは小学六年の夏休みが最後だもんな。四年前なら停留所の位置なんて変わってるかもしんねーじゃん。こういう乗る人の少ない路線は統廃合激しいだろうし、どうなってるかわからんだろ」
「いちいち小うるさいわね月琉は。少しはアタシの言うこと、信じなさいよね」
「テストで赤点連発している人の記憶力なんて全然当てになりません」
月琉は勝ち誇った顔できっぱりと言う。
月琉は先の学期末テストで総合成績学年一位をとった秀才である。対する陽向は、下から数えた方が早い。特に数学が壊滅的で、赤点をとるほどである。夏休み入ってしばらく補講のために学校に通っていたくらいだ。
陽向が得意な科目と言えば、家庭科と体育くらいである。受験などにまったく関係ない基本五教科以外の分野だ。
「テストの点数は関係ないでしょうが!」
「関係あるね。勉強なんて基本的に記憶力の問題が大きいしさ」
「アタシだって記憶力良いわよ! 友達の趣味とか細かいパーソナルデータとか、完全に覚えてるんだから!」
「人に関する記憶は関連付けて覚えられるから馬鹿でも覚えやすいんだよ。そんなの、誰でも覚えようと思えばできるぜ」
陽向の脳みそをまったく信用していない月琉は、自分の主張を曲げない。主張は平行線を辿る。妥協案を出したのは陽向だった。
「じゃあ賭けする? 次の停留所で降りて、もしもっと先に停留所があったら、私の勝ちってことで。五百円でどう?」
「金は賭けないよ。賭博じゃん。犯罪じゃん」
「家族間での少額のやり取りなら全然問題ないわよ。そもそも誰が警察に通報するのよ。通報したって五百円ごときの賭けで対応なんてしてくれないわよ。警察だって暇じゃないのよ」
「それでも俺は嫌なの。俺、学年一位の真面目君だしね」
金が絡む賭けは絶対に嫌だと言う月琉。自分の記憶力を信じる陽向は、どうしても賭けをしたいようで、条件を変えることにした。
「じゃあお金はなしでいいわ。肉文字にしましょ。負けた方は額に肉の文字。今日一日中、お風呂入る時までそのままでいること」
「肉文字って、いつの時代の罰ゲームだよ。昭和か平成初期くらいの話だろ? 今は令和の時代だってのに。流石陽向、感覚が婆さんだな」
「いちいち小うるさいわね月琉。で、どうすんのよ? やるの?」
「っていうか、バスの運転手さんに聞けばいい話じゃねえの?」
「それはそうだけど……でもちょっと話しかけづらくない?」
「まあそうだな」
一番近い停留所なんて、運転手に聞けばすぐに済む話である。ただ、運転中に話しかけるのは憚られる。信号でもあれば止まった際に聞けばいいのだか、生憎田舎道なので信号は滅多にない。
それに加え、運転手は出発前に不気味なことを言っていただけに、話しかけづらくもあった。また変なことを言われて絡まれるのは面倒くさい。
スマホでネット検索して調べれば済む話でもあるが、鄙村の停留所など名前を聞いてもいまいちピンとこないし、停留所名でマップ検索しようにも通信環境が不安定な出先だと地味に時間がかかるので億劫である。検索に時間がかかって通信料もかかって、ストレスが溜まること請け合いだ。
そもそも最寄りの停留所など事前に調査してくればいい話なのだが、物臭な陽向はそういうことを絶対にしない。月琉はしっかり調べるタイプだが、旅に関しては意外とルーズである。あんまり下調べしない方が旅を楽しめると豪語し、現地での発見を大事にするタイプだ。
だからこんなしょうもないことで、二人は争っているわけである。
「いいぜ陽向。乗ったよその賭け」
「そうこなくっちゃね」
賭けの内容がお金に関わることではなくなったためか、月琉は陽向の提案を呑むことにした。そして先程のじゃんけんでの鬱憤を晴らせると思ったのか、にんまりとした顔で自信たっぷりに言う。
「陽向、お前は今日、JKとしての尊厳を全て失うことになるからな、覚悟しておけよ。JKが肉文字晒して歩き回るとか、ド変態もいいとこだぞ」
「それはこっちの台詞よ。月琉こそ、筋肉ツクル君にしてあげるから。陰キャ強制卒業させて、超絶面白君にして、陽キャデビューさせてあげるから、覚悟しなさいよね!」
バチバチと目線で火花を交わし合う二人。まるでプロレスラーが試合前に交わすやり取りのようである。愉快な双子姉弟である。
「――次は大杉集落北、大杉集落北」
「よし、降りるぞ陽向」
「ええ」
やがて次の停留所を案内するアナウンスがある。それが試合開始のゴングとなり、二人は下車する。
「ありがとうございましたー」
「どうもでした」
運転手に明るく愛想を振りまいて降りる陽向。対する月琉は、申し訳程度の素っ気ない挨拶をして降りる。
「どうもね。若い姉ちゃんと兄ちゃん。こんな若い客乗せたの、久しぶりだったね」
バスの運転手は感慨深そうに呟くと、ドアを閉める。乗客のいないバスは再び走り出していった。
二人はなんとなしにその光景を見送る。賭けだなんだのと盛り上がっていたムードは、一時萎むことになった。
「運転手さんも大変よね。客いないのに走らなきゃいけないんだもん。暇でしょうがないでしょ」
「そうか? 客いない方が客と面倒なやり取りとかしなくて楽でいいだろ。まあ会社の利益ないとか、別の問題があって、それはそれで大変だろうけどさ」
過疎地を走る物寂しいバスを見て、二人は好き勝手な感想を述べる。
「今はまだ昼間で明るいからなんとも思わないけどさ、無人のバスってなんか怖いわよね。ホラー映画とかで出てきそう」
「陽向、お前、あの運転手の言ってた変な話に影響されてやがるな。ビビりだなお前」
「影響なんかされてないわよ! 結局、法螺話っぽかったんだから、怖くなんて全然ないの!」
茶化すように言われ、陽向はプンスカと大声を上げる。
幽霊なんてまったく信じていない現実的な月琉と違って、感覚派の陽向はわりとオカルトめいた話を信じ込むタイプである。運転手の与太話に影響されて、心のどこかで恐怖を感じている面は否めない。
「あのおっさん、若い女の子を怖がらせて喜びを感じるタイプの人だぜきっと。あーやだやだ変態チックだわ」
「そんな決めつけで変なこと言う月琉の方が変態でしょ。どうせアンタなんて深夜に変なアニメ見て、『萌えー!』とか『キター!』とか言って独り盛り上がってるんでしょ。やらしー」
「深夜に美少女アニメ見て盛り上がっていることは否定しないけど、『萌えー!』も『キター!』も流石に言わないよ。もう古いよ。だいぶ前の流行語だよ」
「へえ、萌えは古いんだ。じゃあなんて言ってるのよ」
「ああ~たまらねぇぜ、だよ」
「へぇそうなんだ。へんなの。随分ストレートな物言いね」
月琉の妄言を、陽向はさらりと流す。
「まあオタクの流行語なんてどうでもいいわ。それより、賭けの話、忘れちゃいないでしょうね?」
「わかってんよ。それじゃばっちゃの家に向けて出発すると同時、勝負の答え合わせといこうか」
「ええそうね」
バスを降りた二人は、炎天下の中を歩いていく。
アスファルトは直射日光に晒され、ギラギラと煮え立つような陽炎が立っている。道路はそんな感じだが、歩道を歩く二人の置かれている状況はまだ幾分マシだ。歩道を覆うように伸びた木々の枝によって日差しが遮られているためだ。さしずめ、天然の庇といったところか。
大自然の助けを受けた二人は、暑さをものともせずに歩いていく。
「あー!」
「っ!?」
しばらく歩いた所で、陽向が大声を上げる。その声色は喜びの色で染まっている。対する月琉の表情は絶望色だ。
二人の進行方向先には、一本の柱があった。バスの時刻表が取り付けられた柱だ。休む場所も何もないが、簡易的なバスの停留所で間違いない。
柱の上部には、「大杉集落南停留所」と表記されていた。
「アタシの勝ちー!」
「そ、そんな……」
まさかの敗北を喫し、呆然とする月琉。そんな彼に対し、勝者である陽向は容赦なく勝者の権利を行使する。
「ということで、罰ゲーム決定ね! 肉文字決定よ!」
「おいおい、どこから取り出したんだよそんなペン!」
「いつも鞄に入れてんのよ。何か忘れちゃいけないことがあったら手に書くの」
「また古典的なことしてんなお前。スマホのメモ帳アプリにでも書き込めばいいだけのことだろ」
「スマホのメモ帳に書いたら忘れるからそうしてんのよ。って言うか、そんなことより、罰ゲームよ罰ゲーム!」
「わかったって。負けたからには従うよ」
降参とばかりに、月琉は手を挙げる。そして前屈みになり、額を陽向の方へと突き出す。好きにしてくださいと言わんばかりの恰好だ。
「月琉、これでアンタは陰キャラ卒業よ!」
月琉のまっさらなおでこに、陽向は容赦なく肉文字を書き込んでいく。それも油性ペンで。鬼である。鬼の所業だ。
「あーあー、こんなでっかく書きやがって」
「あはは、おもろ!」
渡された手鏡で自分の額に書かれた肉文字を見た月琉は溜息を零す。
「今日お風呂に入るまでそれだかんね。ばっちゃの家でもそれだから。よろしく、筋肉ツクル君!」
「久しぶりに会った孫息子が筋肉マンになっているばっちゃの心中、お察しするよ」
そんな愉快なやり取りをしながら、二人は再度歩き出していく。マイカーで何度も通った道なだけあって迷うこともない。
しばらくして、ばっちゃの家に着くことができた。
「お、やっと見慣れた景色が見えてきたじゃん!」
マイカーで来た時と同じ景色がようやく見えてきて、陽向が騒ぎ出す。
「次のバス停で降りよう。どこがばっちゃの家に最も近いバス停か、全然わからんし。早めに降りておこう」
月琉は片耳に装着していたイヤホンを外すと、広げていた英単語帳をしまいつつ、そう言った。
「えー、外は暑いしもっと乗ってようよ。たぶんもう一個先に停留所あるはずだよ」
「いやいやそんなのわかんねーじゃん。ばっちゃんちなんて、マイカーでしか来たことないんだから、最寄りの停留所なんて知らないだろ?」
「確か昔、ばっちゃんちの近辺歩き回ってた時、もう少し先にバス停あった気がすんのよ」
陽向はおぼろげな記憶を手繰り寄せ、確かもっと先に停留所があったはずだと主張する。そんな陽向に対し、胡乱な目を向ける月琉。
「昔って少なくとも四年以上前だろ? 俺たちがばっちゃの家に行ったのは小学六年の夏休みが最後だもんな。四年前なら停留所の位置なんて変わってるかもしんねーじゃん。こういう乗る人の少ない路線は統廃合激しいだろうし、どうなってるかわからんだろ」
「いちいち小うるさいわね月琉は。少しはアタシの言うこと、信じなさいよね」
「テストで赤点連発している人の記憶力なんて全然当てになりません」
月琉は勝ち誇った顔できっぱりと言う。
月琉は先の学期末テストで総合成績学年一位をとった秀才である。対する陽向は、下から数えた方が早い。特に数学が壊滅的で、赤点をとるほどである。夏休み入ってしばらく補講のために学校に通っていたくらいだ。
陽向が得意な科目と言えば、家庭科と体育くらいである。受験などにまったく関係ない基本五教科以外の分野だ。
「テストの点数は関係ないでしょうが!」
「関係あるね。勉強なんて基本的に記憶力の問題が大きいしさ」
「アタシだって記憶力良いわよ! 友達の趣味とか細かいパーソナルデータとか、完全に覚えてるんだから!」
「人に関する記憶は関連付けて覚えられるから馬鹿でも覚えやすいんだよ。そんなの、誰でも覚えようと思えばできるぜ」
陽向の脳みそをまったく信用していない月琉は、自分の主張を曲げない。主張は平行線を辿る。妥協案を出したのは陽向だった。
「じゃあ賭けする? 次の停留所で降りて、もしもっと先に停留所があったら、私の勝ちってことで。五百円でどう?」
「金は賭けないよ。賭博じゃん。犯罪じゃん」
「家族間での少額のやり取りなら全然問題ないわよ。そもそも誰が警察に通報するのよ。通報したって五百円ごときの賭けで対応なんてしてくれないわよ。警察だって暇じゃないのよ」
「それでも俺は嫌なの。俺、学年一位の真面目君だしね」
金が絡む賭けは絶対に嫌だと言う月琉。自分の記憶力を信じる陽向は、どうしても賭けをしたいようで、条件を変えることにした。
「じゃあお金はなしでいいわ。肉文字にしましょ。負けた方は額に肉の文字。今日一日中、お風呂入る時までそのままでいること」
「肉文字って、いつの時代の罰ゲームだよ。昭和か平成初期くらいの話だろ? 今は令和の時代だってのに。流石陽向、感覚が婆さんだな」
「いちいち小うるさいわね月琉。で、どうすんのよ? やるの?」
「っていうか、バスの運転手さんに聞けばいい話じゃねえの?」
「それはそうだけど……でもちょっと話しかけづらくない?」
「まあそうだな」
一番近い停留所なんて、運転手に聞けばすぐに済む話である。ただ、運転中に話しかけるのは憚られる。信号でもあれば止まった際に聞けばいいのだか、生憎田舎道なので信号は滅多にない。
それに加え、運転手は出発前に不気味なことを言っていただけに、話しかけづらくもあった。また変なことを言われて絡まれるのは面倒くさい。
スマホでネット検索して調べれば済む話でもあるが、鄙村の停留所など名前を聞いてもいまいちピンとこないし、停留所名でマップ検索しようにも通信環境が不安定な出先だと地味に時間がかかるので億劫である。検索に時間がかかって通信料もかかって、ストレスが溜まること請け合いだ。
そもそも最寄りの停留所など事前に調査してくればいい話なのだが、物臭な陽向はそういうことを絶対にしない。月琉はしっかり調べるタイプだが、旅に関しては意外とルーズである。あんまり下調べしない方が旅を楽しめると豪語し、現地での発見を大事にするタイプだ。
だからこんなしょうもないことで、二人は争っているわけである。
「いいぜ陽向。乗ったよその賭け」
「そうこなくっちゃね」
賭けの内容がお金に関わることではなくなったためか、月琉は陽向の提案を呑むことにした。そして先程のじゃんけんでの鬱憤を晴らせると思ったのか、にんまりとした顔で自信たっぷりに言う。
「陽向、お前は今日、JKとしての尊厳を全て失うことになるからな、覚悟しておけよ。JKが肉文字晒して歩き回るとか、ド変態もいいとこだぞ」
「それはこっちの台詞よ。月琉こそ、筋肉ツクル君にしてあげるから。陰キャ強制卒業させて、超絶面白君にして、陽キャデビューさせてあげるから、覚悟しなさいよね!」
バチバチと目線で火花を交わし合う二人。まるでプロレスラーが試合前に交わすやり取りのようである。愉快な双子姉弟である。
「――次は大杉集落北、大杉集落北」
「よし、降りるぞ陽向」
「ええ」
やがて次の停留所を案内するアナウンスがある。それが試合開始のゴングとなり、二人は下車する。
「ありがとうございましたー」
「どうもでした」
運転手に明るく愛想を振りまいて降りる陽向。対する月琉は、申し訳程度の素っ気ない挨拶をして降りる。
「どうもね。若い姉ちゃんと兄ちゃん。こんな若い客乗せたの、久しぶりだったね」
バスの運転手は感慨深そうに呟くと、ドアを閉める。乗客のいないバスは再び走り出していった。
二人はなんとなしにその光景を見送る。賭けだなんだのと盛り上がっていたムードは、一時萎むことになった。
「運転手さんも大変よね。客いないのに走らなきゃいけないんだもん。暇でしょうがないでしょ」
「そうか? 客いない方が客と面倒なやり取りとかしなくて楽でいいだろ。まあ会社の利益ないとか、別の問題があって、それはそれで大変だろうけどさ」
過疎地を走る物寂しいバスを見て、二人は好き勝手な感想を述べる。
「今はまだ昼間で明るいからなんとも思わないけどさ、無人のバスってなんか怖いわよね。ホラー映画とかで出てきそう」
「陽向、お前、あの運転手の言ってた変な話に影響されてやがるな。ビビりだなお前」
「影響なんかされてないわよ! 結局、法螺話っぽかったんだから、怖くなんて全然ないの!」
茶化すように言われ、陽向はプンスカと大声を上げる。
幽霊なんてまったく信じていない現実的な月琉と違って、感覚派の陽向はわりとオカルトめいた話を信じ込むタイプである。運転手の与太話に影響されて、心のどこかで恐怖を感じている面は否めない。
「あのおっさん、若い女の子を怖がらせて喜びを感じるタイプの人だぜきっと。あーやだやだ変態チックだわ」
「そんな決めつけで変なこと言う月琉の方が変態でしょ。どうせアンタなんて深夜に変なアニメ見て、『萌えー!』とか『キター!』とか言って独り盛り上がってるんでしょ。やらしー」
「深夜に美少女アニメ見て盛り上がっていることは否定しないけど、『萌えー!』も『キター!』も流石に言わないよ。もう古いよ。だいぶ前の流行語だよ」
「へえ、萌えは古いんだ。じゃあなんて言ってるのよ」
「ああ~たまらねぇぜ、だよ」
「へぇそうなんだ。へんなの。随分ストレートな物言いね」
月琉の妄言を、陽向はさらりと流す。
「まあオタクの流行語なんてどうでもいいわ。それより、賭けの話、忘れちゃいないでしょうね?」
「わかってんよ。それじゃばっちゃの家に向けて出発すると同時、勝負の答え合わせといこうか」
「ええそうね」
バスを降りた二人は、炎天下の中を歩いていく。
アスファルトは直射日光に晒され、ギラギラと煮え立つような陽炎が立っている。道路はそんな感じだが、歩道を歩く二人の置かれている状況はまだ幾分マシだ。歩道を覆うように伸びた木々の枝によって日差しが遮られているためだ。さしずめ、天然の庇といったところか。
大自然の助けを受けた二人は、暑さをものともせずに歩いていく。
「あー!」
「っ!?」
しばらく歩いた所で、陽向が大声を上げる。その声色は喜びの色で染まっている。対する月琉の表情は絶望色だ。
二人の進行方向先には、一本の柱があった。バスの時刻表が取り付けられた柱だ。休む場所も何もないが、簡易的なバスの停留所で間違いない。
柱の上部には、「大杉集落南停留所」と表記されていた。
「アタシの勝ちー!」
「そ、そんな……」
まさかの敗北を喫し、呆然とする月琉。そんな彼に対し、勝者である陽向は容赦なく勝者の権利を行使する。
「ということで、罰ゲーム決定ね! 肉文字決定よ!」
「おいおい、どこから取り出したんだよそんなペン!」
「いつも鞄に入れてんのよ。何か忘れちゃいけないことがあったら手に書くの」
「また古典的なことしてんなお前。スマホのメモ帳アプリにでも書き込めばいいだけのことだろ」
「スマホのメモ帳に書いたら忘れるからそうしてんのよ。って言うか、そんなことより、罰ゲームよ罰ゲーム!」
「わかったって。負けたからには従うよ」
降参とばかりに、月琉は手を挙げる。そして前屈みになり、額を陽向の方へと突き出す。好きにしてくださいと言わんばかりの恰好だ。
「月琉、これでアンタは陰キャラ卒業よ!」
月琉のまっさらなおでこに、陽向は容赦なく肉文字を書き込んでいく。それも油性ペンで。鬼である。鬼の所業だ。
「あーあー、こんなでっかく書きやがって」
「あはは、おもろ!」
渡された手鏡で自分の額に書かれた肉文字を見た月琉は溜息を零す。
「今日お風呂に入るまでそれだかんね。ばっちゃの家でもそれだから。よろしく、筋肉ツクル君!」
「久しぶりに会った孫息子が筋肉マンになっているばっちゃの心中、お察しするよ」
そんな愉快なやり取りをしながら、二人は再度歩き出していく。マイカーで何度も通った道なだけあって迷うこともない。
しばらくして、ばっちゃの家に着くことができた。
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