ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

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一日目

駅1

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 八月の十三日。とある田舎の無人駅に、陽向と月琉は降り立った。

「ようやくここまで辿り着いたかぁ。長かったわね」
「まだこれからバスに乗る必要があるけどね。でもバスに乗れば、ばっちゃの家までもうすぐだよ」

 二人は電車の揺れからようやく解放されて清々した面持ちで、大きく背伸びをする。

 束の間の解放感に浸るが、それも長くは続かない。駅を出てすぐ、強烈な日差しに晒されたと同時、顔をしかめることになる。

「あっつ~。月琉、バスの時刻表見てきてよ」
「嫌だよ。お前が行けよ陽向」
「レディーは労わりなさいよ。だからモテないのよアンタ」
「レディーってタマかよ。というか恋人がいないのは陽向も一緒だろうが」
「アタシはあえて作ってないの。これでも何回か男子に告白されたことあるんだから。作ろうと思えば速攻で彼氏くらい作れるの。でも好きな人じゃなかったら彼氏なんて作っても意味ないから、それで作ってないだけなんです~」
「はいはいプライド高い女の言い訳乙でーす。その告白してきた男子というのは、空想上の二次元彼氏とかじゃないんですか~?」
「ホントだっつうの! オタクのアンタと一緒にすんな!」

 二人はどちらが日陰から出てバスの時刻表を見てくるかということで言い争う。

 一見すると、仲良くじゃれ合っているようにも見える。気心知れた恋人未満の関係――にも見えるが、そういうわけではない。

 恋愛的な気持ちがあったら不味い関係だ。二人の間に流れるのは親愛の情である。

 越村陽向こしむらひなた越村月琉こしむらつくる

 二人は同じ姓を持つ、つまりは家族、姉弟だ。二卵性の双生児であり、同じ学校に通う高校一年生でもある。

 二卵性なので双子であるが、似ているようで似ていない。容姿も性格もかなり異なる二人だ。

 陽向は明るく元気一杯な女の子。勉強は苦手だがスポーツは得意。やや明るい茶髪に染めたポニーテールがよく似合う活動的な子だ。

 対する月琉は、やや陰気で理性的な男の子。短めの黒髪に、クールな眼鏡が似合うオタク男子だ。一見するとただのオタクに見えるが、やる気さえ出せばなんでもこなせるスーパーマンでもある。ただ自分の関心のあること以外でやる気を出すことは滅多にない。

 何もかも違うように見える二人だが、そこそこ気は合うらしい。それで高校生にもなってこうして一緒に旅などしているわけである。

 二人が向かうは、二人が「ばっちゃ」と呼んで親しむ祖母の家だ。田舎村にある母方の実家である。

 小学六年生の夏休み以来、およそ四年ぶりにお邪魔することになる。お盆を挟んだ四泊五日の滞在予定だ。

「じゃあ公平にじゃんけんで決めましょ」
「いいぞ」

 不毛な言い争いをこれ以上続けても意味はない。無駄に体力を消耗して暑苦しいだけである。

 ということで、負けた方がバスの時刻表を見てくるということで、二人はじゃんけんをすることにした。

「負けないわよ」
「いいから、はよやろうぜ」

 陽向は腕まくりをするようなポーズをとって気合を入れる。対する月琉は、気だるげにスマホ片手に空いている方の手を差し出す。

「「じゃんけん」」
「「ぽん」」

 勝負は一瞬で勝敗がついた。陽向が出した手はチョキ。月琉が出した手はパー。ということで、陽向の勝利である。

「いぇ~い! アタシの勝ちね!」

 陽向は大仰に喜んで飛び跳ねる。暑さなんて関係ないとばかりにはしゃぎ回ってガッツポーズを見せ、勝鬨を上げる。そんな元気があるなら自分で時刻表を見て来いという話だ。

「嘘だ……また負けたのかよ」

 月琉は呆然とした表情で、自身の出したパーの形をした手を見つめる。そしてハッとした表情をすると、細目になって陽向を睨みつける。

「陽向お前、何かイカサマとかしてないだろうな?」
「はぁ? してるわけないでしょ!」
「だったらおかしいだろ! これで俺の十三連敗、しかも全部一発負けだぞ! その条件で負ける確率は三分の一の十三乗だ。そんな低確率のことが発生するわけない! 陽向、お前絶対ずるしてるって!」
「してないっつうの!」

 陽向の名誉のために言っておくと、彼女は決してイカサマなどしていない。彼女は不正や不正義といったことが嫌いな性分なので、そんな卑劣なことはしない。正々堂々としたじゃんけん勝負の結果、十三戦十三勝、しかも一発勝負で勝っているのである。

 だが疑り深い性格の月琉は、彼女が何かイカサマをしているのではないかと疑ってかかる。確率的に起こりづらいことが起きているので、理論派の彼としては到底承服できないようだ。

「じゃんけんはセンスの勝負なのよ! 確率とか理論に頼ってるアンタじゃ、一生アタシを勝ち越すことなんてできないわよ!」
「おかしい。絶対おかしい。何か絶対ずるしてる。俺が寝ている間に脳内にセンサーでも埋め込んでるじゃ……ぶつぶつ」
「馬鹿なこと言ってないで、とっとと時刻表見てきなさい! アンタの負けなんだからね!」
「はいはいわかりましたよ。仕方ないな」

 理論派の月琉と感覚派の陽向。

 時には理論が感覚に敗れる時もある。理論派の努力家が感覚派のぐうたらに敗れることもあるのだ。

 月琉は渋々負けを認めると、炎天下の日差しの中、時刻表を見に行くことにした。

 昼下がりの時間帯。太陽は南天を過ぎたとはいえ、気温的には一番厳しい時間帯である。たった数十メートルの移動とはいえ、直射日光に晒されながらの移動はかなり億劫である。

「どうすっか……こうすっか」

 月琉は持ち前の頭脳を働かせ、できるだけ苦労が少なくて済む方法を考える。猛烈な陽光を浴びる時間を一秒でも短くする方法を瞬時に導き出した。

「カメラモードよし、照準よし。えい」

――パシャリ。

 月琉は駆け足気味で向かい、素早くスマホのカメラモードをオンにすると、照準を合わせる。そうして時刻表をデジタル画像として納めると、すぐに陽向のいる日陰の下に戻った。

「んで、バス来るの何時だったの?」
「今から調べる」
「はぁ? 見てきたんじゃないの?」
「スマホで撮ってきたんだよ。日陰の中で吟味した方が楽だろ」
「ったく、回りくどい方法とるわね。いつものことだけどさ」
「回りくどいんじゃなくて賢いと言って欲しいね。こうすれば二度と見に行く必要がないだろ。ばっちゃの家に居ても確認できるしさ」
「駅からばっちゃの家方面に行くバスの時刻表なんて、ばっちゃの家にいる時は意味ないじゃない。何度も往復するわけじゃないんだからさ」
「まあそうだけどさ」
「ばっかじゃないの月琉」

 団扇で自分を扇ぐことに夢中だった陽向は、月琉の一連の行動を見ていなかったらしい。普通に目で時刻表を確認して戻ってきたらすぐに教えてくれるものだとばかり思っていたが、そうではなかったので、呆れた表情を見せる。

 その場で確認せずとりあえずデジタル写真に撮っておいて後で確認する。月琉は現代人特有の感覚を持っているようだ。

 対する陽向は、どちらかと言えば昔よりの感性を持っている。直接的アナログ的に時刻表を確認するタイプだ。

 この二人、双子でありながら現代機器の向き合い方にも違いがあるようだ。

「どうやら三十分後のようだぞ」

 スマホの画面上で指を何度も押し広げて画像の倍率を上げて時刻表を確認していた月琉。ようやく確認を終えて、陽向の疑問に答えた。

「はぁ、三十分も待たないとなの? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。ここって田舎だから、二時間に一本しかバス通ってないらしい。三十分後でもラッキーなくらいだよ」
「ったく、冗談じゃないわよ。このくそ暑い中、三十分も待たないとなんて!」

 せっかちな気質である陽向は、三十分も待ち時間があると聞いてぶうたれる。

 月琉はスマホのゲームでもやっていれば暇つぶしになると思ったのか、大した不満を見せることもなく、さっさとゲームアプリを起動して遊び始めた。ここでも性格の違いを見せる二人である。

「父さんや母さんたちと来た時は楽だったわねぇ」
「そうだな。昔来てた時はいつもマイカーだったからね。目的地までノンストップでゴー。父さんに運転任せて俺らは楽々だったね」
「あー、何で今回はマイカーじゃないのよ。父さんも母さんも来ないのよぉ」
「しょうがないだろ。大地だいちの高校受験があるから、色々忙しいんだ。ゼミナールの夏合宿があって、親父はその送り迎え。母さんは飯とかのサポートがあるんだよ」
「それで受験勉強の邪魔になる五月蝿い私たちだけ、田舎のばっちゃの家に行ってこいってわけね」
「五月蝿いのは陽向だけだけどね。俺はお目付け役。女の子の一人旅じゃ危ないって父さんが酷く心配してるから、面倒臭いけど付いてきたんだよ。ま、ばっちゃにも久しぶりに会いたかったしね」
「一人旅は危ないって、アンタじゃ大した護衛にもなんないでしょうが」
「いやいや俺ってこう見えても男だし、強いし。勉強もできる上に運動神経も抜群だし」
「どこがよ。陰キャのオタク君なんて何の頼りにもなりませんですよ~だ!」
「陰キャは余計だよ。オタクなのは認めるけどさ」

 月琉の旅行バッグには、流行のアニメの美少女ヒロインの缶バッジが山ほど付いている。そのどれもこれもが、陽向にはチンプンカンプンである。よくわからないけど、うわぁとしか思えない。世の一般女子(女子に限らないかもしれないが)は、一様に陽向と同じ反応を示すことだろう。

 月琉は頭が良くて運動もできて見目もそこそこ整っている。そんな一見するとイケメンで通りそうな彼が何でこんな変わった趣向を持つようになったのか。幼い頃からよく知っているだけに、陽向には不思議でならなかった。

「アタシ、将来絶対免許とろうっと。そうすれば電車やバスとかで面倒な移動しなくて済むもんね」
「陽向の運転とか怖すぎて一緒に乗れないな。信号無視とかしまくりそうだし」
「そんなことしないわよ! こう見えてもアタシは真面目なんだからね! 信号無視なんてしないわよ!」
「出された宿題を毎回のように自分でやらない奴を、世間一般では真面目とは言わないんですけどね」
「宿題が難しすぎるからいけないのよ! 自分でできたらパパッと終わらせてるっての!」
「難しくてもなんとか自分でやるのが勉強でしょうが」

 二人は待ち時間の間、くだらない話をして時間を潰す。陽向は団扇を必死に扇ぎながら、月琉はゲームをやりながら片手間に陽向の話に相槌を打って過ごす。

「あっつ。月琉、喉渇いたぁー、飲み物ちょうだい」
「あ、おいこら。俺が買ったレモン水なのに」
「いいじゃない別に。ケチね」
「ったく。少しだけだからな」

 陽向は自分の分の飲み物は既に飲み干してしまっているらしい。月琉が持っていたペットボトルを強引に奪い去ると、ゴクゴクと飲んでいく。

「こら、飲みすぎだ! 俺の分がなくなるだろ!」
「いいじゃない。もうすぐでばっちゃの家に着くんだから」
「その前に水分不足で熱中症で倒れたらどうすんだよ」
「そうなったら救急車呼んであげるわよ」
「こんな田舎で救急車なんてなかなか来ないだろ。あーあ、俺死んだ。陽向に殺された。殺人JK陽向、マジ最悪」
「そんだけぶうたれてる元気があるなら死なないわよ。馬鹿みたいにゲームで遊んでるしさ。何よその指の動き、きっも」
「プロの指捌きと言って欲しいね。神の指、ゴッドフィンガーだよ」
「何よそれ。英語で言えば何でも格好つくと思ってんじゃないわよ」

 じゃれ合う二人。何気に間接キッスしているわけだが、そこらへんはまったく気にもしていないらしい。幼い頃からずっと一緒だったのでそこらへんの感覚は完全麻痺しており、成長した今となっても幼い時と何ら変わらないようだ。傍から見ると仲が良すぎて少し危ない気配の漂う姉弟である。

 そんな馬鹿なことをして過ごしていると、待ち時間の三十分はあっという間に過ぎ去る。目当てのバスがようやくやって来る。
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