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五章
吸血鬼は湯に浸かる
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「ヨミト様、エリザ様。特別湯の準備が整いましてございます」
「そうかありがとう」
ハザマ村の温泉宿で寛いでいると、女将ユマがやって来て、風呂の準備が出来たと教えてくれる。彼女のその隣には、若女将であるロビンの姿もある。
二人共、今は俺の眷属である。
ゾォークの支配下にあった頃よりも随分と良い顔をしている。特別に仕立てた宿の衣装も似合っている。
先頃、ユマの温泉宿はヨミトの宿六号店となってリニューアルオープンを果たした。彼女たちは心機一転、連日大勢のお客さんをお出迎えしている。
ユマとロビン親子の他にも、ハザマ村で眷属にした者は沢山いる。村長一家と村の有力者一家、売春宿の経営者(ホットットとかいう名前)、血を吸って気に入った娼婦――などなどだ。総勢五十名くらいかな。
ハザマ村では今までにないくらい大勢の人を眷属にした。村の有力者全員が傘下に降ったことで、ハザマ村は実質俺のものとなったと言っても過言ではない。
村長や村の有力者にどうやって話を持ちかけたかと言うと、ゾォークの所で人質になっていた娘を通じて話を通した。娘を助けてくれた上に村をゾォークから解放してくれたとあって、全員がすんなりと俺の傘下に入ってくれた。
釜底抽薪。釜の底の薪を抜く計略。要するに、敵を挫くにはその力の源泉を抜き取ればいいということだ。
ゾォーク盗賊団の力の源泉は、村娘ら人質だった。ユマのように、娘が人質となっているのでゾォークたちに協力せざるを得ない状況にあった。
つまり、ゾォーク盗賊団という火の勢いを止めるには、人質という薪を抜き取ればいい。
まずはユマ・ロビン親子という薪を抜き、それを利用してゾォークたちを誘き寄せた。その隙に敵の本陣を奇襲して、人質となっている娘たち全員を解放した。
今回の戦いにおいて、ゾォーク盗賊団自体を潰すことは簡単だった。こちらとの戦力差は圧倒的だったからね。ただ、敵側に人質が沢山いるのが厄介だった。下手するとすぐに人質が始末されかねなかった。ユマ・ロビン親子を使って陽動することで、なんとか人質の娘たちを救出することができたよ。
人質を全員無事に救出できたことで、その後の村人たちの懐柔はすんなりいった。恩を売りつつ、盗賊団との関係が公になったら全員死罪になってしまうという村人たちの立場を利用して、味方につけることができた。我ながら上手くやれたと思う。
まあ娘を助けるという恩を着せて支配するなんて、ある意味娘を人質にするようなものだ。俺のやっていることはゾォークとほぼ一緒なんだけどね。ハザマ村のゾォークの支配下にあった者たちを、そのままそっくり俺が解放して奪い取った形だし。
まあでもゾォークたちは村人らを酷い目に遭わせることもあったそうだから、俺のやり方の方が遥かにマシかもしれない。俺たち吸血鬼は血を頂くだけだ。月一くらいで献血してもらうだけである。あとは多少ダンジョンで働いたりしてもらうくらいか。
対価は払うし何も過酷なことはないだろう。衣食住プラスアルファは保障するし、不老にもなれるし、ゾォークに比べればよっぽど好待遇に違いない。自画自賛になってしまうけども。
今回の戦いで得られたものは大きいが、良いことばかりではない。ダンジョンマナ的には少なくないコストを払ってしまった。
あんまり戦力にならなさそうな老人とかバッドスキル持ちも眷属にしてしまったからね。一家懐柔のためには「老人はいらない」と言って切り捨てることはできなかった。一家揃って眷属になってもらうしかなかった。
大損こいたが、いずれ元は取れるだろう。村丸々一つを勢力下に置いたのだから、その利点は大きい。浪費ではなく将来大きなリターンが見込める投資であったと思っておこう。
個人的には、この宿を手に入れただけでもお釣りがくると思っている。この宿を手に入れたことで、いつでも天然温泉に入ることができるんだからね。ダンジョンの転移陣を通れば、王都に居たとしても毎日通うことができる。
一仕事終えたので、今日もエリザと共にお邪魔することにしたよ。
「ユマ、商売の方はどう?」
「今日も満室でございますよ。新たに雇い入れた子たちもよく働いてくれております」
「そうか商売繁盛でなによりだ。スライムに清掃を命じる際は、一般従業員や客にバレないように十分に気をつけてね」
「ええ心得ております」
ユマたちとそんな話をしながら、風呂に向かう。
向かっているのは、前にロビンが入っていたプライベート湯だ。本来は特別料金を払った客用なのだが、経営者特権で入らせてもらうことにしよう。
「ヨミト様、お背中お流ししましょうか?」
「いやいいよ。子どもじゃないし自分でできるよ」
「左様でございますか……」
風呂場にやって来ると、ユマたちに色々と手伝いを申し出られる。だが断る。
ユマは何故か残念そうにしていた。世話を焼きたいようだ。だが断る。
「エリザ様は?」
「では私はお願い致しますわ」
「ええ喜んで」
一方、エリザは断らずに介助を受け入れていた。お嬢様だけに侍従の手を借りることに躊躇はないらしい。堂々とした態度でユマたちの手を借りて衣服を脱いでいた。
根が元日本人の一般人の俺とは大違いだな。
そんな光景を横目で見つつ、服を脱いだ俺は一足先に洗い場に向かう。手早く自分で身体を流し、湯船に向かう。
「ああ最高だ」
なんとも気持ちいい。高級宿のプライベート湯だけあって最高だな。前世ではこんな贅沢を味わったことはなかった。
(ギルド依頼も無事に終わったし、一件落着だな)
今回のギルド依頼に関してだが、盗賊団の根城調査は表向きは失敗、ブリザードドラゴンの魔石納品は成功――ということになった。
盗賊団の根城調査について失敗報告をすることにしたのは、ダンジョンマスターの力を使って潰したこととか、ハザマ村の人たちがゾォークたちと繋がっていたこととか――それらを上手く説明するのが面倒臭かったからだ。
ダンジョンマスターの力なんてバラせるわけないし、ハザマ村の村民がゾォークに協力していたことなんて話したりしたら、ユマたちが国に処刑されちゃうからね。
上手い言い訳が見つからなかったので諦めた。盗賊団の根城調査はギルド依頼(失敗してもペナルティはなし)なので、素直に失敗という形をとることにした。実際は盗賊団を壊滅させるという大成果を挙げているわけだけどもね。
今まで失敗知らずだった俺たちが依頼に失敗したことや、ガイアたち竜殺しの一部メンバーも失敗したことなどから、ギルドはゾォーク盗賊団の根城調査の依頼難度をもっと上のランクとして設定し直すことにしたらしい。
だがその依頼は永遠に達成されることはないだろう。ゾォーク盗賊団は既にこの世から消滅しているわけだからね。
盗賊団の被害が確認できなくなって、依頼はその内自然消滅するに違いない。真相を知っているのはハザマ村の一部の人間と俺たちだけだな。
ブリザードドラゴンの魔石納品の依頼に関しては、ユマが家宝として保持していた魔石を譲ってもらって納品した、という形にした。実際はゾォークのペットだったブリザードドラゴンを討伐して得た魔石だけどね。
ハザマ村の村人を大量に懐柔して眷属化させていた関係で時間がなくなりそうだったので、冬のアルゼリア山脈に入ってドラゴン狩りするのはやめておいた。パープルを納得させる理由(ユマの宿の家宝が云々)を作るのが面倒だったけど、なんとかなったよ。
色々あったけど一件落着だ。一件落着した後の温泉はまた格別である。いつも以上に気持ちがいい気がするよ。
「いい湯加減ですわね」
「ああ最高だな」
やがてエリザもやって来て一緒に湯に浸かる。春の月を眺めながらゆったりと語らい合う。
思い返せば、この世界に来てもう二年か。この春で丸々二年経つことになり、つまりエリザと出会ってから二年経つことになる。月日が経つのは早いものだ。
「ご主人様、月が綺麗ですわね」
「ああそうだな」
「良い月が出ていますし、久しぶりに吸血でもし合いませんか?」
「ああそれはいいな」
久々にエリザから吸血を誘われた。その気になったので抱き寄せ血を吸っていく。エリザも同様に俺の血を吸っていく。
「エリザ、また一段と強く美味しい血となったな」
「ええ。ご主人様も、より偉大で素晴らしい存在となっていますわ」
お互いの血の味を確かめ合い、褒め合う。
これまでに強い眷属を何人も仲間に入れたが、エリザほど美味しい血を持っているものはいないな。
唯一無二の存在だ。エリザにとっての俺もそうだろう。
「あぁ最高だ」
「うふ最高ですわ」
俺とエリザは夢中になって吸血し合う。
「あわわ」
「ママ、ガキみたいで見っともないわよ。ちゃんとして」
俺たち吸血鬼にとっては普通のスキンシップなのだが、価値観の違う人間には刺激が強すぎるようだ。
淫靡な気配に中てられたのか、女将ユマは真っ赤な顔をしてアワアワと落ち着かない様子でいる。
娘のロビンはというと、わりと平然な顔をして物珍しいものを見るように吸血鬼の生態を観察しつつ、母親の所作を戒めている。
この親子、母親であるユマの方が年頃の女の子みたいな反応をするなぁ。この親子は娘の方がマセているという逆転現象が起きているようだ。面白いね。
「――ヒゲクマの兄貴、後生でやす! 隣の娼館に行かせてくだせえ!」
「駄目だ!」
エリザと夢中になって吸血し合っていると、一般浴場の方から大声が聞こえてきて、行為が中断することになった。
ここまで聞こえてくるということは、随分と騒いでいるようだ。どこかで聞いた声と喋り方だな。
「無粋な輩ですわね」
「この声は……モッコリのやつだな。ヒゲクマのやつもいるようだな」
鋼等級昇格試験で一緒の班だったモッコリがいるようだ。あと、ジョーア村のオーク騒動の際に一緒だったヒゲクマとかいうドワーフのおっさんもいるようだな。
「おねげいでやす! これだけを楽しみに、俺はアルゼリアの冬山篭りに耐えてきたんでやすよ!」
「駄目だ! せっかく元に戻ったのに、また腑抜けになっちまうだろが! ガンドリィ曰く、男娼ならいいそうだぞ?」
「俺にそっちの気は毛頭ねえでやす! 男娼なんて嫌でやす! 可愛い女の子を抱かせてくだせえ!」
「駄目だ駄目だ! これから春になって新しい団員が増えるのに、若い衆筆頭のお前が腑抜け面晒してると、下に示しがつかねえだろうが!」
そういやガンドリィの話では、モッコリは冬山に送られるって話だったっけか。春になったので雪山送りは免除されて、これから王都に帰還といった所みたいだな。
「モッコリのやつ、とんでもない性欲モンスターだな」
「とんでもないやつですわね」
猛人の名は伊達じゃないな。試験中も暇さえあればシモの話ばかりしていたしな。
「おねげいでやす! 後生でやす! 俺はヨミトの兄貴みたいになりたいんでやすよ!」
「お前には無理だ! ヨミトは特別だ! アイツは選ばれし性豪野郎なんだ!」
何だか好き勝手言っているようである。
モッコリの方がよっぽど性豪だろ。何で童貞の俺が性豪呼ばわりされなきゃならないんだ。
「注意してきましょうか?」
「いやいいよ。ヒゲクマがその内強制的に黙らせるだろ。あの団は人に迷惑かけないようにしっかり教育されてるから」
「そうですか。ならお酒でもお持ちしましょうか?」
「ああそれはいいね。そこでずっと見てるのもなんだし、君たちも一緒に入ったら?」
俺の呼びかけにユマは戸惑っていたものの、肝の太いロビンはすぐに承諾する。二人とも裸になり、一緒に湯に浸かる。
「それじゃ乾杯」
「乾杯ですわ」
「はい」
「かんぱーい!」
美女三人に囲まれて温泉に浸かりながら月見酒。こんな贅沢はないだろう。
こんな贅沢が永遠にできればいい。そのためにも、これからもこの世界で頑張っていこう。
あの月を見るのが飽きるくらいまで、生きて生きて生き長らえたいものだ。前世で短命だった分、この世界ではうんと生き足掻いてやる。
俺たちは吸血鬼、邪悪な長命の化け物なのだから。
<五章完結>
更新間隔空きますm(_ _)m
しばらくホラーミステリーの方を毎日投稿するので、よろしければそちらもどうぞ
♦現在のヨミトのステータス♦
名前:ヨミト(lv.27) 種族:吸血鬼(ナイト)
HP:1541/1625 MP:1384/1479
【変化】【魅了】【吸血】【鬼語】【粗食】【獣の嗅覚】【獣の視覚】【獣の聴覚】【獣の味覚】
【剣術】【我慢】【起床】【睡眠】【威圧】【料理】【伐採】【裁縫】【農耕】【投擲】
【風刃】【天才】【火球】【洗脳】【狂化】【商人】【販売】【交渉】【売春】【性技】
【避妊】【癒光】【洗浄】【解体】【斧術】【槍術】【穴掘】【格闘】【毒牙】【硬化】
【舞踏】【鎚術】【怪力】【豚語】【咆哮】【免疫】【激励】【大食】【飢餓】【消化】
【暴食】【指揮】【弓術】【盾術】【騎乗】【魔笛】【血盟】【飼育】【夜目】【勇者】
【光矢】【集中】【雷撃】【短剣術】【堕落】【指嗾】【装備】【毒息】【火吸】【挑発】
【隠密】【奇襲】【冷息】【号令】【健脚】【水弾】【突進】【跳躍】【房中】
「そうかありがとう」
ハザマ村の温泉宿で寛いでいると、女将ユマがやって来て、風呂の準備が出来たと教えてくれる。彼女のその隣には、若女将であるロビンの姿もある。
二人共、今は俺の眷属である。
ゾォークの支配下にあった頃よりも随分と良い顔をしている。特別に仕立てた宿の衣装も似合っている。
先頃、ユマの温泉宿はヨミトの宿六号店となってリニューアルオープンを果たした。彼女たちは心機一転、連日大勢のお客さんをお出迎えしている。
ユマとロビン親子の他にも、ハザマ村で眷属にした者は沢山いる。村長一家と村の有力者一家、売春宿の経営者(ホットットとかいう名前)、血を吸って気に入った娼婦――などなどだ。総勢五十名くらいかな。
ハザマ村では今までにないくらい大勢の人を眷属にした。村の有力者全員が傘下に降ったことで、ハザマ村は実質俺のものとなったと言っても過言ではない。
村長や村の有力者にどうやって話を持ちかけたかと言うと、ゾォークの所で人質になっていた娘を通じて話を通した。娘を助けてくれた上に村をゾォークから解放してくれたとあって、全員がすんなりと俺の傘下に入ってくれた。
釜底抽薪。釜の底の薪を抜く計略。要するに、敵を挫くにはその力の源泉を抜き取ればいいということだ。
ゾォーク盗賊団の力の源泉は、村娘ら人質だった。ユマのように、娘が人質となっているのでゾォークたちに協力せざるを得ない状況にあった。
つまり、ゾォーク盗賊団という火の勢いを止めるには、人質という薪を抜き取ればいい。
まずはユマ・ロビン親子という薪を抜き、それを利用してゾォークたちを誘き寄せた。その隙に敵の本陣を奇襲して、人質となっている娘たち全員を解放した。
今回の戦いにおいて、ゾォーク盗賊団自体を潰すことは簡単だった。こちらとの戦力差は圧倒的だったからね。ただ、敵側に人質が沢山いるのが厄介だった。下手するとすぐに人質が始末されかねなかった。ユマ・ロビン親子を使って陽動することで、なんとか人質の娘たちを救出することができたよ。
人質を全員無事に救出できたことで、その後の村人たちの懐柔はすんなりいった。恩を売りつつ、盗賊団との関係が公になったら全員死罪になってしまうという村人たちの立場を利用して、味方につけることができた。我ながら上手くやれたと思う。
まあ娘を助けるという恩を着せて支配するなんて、ある意味娘を人質にするようなものだ。俺のやっていることはゾォークとほぼ一緒なんだけどね。ハザマ村のゾォークの支配下にあった者たちを、そのままそっくり俺が解放して奪い取った形だし。
まあでもゾォークたちは村人らを酷い目に遭わせることもあったそうだから、俺のやり方の方が遥かにマシかもしれない。俺たち吸血鬼は血を頂くだけだ。月一くらいで献血してもらうだけである。あとは多少ダンジョンで働いたりしてもらうくらいか。
対価は払うし何も過酷なことはないだろう。衣食住プラスアルファは保障するし、不老にもなれるし、ゾォークに比べればよっぽど好待遇に違いない。自画自賛になってしまうけども。
今回の戦いで得られたものは大きいが、良いことばかりではない。ダンジョンマナ的には少なくないコストを払ってしまった。
あんまり戦力にならなさそうな老人とかバッドスキル持ちも眷属にしてしまったからね。一家懐柔のためには「老人はいらない」と言って切り捨てることはできなかった。一家揃って眷属になってもらうしかなかった。
大損こいたが、いずれ元は取れるだろう。村丸々一つを勢力下に置いたのだから、その利点は大きい。浪費ではなく将来大きなリターンが見込める投資であったと思っておこう。
個人的には、この宿を手に入れただけでもお釣りがくると思っている。この宿を手に入れたことで、いつでも天然温泉に入ることができるんだからね。ダンジョンの転移陣を通れば、王都に居たとしても毎日通うことができる。
一仕事終えたので、今日もエリザと共にお邪魔することにしたよ。
「ユマ、商売の方はどう?」
「今日も満室でございますよ。新たに雇い入れた子たちもよく働いてくれております」
「そうか商売繁盛でなによりだ。スライムに清掃を命じる際は、一般従業員や客にバレないように十分に気をつけてね」
「ええ心得ております」
ユマたちとそんな話をしながら、風呂に向かう。
向かっているのは、前にロビンが入っていたプライベート湯だ。本来は特別料金を払った客用なのだが、経営者特権で入らせてもらうことにしよう。
「ヨミト様、お背中お流ししましょうか?」
「いやいいよ。子どもじゃないし自分でできるよ」
「左様でございますか……」
風呂場にやって来ると、ユマたちに色々と手伝いを申し出られる。だが断る。
ユマは何故か残念そうにしていた。世話を焼きたいようだ。だが断る。
「エリザ様は?」
「では私はお願い致しますわ」
「ええ喜んで」
一方、エリザは断らずに介助を受け入れていた。お嬢様だけに侍従の手を借りることに躊躇はないらしい。堂々とした態度でユマたちの手を借りて衣服を脱いでいた。
根が元日本人の一般人の俺とは大違いだな。
そんな光景を横目で見つつ、服を脱いだ俺は一足先に洗い場に向かう。手早く自分で身体を流し、湯船に向かう。
「ああ最高だ」
なんとも気持ちいい。高級宿のプライベート湯だけあって最高だな。前世ではこんな贅沢を味わったことはなかった。
(ギルド依頼も無事に終わったし、一件落着だな)
今回のギルド依頼に関してだが、盗賊団の根城調査は表向きは失敗、ブリザードドラゴンの魔石納品は成功――ということになった。
盗賊団の根城調査について失敗報告をすることにしたのは、ダンジョンマスターの力を使って潰したこととか、ハザマ村の人たちがゾォークたちと繋がっていたこととか――それらを上手く説明するのが面倒臭かったからだ。
ダンジョンマスターの力なんてバラせるわけないし、ハザマ村の村民がゾォークに協力していたことなんて話したりしたら、ユマたちが国に処刑されちゃうからね。
上手い言い訳が見つからなかったので諦めた。盗賊団の根城調査はギルド依頼(失敗してもペナルティはなし)なので、素直に失敗という形をとることにした。実際は盗賊団を壊滅させるという大成果を挙げているわけだけどもね。
今まで失敗知らずだった俺たちが依頼に失敗したことや、ガイアたち竜殺しの一部メンバーも失敗したことなどから、ギルドはゾォーク盗賊団の根城調査の依頼難度をもっと上のランクとして設定し直すことにしたらしい。
だがその依頼は永遠に達成されることはないだろう。ゾォーク盗賊団は既にこの世から消滅しているわけだからね。
盗賊団の被害が確認できなくなって、依頼はその内自然消滅するに違いない。真相を知っているのはハザマ村の一部の人間と俺たちだけだな。
ブリザードドラゴンの魔石納品の依頼に関しては、ユマが家宝として保持していた魔石を譲ってもらって納品した、という形にした。実際はゾォークのペットだったブリザードドラゴンを討伐して得た魔石だけどね。
ハザマ村の村人を大量に懐柔して眷属化させていた関係で時間がなくなりそうだったので、冬のアルゼリア山脈に入ってドラゴン狩りするのはやめておいた。パープルを納得させる理由(ユマの宿の家宝が云々)を作るのが面倒だったけど、なんとかなったよ。
色々あったけど一件落着だ。一件落着した後の温泉はまた格別である。いつも以上に気持ちがいい気がするよ。
「いい湯加減ですわね」
「ああ最高だな」
やがてエリザもやって来て一緒に湯に浸かる。春の月を眺めながらゆったりと語らい合う。
思い返せば、この世界に来てもう二年か。この春で丸々二年経つことになり、つまりエリザと出会ってから二年経つことになる。月日が経つのは早いものだ。
「ご主人様、月が綺麗ですわね」
「ああそうだな」
「良い月が出ていますし、久しぶりに吸血でもし合いませんか?」
「ああそれはいいな」
久々にエリザから吸血を誘われた。その気になったので抱き寄せ血を吸っていく。エリザも同様に俺の血を吸っていく。
「エリザ、また一段と強く美味しい血となったな」
「ええ。ご主人様も、より偉大で素晴らしい存在となっていますわ」
お互いの血の味を確かめ合い、褒め合う。
これまでに強い眷属を何人も仲間に入れたが、エリザほど美味しい血を持っているものはいないな。
唯一無二の存在だ。エリザにとっての俺もそうだろう。
「あぁ最高だ」
「うふ最高ですわ」
俺とエリザは夢中になって吸血し合う。
「あわわ」
「ママ、ガキみたいで見っともないわよ。ちゃんとして」
俺たち吸血鬼にとっては普通のスキンシップなのだが、価値観の違う人間には刺激が強すぎるようだ。
淫靡な気配に中てられたのか、女将ユマは真っ赤な顔をしてアワアワと落ち着かない様子でいる。
娘のロビンはというと、わりと平然な顔をして物珍しいものを見るように吸血鬼の生態を観察しつつ、母親の所作を戒めている。
この親子、母親であるユマの方が年頃の女の子みたいな反応をするなぁ。この親子は娘の方がマセているという逆転現象が起きているようだ。面白いね。
「――ヒゲクマの兄貴、後生でやす! 隣の娼館に行かせてくだせえ!」
「駄目だ!」
エリザと夢中になって吸血し合っていると、一般浴場の方から大声が聞こえてきて、行為が中断することになった。
ここまで聞こえてくるということは、随分と騒いでいるようだ。どこかで聞いた声と喋り方だな。
「無粋な輩ですわね」
「この声は……モッコリのやつだな。ヒゲクマのやつもいるようだな」
鋼等級昇格試験で一緒の班だったモッコリがいるようだ。あと、ジョーア村のオーク騒動の際に一緒だったヒゲクマとかいうドワーフのおっさんもいるようだな。
「おねげいでやす! これだけを楽しみに、俺はアルゼリアの冬山篭りに耐えてきたんでやすよ!」
「駄目だ! せっかく元に戻ったのに、また腑抜けになっちまうだろが! ガンドリィ曰く、男娼ならいいそうだぞ?」
「俺にそっちの気は毛頭ねえでやす! 男娼なんて嫌でやす! 可愛い女の子を抱かせてくだせえ!」
「駄目だ駄目だ! これから春になって新しい団員が増えるのに、若い衆筆頭のお前が腑抜け面晒してると、下に示しがつかねえだろうが!」
そういやガンドリィの話では、モッコリは冬山に送られるって話だったっけか。春になったので雪山送りは免除されて、これから王都に帰還といった所みたいだな。
「モッコリのやつ、とんでもない性欲モンスターだな」
「とんでもないやつですわね」
猛人の名は伊達じゃないな。試験中も暇さえあればシモの話ばかりしていたしな。
「おねげいでやす! 後生でやす! 俺はヨミトの兄貴みたいになりたいんでやすよ!」
「お前には無理だ! ヨミトは特別だ! アイツは選ばれし性豪野郎なんだ!」
何だか好き勝手言っているようである。
モッコリの方がよっぽど性豪だろ。何で童貞の俺が性豪呼ばわりされなきゃならないんだ。
「注意してきましょうか?」
「いやいいよ。ヒゲクマがその内強制的に黙らせるだろ。あの団は人に迷惑かけないようにしっかり教育されてるから」
「そうですか。ならお酒でもお持ちしましょうか?」
「ああそれはいいね。そこでずっと見てるのもなんだし、君たちも一緒に入ったら?」
俺の呼びかけにユマは戸惑っていたものの、肝の太いロビンはすぐに承諾する。二人とも裸になり、一緒に湯に浸かる。
「それじゃ乾杯」
「乾杯ですわ」
「はい」
「かんぱーい!」
美女三人に囲まれて温泉に浸かりながら月見酒。こんな贅沢はないだろう。
こんな贅沢が永遠にできればいい。そのためにも、これからもこの世界で頑張っていこう。
あの月を見るのが飽きるくらいまで、生きて生きて生き長らえたいものだ。前世で短命だった分、この世界ではうんと生き足掻いてやる。
俺たちは吸血鬼、邪悪な長命の化け物なのだから。
<五章完結>
更新間隔空きますm(_ _)m
しばらくホラーミステリーの方を毎日投稿するので、よろしければそちらもどうぞ
♦現在のヨミトのステータス♦
名前:ヨミト(lv.27) 種族:吸血鬼(ナイト)
HP:1541/1625 MP:1384/1479
【変化】【魅了】【吸血】【鬼語】【粗食】【獣の嗅覚】【獣の視覚】【獣の聴覚】【獣の味覚】
【剣術】【我慢】【起床】【睡眠】【威圧】【料理】【伐採】【裁縫】【農耕】【投擲】
【風刃】【天才】【火球】【洗脳】【狂化】【商人】【販売】【交渉】【売春】【性技】
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。


特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
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とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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