吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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五章

宿泊者名簿No.17 勇者ライト2/10(鋼と性豪)

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「お世話になりました。神父さん」
「王都に行って出世するんだぞ。勇者様、期待しとるぞい」

 俺とセインは世話になった町と教会に別れを告げ、晴れて王都へと向かった。

「ここが王都か」
「凄い華やかな所ね」

 王都は俺たちの生まれ育った村や冒険者登録した町とは全然違っていた。煌びやかで何もかもが輝いて見えた。

 だが光には影がつきものだ。

「孤児や浮浪者もほとんどいないみたいね」
「ああ。だがそれは王様の統治が素晴らしいからじゃないよ。ならず者や身分不相応な者は王都の外へと追放されるからだよ。王都は身分がしっかりした者じゃないと長期の滞在は無理だからね。王都の治安は比較的いいけど、周辺の町の治安はその分悪くなってる」
「そうなのね。色々と闇を抱えてそうね」
「そうだね。でもそれは王国ばかりじゃないよ。どこの国もそうさ。各地で魔物や賊が跋扈して世の中大変さ」

 そんな世界を変えたい。そのために俺たちは冒険者となったのだ。

 まずは王国の中心であるここ王都で冒険者として名を上げる。その後、王国に所属するか、はたまた別の選択をするか決めようと思った。

「とりあえず住む場所は教会に紹介してもらおう」
「そうね」

 俺とセインは長年教会に世話になった教会関係者だ。おまけにそれぞれが勇者スキル持ち、回復魔法スキル持ちの、自分で言うのもなんだが将来性ある若者である。そういった事情があり、すんなりと王都の教会にも話は通った。

 教会の伝手を頼れば、衣食住はどうにかなった。格安で教会所有の物件を借りることができたし、食事はエビス教の信徒が運営する食堂で格安で食べることができた。

 鉄等級冒険者の稼ぎは少ないので王都住みにしては質素な住まいでの暮らしとなったけど、そんなことはどうでもよかった。

 世界の争いを収め世に希望を齎すという大志がある。それを思えば、多少の不満などどうでもいいと思えた。ここ王都での生活は通過点に過ぎないのだ。

 こうして俺たちは王都で活動を始めた。セインとギルドの仕事に励み、ギルド貢献度を高めつつ、暇さえあれば教会の仕事を手伝って教会貢献度を高める日々を送る。

 休みの日は仲間探しもした。二人だけでも依頼をこなせるとはいえ、流石に二人だけだとキツいことが多かったからだ。

 仲間探しは難航を極めた。王国内で活動しようという冒険者が年々減っているせいで、これはと思う仲間を見つけられなかった。

 冒険者の中には俺たち教会寄りの人間みたいにどこかの勢力に所属している人もいるが、基本は皆が自由人だ。より良い待遇、より良い環境を求めて、国内はもとより国外へと流転していく。

 先から続く王国と帝国との紛争で帝国が優勢を保っていることから、帝国側につくのが有利と判断している人が多いようだ。それで王国から帝国に優秀な人材が流れていっているのだとか。近頃は毒蜘蛛とかいう良くない連中の噂もよく聞くようになったし、王国は斜陽の一途を辿っているらしい。

 そんな状況だから、俺たちも己の出世を第一に考えるならば、帝国に行くべきなのだろう。上り調子で人材の集まっている帝国ならば良い仲間を見つけやすいし、冒険者として出世する機会が多くあるに違いなかった。

 だがそうは簡単にいかなかった。故郷が王国だから帝国に行きたくないという単純な理由だけではない。複雑に絡み合うしがらみがあった。

 王国はエビス教が国教なのに対し、帝国はそうではない。帝国でもエビス教の布教は一応認められているものの、皇帝の一存でどう転ぶかわからない状況にあった。

 皇帝は冒険者ギルドと商業ギルドと学術ギルド以外の自由勢力を嫌っていたからだ。皇帝の権威が巨大宗教勢力に奪われるのを好ましく思っていないらしい。ゆえに、帝国では将来的にエビス教が排される可能性は十分にあると言えた。

 そんな事情があるから、教会は帝国と王国の紛争では、密かに王国を応援している。表面上は帝国とも仲良くして布教の自由を確保してもらっているけどね。

 そんなわけで、物心つく頃から教会にお世話になっている俺たちは、王国より帝国が有利だからとすぐに鞍替えするわけにはいかない事情があった。

 今までに積み上げてきたものを全てぶっ壊す覚悟があればそれもできたのだろうが、いくら恵まれたスキルがあるとはいえ、まだ若くしがない鉄等級冒険者の一人である俺たちには、それは無理な選択だった。

(やはりすぐに王都に来るのは間違いだったのだろうか? 他の町で鋼等級くらいまで頑張った方が良かったのか?)

 王都生活では悩むばかりの日々であった。王都なら人が集まるだろうから仲間が集めやすい。来る前はそんな風に思っていたのだが、全然そうではなかった。いくら勇者スキルを持っていても鉄等級の若い俺に命を預けてくれるような人は中々見つからなかった。

「ライト、どこかのチームに間借りさせてもらって経験を積んだ方がいいんじゃない?」
「そうだね。入るとしたらガンドリィさんのとこだけど、それだとセインは無理か……」

 色々と情報収集した結果、王都で新人を積極的に受け入れていて評判がいいと聞くチームは、一つしかなかった。それは“鋼鉄の旅団”と呼ばれるチームだった。

 “鋼のガンドリィ”の異名で知られるリーダーの人は人格者であり、王都に来た大勢の新人冒険者がそのチームのお世話になるのだとか。ただしそのチームは男性限定なので、女性のセインが入ることはできなさそうだった。

「不死鳥はどう? 女性構成員が多くて依頼人の評判がいいって噂だけど」
「不死鳥はダメだよ。リーダーの人があんまり良い噂聞かないよ」
「そうなの? どんな噂?」
「その……性豪だとか……」
「せいごう? せいごうってどういう意味?」
「その……まあとにかく良くないって意味だよ!」

 新しい人員を募集しているかは定かではないが、最近の王都では“不死鳥”と呼ばれる冒険者チームも評判がいいと聞いていた。

 セインは女性が多いということで気になっていたのか、そのチームの名を上げてきたが、俺としては不死鳥に入るのは反対だった。リーダーの人が“性豪”って呼ばれていたからだ。

 女性メンバーが多いのも、きっとリーダーの人の好みの問題なのだろう。美しいセインなら間違いなく加入できるだろうけど、変なことされないか心配だったので、俺は反対だった。

 聖女みたいに美しいセインが、そんな野獣みたいな人の近くに行くことになるなんて嫌に決まっている。性豪と聞いて意味がわからないのかコテンと可愛らしく首を傾げている無垢なセインを見れば、たちまち海千山千のその男の餌食にかかってしまうのは明白であった。

「まあとにかく、入るとしたらガンドリィさんのところだよ。どうやらお店を経営しているみたいだから、今度行ってみよう。頼めばなんとかなるかもしれないし」
「そうね。そうしましょう」

 こうして俺とセインは後日、ガンドリィさんに接触してみることにしたのであった。

 そして年の瀬の迫り来るある日、ガンドリィさんの店を訪ねた。

「アタシとヨミトちゃんの仲じゃないのぉ!」
「やめろ気色悪い。ええい、気安く触るな!」

 ガンドリィさんは見知らぬ男性と仲良くお茶をしていた。

 最初は同じ団のメンバーかと思った思ったが、観察しているとどうも違うらしかった。会話の中で「ヨミト」という名前が出てきたので、相手が誰だかはすぐに察しがついた。

(あの人が不死鳥のリーダー、性豪の人か。想像してたのと違うな……)

 女好きで毎晩遊び歩いていると聞いていたから、もっと大柄で山賊のような見た目をしていると勝手に想像していた。でもそれは全然違った。どちらかと言えば線の細いヒョロリとした地味な人であった。

 物腰もそこまで悪くはない。粗暴な人の多い冒険者の中においては、紳士と言っても過言ではないくらいだった。

「セイン、挨拶しに行こうか」
「ええ、そうしましょう」

 最近気になっていた人物が二人も揃っている。こんな好機は滅多にない。この機を逃すまいと、俺とセインはすぐさま声をかけにいった。

「あの……“鋼鉄の旅団”のガンドリィさんですよね? そちらは“不死鳥”のヨミトさんで合ってますか?」
「ええそうよ」
「ああ」

 目当ての人物であるという確信はあったものの、実際に喋ったことがあるわけではなかったので、念のために確認をとってから話をすることにした。確認をとった後はすぐに自己紹介をする。

「へー、新人君なのね。だったら一杯奢るわよぉ」
「だったら俺は飯でも奢ってやるかな」

 いきなり現れた俺たちを、二人は快く受け入れてくれた。

 ガンドリィさんは噂に違わぬ人格者で素晴らしい人だった。
 ヨミトさんも、性豪なんて酷い二つ名がついているわりには、ガンドリィさんに負けず劣らず良い人のように見えた。

「あの、ガンドリィさんのところって新入団員って募集してますか?」

 ある程度雑談を重ねた後、本題を切り出してみた。

「そうね、ウチはいつでも募集してるわよ」
「あの、それは女性でも入団可能ですか?」
「女の子ねぇ……うーん、悪いけど、女の子は無理ね。ウチは野獣みたいな男ばかりだから、女の子が来たら大変なことになっちゃうわぁん。それに冒険者の心得も遵守したい所だし」
「そうですか……」

 ガンドリィさんのチームにセインも入れてもらえないか交渉してみたが、案の定ダメであった。

 冒険者の心得では、男女入り交じったチームは避けた方が良いと言われている。ガンドリィさんのチームはその心得を遵守しているようであった。

「あの、ヨミト様のチームは新団員を募集していらっしゃいますでしょうか?」
「俺のとこ? 特に募集してないけど、入りたいってなら考えてみるけど……。まあ他のメンバーに相談してみてからだね。あっ、パープル君たち来たみたいだし、聞いてみよっか?」
「それなら是非……」
「あっ、あの、今日のところはいいです! 今日は教会の仕事があるし! そろそろ、俺たちお暇させてもらおうかな!?」
「え、ライト?」

 セインがヨミトさんのチームに入れないか聞こうとしていた。それを見て何故だか焦燥感に駆られた俺は、彼女の腕を軽く引くと、その場から立ち去ることにしたのだった。

「それじゃあ俺たちはこれで。すみません、ご馳走になりました」
「気にしなくていいわよぉん」
「うんまたね」

 奢ってもらった手前、挨拶なしに去るわけにはいかない。俺たちは丁寧に礼を重ねると、その場を後にした。

 帰り道、セインに尋ねられる。

「ねえライト。どうしてヨミトさんのチームは嫌なの?」
「だってあの人はガンドリィさんと違ってあんまり良い噂聞かないし……」
「でもそんな悪い人には見えなかったよ?」
「そうだけど……」
「まあライトが嫌だって言うのならそれでいいけど……」

 俺は意地でもセインをヨミトさんのチームには入れたくなかった。

 確かに会って話してみた印象ではそれほど悪くなかった。悪くないどころか、物腰は丁寧であり、食事まで奢ってくれたし、良い印象しかなかった。

 だが彼が夜の街で「性豪」や「オーク野郎」などと呼ばれているのもまた事実なのだ。教会の教えでは悪徳とされる買春行為を毎晩のように重ねている悪い人であることは、間違いないのだ。

 たとえどんなに表の顔が良くても、裏の顔がどんなものだか知れたものではない。

 セインを思う余り、強い警戒感を持ってしまった。人を噂や偏見で判断してはいけないと教えられてきたというのに、この時ばかりは穿った見方をしてしまったのだ。

「とりあえず二人だけでも仕事はできてるし、王都での生活は一応できているんだ。焦る必要はないよ。地道に活動して、俺たちの考えに共鳴してくれる仲間を見つけていこう」
「そうね」

 こうしてどこかのチームに入れてもらうという考えは、一時棚上げとなった。

 後から思えば、どうしてこの時素直にヨミトさんのチームに入れてもらわなかったのだろうと思う。

 そうすれば、セインも俺もあんな酷い目に遭わずに済んだのに。悔やんでも悔やみきれない。

 この時の己の浅はかさを、俺は一生後悔することになるのである。
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