吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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五章

宿泊者名簿No.16 盗賊頭ゾォーク1/6(転落)

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 いつか伝説の虹等級冒険者になって故郷に錦を飾る。ガキの時分にはそんな青臭いことを考えたこともあったっけか。

 それも遠い昔の話だ。

 いつからだろうか。このくだらねえ冒険者稼業に嫌気がさしたのは。腕っ節の強さよりも見た目が評価される、この糞みたいな世界にな。

「なんでだ! なんでワタリーの小僧が銅等級に昇格して、俺は鋼等級のままなんだよ! おかしいだろが!」

 ある日、堪りかねた俺はギルドの窓口へと怒鳴り込みにいった。俺よりも若い冒険者が銅等級に昇格するという噂を聞きつけたからだ。

 そいつは腕っ節の強さで言えば俺よりも遥かに下だった。修羅場も何も経験してねえ若造が先に出世することには到底我慢できなかった。

「確かに、モンスター討伐等での実績はゾォークさんの方がありますね。傭兵として戦争にも参加してますし、単純なる戦闘力ではゾォークさんの方が上でしょう。剣術スキルを持っていて、剣の腕前は一流ですし」
「そうだろ! だったら何でアイツが昇格で俺は現状維持なんだよ!」

 ギルドの職員の目から見ても、俺の方が実力は上という評価だった。

 それを聞いたらますます納得できなかった。俺はさらに食ってかかった。納得できる理由を聞くまでは絶対に引き下がれなかった。

「その……言い辛いんですが……」
「何だ!? ハッキリ言いやがれ!」 
「その……顔がですね……」
「顔……だと?」
「はい顔です」
「顔がどうかしたのかよ?」

 ギルド職員の口から出たのはまさかの言葉だった。俺が出世できねえ理由――それは。

「ハッキリ言っていいと仰ったのでぶっちゃけますと、貴方、顔が不味すぎるんですよ。あと態度が粗暴すぎます。どこの山賊ですかって感じです」
「……」
「ですので貴族受けがすこぶる悪いです。事実、ゾォークさんは貴族からの依頼をほとんど受けられていませんよね? 一方、ワタリーさんは多くの貴族案件の問題を処理しています。それがワタリーさんが昇格した理由です。高ランク任務の依頼人には貴族や貴族筋の豪商の方が多いですから、必然とワタリーさんの方が多種多様の高ランク任務を処理することになっているというわけです。おまけにスキル【勇者】持ちで将来性抜群です。単純な戦闘力だけが高ランク冒険者として認められるための査定基準ではないのですよ」
「……ふざけるな」

 顔が不味いから冒険者として出世できない――その理由を聞いた俺は怒りを抑えられなかった。騙された気分だったからだ。

「ふざけんな! 冒険者は実力次第で成り上がれる仕事だって聞いて、俺はこの世界に入ったんだぞ! ギルドでもそう宣伝してるだろうが! そこの張り紙にも書いてある!」
「それは建前ですよ。どこの世界でも実力だけで成り上がれるほど甘くはありませんから。コネとか超重要です」
「不当表示だろ! ふざけるな! 俺の十年間の努力を返しやがれ!」
「落ち着いてください! 暴力はいけませんよ!」
「暴力じゃねえ! ただ服を掴んでるだけだろが!」

 ブサイクだと虚仮にされ、俺はギルド職員に掴みかかった。

 こんなことがあっていいはずはねえ。世の中間違ってる。そう思って、必死に訴えた。

「まあドラゴン討伐を独りでできるくらいなら、顔が不味かろうが誰が何と言おうが昇格できますよ。どんな人でも黙らせられるくらいの実力があれば評価されます。めげずに頑張ってください。まだお若いんですから、これからですよ」
「ドラゴン討伐を独りでだと!? そんなの百年経ったって出来るわきゃねえだろが! そんなことができるのは生まれながらに英雄の域にいる奴だけだろが!」
「ええですから、貴方は鋼等級が妥当という判断です」
「それは違う! 金等級や虹等級は無理でも、銅等級くらいの実力はあるはずだ! そんな審査基準は間違ってる! 今すぐに俺を昇格させやがれ!」
「何回も同じこと言わせないで下さいよ。こんな風にいちいち窓口に文句言いにくるのも負の評価として査定されてるんですからね」
「ぐっ……」

 ギルド職員に理詰めで返され、俺は黙るしかなかった。

 職員の言葉には納得できるところもあったが、俺の中で騙されたという感情が消えることはなかった。

 実力さえあれば成り上がれるって聞いて俺はこの世界に入ったんだ。顔が出世の審査基準に入るなんて聞いてねえ。貴族に気に入られなきゃいけねえなんて聞いてねえ。人気商売の男娼や吟遊詩人じゃあるまいし、何で冒険者の出世基準に顔が入るんだ。おかしいだろ。

「聞いたか。顔が不味すぎて貴族から仕事が来ないんだってよ。ぷっ、ウケる」
「しっ、聞こえるだろ」
「ありゃ自意識過剰だろ。あんな性格だから依頼が来ねえんだよ。顔以外にも問題ありだろ」
「顔もブサイクな上に心もブサイクだってか」
「ぷっ、哀れだな」

 話を盗み聞きしていた奴らが、俺の後ろでクスクスと笑っていやがった。そいつらは俺よりも若手の冒険者であり、なおかつ顔が整っていたので、俺は酷くムカついた。

「テメエ、今なんつったコラ」
「何も言ってねえよ。おい放せよおっさん」
「おっさんだとぉ、俺はまだ二十代だ! 死ねやゴラァ!」
「――ぐがっ!」
「テメエ! 何しやがる!」
「うるせえお前も死ね!」
「――がはっ!」

 俺は相手が防御をとるよりも素早く動き、力いっぱい顔面を殴りつけた。

 イケメンの顔面が苦痛で歪むのは最高に気持ちいい。女を抱くより快感かもしれない。

 この時、初めてその快感を味わった。

「ちょっと!? ギルド内での暴力沙汰は即資格剥奪のご法度ですよ!」
「知るかそんなの! どいつもこいつも俺のことを舐めくさりやがって! もう頭にきたぜ!」

 俺は悪口を言いやがった冒険者チーム全員をその場でボコボコにしてやり、さらには止めに入ってきた野郎共もまとめてボコボコにしてやった。

 俺様は強い。最強だ。間違いねえ。

「これは何の騒ぎです? ゾォークさん?」
「ワタリー! ちょうどいい、ムシャクシャしてたところだ、テメエもぶっ飛ばしてやるぜ!」

 そうして止めに入ってきたワタリーの奴とも、俺は戦うことになった。

「へっ、勇者様が生意気にも俺と斬り合おうってのかよ! 俺に勝とうなんざ百年早いぜ勇者様!」
「確かに……僕一人じゃまだゾォークさんには敵いませんね」
「へっ、素直じゃねえか! そういうガキ、嫌いじゃねえぜ!」

 スキル【勇者】持ちのワタリーは未だガキでありながら、急激に力を伸ばしてやがるが、まだまだ俺の方が格上だという自信があった。

「流石の剣の腕前ですね、両刀使いの名は伊達じゃない」
「ハハ! そうだろそうだろ! 素直なガキは嫌いじゃねえぜ、ワタリーィイイ!」

 その自信通り、俺は剣術で圧倒し、ワタリーの奴を徐々に押し込んでいった。

――カキンッ。

「ハハッ、俺の勝ちだ! 死ね! その涼しい顔を苦痛に歪めやがれ勇者様!」

 奴の剣を吹き飛ばし、俺は勝利を確信した――かに思えた。

「なっ――がああああっ!」

 ワタリーの背後にいた奴の仲間が放った魔法が俺に襲い掛かってくる。木の蔦のようなものが俺の手足へと絡まり、俺は地面に引き倒され、拘束されることになった。

 ワタリーの奴が俺と切り結んでいたのはただの時間稼ぎ。仲間の女が強力な魔法を詠唱する時間を稼いでいただけであったのだ。

「やれやれ……」

 ワタリーは涼しい顔をしたまま、地面に落ちた自分の剣を拾った。

「ワタリー、ずるいぞ! 正々堂々と戦いやがれ!」
「何がずるいですか。聞き分けのない犯罪者を捕らえるのにずるいも何もありませんよ」
「犯罪者だとぉ!?」
「そうですよ。こんなに暴れた貴方はもう冒険者としてやっていけませんよ。馬鹿ですね」

 ワタリーに言われ、冷静になってようやく気づいた。長年励んできた冒険者稼業は今日でお終いなのだと。

「おいワタリー、どうにかしろ。口添えして減刑を願ってくれ」
「嫌ですよ。何で僕がそんなことしなきゃならないんですか」
「前に飯を奢ってやっただろ!」
「ああそんなこともありましたか。随分前、僕がデックの時の話ですね」
「そうだろが! 一飯の恩を返しやがれ! テメエは恩知らずなのか!?」

 俺がそう言うと、ワタリーの奴は面倒くさそうにゴルゴン金貨をピンと指で弾いて渡してきたのだった。

「なら利子つけて返しておきますよ。犯罪者に落ちぶれて冒険者資格を剥奪されるであろう貴方は、これから何かと物入りでしょうから。今日で王国を去る僕からの餞別ってやつです」
「なに、テメエ、王国を捨てるのかよ! この売国奴が!」
「流れ人である僕ら冒険者に国なんて関係ありませんよ。良いお仕事をくれる所に流れるだけです。まあ機会があればまた王国に来るかもですが」
「銅等級になるのを推薦してくれた王国のお貴族様を裏切るってのかよぉ!? ふざけるなぁッ!」
「それは貴方には関係ないことですね。ではこれで今生の別れでしょうかねゾォークさん。さようなら」
「テメエ、待ちやがれ! ワタリーィイイイッ!」

 ワタリーは振り返ることもなく仲間たちと共に去っていった。俺の元から、そして王国から去っていったのだった。

「何でこんな馬鹿なことを。ゾォークさん、見損ないましたよ」
「ふん、うるせえよ。冒険者なんて商売、今日でお終いだ。ギルド職員のテメエらとも今日でお別れだ」
「あーあー、十年も頑張ったのに勿体ない。地道に頑張れば銅等級もあり得る実力だったのに……」
「そりゃ何年後の話だよ。清々するぜ」
「お尋ね者にだけはならないでくださいよ!」
「うるせえ! あばよギルドのゴミ職員共!」

 こうして俺は冒険者資格を剥奪され、王都を追われることになったのだ。

 十年かけて積み上げてきた経歴を棒に振り、賠償金のために溜め込んだ全財産を失うことになったが、後悔はなかった。自分の実力が正当に評価されない世界にいたって面白くもなんともないからな。冒険者稼業に未練はなかった。
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