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四章
宿泊者名簿No.14 羊飼いの少年アキ5/7
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「メグミン大丈夫!?」
メグミンがオージンに呼び出された日の翌朝。
僕はメグミンと廊下ですれ違った。その時の彼女の顔は真っ青で、まるで幽鬼のようだった。
「大丈夫よ……」
「どう見ても大丈夫じゃないじゃないか!? 一体何が……」
「大丈夫だから」
メグミンはたとえ朝一番であろうが、いつも元気一杯だ。バッドスキル持ちでいつも体調不良の僕とは違い、どんな時でも元気に満ち溢れている。たとえ夜更かしした次の日の朝でも、会うといつもシャキッとした挨拶を返してくれる。満面の笑みで大きな声で挨拶を返してくれるんだ。
それなのに――。
「大丈夫だから……何でもないから」
メグミンは一睡もしていないような顔で、「大丈夫。何でもない」と、念仏のようにブツブツと呟き続けていた。
僕の言葉にもはっきりとした返事を返してくれない。虚ろな目でブツブツと言葉にならない言葉を繰り返すのみ。下手したら僕よりも体調不良なんじゃないかってくらいの酷い有様だった。
(オージンに何かされたんだ。くそっ、くそっ)
僕はすぐに何が起きたか理解した。オージンの今までのメグミンに対する態度を考えるに、答えは一つだった。
真実を確かめるべく、僕はすぐにオージンの部屋へと殴りこみに行った。
「オージン! メグミンに酷いことしただろ!」
「あん?」
オージンは朝だというのにまだ布団の中でまどろんでいた。
ベッドの脇には投げ捨てられた酒瓶が大量にあって、とても酒臭い部屋であった。酒に混じって変な生臭い臭いも漂っていた。
「おうガキ、ちょうどいいところに来たな。これやるよ」
そう言って、オージンは僕に寝台の敷物を投げよこしてきた。敷物には汚濁がべっとりとついていた。赤と白の汚濁が。
「こ、これは……」
その汚濁を見て、僕は呆然と固まった。
「まだガキだからわかんねえか。メグミンが乙女だった証さ。メグミンは女になったってことさ。ガハハハ!」
「お、お前っ!?」
「おっ、その反応は多少は色を知っているか。けけっ」
オージンは相変わらずの厭らしそうな顔を見せながら、酒臭い息を吐きつつそう言った。何も悪びれていない様子だった。
メグミンの様子がおかしかった理由がはっきりとわかった。頭に血が上ってしまい、僕はそのままオージンに殴りかかろうとしたのだが――。
「ごちゃごちゃ騒いでねえで、さっさとそれを洗ってこい」
「――はい」
オージンに一言何か言われただけで、その通りにしか動けなくなる。奴に危害を加えることなんて何もできない。
僕は半泣きになりながら敷物を抱え、洗い場に向かったのだった。そうすることしかできなかった。
「ううっ、くそっ、メグミン、メグミン……」
オージンが散々吐き出した汚濁とメグミン乙女の血で汚れた敷物を、僕はひたすらゴシゴシと洗った。
「ちくしょう……」
秋も終わりに差し掛かる季節の早朝。井戸の水は冷たく、指先はすぐに凍えて冷たくなっていった。指先以上に、身体の奥まで冷えていくようにも感じられた。
惨めだった。僕はメグミンの大事なものを守れなかったのだ。メグミンの純潔があんな下衆男に奪われてしまった。その事実を考えると、涙が何度も頬を伝った。
何度、目の前に広がる光景が悪夢だったらいいかと思ったことか。
だが指先に伝わるジンジンとした冷たさと痛みは本物だった。シーツに染み付いた臭い汚濁は明らかな証拠であった。
夢ではない。全ては現実なのだと、それらが教えてくれた。
「なんでだ……なんでなんだ……」
僕は会った時からずっとメグミンのことを恋焦がれていた。
でもバッドスキル持ちで不能の僕じゃ彼女を幸せにすることなんてできないから一歩引いて付き合っていた。異性ではなく家族として付き合おうとしていた。
彼女と結ばれることなんて夢のまた夢だ。不能の僕がメグミンを貰えるわけがない。そんなことはわかりきっている。そんなことはどうでもいい。メグミンの大事なものを貰えるのは僕じゃなくてもよかったのだ。
彼女を大切にしてくれる素敵な旦那さんや彼氏が出来て、そういう行為に至ってくれたらそれでいいとずっと思っていた。
そうだったら、僕は笑っていられただろう。少しだけ胸が痛んだかもしれないが、きっと笑っていられた。だけど――。
「なんであんな汚いおっさんなんだ……くそっ、くそっ」
メグミンの大事なもの。メグミンが恋を知り、僕以外の運命の人と出会い、美しく奪われていくはずだったもの。季節の移ろいと共に儚く散っていく一輪の花だったはず。
それが、あんな自堕落という言葉を体で表したような汚いおっさんに、むざむざ奪われてしまうなんて。いい年して定職に就かず、この歳までフラフラとしていたような男に奪われるなんて。
「うぅ……畜生」
そんな下衆な男にいいように操られ、情事の後始末をやらされている自分は酷く惨めに感じられた。その絶望感といったら、言葉では表しきれない。生き地獄とはまさにこのことだった。
「ガキ、今日も頼むぜ。ちゃんと洗っとけよ。その後は部屋の掃除な」
「――はい」
それからというもの、メグミンは毎晩のようにオージンに呼び出されることになった。
僕は毎朝オージンの寝台の敷物の交換を行い、オージンとメグミンの情事の跡が残る部屋の掃除をさせられることになった。
オージンがメグミンの肉体にぶつけて吐き出したであろう汚濁を雑巾で拭い取り、綺麗にしていく。性臭が篭った部屋の窓を開けて換気を行う。
そんな惨めな毎日が繰り返されていった。
ただ、こんなものはまだ序の口に過ぎなかったのだ。地獄はまだまだ続いていく。僕のトラウマを刺激するような最悪の光景がこれから起きていくことになる。
メグミンがオージンに呼び出された日の翌朝。
僕はメグミンと廊下ですれ違った。その時の彼女の顔は真っ青で、まるで幽鬼のようだった。
「大丈夫よ……」
「どう見ても大丈夫じゃないじゃないか!? 一体何が……」
「大丈夫だから」
メグミンはたとえ朝一番であろうが、いつも元気一杯だ。バッドスキル持ちでいつも体調不良の僕とは違い、どんな時でも元気に満ち溢れている。たとえ夜更かしした次の日の朝でも、会うといつもシャキッとした挨拶を返してくれる。満面の笑みで大きな声で挨拶を返してくれるんだ。
それなのに――。
「大丈夫だから……何でもないから」
メグミンは一睡もしていないような顔で、「大丈夫。何でもない」と、念仏のようにブツブツと呟き続けていた。
僕の言葉にもはっきりとした返事を返してくれない。虚ろな目でブツブツと言葉にならない言葉を繰り返すのみ。下手したら僕よりも体調不良なんじゃないかってくらいの酷い有様だった。
(オージンに何かされたんだ。くそっ、くそっ)
僕はすぐに何が起きたか理解した。オージンの今までのメグミンに対する態度を考えるに、答えは一つだった。
真実を確かめるべく、僕はすぐにオージンの部屋へと殴りこみに行った。
「オージン! メグミンに酷いことしただろ!」
「あん?」
オージンは朝だというのにまだ布団の中でまどろんでいた。
ベッドの脇には投げ捨てられた酒瓶が大量にあって、とても酒臭い部屋であった。酒に混じって変な生臭い臭いも漂っていた。
「おうガキ、ちょうどいいところに来たな。これやるよ」
そう言って、オージンは僕に寝台の敷物を投げよこしてきた。敷物には汚濁がべっとりとついていた。赤と白の汚濁が。
「こ、これは……」
その汚濁を見て、僕は呆然と固まった。
「まだガキだからわかんねえか。メグミンが乙女だった証さ。メグミンは女になったってことさ。ガハハハ!」
「お、お前っ!?」
「おっ、その反応は多少は色を知っているか。けけっ」
オージンは相変わらずの厭らしそうな顔を見せながら、酒臭い息を吐きつつそう言った。何も悪びれていない様子だった。
メグミンの様子がおかしかった理由がはっきりとわかった。頭に血が上ってしまい、僕はそのままオージンに殴りかかろうとしたのだが――。
「ごちゃごちゃ騒いでねえで、さっさとそれを洗ってこい」
「――はい」
オージンに一言何か言われただけで、その通りにしか動けなくなる。奴に危害を加えることなんて何もできない。
僕は半泣きになりながら敷物を抱え、洗い場に向かったのだった。そうすることしかできなかった。
「ううっ、くそっ、メグミン、メグミン……」
オージンが散々吐き出した汚濁とメグミン乙女の血で汚れた敷物を、僕はひたすらゴシゴシと洗った。
「ちくしょう……」
秋も終わりに差し掛かる季節の早朝。井戸の水は冷たく、指先はすぐに凍えて冷たくなっていった。指先以上に、身体の奥まで冷えていくようにも感じられた。
惨めだった。僕はメグミンの大事なものを守れなかったのだ。メグミンの純潔があんな下衆男に奪われてしまった。その事実を考えると、涙が何度も頬を伝った。
何度、目の前に広がる光景が悪夢だったらいいかと思ったことか。
だが指先に伝わるジンジンとした冷たさと痛みは本物だった。シーツに染み付いた臭い汚濁は明らかな証拠であった。
夢ではない。全ては現実なのだと、それらが教えてくれた。
「なんでだ……なんでなんだ……」
僕は会った時からずっとメグミンのことを恋焦がれていた。
でもバッドスキル持ちで不能の僕じゃ彼女を幸せにすることなんてできないから一歩引いて付き合っていた。異性ではなく家族として付き合おうとしていた。
彼女と結ばれることなんて夢のまた夢だ。不能の僕がメグミンを貰えるわけがない。そんなことはわかりきっている。そんなことはどうでもいい。メグミンの大事なものを貰えるのは僕じゃなくてもよかったのだ。
彼女を大切にしてくれる素敵な旦那さんや彼氏が出来て、そういう行為に至ってくれたらそれでいいとずっと思っていた。
そうだったら、僕は笑っていられただろう。少しだけ胸が痛んだかもしれないが、きっと笑っていられた。だけど――。
「なんであんな汚いおっさんなんだ……くそっ、くそっ」
メグミンの大事なもの。メグミンが恋を知り、僕以外の運命の人と出会い、美しく奪われていくはずだったもの。季節の移ろいと共に儚く散っていく一輪の花だったはず。
それが、あんな自堕落という言葉を体で表したような汚いおっさんに、むざむざ奪われてしまうなんて。いい年して定職に就かず、この歳までフラフラとしていたような男に奪われるなんて。
「うぅ……畜生」
そんな下衆な男にいいように操られ、情事の後始末をやらされている自分は酷く惨めに感じられた。その絶望感といったら、言葉では表しきれない。生き地獄とはまさにこのことだった。
「ガキ、今日も頼むぜ。ちゃんと洗っとけよ。その後は部屋の掃除な」
「――はい」
それからというもの、メグミンは毎晩のようにオージンに呼び出されることになった。
僕は毎朝オージンの寝台の敷物の交換を行い、オージンとメグミンの情事の跡が残る部屋の掃除をさせられることになった。
オージンがメグミンの肉体にぶつけて吐き出したであろう汚濁を雑巾で拭い取り、綺麗にしていく。性臭が篭った部屋の窓を開けて換気を行う。
そんな惨めな毎日が繰り返されていった。
ただ、こんなものはまだ序の口に過ぎなかったのだ。地獄はまだまだ続いていく。僕のトラウマを刺激するような最悪の光景がこれから起きていくことになる。
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