吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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二章

宿泊者名簿No.9 無能少年ノビル(上)

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 あれはいつのことだったか。今となっては遠い昔の、穏やかなある日のことだった。

「こ、これは……っ!?」

 俺の頭に手をかざしていた鑑定士の男が、驚いたように言葉を漏らす。

「うーん、これはなんという……」
「どうしたの旅の鑑定士さん! もしかしてノビルは凄いスキルでも持ってるの!?」
「どうなんだよ!?」
「どうせノースキルだろ? ノビルがそんな凄いスキル持ってるわけねえって!」
「なんせ、農家の息子なのに農作業も満足にできないくらいの無能だからな!」

 言いよどむ鑑定士の男を急かすように、村の子供たちが騒ぎ立てる。
 俺を含めた村の子供たちは、村に立ち寄った旅の鑑定士によって、スキルの鑑定を受けていた。

 スキルの鑑定なんて本来なら金をとられるようなことだが、その鑑定士は戯れに無料で子供たちにスキル鑑定を施してくれたのだった。
 まあ純粋な戯れというわけでもなく、珍しいスキル持ちがいたら王都の連中に情報でも売りつけてやろうという魂胆があったのかもしれないが。

 ただ、この時の幼い俺にはそんな鑑定士の男の真意などわかるはずもない。単に親切な人が村にやって来たのだと思っていた。

(どうなんだ!? 俺って凄いスキルを持ってるのか!?)

 俺は年頃の男の子らしく期待に満ちた目で、鑑定してくれた男の顔を見上げていた。無能のできぞこないと言われている俺でも、何か秘めたる力があるのではないかと純粋に期待していた。

「君、【狂化】ってスキルを持ってるよ。非情に珍しいスキルだ。兵士にでもなれば一騎当千の活躍が出来るかもしれないね……」

 鑑定士は少し考え込んだ後、難しい顔をしながらそう言った。その言葉を聞いて、俺の胸は大きく高鳴った。

「え、嘘!?」
「マジかよ! あのノビルがそんなすげえスキル持ってるっていうのかよ!?」
「ノビルすげええええ!」
「一騎当千かっけえええええ!」
「俺らの村から英雄誕生しちまったんかぁああ!?」

 周りにいた子供たちが一気に騒ぎ立てる。

(俺、凄いんだ! やった!)

 こんな素晴らしい気分に浸れたのは、生まれて初めてかもしれない。みんなが俺に注目し、俺のことを羨んでいた。いつもの蔑むような視線は何もなかった。

 何故みんながこれほど騒ぎ立てるのかといったら、それもそのはずだ。村の子供でノースキル(スキルなし)というのは珍しくないからだ。凄いスキルを持っていると聞いたら、騒ぎ立てないはずはなかった。

「ちっ、面白くねえ」

 いつも俺のことを馬鹿にしてくるガキ大将が、面白くなさそうな表情を浮かべて舌打ちしていた。さっき俺の前に鑑定を受けていた村のガキ大将は、ノースキルの判定をされたからだ。

 悔しそうなガキ大将の顔を見て、俺の胸はスカっと晴れて気分爽快となった。

(やった。俺には秘められた力があったんだ! これでみんなを見返せる!)

 そう思ったのだが、現実は甘くなかった。俺の天下は三十秒ほどの時間で終わった。三日天下ならぬ三十秒天下だった。

「実は……君にはもう一つスキルがあるんだ」
「マジかよ!」
「ノビル、まさかのスキル二つも持ってるのかよ!」
「ノビルすげええええ! 選ばれし子供ぉおおお!」
「俺たちの村から英雄王爆誕かぁああ!」

 再び騒ぎ立てる子供たち。俺の胸は期待で再度高鳴るが、それは一瞬で胸騒ぎへと変わった。
 鑑定士の男の表情は暗かったのだ。続く言葉を言ってよいか、迷っているようだった。

「君はその……【無能】というスキルも持っているんだ。【無能】はバッドスキルで、さっきの【狂化】スキルの利点を打ち消して余りあるほどの良くない影響力を持っている」
「ど、どういうことなんですか? まったく何を言ってるか意味がわかりません! もっとわかりやすく言ってください!」

 当時の俺は、神の言葉を交えた難しい言葉で言われても何もわからなかった。ただ、雰囲気的に良くないことを言っているのだということはわかったが。

「お願いします! わかりやすい言葉でお願いします!」

 俺は急かすように鑑定士の男に続きの言葉を促した。
 さっきまで騒ぎ立てていた村の連中も、黙って鑑定士の言葉を待った。

「つまり、君は実質ノースキルだ。いや、それ以下だな。何も才能がないばかりか、基礎能力すら人並みに至れないだろう。神様も残酷なことをする……」
「もっとわかりやすく! まだ意味がわかりません!」

 俺が錯乱気味になりながら言うと、鑑定士の男は何でわからないのだという感じで少し苛立っていた。

 当時の俺は本当に意味がわからなかったのだからしょうがない。
 なんとなく悪いことを言っているのはわかるのだが、具体的に何を言っているのだかまったくわからなかった。だから余計に不安に思って大声を出しちまう。

 スキル【無能】の影響で、俺の頭には常に靄がかかったようで、言葉の意味をまるで理解できなかったのだ。馬鹿でもわかるように言ってもらわねば何もわからなかった。

「ええい、つまり、君は無能なんだよ! ガチ無能! 人並み以下! 馬の方がまだ賢い! これでわかったか!?」

 鑑定士の男にそう言われて、やっと俺は理解した。自分は「ガチ無能」なのだと。
 ところで「ガチって何だ?」と当時の俺は思っていた。わかりやすく言えば、すっごい無能ということらしい。

「せっかくいたいけな子供の心を傷つけぬように言葉を選んでやっていたというのに……そんなワシの心遣いを無にしおって……まったく」

 鑑定士はぶつぶつと何かを言っていたが、俺は呆然と立ち竦んでいた。さっき言われた「無能」という言葉が、頭にこびり付いて離れなかったからだ。

「ギャハハハ! ガチ無能だってさ!」
「馬以下だってさ!」
「やっぱりノビルは無能だったんだ!」
「【無能】なんてバッドスキルを持ってるだなんて、なんて哀れなやつだよ!」
「神が認めし無能少年ノビルの誕生だ! ギャハハ!」

 俺が無能だとわかり、子供たちは再び騒ぎ出した。

「マジかよ! ノビル、ダセー! ギャハハハ!」

 ガキ大将も息を吹き返した。
 さっき俺が二つ目のスキルを持っていると聞いた時は死んだ魚のような表情をしていたくせに、今はもう新しい玩具を見つけたかのように楽しんでいた。

「やめなさいよ。ノビルが可哀想でしょ」

 村の子供たちは一斉に俺のことを馬鹿にしてきた。だがそんな時、救世主が現れた。

 レイラだった。幼馴染のレイラが俺のことを庇ってくれたのであった。彼女はお隣さんの誼なのか、俺が苛められているといつも助けてくれた。

 女の子でありながら、レイラのその腕っ節は村の大人よりも強い。誰もレイラには逆らえない。逆らおうとも思わない。彼女にはそういう魅力が自然と備わっていたのだ。

「みんな、ノビルに謝りなさい。人の不幸を笑うもんじゃないわよ」

 村の人気者のレイラが俺を庇ったものだから、子供たちは一斉に大人しくなった。ガキ大将もレイラの言うことを素直に聞き、「悪かった」と俺に謝ってくる。

 ガキ大将はレイラのことが好きなのだ。だから嫌われたくないので言われたことを素直に聞く。

 村の者は老若男女問わずみんなレイラのことが好きなのだ。無論俺もな。昔から大好きだった。

「そうだ、レイラも鑑定受けてみろよ!」
「そうだよ!」

 誰が言い出したか、周りの者に促されて、レイラも鑑定を受けることとなった。

 子供でありながら村の誰よりも優秀なレイラ。きっと何か凄いスキルを持っているに違いない。
 誰もが思ったその予想は、見事に的中していた。

「うっ、これは!? 凄いぞ! 君は【天才】というスキルを持っている!」

 鑑定士の男が、はしゃぐように言った。
 大の大人が外聞も気にせず子供のようにはしゃいでいた。それほど凄いものを見たといった感じだった。

 レイラの持つ【天才】というスキルは、俺の持つ【無能】スキルとはまさに対極にあるものだった。人並み以上に物事がこなせて習熟も早くなる、というものだった。

「ノビルみたいにバッドスキルもあるんじゃないですか?」
「そんなものはない! 君は正真正銘、神に選ばれし子供だよ! 将来は冒険者にでも何でもなるがいい! きっと大成するぞ! ああ、英雄の誕生の瞬間に立ち会えて光栄じゃ、ガハハ!」

 鑑定士は大声で笑っていた。村の子供たちもそれにつられ、レイラのことを囃し立てる。

「私が英雄なんて……もうやめてよね」

 レイラは少し気恥ずかしそうにしていた。
 その横顔がまた可愛くて、俺は自分が無能認定されたことも忘れ、その横顔に見惚れていたのだった。

 鑑定士の男との出会いを経てそれからというもの、冒険者になって村に錦を飾るというのが、レイラの目標になったようだった。
 レイラは村での農作業から何まで冒険者になるための修行だと考えて率先してこなすようになった。最年少ながら自警団にも所属し、武技の修練にも余念がなかった。

「はぁっ、やあっ!」

 俺の家の窓からはいつも修練に励む彼女の姿が見えた。彼女の剣技は美しくて格好良くて、本当に凄かったのを今でもよく覚えている。俺なんか到底操れないような重そうな剣を細い腕でビュンビュンと振り回していた。

 レイラは本当に凄かった。ある時なんて、村に押し寄せてきたゴブリンの集団を一人で倒しちまった。ゴブリンナイトとかいう、ゴブリンの上位種に率いられた集団だ。それなりに名のある冒険者でも一苦労するような魔物の軍勢を一人で倒してしまったのだ。

 そんなこと、村の誰だってできやしない。レイラは、まさに天才だった。

 レイラは村を発つまでの数年間の間に、【農耕】、【料理】、【裁縫】、【剣術】という四つのスキルを修得したようだった。
 普通、そんな短期間で複数のスキルを得るのなんて無理だ。どれか一つに専念してやっと一つのスキルが得られるかどうかだ。レイラはまさに天才だった。

「みんな、いってきまーす!」
「レイラ、大物になれよ!」

 そして満を持して、レイラは十五の成人を迎えると同時に村を旅立っていった。多くの村人たちに見送られ、笑顔で旅立っていった。

 きっと彼女は大人物に成長するに違いない。生ける伝説である虹等級冒険者のような存在になって、故郷に錦を飾るに違いない。
 村の誰もがそう思っていた。

 事実、冒険者となった後のレイラの快進撃は凄まじかった英雄に違わぬ働きぶりで、あっという間に鉄等級まで上り詰めたのだとか。若くして鋼等級も間近だとの噂が聞こえてきた。

 その噂はガキ大将を通じて村にも伝わっていた。
 成人したガキ大将は、ミッドロウの町から村に必要な物資を調達する商人となっていた。それでミッドロウの町と定期的に行き来するついでに、レイラの情報を仕入れていたのであった。

「レイラのやつ、スゲーんだぜ。お前もお隣さんで鼻高々だよな。英雄の生まれの隣なんだぜ?」
「うん。まったくだ」

 成人したガキ大将は、昔のような意地の悪いやつではなくなっていた。ガチ無能だけど村の仲間だから差別なんてしないと、俺とも普通に会話するまでに性格が丸くなっていた。

 俺はガキ大将から月一で聞くレイラの話が楽しみだった。
 家族や多くの村人たちからは相変わらず無能だと馬鹿にされる日々が続いていたが、そのガキ大将の話を生き甲斐に辛酸を舐めながらも生き続けていた。レイラの英雄譚を聞くだけで、人生の全ての苦労が報われる――そんな気がしていた。

「すまん。ガキ大将、もう一回同じことをわかりやすい言葉で言ってくれ」
「はぁ!? なんで意味がわかんねえんだよ?」
「意味わからないんだからしょうがねえだろ!?」
「逆ギレすんな! ったく、しょうがねえなぁ……」

 ガキ大将は商人として働いているだけあって話が上手かった。俺は夢中になってその話をいつも聞いていたのだが、どんなに真剣になって聞いていても、一回聞くだけじゃ話の意味を全然理解できなかった。だからいつもガキ大将には同じ話を何回もするように求めていた。

「いいか、今回のレイラは薬草採取任務の途中で現れたオークを討伐したんだ。オークってのはわかるか?」
「わかんねえ」
「オークってのは、豚の化け物だ」
「ガキ大将みたいなのか?」
「テメエ、喧嘩売ってんのかよ!」

 ガキ大将はいつも文句を言いつつも、俺に付き合って三回くらい同じ話をしてくれた。ガキ大将としても、レイラの英雄譚を話すのは楽しかったらしい。

 ガキ大将がミッドロウの町に買出しに行って帰ってくる日には、俺はいつも村の門の近くで彼の帰りを待っていた。いち早くレイラの情報を聞きたいがためだ。

(そういえば今日はガキ大将が村に帰ってくる日だな。レイラは今度は何をしでかしたんだろ? もしかしてドラゴンとか討伐してたりして? レイラ、すげー)

 あれはいつだったか。とある日の夕暮れのことだった。その日も、俺は門の近くでガキ大将の帰りを待っていたのだった。

「ノビルか……」
「どうしたガキ大将、暗い顔して? ゴブリンのウンコでも踏んだのか?」
「ちげえよ……あとでお前だけに話す。今晩ウチの納屋に来い」
「ああ……わかった」

 いつものように買出しから帰ってきたガキ大将は酷く暗い顔をしていた。昔から五月蝿いのが取り柄だったようなガキ大将の異変に、俺は変な胸騒ぎを感じた。
 俺の予感なんて普段は全く当たらないのに、こういう時に限って当たりやがったのだ。

 夜、俺はガキ大将の家の納屋に呼ばれて二人っきりで酒を飲むことになった。ガキ大将が酒を奢ってくれるなんて珍しい。余計胸騒ぎがした。

「実はだな……レイラのことなんだが……」

 その酒席で、ガキ大将は顔を真っ赤にさせながらぽつりと喋り出した。
 酷く酔っているようだった。俺が道に迷ってガキ大将の家に辿り着くまで時間を食っている間に、奴は何杯も酒を呷っていたらしい。飲まなきゃやってられないといった感じだった。

「うぅ……レイラはなぁ……レイラはなぁ……」

 ガキ大将は涙目になりながら、信じられない言葉を言ったのだった。俺は思わずガキ大将に詰め寄っていた。

「ふざけるなよ! 言って良い嘘と悪い嘘があるだろうが! 俺が無能の馬鹿だからって、馬鹿にしてんのかよ!」
「違う! 俺だって認めたくなんかないさ! でも本当なんだよ!」

 ガキ大将は完全に泣き崩れながら、搾り出すような声で言った。俺にとって唯一の生き甲斐であったレイラの現在の状態のことを……。

「レイラは……娼婦になっちまったんだよ」

 ガキ大将のその言葉はしばらくの間、俺の脳裏に呪いのようにこびり付いて離れなかった。
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