吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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一章

口裏合わせ

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 ゴルド一味を討ち果たした翌朝。俺はチュウに連れられ、彼らが働く作業現場へと顔を出すことになった。

「チュウの旦那⁉ 怪我、治ったのかよ⁉」
「あんな重傷だったのにどうして⁉」

 現場に現れたチュウを見て、開拓団のメンバーたちは一斉に驚きの声を上げた。まるで幽霊を見たかのように大騒ぎだ。

 そりゃそうだ。チュウは昨日までは立てないほどの再起不能の怪我を負っていたんだからな。

「こちらの旅人さんから貰った回復ポーションのおかげで奇跡的に回復したんだよ」
「本当か⁉ アンタ、ありがとな!」
「チュウの旦那を助けてくれて、マジ感謝だぜ!」

 チュウの説明を聞き、開拓団の男たちが感謝の言葉を伝えてくる。

「本当にありがとう……」

 中には涙ぐみながら手をとって感謝してくるやつまでいる。

 チュウが本当に慕われているのがよくわかるな。逆に言えば、ゴルドたちが嫌われすぎだ、とも言えるが。まあ当然だろう。あんな乱暴者を好きな奴などいないからな。

「でもチュウの旦那が復帰したって知られたら、またゴルドたちにシメられるんじゃ……」

 騒ぎも一段落すると、冷静になった人が懸念を口にし始めた。ゴルド一味への恐怖が身体に染み付いているようだな。

「その心配ならいらん。ゴルド一派は今朝のうちにこの村を出て行ったようだ。この旅人さんがそれを証言してくれたし、村人の中にも大勢の目撃者がいる。ゴルドは開拓団の仕事を放り出したようだぜ。俺はこれから監察官殿のところにいって、ゴルドたちがいなくなったことを伝えてくるよ」

 チュウは嘘の説明をする。打ち合わせ済みの嘘だ。

 本当はゴルドたちは俺がぶっ殺した(正確にはタロウたちが)のであるが、ゴルドは仮にも開拓団団長なので殺したと知られると不味い。だから、逃げていった、という風に見せかけることにした。

 今朝方、俺とエリザがゴルドたちに化けて一芝居打ち、大勢の村人の前で村から出て行ったように見せかけた。まずばれることはないだろう。

「本当か⁉ それなら嬉しいが……」
「それにしてもなんでゴルドのやつらは急に村を出て行ったんだ? あんなにこの村に執着してやりたい放題やってたのによぉ。エレーナさんにも執着してただろ?」
「そんなことどうでもいいだろ。ゴルドがいなくなったってんなら最高だ!」
「だな。今日はなけなしの金奮発して酒でも飲もうぜ!」
「こりゃめでてえや!」

 ゴルドが村から去ったことを伝えると、開拓団の男たちは喜色満面といった感じで盛り上がった。不可解に思っている者もいるものの、それ以上に喜びが勝っているようだ。

「やったー!」
「今日は宴会だぜ!」

 開拓団の男たちは一斉に騒ぎ始める。昨日まで鬱々としていた仕事現場が嘘のようだな。

「それじゃ、俺たちは監察官殿に事情を説明してくるから。たぶん今日から俺が開拓団団長に復帰することになる。お前たちは仕事の準備を進めておいてくれ」
「おう!」

 開拓団の男たちと別れ、チュウと俺は村の中心部に向かう。やがて田舎村にしては立派な建物が見えてくる。

「この村にこんな立派な建物があったとはね。教会並みに立派な建物だね」
「そりゃそうさ。王都から派遣された監察官殿のお屋敷だからな。庶民上がりの下級貴族だが一応貴族様だ。下手な騒ぎを起こさないよう、丁重に頼むぜ。まあヨミトの旦那なら心配ないと思うが」
「ああわかってるさ」

 屋敷の前にいた門兵に声をかけ、中に通してもらう。

「ん? あんたはチュウか? たしか大怪我したって聞いていたが……」

 屋敷に入ると、ちょび髭の神経質そうな男が出迎えてくれた。

「ああ。実はかくかくしかじかでですね」

 チュウは開拓団の男たちに話した内容よりもより詳細な嘘を述べていった。

「なるほど。ゴルドの奴らがそちらの御仁の奥方に手を出そうとしたのですな。それで騒動になったと」
「そうです。それで俺が死なない程度にボコってやったんです。そうしたらこんな若造に負けて心がヘシ折られてしまったのか、奴らは脱兎の如く村から逃げ出していったんです。おそらくもう村に帰って来ないと思います」
「それを証明できる人は?」
「宿屋の女将エレーナも見てますよ。他にも向かいの宿の親父も見てますね。野次馬も大勢いました」
「わかり申した。後で確認させていただきますぞ。まあ嘘はついてないと思うがね」

 監察官はあのゴルドがあっさり村を捨てたことを訝しく思うものの、それ以上は尋ねてこなかった。嘘だと証明する証拠がないからな。監察官は信じざるを得ないだろう。

「しかしあの冒険者崩れのゴルドたち相手に喧嘩して無傷とは、貴方様は凄腕でいらっしゃいますなあ」
「まあ多少腕に自信があるので」
「いやはや頼もしい。どうですかな? このままこの村の開拓団や警備兵の一員として力を尽くされては?」
「お気持ちだけ受け取っておきますよ。この村には気ままな旅の道中に立ち寄っただけですから」
「それは残念ですなぁ。その若さで奥方を連れて旅とは、どこぞの貴族か商人様のご子息で?」
「商人の息子ですね。次男坊なので家を継ぐつもりはないので、今はこれから将来何をしようか自分探しの旅の途中って感じですね」

 色々突っ込んだ事情を聞かれたので、適当に嘘を返しておく。

「じ、自分探しの旅ですか……ハハハ」

 咄嗟についた嘘だったのだが、妻を引き連れて自分探しの旅というのは無理があっただろうか。監察官殿は張り付いたような笑顔をしていたし、隣のチュウも呆れたような顔をしていた。

「ハハハ、人生色々ですからな。それにしても羨ましいですなぁ。自由気ままで。ですが立派な若者がそれではいけませんぞ!」

 その後、張り付いた笑顔の監察官殿から小言まじりの説教を受けた。
 この監察官、庶民上がりだけあって中々苦労しているらしい。監察官の若い頃の苦労話をたっぷりと聞かされるハメになった。最悪だ。

 それからしばらくして、俺たちは解放されることとなった。

「俺はこれから開拓団の現場に戻るが、ヨミトの旦那はどうする?」
「ゴルドを追い払ったことが知られると、力を持つ俺に接近してくる面倒な村人とかがいるかもしれん。俺とエリザは新たな面倒ごとに巻き込まれる前に、村を出て行く風を装うよ。それからこっそりエレーナのとこに戻って店の準備を手伝うよ」
「そうかわかった。それじゃまた夜にな。たぶん、エレーナの宿に大勢の仲間を連れていって宴会することになると思うから、よろしく頼むぜ」
「ああ勿論、しっかりおもてなしするよ。今までにない大勢のお客様をおもてなしできるのか。うひひ、楽しみだなぁ」
「……ヨミトの旦那ってさ、変わった吸血鬼だよな。人間に施しするのが趣味なんてよ」
「施しじゃなくて商売だけどね」
「まあそうかもしれんが」

 呆れ目のチュウと別れ、俺は軽やかなステップでエレーナの宿に戻っていったのであった。
 夜に来るお客さんのことを考えると、ワクワクが止まらないぜ。
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