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第8話《森の賢者》

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……………………もう5年前の話だ。



「族長、このままでは我らの一族はあの卑劣な冒険者達の手によって最悪は皆殺し、運良く助かっても奴隷にされかねません!」
「族長、ご決断を!」
「いまこそ我等の祖霊の誇りにかけて攻勢にでるべきです!!」
「黙っていろッッ!!!……………考えさせてくれ」



私が族長を務める誇り高き森の賢者と揶揄されるケンタウロスの一族は、壊滅の危機に瀕していた。

私達の一族が暮らす集落に人間の冒険者達が現れいきなり攻撃されたのだ。
1度は冒険者達を集落から追い払ったものの、食べ物に毒を混ぜてきたり、集落から離れて食べ物を探しにでた者を殺したりと冒険者達は執拗に私の一族を襲った。

さらには森の奥に眠る私達の聖域を荒らし、聖域を守護する我らケンタウロスを襲っては、抵抗する意志を見せれば躊躇なく殺し、従順な者は捕まえ奴隷とされていた。


最初は50人ほどだった我らの一族も30人ほどまで減っていた。



もう限界だった。

冒険者達と戦う選択肢の他にも、この森を離れて新たな地を探す選択肢もあったが「果たして私達の一族が暮らすに適した地を見つけることができるのか?」と、私は決断の時を迫られ悩んでいた。



「族長、ご決断を」
「祖霊の怒りを!」
「我等が誇りを!!」
「わかっている……………」


若いケンタウロス達の怒りも理解はできる。

私だって聖域を荒らされ、一族の者を傷つけられ、怒りを持たないわけがないが………………どうすればいいのか私はわからなくなっていた。



「族長ッ!!」
「…………………何事だ?」



私達が話し合っている部屋に鎧を身につけた警備担当の若いケンタウロスが慌てて駆けこんできたのを見て、冒険者達がまた襲撃してきたのかと思い、前の族長より受け継いだ剣の柄にソッと手を置く。

だがその予想とは違い、警備担当の者は縄に縛られたエルフの男を連れてきた。


「その、話をしたいと人間がやってきましたがいかがなさいましょう?」


その言葉にいままで口を噤んでいた周りの老いたケンタウロス達が怒りを露わにする。



「話だと!!?ここまで我らの同胞を傷つけておいて、よりにもよって話だと?このッ、ふざけるのも大概にしろッ!!」
「そうだ!そんなヤツは信用ならんッ!」
「見せしめに殺して、冒険者に我らの怒りを教えてやるべきだッ!!」


老いたケンタウロスの1人が持っていた槍を握り締め、エルフの男目掛けて振りおろそうとするのを私は剣で弾く。


「黙らぬかッッ!!」


ザワザワと騒ぐ皆を一喝して黙らせる。



「貴様らがしようとしている事は貴様らが憎む人間達と一緒だぞ?それに冒険者の仲間ではないかもしれん。……………………話し合いにきたと言っていたな?」
「ふぅ…………殺されなくてよかったよ。僕はシャルマ。シャルマ・レグレシアだ。僕は君達を助けにきた」
「助けにきた、だと?」



連れてこられたエルフの男は、私に《シャルマ》と名乗り、我らの一族の置かれている状態についてを教えてくれた。


私達の聖域は人間達にとっては貴重な遺跡の跡地で、遺跡に眠っている希少価値の高いマジックアイテムとやらを狙って国が冒険者達を派遣しているらしい。

仮に、いま私達が冒険者達を退けても、国は躍起になってより多くの数の冒険者達を使って、もしくは軍隊を派遣してまでも、今度こそ我らを滅ぼしにやってくるだろうとシャルマは言った。




「…………………どうすればいい?この地を離れても我らの暮らせる地がほかにあるのか?」
「ある。だから僕はここにきた。アルカディアと呼ばれる僕が管理する場所だ。ちょっと寒いけど、そこなら冒険者達に襲われることはない」



シャルマは国で唯一の魔物の保護をする施設を管理する管理者らしい。

そして、その地で私達の一族を保護したいと言った。



「もちろん、君達の聖域は放棄することにはなってしまうけど、それでも……………」
「ああ…………それでも私は一族を見殺しにはできない。祖霊達も納得してくれるだろう」



……………………………その後、私達は協議の結果、管理者の言葉を信じて、このアルカディアへと移ることにした。


お陰で私達の一族は冒険者に襲われることのない平穏な暮らしを過ごすことができている。

奴隷にされた我らの同胞達も数人は管理者の頑張りによって奴隷から解放され群れに戻ることができていた。
減った群れの数も新たな命が産まれ、だんだんと増えてきた。



「族長ッ!新たな人間がここの管理者として加わったようです!」
「なに?」



そんな時に、この地に新たな若き管理者がやってきた。



「朝、傷に効く薬草を貰いに向っていた者達が管理者の家の前でそのようなやり取りがあったのを聞いたようです」
「ふぅむ…………………管理者が認めたのだろうから問題ないとは思うが、念のため警戒をしておくか」



最初は私を含め、皆が新たな若き管理者を警戒をしていた。

人間達も悪い人間ばかりじゃないことはわかってはいるのだが、もし、新しい管理者が悪い人間だった場合、私達の一族はまた危機に瀕することになる。
警戒せずにはいられなかった。


だが、そんなことが杞憂だったことはすぐにわかった。



この地には、結晶龍と呼ばれる新種のドラゴンが管理者に保護され一頭暮らしている。

他者を寄せつけず、手厚い看護をした管理者にも懐かず、孤独に自由気ままに暮らすドラゴンだった。


それがマシロという名前を貰い、契約獣となった証であるコネクトリングがあるのを見て理解した私達は絶句した。

見間違いか、夢じゃないのかと我が目を疑ったくらいだ。



「あの結晶龍が契約獣になるなど何事だ!?天変地異か!!?」
「結晶龍があまえている、だとッ!!?馬鹿な、管理者は触ることさえできなかったと言うのに」
「あり得ない…………あり得ない!!」



あまりに現実離れした光景に一瞬絶句したものの、すぐに私達は顔を見合わせて微笑んでいた。

マシロの表情はいままで見たことがないくらい嬉しそうで、幸せそうな表情をしていたのだ。


そんな表情を見せられては私達がなにか言うのは無粋というものだろう。



(…………………………あの新しき若き管理者。悪い人間ではないのだろう)



だから、私は話してみることにしたのだ。

新しき若き管理者と。


マシロの態度があそこまで激変した理由もそうすればわかると思ったからだ。



「新しき若き管理者よ。どうやら重い物を運ぶのは苦手なようだ。我らも手助けしよう」
「んぁ?」


普通の人間は我らの姿を見ると、奇異な目や、怯えた目をする。

見た目が違うのだから、それは当然のことなのだろうと思っていた。



「助かったよ、ありがと」
「気にすることはない。…………………名乗りが遅れたな。我はここで暮らすケンタウロス達の族長を務める《ハウル》だ。よろしく頼むぞ、新しき若き管理者よ」
「その、新しき若き管理者ってのは堅苦しいからやめてくれ。瀬名でいい」
「わかった。では、セナよ。よろしく頼む」
「ああ。こちらこそよろしくな」



だが、この者は私達の姿を見ても、微塵も気にした風はなかった。


《セナ》と名乗る新しき管理者。

仕事振りも見たが真面目で、姿の異なる魔物達とも臆することなく接していた。



(あの若き管理者、魔物への偏見を持っていないのだな。……………それに、どこか我らの落ち着く雰囲気を感じさせる。セナと言ったか?あの者は特別な人間なのだろうな)



その晩、集落へと戻った我らは新しき若き管理者、セナのことを話し合った。


ここの管理者に相応しい者なのか?
我らに危害を加えないのか?


いろんな事を話し合ったが、話し合いはまるで意味をなさなかった。



「なぜ?」と問われれば、理由は簡単だった。


私を含め皆、口を開けばセナの良いところばかり言っていたからだ。



結果、セナ管理者にするには最適な人間で、これからより良い関係を築くことで皆も納得した。





数日後、セナの周りは魔物達で溢れていた。

その理由は、マシロが自慢するように「セナのブラッシングがものすごくうまい!!」と言ったことにあった。


と言うのも、ドラゴンという魔物は繊細なのだ。

ちょっとでも鱗を逆撫ですれば機嫌を損ね、最悪の場合はそれだけで怒りを買うことになる。


そのドラゴンが絶賛するほどのブラッシングのテクニックを味わうために、魔物達がセナのほうへと集まっていた。




「うぅ、どうせ僕なんて……………」



倉庫の隅っこで膝を抱えて落ちこむ管理者を慰めていたため最後になってしまったが、確かにセナのブラッシングのテクニックは素晴らしかった。




「ふぅむ…………ほどよい力加減で、的確に気持ちのいい場所をブラッシングしてくる………………これは、うぅむ、マシロやほかの魔物達が虜になるのも納得できる」
「そりゃ、どうも」


素っ気ない返事をするセナだが、褒められて恥ずかしいのか顔がちょっと赤い。

それにしても、気持ちがいい。
管理者には悪いが、比較対象にさえならないほど気持ちがいいのだ。


「うぅ、マシロは契約獣だからしょうがないけどグリフォンにミノタウロスにユニコーンまで満足させて、しかもハウルまで!!………………スライムのブラッシングなんてどうやったんだよぉ~!!」




ドラゴンほどではないが気難しいとされていた魔物達も皆、綺麗になった毛並みに満足していたが、それを見た管理者が余計に落ちこんでいたがもう放っておこう。


(いまはこの気持ち良さを満喫することにしよう)




………………………別に絡みが面倒臭いとかではない。
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