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第5話《遭遇!龍皇様です》

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テトラがきてから2週間後。
お昼過ぎになり、俺達はいつも通り模擬戦をやっていた。


「喰らえッ!!」
「おっと!?」


わざと攻撃を誘うように大鎌を大振りに振りおろし、そこに合わせるように斬りこもうと踏みこんできたシャルマ目掛けて、鎌を翻して渾身の腕力で大鎌を振りあげる。

ギリギリで回避はしたものの、シャルマの体勢は崩れてしまう。


「ここだ!」
「あまい!!」


体勢が崩れた状態ならと再度大鎌を振りおろすが、またもギリギリのところで横に転がるようにしてシャルマは攻撃を回避する。

前ほどシャルマから余裕は感じず、地面を這い蹲る回数も減ってきた。


むしろ、最近では俺の攻撃が掠るようにもなってきた。
着実に成長していることがわかるとやはりやる気もあがるので、最近では模擬戦の時間が楽しいとさえ思えてきた。


「ふぅ、もう模擬戦で油断してる余裕がなくなってきたよ」
「まだまだだ。一撃当ててないだろ」
「だけどもう僕の運動量の限界だから、とりあえずこれで終わり」


そう言うシャルマは肩で息をしている。

俺の我儘で無茶させるのも悪いので、この後はハウルとでも模擬戦をやろうかと考えていると唐突に後ろから襟首を掴まれるような感覚に襲われる。


「ガァ♪」
「ん、マシロ?…………って、ああ、散歩か?」
「ガァァァァ♪」

俺の襟首を掴んできたのはマシロだった。

側には騎竜用の鞍があるから散歩にいきたいのはすぐにわかった。


そう言えば、最近は模擬戦ばっかりやっててマシロと散歩にあまりいってなかったからな。


寂しい思いをさせてしまったかもしれないと思い、俺はマシロに騎竜用の鞍を取りつけ、シャルマには散歩にいってくるとだけ言ってからマシロに乗って空を飛ぶ。

普段通り銀嶺の側まで飛んで、家に帰るルート。

普段となにも変わらない散歩だったはずだ。


…………………………問題が起きたのは銀嶺へと到着した直後だった。



『ほぉ……………ここらに人間がいるとは珍しいものだ。それも同族と契約をしているとは更に珍しい』


冠を象徴するような3つのツノに、血のような深紅の双眸は妖しい輝きを持ち、闇を連想させる漆黒の鱗を持ったドラゴンと遭遇した。


目の前にいるのは絶対的な強者。
感じるのは恐怖と絶望と押し潰されそうなほどのプレッシャー。

恐怖と絶望と押し潰されそうなほどのプレッシャーを感じさせるドラゴンを前に、普段から魔物達と接している俺さえ呼吸をすることさえ忘れ、そのプレッシャーに背筋が凍るような感覚を体感させられる。

マシロもそれを感じているようで威嚇するように咆えてはいるが、普段のような覇気はいまのマシロからは微塵も感じられず、マシロも俺と同様に目の前の絶対的強者に対して恐怖を感じているのがわかる。


プラチナより高いランクの冒険者からは逃げるようにと言われていたが、目の前のコイツは絶対にそれより強いし、まず逃げることすら無理だ。


「これ、は、駄目だな…………無理だ」
「ガ、ガァァ……………」


ハウルがいつだったか言ってたドラゴンというのがコイツだろう。

まさかまだいたなんて。


『おい、人間。念話が聞こえないのか?』


マシロも約10mのサイズでちいさくはない筈なのだが、目の前に現れた漆黒のドラゴンは目測でもマシロの3倍はありそうだ。
 

わかるのは迂闊に動けば待ってる結果は1つだ。


『人間!!』
「うおッ!?」

どうしたらいいのか懸命に打開策を考えていると漆黒のドラゴンの顔が俺の眼前まで寄ってきていて驚いてしまう。


『やっと念話が聞こえたか。コホン…………我が同族と契約する人間よ。貴様に1つ頼みがある』
「しゃ、しゃべれるのか?」
『さっきから呼び掛けておったわ!ハァ……………我は7頭いる《龍皇》が1頭、闇を統べる者《滅龍ルセラーティ》。念話くらい使えるわ。それに、この龍皇をそこらの有象無象と同等に扱うとは些か無礼ではないか?』



俺の疑問にムッしながらも、ルセラーティと名乗るドラゴンは丁寧な口調で名乗ってくれる。
見た目と違って性格自体は結構温厚な性格なのかもしれない。


…………………いや、滅龍って名前だし、温和じゃないか。



「気に障ったのなら謝る。俺は篠高 瀬名。瀬名でいい。…………………で、その龍皇様が人間なんかになにを頼むんだ?」


最悪、ご飯になることも覚悟してたが、頼み事程度ならよかった。

いや、ご飯になれという頼み事の可能性もあるのか?


『うむ、実は我が娘が謎の病魔で苦しんでいてな。滅多にドラゴンが病魔に侵されることもなく、理由にも皆目検討がつかず悩んでいたところに、我が同族と契約する人間、セナを見つけたので知恵を貸してもらえないかと思ってな』


俺が「なぜ人間に?」と疑問に思っていると「人間は弱いが我らの知らぬ知識も持っているからだ」とルセラーティは教えてくれる。


「でも、人間なら街とかいけばたくさんいるだろ?魔物の医者みたいなのもいるみたいだし、なんで俺なんだ?」
『俗物に我が娘を触れさせたくはない。…………………だが、同族であるそこのドラゴンが認めたのなら有象無象の俗物とは違うのだろう』


「同族の表情を見てもそれはわかるからな」と言ってルセラーティはマシロのほうを見つめる。
 
俺にはそれがなにを意味するのか皆目わからないが、同じドラゴンであるマシロには意味が通じるようで自慢気に「ガァ♪」と返事をする。



「とは言え、俺には病気や薬学の知識はないからな。消毒用の薬と治療用の回復薬なら予備で持ってるけど、治療はできないと思うぞ?」
『それでも構わん。診ても理由がわからないならそれでもいい』
「……………わかった」





面倒臭いことになったと思いつつもルセラーティの後に続いて銀嶺を越えてある山脈にポッカリと空いた洞窟へと連れてこられる。

極寒のこの地域の山脈になら人間達も迂闊には近寄れないし、魔物達もルセラーティの気配を感じて寄ってこないので、この地域は幼いこどもを育てるには危険もなく過ごしやすい最適の場所らしい。



『洞窟の奥に我が娘がいる。診てやってくれ』
「期待はするなよ?」
『わかっている』



どうしたらいいのかとオロオロするマシロの頭を俺は落ち着かせるために優しく撫でて「ちょっと診てくるから待ってろ」と言い残し、ルセラーティの後に続いて洞窟の奥へと進む。


薄暗い洞窟を進むと、奥になにかうずくまっているのがわかる。

猫の尻尾亭で買っておいた《マジックライト》という魔結晶を利用して照らす照明を点けて洞窟を照らすとルセラーティとは色の違う黄金色の鱗をしたちいさいドラゴンがいたが、鱗には奇妙な紫色の斑点が無数に浮かんでいた。


「キュゥゥ…………」

か細い声で鳴くちいさいドラゴンの周りにはルセラーティが狩ってきたであろう魔物や動物の死骸が置かれているが、ちょっと齧った跡があるだけでそのままの形を保った状態だった。

一目見て最悪な状態にあるのは素人の俺にもそれは明らかだった。



「病気だな、これ」
『だが通常、病魔ならば私達は本能的に病魔を身体から排除することができる。それはこの子にも本能的にできるはずだ』


じゃあ、なんで病気になってるのかと疑問に思うがそれはどうでもいい。

風邪とかならどうにかなるかもしれないが、地球じゃこんな病気は見た事も聞いた事もない。
治療法も皆目見当もつかない。


『原因がわかりそうか?』
「皆目見当がつかないな……………って、ん?」


原因を探ろうと周りの魔物や動物の死骸を見てみると、そこでなにかが微かに動いていることに気がつく。

近寄って見てみるとウジのようなものがウゴウゴと蠢いていた。



「気持ち悪ッ………………なんだこれ?」




そう言えばシャルマから渡された魔物図鑑があったから試しに使ってこのウジみたいなのを調べてみる。

するとワーム関連の魔物のページにこのウジについてが記載されていた。




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《デッドリー・ワーム》

ワームの一種とされる魔物。

産卵期になると栄養価の高そうな動物や魔物の身体へと傷口から潜りこみ、内側から殺す危険な魔物とされている。潜りこまれた者は3日間で命を落とすとされている。電撃に弱いので、潜りこまれた場合は弱い電撃を身体に浴びせるだけで簡単に排除することができる。


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3日間で普通は命を落とす、か。

ドラゴンの強靭な身体のお陰で命を落とさずに済んでいるのだろうが、このまま放置すれば衰弱死するのは目に見えている。



『…………………どうだ?診て原因の1つでも見つけることはできそうか?』
「偶然だけど原因はわかった。治療は俺には無理だけどマシロなら…………」
『何ッ!!?嘘じゃないだろうなッ!!』
「メリットがないだろ?」


 
慌てた様子でバタバタとルセラーティは洞窟の手前で待つマシロを呼びにいき、物凄い速度でマシロを咥えて帰ってきた。

咥えられてるマシロは「え、なに?なんなの?」と言った様子で困惑している。


困惑しているマシロを宥めて事情を説明してマシロに魔法で電撃を放つことができるか確認すると、マシロは「まかせて!」と言わんばかりに頷く。


「マシロ、頼む」
「ガァ!!」


念の為に持っていた怪我の治療用の回復薬を飲ませてから、パワーを格段に落とした状態の電撃を弱ったドラゴンの身体に流す。

この程度のパワーなら問題ないとは思うが一歩間違えば衰弱しているこのドラゴンの命の危険に関わるので、最大限の注意を払いながら電撃を流し続ける。


……………………と言うか、一歩間違えば俺達の命も危ないからな。



『な、なにをしているのだ!!?』
「黙って見てろ」




慌てるルセラーティを他所に紫電がバチバチと音を鳴らしドラゴンの身体に流れるが、次第に鱗の紫色の斑点が薄らいでいき、暫くすると鱗の紫色の斑点は綺麗サッパリ消えていた。

衰弱がひどいので、効果があるのかわからないが回復薬を再度飲ませておく。





「原因は死骸に集まっていたこのワームだったぞ。死骸に集まる習性があるみたいで、どこか怪我してたからそこから潜りこまれたみたいだな」
『………………そう言えば右脚首を怪我していたな。成龍なら効かないのだろうが、まだ幼い我が娘には害があったか。………………子育てなど初の経験だったから盲点だった』
「なら今後は気をつけることだな」



そう言って穏やかな寝息をたてて眠るちいさなドラゴンの頭を優しく撫でてやる。



『……………………我が娘がほしいなら我を倒すのだな』
「いや、いらねぇから」
『なにぃッ!!?我が娘がいらぬと言うのかッ!!』
「どう答えたらいいんだよ!?」



ルセラーティの親馬鹿っぷりが酷かった。

子育て初経験って言ってたし、初めての子どもが可愛くて可愛くてしょうがないのだろう。



(これはルセラーティの娘の婚期は遅れそうだな………………可哀想に)



親馬鹿なドラゴンのせいで婚期が遅れるであろう娘に同情しつつ、それでも優しげな表情で娘の頭を傷つけないように撫でるルセラーティを見てどこか微笑ましいと感じ、お邪魔にならないように洞窟を後にする。


「ガァ!」
「どうにかなったし、それじゃあ帰るか」
『待たぬかッ!!』


マシロに乗って帰ろうかと思っていると、洞窟から慌ててルセラーティが俺達のほうへ駆け寄ってきた。


なんだ?
娘の栄養になれとでも言うつもりなのだろうか?




「用事は済んだだろ?」
『恩返しをさせろ。龍皇が恩人になんの感謝もせずに帰したとなればいい恥晒しだッ!他の龍皇がしれば馬鹿にされてしまうではないか!!』


「恩返しをさせろ」といきなり言われても、俺達も命に危機に晒されていたようなものだったし、そんな事なにも考えていなかった。



『そうだな、貴様らの願いを1つずつ聞いてやろう!我にできる願いならば喜んで聞こう!!』
「願い事か……………それじゃあ、俺に龍皇様の助けが必要な場面があったら俺を助けてくれ」
『そんな事でいいのか?人間は金銀財宝や名誉や地位を望むのではないのか?セナの頼みなら手頃な国を半壊させて、お前の国にすることもできるぞ?』
「物騒だな、おいッ!?」


「滅龍だからな!」と自慢気に胸を張って言うが、自慢できるようなことではない。



「俺はそんなのに興味がないんだよ」
『ふむ、そうなのか?…………………承知した。ならばこれを渡そう』




そう言ってルセラーティは適当に腕の鱗を1枚剥がすと俺に手渡す。
漆黒の鱗はまるで夜空に煌めく星のような綺麗な輝きを持っていて見ていても飽きない。



「これは?」
『私の鱗だ。その鱗には我の魂の極一部ではあるが移してある。これに念じれば何時いかなる場合でも助けに参じよう。………………それで同族のお前はどうするのだ?』
「ガァ!」



マシロはいまなにか聞いてほしいお願いがあるようで身振り手振りで懸命に説明していた。

俺にはやっぱりそれがなんなのか理解できなかったが、ルセラーティには理解できたようで「ふむふむ」と何度も頷きながらマシロの話を聞いていた。






『それでいいのだな?』
「ガァ!」
『セナは同族にここまで想われてるとは幸せ者だな』





離れた場所に移動して話していた2頭の会話が終わったと思ったら、ニヤニヤしながらルセラーティの前脚がマシロの頭に触れた瞬間に一瞬強く輝きを放つ。

眩い輝きが消えて何事かとマシロを見るが、特別変わった箇所は見受けられない。





「………………なんだったんだ?」
『直にわかる』
「ガァ!」
「はぁ?……………まぁ、いいか。マシロ、帰るぞ」
「ガァァァァ♪」




ニヤニヤするルセラーティに見送られながら俺達は無事に家へと帰り着いたのだった。
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