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第二部
17,王都内視察〔2〕
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今日はもう帰ろうかと思ったが、評判のアリ商会を見つけたので最後にそこだけ確認をすることにした。
「ほう、これは確かに良い商品ばかりだな」
「そうですね、知り合いでもよく利用している人間はいますよ」
クリスの言葉通り、ドジャース商会とアリ商会とは重ならない商品も当然あるので、この商会に出入りをする人間も多い。
これまで見てきた商会のものよりも、噂通りに幅広い商品を売っている。
しかも、明らかに怪しいバハラ商会の化粧品のような、客に危険なものはなさそうだ。この国では開発されていないが他国で作られている商品などがある。
爆薬などもあったが、爆竹程度の大きさだから、何かの威嚇とか大きい音を出したい時に使うものなのだろう。
爆薬といえば、強力なダイナマイトも実はすでに作っている。
なお、この世界には大砲はあったが、飛距離が短くて威力も弱いものである。
これは花火の開発とともに研究開発されていた。ソーランド公爵領の中の、周りに人々がいない荒れ地でドッカーンと何度も何度も耳が痛くなるほど爆発させた。
映像はともかく、元の世界でそういう爆発は見たことがなかったので、怖いなと正直に思った。
戦争もほとんどない平和な世界だというが、魔物にこの手の対策は必要である。
しかし、この種の兵器を開発することにはかなりの判断があった。だから花火の開発が先で、ダイナマイトや爆薬、大砲というのは開発が遅れていた。
それでも一定量は作ったし、それは本邸や各施設に厳重に保管されているし、こちらは当然売りには出していない。火事になっても誘爆しないように安全管理もしている。
少々の軍隊がやってきてもなんとかできる量である。電灯の応用で、ある程度の距離ならば遠隔操作もできる。
このことについてはさすがに国王にも述べた。
国王の情報網も侮るわけにはいかないし、もしかしたらすでに知っていた可能性もある。
ただ、「そなたが管理せよ」だけではなく、量の追加命令が下され、さらにいくつかは王城で保管されることになった。この費用はすべてドジャース商会から国が買い取るという形になった。そういう力が必要なのだろう。使用目的を確認したら、鉱山や土木工事で利用する、そういう言葉を王から聞いた。
一度国王に話してしまったので「作れません」とは言えなかった。これは言わない方が良かったかと後悔したものだ。
こうして、本邸と王城に大量の爆薬が保管されることになった。
「お、これは香辛料か?」
アリ商会の食材コーナーに行くと、長期保存のできる豆類や香辛料、乾燥させた野菜などがあった。砂糖や塩なども豊富にある。この世界に来た時には調味料には塩や胡椒くらいしかないと嘆いていたが、塩にもいろいろとある。他の調味料が多数世に出てから、あらためて塩などにも注目している。
米とかカカオとか、そういうものについてはある程度どのあたりで作られるのかは頭に入っていたが、こういう細かいものになると複雑でわからない。
しかも、香辛料がたくさんあった。もしかすると、これはカレーの原材料かと思ったが、名前を聞いても全てはわからない。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い青年だ。
カーティスくらいの年齢だろうか。ワークキャップというのか、そういう帽子を被っているが、そこから見える鮮やかな緑の髪の毛が印象的であり、見目もしっかりしている。しっかりしているというよりはっとさせるものがある。
いろいろな香辛料について訊いても、肉と一緒に煮込むとか、せいぜい2つくらいを組み合わせる、そんなことを言っていた。
カレーはもっとあったよな……。
うーん、これは買い占めてカレー粉研究に行くべきかどうか、いろいろ考え、お腹の肉をさすり、首元の肉をつまみ、「今はいい」と決断を下す。
それから青年と少しばかり世間話をしていた。
「申しわけございません」
「いや、こちらこそぼーっとしていた。すまない」
青年と話し終えて、「でもカレーが……」と思いながら歩いていたら、帰る間際に気を取られてしまって客と身体がぶつかってしまった。
互いに謝罪をして、客は店の奥に入って商品の方を見ている。しかし、私の足下に見慣れないハンカチがある。「これを落とされましたよ」と言って渡した。刺繍がある。
これでも180㎝あるので、華奢な客には怖く見えたのか、おおっと驚かれてしまった。たまに知らない人が私を見るとそういう反応をしてくる。田中哲朗では味わえなかった体験だ。
今はあれから少し痩せたのでプチオークでもないはずだ。
桜の刺繍が入っているハンカチである。皺ひとつなく綺麗に折りたたまれている。
この世界には桜はあって、王都にも桜の名所がある。王都から離れた場所にも観光名所みたいなところがあるようだが、ソーランド公爵領にはそんなに多くない。
そして、桜餅というものはこの世界には当然ながらない。餡子や桜餅のようなものをこの世界の人たちが食べたらどういう反応を示すのだろうか。チョコレートなどとはまた違った反応になるのだろう。
観光名所ではないが、たとえばヘビ男に手伝ってもらったあの温泉の活用は少しずつなされている。世界の何カ所か、そういう場所はあるようだが、温泉は珍しいようだ。真偽は不明だが、不思議と良い効能があるのだという。噂を聞きつけた旅人がふらっと入っていくこともある。だから、温泉近くにはそれなりの広さと防備機能のある休憩所をいくつか作っている。
ただ、観光については今ひとつ決定打もなく、そこまで力を入れる必要もないかと思うことにした。
領民や旅人が日常で使う公衆浴場、そういうもので終わったとしてもいいだろう。ああいう温泉は妻が好きだった。
たいてい家族旅行に行く時には、行き先の候補については私は食事で妻は温泉、娘はカシャッと写真を撮れるところ、こういうのが互いに譲れない点だった。
先ほどのハンカチのように衣類や小物、あるいは刺繍などはこの世界ではかなり発展している方なのかは実はよくわからない。
だからというわけでもないが、この分野には手を出せていない。よほどのことがない限りはこの分野の商品で革命を起こすということは難しいだろう。
それに私はハンカチのような小物には疎い。妻と買い物に行っても「センスが悪い」と言われることが多かった。
「ほう、これは確かに良い商品ばかりだな」
「そうですね、知り合いでもよく利用している人間はいますよ」
クリスの言葉通り、ドジャース商会とアリ商会とは重ならない商品も当然あるので、この商会に出入りをする人間も多い。
これまで見てきた商会のものよりも、噂通りに幅広い商品を売っている。
しかも、明らかに怪しいバハラ商会の化粧品のような、客に危険なものはなさそうだ。この国では開発されていないが他国で作られている商品などがある。
爆薬などもあったが、爆竹程度の大きさだから、何かの威嚇とか大きい音を出したい時に使うものなのだろう。
爆薬といえば、強力なダイナマイトも実はすでに作っている。
なお、この世界には大砲はあったが、飛距離が短くて威力も弱いものである。
これは花火の開発とともに研究開発されていた。ソーランド公爵領の中の、周りに人々がいない荒れ地でドッカーンと何度も何度も耳が痛くなるほど爆発させた。
映像はともかく、元の世界でそういう爆発は見たことがなかったので、怖いなと正直に思った。
戦争もほとんどない平和な世界だというが、魔物にこの手の対策は必要である。
しかし、この種の兵器を開発することにはかなりの判断があった。だから花火の開発が先で、ダイナマイトや爆薬、大砲というのは開発が遅れていた。
それでも一定量は作ったし、それは本邸や各施設に厳重に保管されているし、こちらは当然売りには出していない。火事になっても誘爆しないように安全管理もしている。
少々の軍隊がやってきてもなんとかできる量である。電灯の応用で、ある程度の距離ならば遠隔操作もできる。
このことについてはさすがに国王にも述べた。
国王の情報網も侮るわけにはいかないし、もしかしたらすでに知っていた可能性もある。
ただ、「そなたが管理せよ」だけではなく、量の追加命令が下され、さらにいくつかは王城で保管されることになった。この費用はすべてドジャース商会から国が買い取るという形になった。そういう力が必要なのだろう。使用目的を確認したら、鉱山や土木工事で利用する、そういう言葉を王から聞いた。
一度国王に話してしまったので「作れません」とは言えなかった。これは言わない方が良かったかと後悔したものだ。
こうして、本邸と王城に大量の爆薬が保管されることになった。
「お、これは香辛料か?」
アリ商会の食材コーナーに行くと、長期保存のできる豆類や香辛料、乾燥させた野菜などがあった。砂糖や塩なども豊富にある。この世界に来た時には調味料には塩や胡椒くらいしかないと嘆いていたが、塩にもいろいろとある。他の調味料が多数世に出てから、あらためて塩などにも注目している。
米とかカカオとか、そういうものについてはある程度どのあたりで作られるのかは頭に入っていたが、こういう細かいものになると複雑でわからない。
しかも、香辛料がたくさんあった。もしかすると、これはカレーの原材料かと思ったが、名前を聞いても全てはわからない。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い青年だ。
カーティスくらいの年齢だろうか。ワークキャップというのか、そういう帽子を被っているが、そこから見える鮮やかな緑の髪の毛が印象的であり、見目もしっかりしている。しっかりしているというよりはっとさせるものがある。
いろいろな香辛料について訊いても、肉と一緒に煮込むとか、せいぜい2つくらいを組み合わせる、そんなことを言っていた。
カレーはもっとあったよな……。
うーん、これは買い占めてカレー粉研究に行くべきかどうか、いろいろ考え、お腹の肉をさすり、首元の肉をつまみ、「今はいい」と決断を下す。
それから青年と少しばかり世間話をしていた。
「申しわけございません」
「いや、こちらこそぼーっとしていた。すまない」
青年と話し終えて、「でもカレーが……」と思いながら歩いていたら、帰る間際に気を取られてしまって客と身体がぶつかってしまった。
互いに謝罪をして、客は店の奥に入って商品の方を見ている。しかし、私の足下に見慣れないハンカチがある。「これを落とされましたよ」と言って渡した。刺繍がある。
これでも180㎝あるので、華奢な客には怖く見えたのか、おおっと驚かれてしまった。たまに知らない人が私を見るとそういう反応をしてくる。田中哲朗では味わえなかった体験だ。
今はあれから少し痩せたのでプチオークでもないはずだ。
桜の刺繍が入っているハンカチである。皺ひとつなく綺麗に折りたたまれている。
この世界には桜はあって、王都にも桜の名所がある。王都から離れた場所にも観光名所みたいなところがあるようだが、ソーランド公爵領にはそんなに多くない。
そして、桜餅というものはこの世界には当然ながらない。餡子や桜餅のようなものをこの世界の人たちが食べたらどういう反応を示すのだろうか。チョコレートなどとはまた違った反応になるのだろう。
観光名所ではないが、たとえばヘビ男に手伝ってもらったあの温泉の活用は少しずつなされている。世界の何カ所か、そういう場所はあるようだが、温泉は珍しいようだ。真偽は不明だが、不思議と良い効能があるのだという。噂を聞きつけた旅人がふらっと入っていくこともある。だから、温泉近くにはそれなりの広さと防備機能のある休憩所をいくつか作っている。
ただ、観光については今ひとつ決定打もなく、そこまで力を入れる必要もないかと思うことにした。
領民や旅人が日常で使う公衆浴場、そういうもので終わったとしてもいいだろう。ああいう温泉は妻が好きだった。
たいてい家族旅行に行く時には、行き先の候補については私は食事で妻は温泉、娘はカシャッと写真を撮れるところ、こういうのが互いに譲れない点だった。
先ほどのハンカチのように衣類や小物、あるいは刺繍などはこの世界ではかなり発展している方なのかは実はよくわからない。
だからというわけでもないが、この分野には手を出せていない。よほどのことがない限りはこの分野の商品で革命を起こすということは難しいだろう。
それに私はハンカチのような小物には疎い。妻と買い物に行っても「センスが悪い」と言われることが多かった。
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