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第一部

19,土の大精霊

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 この世界に数か月も生活してみると、どうやら地球の動植物がかなり多くあることがわかる。
 それは鶏であり豚であり牛であったり、桜であり梅であり松などであったりする。

 一方で、魔物という聞き慣れない獣も存在する。
 最初は大型の獣程度だと考えていたのだが、どうやらファンタジー要素があるゲームだったらしく、スライムやドラゴン、薬草やポーション、エリクサーと呼ばれるものが存在する。
 さらに、魔法という不可思議なものもあり、ダンジョンという謎の洞窟もあるようだ。

 実は私も魔法が使える。
 この世界では精霊と契約をしていると魔法を使える。
 そもそもソーランド公爵家が公爵家たる所以ゆえんは代々長く土の大精霊と契約しているからである。ソーランド領に豊作が多いのもこの大精霊のおかげのようだ。だからまともに生活していれば飢えに苦しむことはない。
 大精霊レベルとの契約は数えるほどしか確認されていない。

 血脈とも関係があって、アリーシャも土の魔法を使える。大精霊ではなく土の精霊と契約している。アリーシャが生まれてから数日経ってアリーシャの身体がうっすら光った、それが契約の証だった。
 アリーシャにはまだ魔法は使わせていないが、近いうちに教えるようになる。

 しかし、カーティスは使えない。
 だからこそ「無能」と親や兄たちに疎まれていたわけだが、血脈で魔法差別するなどなんともこの世界の精霊は心の狭い精霊だと正直思う。
 何よりも魔法の使えない、年端もいかない人間をよってたかっていじめ抜くなど、まともな神経ではない。とても胸くその悪い話だ。全員が全員100m走で10秒切れるわけないだろう。カーティスは誰よりも厳しく学び続けている愛すべき息子だ。魔法の有無で人の真価などわかるはずもない。

 ただ、救いがあるとすれば、血脈に関係なく、精霊と出会った時に気に入ってもらったら契約されることがあるという。カーティスにもそういう精霊がいてほしいと強く願う。

 その精霊であり、土の大精霊は今は亡きバカラの妻オリービアの生家近くの森にいる。
 オリービアの家はスメラ子爵家といい、ソーランド公爵領に近い。

 バカラの記憶によれば、なんと二人は大恋愛の末、結ばれたということである。
 だからなのか、オリービアについての記憶を思い出すと、不思議と涙が流れそうになる。人並みの愛情を傾けることができたバカラを発見できて正直ほっとした。この人間も血の通った人間だということだ。
 だったらもう少し公爵として、親としてきちんとしろ、と言いたいが、せんのないことだ。

 毎年の夏の時期にスメラ子爵家に行き、土の大精霊への感謝を述べるために数日過ごすことになっている。バカラもこの行事は毎年欠かなかったようだ。
 今はそこへ馬車で向かっているところだ。145㎏あった体重は125㎏まで落とすことができた。まだまだ先が長い。

「ようこそいらっしゃいました、バカラ様、カーティス様、アリーシャ様」

 子爵のボイル・スメラとその妻シャリーが出迎えてくれた。オリービアの両親であり、アリーシャたちの祖父母である。
 どうみても田中哲朗と同年代に思えて親近感が湧いたが、今の私にとっては義父母である。
 それでも爵位が違って「様」付けなのでそれは正直止めて欲しいと思ったが、子どもたちの手前そういうわけにはいかないが、親を敬うくらいは許してほしい。

「義父上、義母上、ご無沙汰しています」
 
 私の寝室はオリービアが幼い頃に住んでいた部屋だった。どうやらここが私の指定部屋のようだ。
 本来ならもう少し義父母と話をするのだが、先に儀式を優先させるとのことだった。
 森の中に入り、大精霊にまいるのである。

 森の中といっても、それほど深い場所にはなく、道も整地されており、小一時間で着くことができた。ただ、この森に入るのは少人数であり、しかも歩いていかなければならない。
 私はアリーシャとカーティス、それにわが公爵家の護衛のクリスとカミラを引き連れていった。

 よくこんな体重で毎年動けたものかと驚くが、汗を大量にかきながらもなんとか辿り付いた。真夏だというのに森の中はひんやりとしている。
 ほこらがある。もっと大々的なものを想像していたが、小さな祠だった。
 子爵家が欠かさずに丁寧に手を入れているのか、小綺麗な感じであり、壊れた箇所もない。獣に壊されることもあるようだが、そんなこともない。子爵家の心配りということなのだろう。
 その簡素な祠の中に、お供え物を毎年捧げている。

 そのお供え物は少し変わっていて、なんと土である。
 土の大精霊の大好物らしいが、この森周辺にはない土を毎年用意している。隣国のとある場所の土らしい。10㎏程度の土であるが、この運搬費だけでも相当な費用がかかる、なんとも高い土である。

 ただ、どうせ土というのなら養分の多い土があってもいいだろうと気を利かせてしまったことが、今後大きくソーランド公爵家の運命を変えていった。

 ここに来る前に別の土も用意してもらっていた。

「公爵様、言われた通りに作りました。これが現時点での最高の土です」
「ああ、ありがとう」

 抱え込んだ研究者の一人に土の研究をしている者がいた。名前をレイトという。
 彼は同じ植物でも場所によって味が異なったり収穫量が異なったりするのはなぜかというのを研究していた。
 「それは土に栄養があるかどうかじゃないか?」と言ったら、それはどういうことですかと食いついてきた。
 ああ、そういう設定かと苦笑したものだが、土が肥えている、やせている、それはどういう土のことなのかを説明していった。養分のある土にはどのような物質が含まれるのか、そんな話もした。

 そして、私がいくつか提案した土を作り、比較的早く収穫できる作物を植えて、対照実験させた。すると、明らかに提案した土で育つ作物の方が質、量ともに良かった。
 それがきっかけとなって、さらに作物のよく育つ栄養豊富な土を生み出し、つまりそれは肥料の研究にもなっていった。
 植物と土との相性もあるので、それは植物研究班との共同で研究をしているようだ。
 限られた時間だったが、今の時点で作物に最高の土を用意してもらっていたのだ。

 その土も大精霊に供えることにした。同じ土だが、悪いことでもあるまい。
 そして、私たちは目をつむり、これまでの豊作を感謝し、これからの豊作も頼みますと強く願った。特に飢えることのない生活を保証してくれていることには特別に感謝の念を捧げた。
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