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16 【過去編5】
しおりを挟む今、目の前に『御使い様』がいる。膝をついて顔を下に伏せて見えていないが、それでもそこに"いる"のがしっかり分かる。この方を前にしたら、もし髪などの容姿を隠していても絶対に分かる。4人はそんな気がした。喜びと衝撃からその場から動けなかった4人に御使いと思われる人物が口を開いた。
「あの顔をあげて貰えませんか、えっと人違いだと思いますよ。俺は誘拐なんてされてませんし、公爵様?とも会ったことないです。
…その……あなた方が言ってる御使い様ってやつは称号にありますけど、それでも人違いだと思います。探してる人物が俺って確証はないですよね?」
初めて聞いた御使い様の声は、簡単な言葉じゃ言い表せないほどに美しかった。厳かで、それであって暖かいようにも感じた。ここまでの疲れが洗い落とされていくような感覚。
「いいえ!あなた様に間違いありませんわ!あなた様の髪と瞳の色は、誘拐された公爵家と三男の特徴にぴったりですもの。それにその色をもっている人物なんてこの世に1人しかおりません。
誘拐されたことについては幼い頃だったため記憶が薄れているのだと思います。」
ある程度説明順を追って説明するつもりだったが、興奮したひとりが一気にまくし立ててしまった。『御使い様』はそれを聞いてポカンとした様子で4人を見ていた。しかしすぐに気を取り直して口を開いた。
「いや、急にそんなこと言われても…俺は今までここで暮らしていましたし、お父さんだっています…。
あっ!明日の朝になったらお父さんが帰ってくるのでお父さんに聞いてくれたら俺じゃないってわかると思います!」
お父さん。その言葉に全員が反応したと同時に確信した。そいつが誘拐犯だと。公爵家の護衛を倒すほどに強く、先程の結界を作る程の実力者。小さい頃に誘拐されたため、『御使い様』は父だと思っているのだろう。こんな森の中でおそらくその人物としか接触してないはず。そんな状況だったら父だと思うのは必然だ。
「あなた様が父だと思っている人物は大罪人です。神の御使いであり、公爵家の人間を誘拐したのですから。長い年月をかけて洗脳されてるんです!」
『御使い様』に真実を伝えないといけない。その気持ちで発した言葉だった。『御使い様』も真実を知れば助けを求めるだろうと思った。だか、それを聞いた『御使い様』の周りの温度が一気に下がった気がした。
「は…?大罪人…?洗脳…?さっきからお前ら何言ってんだよ…!お父さんは優しい人だ!何も知らないお前らが勝手なこと言うな!!帰れ!」
4人は『御使い様』のためを思っての行動であったが、逆に気持ちをないがしろにしてしまった。この4人は状況や気持ちの整理などがしっかり出来ているが、『御使い様』はたった今、突然に現実を聞かされていることには違いない。会ったばかりの何も信用出来ない冒険者達と、今日まで培われた父への信頼は比べることも出来ない。
『御使い様』は柱の近くにずっと座っていたが、立ち上がって彼らをぐいぐいと扉の近くに押し戻そうとしている。
ガチャンッ
突然、部屋の中に大きな金属音が響いた。何か鎖のようなジャラジャラした音も。なんの音か全員が気になった。しかし、『御使い様』の様子を伺うと何もなかったかのように平然としている。音の出処を探ったら全員同じところで目を止めた。
それは『御使い様』の足元だった。
「…御使い様?それはなんですか…?」
「は?それ?」
枷だ。『御使い様』の足には枷がついている。そこから伸びた鎖は家の真ん中の柱に繋がれている。
『御使い様』は、男の冒険者が指している自身の足元を見た。何がおかしいのかと疑問を持っているような顔をしている。しかし、すぐに目を見開いてそれを隠すようにしゃがみこんだ。
「っいや!これは!」
「どういうことだ!!誘拐どころか監禁されてるじゃねぇか!!」
「ドアを開けられないってこういう事だったんすか!!なんで助けてって言わないんすか!」
「お二人とも!落ち着いてください御使い様のお話も聞きましょう!」
「御使い様、さすがにこれはおかしいと思われなかったのですか?父親にこんなものを付けられて。」
「違う!これは監禁とかじゃない!お父さんは俺が外で危ない目に合わないようにこうしてくれたんだ!」
監禁されてる可能性は考えていた。幼い頃に誘拐されたとしても見慣れている乳母や場所ではない所にいたら暴れたりもするだろう。しかし探している間にその可能性はないと考えていた。
なぜなら、国が何もなかったらから。もし『御使い様』の身に何かあったら、国に何かしらの災厄があってもおかしくないはずだ。誘拐された時点で災厄は免れないと予想されていたほどに。しかし、予想とは違い誘拐された直後から今まで何も起こらなかった。だから4人も含め、探している者たちは何も危害を加えられてないだろうと考えた。不本意ながら家族も、安否については安心していたほどだ。ただ見つけられなかっただけで。
だからこの監禁は合意であり、『御使い様』自身はこのことについて少なくとも、災難とは思っていないことになる。足枷をつけられ、鎖に繋がれていることをなんとも思わないなんて異常という他ない。
「どうすんだよ…洗脳が完了してる…」
「もう強制的にお連れするしかないわ」
「そうですね…!あっ、もしかしたら解呪で洗脳が解けるかもしれません!」
「御使い様から来てくれると言ってくれれば1番なんすけどね…」
「しょうがないわ、今は早くここから逃げることよ!朝には帰ってくるみたいだしね。」
『御使い様』が洗脳されている状態の今、説得は不可能に近いだろう。朝とはいえ、誘拐犯がいつ帰ってくるとは分からない。
「御使い様、強行手段を取らせてもらいます!」
魔法使いの女が、スリープの魔法を『御使い様』にかけた。これであと数時間は起きることは無い。自分達も誘拐犯と似たようなところがあるかもしれないが、もうなりふり構っていられなかった。
「眠ったか?」
「えぇ、ぐっすりよ」
「…なんかこうしてちゃんと見ると本当に綺麗ですね。白銀の髪なんて初めて見ました。」
「そうっすよね…しかも瞳は金と銀って…さっき見た時は神様かと思ったっすおれ。」
「公爵家からの話を聞かされていなかったら神様だって信じたかもしれないわね。」
「私、公爵様に『白銀の髪で金と銀の瞳をもつ男の子』って言われてましたけど、半信半疑でした…」
「…俺もだ…。…それにしても随分と本が多いな。監禁する代わりに本を与えていたのか。」
「お父さんって言ってたわよね…。公爵様が知ったらきっと悲しむわ…」
「よし早いとこ王都に帰ろう。誘拐した奴は多分街にいるんだろう。反対方向から森を抜ける、そのあとは、遠回りだが安全な道を行こう。」
「そうね、一緒に歩いてもらうわけにはいかないし。」
4人は改めて、この神々しい存在と自分が会話していたことに歓喜した。そしてすぐに荷造りを開始した。ここから公爵家に帰るまでは馬車でも、約半年はかかる。自分達の食料が尽きているわけではないが、この家にあるものも少しは持っていこうと思った。『御使い様』の衣服はマジックバックに全て詰め、自室と思われる部屋にあった本は全て回収した。目覚めてから何も見慣れたものがないと混乱してしまうかもしれない。本だけでは不安だが、ないよりはましなはずだ。街に行けば、洋服も買える。いつまでも誘拐犯から与えられた衣服を着させるわけにはいかない。
支度を終わらせた4人は、帰るルートを簡単に話し合っていた。今から公爵家に帰るルートは、遠回りだが、街などを通らないで見つかる可能性が低い、確実で安全な道だ。街などを突っ切る近道のルートもあるが、万が一でも『御使い様』の姿を見られでもしたら噂は直ぐに広まり、誘拐犯の耳にも入るだろう。用心に超したことはないということで遠回りすることになった。
眠っている『御使い様』を布でくるみ、細心の注意をはらい移動した。来た道とは反対の方向に進み、森を出た。街まではあまり遠くない。街に着いたらすぐに馬車を買い、商人を装って行く。より本当っぽくするためにも、色々と雑貨を買い込んだ。
探すまでも大変だったが、これからの旅はより大変になるだろうと、4人は感じていた。
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