春風の香

梅川 ノン

文字の大きさ
上 下
14 / 54
5章 美しい医学生

しおりを挟む
「吉沢君、一人? 西園寺君は?」
 講義が終わった後、帰宅しようとした直史は、数人の学生から声を掛けられる。
「そうだよ、蒼は先に帰ったから」
「君たち仲いいよな」
「同じ高校だから」
「君ベータだろ。恋人じゃないよな」
「はっ、親友だよ。それが、なにか?」
「俺達さ、西園寺君と仲良くなりたいんだ。だから、君から誘って欲しいんだよ」
「蒼は忙しいから、遊んでる暇なんてないよ」
 なんだこいつら、ベータだの恋人だのと、失礼だな。直史はさっさと立ち去ったが、不安を抱いた。あいつら、蒼に手を出すんじゃ? と思ったのだ。
 そう思うと、不安は段々と大きくなる。それに、さっきの学生の中心にいたのは、確か西郷ってやつだ。大病院の御曹司で、親が代議士なのを鼻にかけてる嫌な奴。あんなのに、目を付けられたのか? 蒼きれいだからなと、ため息が出る。
 直史はベータでもあるし、異性愛者で、晴香という彼女もいるから、蒼に対しては友情以上の感情はない。まあ、親友として守ってやりたいという、庇護欲は大いにあるが……。
 しかし、アルファからすると、蒼は魅力的なんだろうとは理解できる。客観的に見て、蒼がきれいなのは分かるのだ。あいつ、マジきれいだよなとは、いつも思っているのだ。

 早速、直史は晴香に事の次第を相談する。直史にとっても晴香は、同級生なのに姉さん女房的な、頼れる彼女なのだ。
「それ、明らかに蒼君狙われてるよ。だから、心配したんだ。医学部なんてアルファの巣窟。蒼君なんて、狼の群れの中に紛れ込んだ子羊みたいなもんよ。子羊じゃなくて、うさぎ……小鳥かな。まあそれはどうでもいいか」
「まあ、どれも危ないってことは同じだろ……で、どうするか……俺一人じゃな。なんせあいつら、実家の力も強いからな」
「そりゃあ、代議士なら強いよね……ベータのあんた一人で守れるわけないもんね……そうだ! 北畠先生に話そうか」
「やっぱりそうか……蒼の雇い主って言うか、主人って言うかそういう関係だろう」
「うん、保護者みたいなもんじゃないの。雪哉先生はともかく、夫の高久先生は副院長で最近は天皇陛下の執刀医で神の手って評判なんだから、医学生に睨みも効くんじゃない」
「そうだよな、じゃあ、俺達から話そうか? 蒼には言わない方がいいか?」
「うん、それがいいと思う。あの子不安がるよ。それも含めて先ずは、雪哉先生に相談しよう」
 やっぱり、俺の彼女は頼りになるなと、直史は思った。

 一方、直史に立ち去られた学生たちは憤懣やる方ない。
「なんだあいつの態度! ベータのくせに生意気な奴だな! まあいい、直接西園寺が帰る前に捕まえればいい」
「お前、ほんとに自分のものにする気か?」
「ああ、父さんに聞いたら、西園寺の庶子に間違いなだろうって。庶子だから、正式な配偶者にはできないって釘を刺されたけど、俺もそれは思ってない。けど自分のものにする」
 彼は、大病院の御曹司。父親は理事長であり、代議士でもある。つまり、医学界だけでなく、政財界に顔が利く。その立場から、西園寺家の醜聞交じりの事情を耳にしたことがあったのだ。上流階級には、珍しいことではない。多くは、公然の秘密とされる。西園寺家のそれも、その例に漏れない。
 他の学生たちは、悔しいがこの争奪戦からは手を引くかと思い始めている。この男の恨みをかっても得はない。彼の父親はそれだけの力を持っている。むしろ、手を貸すことによって恩を売る。そう思う者達が周りを囲んでいた。
「で、どうするんだ? まさか無理矢理拉致るわけにはいかんだろ」
「さすがにそれはできない。何かいい方法はないか……誘い出してうちの車にさえ乗せたらこっちのものだ」
「乗せて、どこに連れて行くんだ?」
「俺の家だよ。俺の部屋に入れて、そこで番にする」
 それって、拉致だろ! 誘拐だろ! と他の学生は思う。そんなことして大丈夫なのか? と不安が過る。皆、根はお坊ちゃま気質なので、危ない橋はわたりたくないのだ。
「大丈夫だよ、父さんがちゃんと始末つけてくれる。そもそも西園寺家にとっても、あいつは厄介者。厄介払いできるって、感謝されるよ」
 他の学生の不安を察知した彼が言うと、皆安心したように頷く。その後は、どうしたら蒼を車へと誘えるかを話し合う。悪魔たちの話し合いだった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...